ダーク・ファンタジー小説

Re: Jet black- Butler&Lady ( No.3 )
日時: 2020/08/01 16:35
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

01 「記憶を失くした女当主は」

 「……、……夢?」
その内容は起きると同時にあっさり消えてしまっていた。
全身に汗をかいている時点で良い夢ではないことは明白だろう。
 はぁっと息を吐いてから眼を開けると、白い大理石の天井、そして床が視界に入る。
家具もまともに置いていない、けれども置いている家具の存在感は大きい部屋をわたしは見渡す。
 降りやまない雨が窓と地面を打ち付けているのが見える。どんよりとした雲を見つめた。
 雨に寄っての湿気なのか心なしか空気が潤っている感じがする。少し肌寒い、だけど。
雨音が奏でる自然の音楽は私の不安でしかなかった心身を癒してくれていた。
ふかふかの布団の上で雨音をもっと感じようと眼を瞑った直後、辺りを驚きと嬉しさの二つの感情が入り混じった声が響いた。
 ——————コンコン。 
重力に沿って伏せ始めていたわたしの瞼はその直後、筋力で上げられる。
 瞼が筋力で上げられたわたしはノック音がして急いで、布団に潜り込む。
何故、このような行動をとったか自分でも解らなかったがとても安らいでいた心は恐怖心に覆われていたのは解った。
 「お嬢様、お目覚めになられたのですね……!」
歩いているには凄まじいスピードで誰かが近づいて来る。
そーっと布団を上げて辺りを見回してみると黒い、艶のある服が視界の端に見えた。
 「……お目覚めになられて早々、どうしたのですか。子供のように怯えて……グランヴィル伯爵家25代目当主であるベルデ・グランヴィル伯爵……グランヴィル家の中で二代目となる女当主の貴女様はそんなことはしませんよ」
声から男なのだろう、男は厳しい口調でわたしに話し掛ける。
 グランヴィルだとか25代目だとか……ベルデだとか解らない。厳しい言葉にわたしは更に体を震わせる。
キュッと下唇を噛み、拳を握り締めた。
 「そうですね、お嬢様は言ったら止める御方です。こんなことはしません……貴女は誰ですか、答えないのなら無理矢理でも布団を剥がします」
確認を取った男は身なりを整え、布団のすそを掴むと弧を描くように腕と布団を剥がしとる。
布団が勢いよく剥がされ、わたしは布団を持ってサッと綺麗に畳み込む男を凝視する。
 黒い燕尾服を着こなし、胸元には金色のブローチをしていた。
黒髪のアメジストの瞳……随分と端正な顔立ちをした男と言うわりには青年と言った方が良い年頃に見えた。
わたしを凝視する青年は呆気にとられた表情で口を動かす。
 「嗚呼、何だ不法侵入者と思ったらお嬢様ではないですか。悪ふざけが過ぎますよ、この“キール”を馬鹿にして面白いですか?」
彼の名前はキールと言うのだろう、自分の事をキールと呼ぶ。
顰めた顔になったキールさんの言っている意味が解らなかった。
 悪ふざけでも馬鹿にでもしていない、自分が、キールさんが、此処が、誰かどこか解らなかった。
 しがみ付いていたシーツから手を離すように言われて、手を付いて起こそうとすると身体中が軋むように痛んだ。
「……、……ッ!」
 痛みで倒れそうになったわたしを燕尾服を着たキールさんは優しく受け止める。
「お嬢様、無理をしないで下さい。二週間も眠っていたのですから」
直後、聞き覚えのあるキールさんの声が吐息と共に耳元に届く。
耳元を彼の吐息が擽られ、ぞくぞくッと虫に這われるように感じた。
 何故、わたしは二週間もこの大きくふかふかのベットの上で寝ていたのか、何をしていたんだろう、ということが全く思い出せない。
一人で使うには広すぎる大きな部屋—————まるで崇められているような感じがする。
彼を見つめる。
 「……っ此処は……貴方は誰ですか……?」
そう言葉を投げてみると真顔で私を凝視する。
「え。あの、わたし……っ何か変なことを言いましたか?」
唇に指先を当て彼の表情を窺う、絶望に満ちた顔だった。
「っまさか……医者の言っていた通りだな……何か思い出せることはありますか?」
 独り言を呟きながらわたしの反応を窺ってくる彼に応えようと必死に眼を瞑るが自分の名前すらも思い出せなかった。
それなのに不安な気持ちなど湧きおこってこなかった。元々楽観主義なのかそれとも今のわたしの思考なのか。
「………わたしは誰なんですか、名前を教えて頂けませんか」
何もわからないわたしにとって目の前の人物だけが情報源だ。
ドキドキと鼓動が速くなる、そして、頬のあたりが興奮しているのか熱くなる。
 「さっきも言った通り、貴女様はこの広大な領地を治めるグランヴィル伯爵家25代目当主であるベルデ・グランヴィル様です」



 ——————ベルデ・グランヴィル——————。


『……グランヴィル家の中で二代目となる女当主の貴女様はそんなことはしませんよ』
あの言葉を思い出す。
それがわたしなのだと息を呑む。ふと彼の顔を見つめるとアメジストの瞳が日光に当たってキラッと光る。
 「……キール・アレスター。私の事はキール、とお嬢様は呼んでいました」
シャールは薄い唇を静かに閉じると懐かしむように遠くを見た、そしてわたしを安心させようと思ったのだろう、柔らかい微笑みを浮かべる。
「はい、それで貴方とわたしは————」
どういう関係なんですか、と聞こうとして躊躇した。
 とても良い質問ではない気がした。
考えを察したのかキールは口を開く。不自然に途切れた質問を理解し、キールは何とも思わない真面目な顔で答えてくれた。
 「幼馴染です」
幼馴染と言うその深いアメジストの瞳には強い光が奥底に灯していた。
思わず吸い付くように見つめてしまう綺麗で宝石の瞳にわたしは思わず、顔を逸らす。
幼馴染とは幼少時から親しくしているという意味の言葉だ。
私はこんな綺麗な人と幼馴染なのか、と感慨深くなる。
そして。
 ——————幼馴染なのに何故、敬語をわたしに使うのだろう?
と、小さな疑問が胸を過ぎる。
「あの……わたしの幼馴染なのに敬語で話すのは変じゃありませんか」
私の疑問に対し、あっ、と唇を動かす。
自分を指さしながら説明を始めてくれる。
 「……私とベルデ様は執事と主と言う関係にあるので気にしないで下さい」
キールはわたしの執事、主従関係にあるという事なのか。
だから燕尾服を着ていたのか。
これまでわたしの身の回りをすべてやってくれていたのかと思うと頭が上がらなくなる。
 「記憶喪失の件も医師からの診断は原因不明と言われたんですが心の負担によると推測されたんです……それなのに私という者は今日は女当主など……いっぱい話しすぎて心にも脳にも負担がかかったと思われます、ゆっくり休んで下さい」
原因不明の記憶喪失、それはもしかしたら心の負担……他人事のように思えてしまう。
布団を優しく掛けられ、寝かさられる。
 「あとで軽食を持ってくるようハウスメイドに頼みますから、待っていて下さい」
にこりと微笑まれ、わたしは首を縦に振った。

Re: Jet black- Butler&Lady ( No.4 )
日時: 2020/08/03 10:33
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

02 「真っ白の心の中で、一人の少女と道しるべと言う××は」

 暗闇。
 完全な暗闇の中に、ベルデ・グランヴィル伯爵は立っていた。
 その闇を見回し、不安そうな子供の顔つきで小首を傾げ呟く。
「………こ、此処は……どこ……?」
だが返事はない。
記憶を失った、たったの15歳の少女。
溢れるばかりに幼馴染で執事と言うキールから自分はこの歳で広大な領地を治める伯爵だと伝えられた目覚めたばかりの少女。
普通では心が押し潰されてしまいそうな情報に彼女は生きようとした。
 彼女には両親がいた、父はジョージア・グランヴィルと言う立派な当主だった。
両親に、家族に愛され続けられてきた彼女は目の前で両親、家族の命を奪われた。
今までずっと独りで生きてきた。
「今……何が起きているの……?」
だが答える人はいない。
質問しても答えてくれる人のない環境で育った。
彼女は知らない。
まだ、何も。
思い出せない頭に殻を乗せた雛鳥のまま。
だから、目覚めてから独りでずっといる気分だった。
黒い霧の中で、独りぼっち。
唯一の救いは執事であるキール、彼はできるだけ傍にいてくれる。
いや、裏をかけばそれが彼の仕事だから傍にいてくれるのだ。
それか、同情から。
今日もそうだ。
自分が此処に来る前の記憶も憶えていない。
 目を閉じて、力強く張ってみると周囲の闇が晴れた。
天も、地も、地平線も、見渡す限り真っ白な世界。
「……、極端……」
誰も救いに来ない真っ白な世界。
ふうっと息を吐くと自然と流れてきた涙をそっと拭う。
「此処はどこかくらい……教えてくれたっていいじゃない……」
今までのように返事が返ってこないと思ったところで珍しく声が返ってきた。彼女の疑問に対する答えが返ってきた。


 《……おはよう、ベルデ。此処は君の夢の中だ》


どこから響く声かはわからない。頭の中に直接語り掛けられているような声だった。
「誰ですか……?」
訊くと、声は答えた。


《君が創り出した道しるべだよ》


「道しるべ?」
と訊いてから、自分の胸元に手をやる。
「貴方はわたしが創り出したの?」


《嗚呼、そうだよ。記憶を失くした今はか弱い少女の、君の道しるべ》


 「姿はないの?」


《あるさ、君が見ようとしないだけ……》


その含みのある言葉にベルデは眉を顰める。
見てみたいと思っているのにも、見ようとしないだけというのはどういうことなのだろう。
 「ちなみに、貴方には名前があるの?」


《“今は”言えない、その時が来るまでの名前を君が付けて良いよ》
 

今は、とは何だと思いながらも問い詰めようとはしなかった。
実際にただ情報を言われるだけで押し潰されそうになった。
「……」
創り出した、夢のような……。
“レーヴ”とはどうだろうか、ふむ、と顎に手をやり考える。


《分かった、“レーヴ”と名乗ることにしようか》


言葉に出してもないのにパッと良い名だと思いついた名前を名乗ると言い出す。
「ど、どうして言葉にもしていないのにわたしの考えが解るの?」
少し狼狽えてしまった、驚いたピッタリと言い当てたことに。
もしかしてこちらの考えが読めるのだろうか。


《うん、そうだよ。僕は君の考えていることが解る……君は僕だからね》


「貴方は私……?」
と、俯き呟いたところで顔を上げる。
するとそこに、いつの間にか自分と瓜二つの少年が立っていた。
少し体の割には大きい白いワイシャツに身を包んで深緑の髪と紅茶色の瞳を持った同い年ぐらいの男。いや、もしかしたら女かもしれない。
彼、もしくは彼女は余りに美しく性別が判然出来なかった。
ただ、これだけは言える。
“彼と、もしくは彼女とは絶対、会ったことがある”
そして。
“彼と、もしくは彼女と私は関係がある”
見覚えのある瓜二つの容姿に聞き覚えのある自分の声を低くしたような甘い声、自分が創り出したのからかもしれないが親しみのある口調。


《嗚呼、そうだよ。そう考えるのは正しい、僕がこの姿なのも君と関係があるからかもね》


楽しそうに妖美に微笑む。
「そう考えるのはって間違っているの?」
そう訊くとさあ、と笑って見せてくる。
考えが読めない。
ベルデはジッとを見つめる。
「ねぇ、さっきの話の続きをするけど私が貴方だから考えが解るって言ってたけどわたしが貴方の考えを知ることって出来るの?」
そう、訊く。
そして心の中で相手の事を知ろうとする。
するとレーヴが笑ったまま、心に防御壁を作るのが判った。壁を高くし始めたことが判り、ベルデの意識が届かないように心を守る。
それにベルデが頷き、
「嗚呼、心を見せないようにするには、そうするんだね」
自分の心にも壁を作る。
自分の心が、はみ出さないように。
レーヴは困ったように微笑み、口を動かす。


《流石だよ、全く侮れないね。記憶を失ったって君はか弱い女の子じゃなかった、前言撤回するよ》


その言葉にベルデは「褒めてくれてありがとう」とにっこり、微笑む。
レーヴは苦笑いをし、はぁっと息を吐く。


《褒めてなんかないよ、女王に頼りにされていた昔の君も冴えていたが今の君も恐いね》


「……急に話を変えるけど此処から目を覚ますと、外はどうなっているの?」
と、ベルデは訊いた。そしてから目線を滑らし、横を見た。しかしやはりそこは、見渡す限り天も地も真っ白な世界だった。此処は自分の心の中だと言っていたが本当なのか。
こんなにも白いのがわたしの心なはずがない気がした。
この白い世界から目覚めると、外は今、どうなっているのだろう。
するとそれに、レーヴが答えた。

《外は晴れているよ、そして、キールが起こしに来た。今日は何だか用事があるみたいだね、ピリピリしてる》

「用事?」


《嗚呼。早く起きてあげないと君は足手まといになる。このままじゃキールが困るよ》

「……え?」
と、彼女は呟く。
それから目を覚まそうとする、は背を向けて、一回、振り返る。
レーヴの声が最後に頭に響き渡った。




《——————周りの人間を簡単に信じちゃ駄目だ、お姫様》