ダーク・ファンタジー小説

『谷底の落下星』 ( No.28 )
日時: 2025/05/08 21:02
名前: 厳島やよい (ID: AFVnreeh)



 だれもが私を醜いと言いました。親も、きょうだいも、祖父母も、となりのあの子も前の子も、後ろの子も、知らない人たちも。
 もうわかっているから、放っておいてほしいと何度もお願いしました。それでも私は、放っておいてはもらえませんでした。
 石ころのように蹴られ、投げられ、落とされ。いっそぼろぼろになってしまいたかったのに、そうもいきません。石ころだからです。
 花だったあの子は、それはそれは大切に愛でられて、ぼろぼろに枯れゆく様すら美しいと評されました。消えてなくなってしまっても、咲き誇るあの頃を何度だって絶賛されました。花だからです。
 石は花になれません。
 逆立ちしたってなれません。
 もう私は嫌気が差して、花の根を支える砂粒にいつかなれればいいやと、高い高い崖の上から飛んでみることにしました。
 ですがあと一歩というところで、つかまえられてしまいました。
 そのひとは私を美しいとほめたたえ、だからここから飛ばないでほしいというのです。
 そんなの知らない、頼むから私を放っておいてほしい、とお願いしました。けれどもそのひとは、ぎゅうと掴んで私を放しません。
 飛ばないで、飛ばないでと、祈るように、縋るように、何度もささやきかけながら、ついにはぽろぽろと涙を落としてしまいました。
 石は蝶にもなれませんでした。

 私はそのひとに愛でられるまま、蝶になることも砂粒になることもあきらめて、遠い空を見つめて生き続けていました。
 そのひとは私を蹴ることも、投げることも、落とすこともしなかったからです。それどころか私をしつこく磨いてはうっとりと眺め、包みこんできます。
 だれもが醜いと言う私を、美しいと言って。
 何分も、何時間も、何日も、そばで見つめて笑いかけるのです。
 何週間も、何年も、頬を寄せて抱きしめるのです。
 いつしか、まわりからの醜いという言葉は聞こえなくなっていました。
 私は本当に美しいのかもしれないと思いはじめていました。
 石は宝石になっていたのです。

 私はこのひとに愛でられるまま、蝶になることも砂粒になることも忘れて、広い空を見つめて問いかけました。

「私と一緒に、この空の星になってくれませんか」

 きっと頷いてくれると信じていたから、私は怖くありませんでした。
 でも。
 このひとは、頷いてはくれませんでした。

「きみを愛することはできるけど、星になることは、できない」

 このひとの目に映る私は、これまでの私よりずっときれいで、輝いて、いるように見えたのは、気のせいだったのかもしれません。

「いっしょに星になりたかった花が、遠い昔に枯れてしまったんだ」

 それはあの日の、花だったあの子のことでした。

「きみを空に連れていくことならできるよ」

 その足でぎゅうとわたしを掴んで、わたしを包んでいた翼で羽ばたいて、小さくなっていく町を、川を、山を、越えて、越えて、越えて越えて。
 天辺にたどり着くと、そっと私を離しました。
 宝石は星になっていたのです。

 ごめんね。
 愛しているよ。
 ただそれだけを言い残して、あのひとは吸い込まれるように夜へ帰ってしまいました。
 鳥は星にならなかったのです。

 私はしばらく静かな空をたゆたって、あのひとの消えた夜を見つめて生き続けていました。
 夜の下からしょっちゅう声が聞こえてきます。その声は私を褒めそやすもので、ひとり、またひとりと増えていくのです。
 ですが、あのひとの声はどこからも聞こえません。
 声はどんどん大きくなって、広がって、もはや何を言っているのかすらもよく聞きとれなくなってしまいました。
 あのひとの声はどこからも聞こえないままです。
 隣の星はみんな遠くて、なのに、周りはみんな、お互い近くで寄り集まっているように見えました。
 星は孤独になったのです。

 その日から、長い長い雨が降りました。
 町も川も山も見えません。
 だれの声も聞こえません。
 私は泣きわめいて、泣きつかれて、ふと雨がやんだとき、夜の下にたくさんの灯りがあるのに気がつきました。
 灯りたちは隣の星よりずっと近いです。
 さみしくてたまらなかった私は、迷わずそこへ飛び込んでいきました。
 孤独な星は流れ星になったのです。

 どこからか悲鳴が聞こえました。
 飛び込む私すら美しいという人も中にはいました。
 灯りたちのすぐ傍までやってきたとき、私はやっと気づいたのです。
 それが水面に映る私と、周りにいた星たちだったことに。


 落ちた流れ星は、目が覚めると石ころになっていました。

「おかえりなさい」

 なぜか隣にはあのひとがいて、やさしい笑顔と涙をうかべながら、そっと私を包んで言うのです。

「ごめんね。愛しているよ」

 石ころと鳥は、それから決して、離れることはありませんでした。



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執筆:2025/05/06 〜 05/07