ダーク・ファンタジー小説

Re: 人畜無害な短編集 ( No.10 )
日時: 2020/08/27 23:26
名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)

タイトル「悪夢」



 空を飛んでいる。
 藤岡海斗(ふじおか かいと)と呼ばれる少年が今置かれている状況を端的に説明すると、この表現が最も適切だろう。
 空を飛んでいるというのは決して飛行機に乗っているとか、パラシュートでスカイダイビングをしているとかの比喩ではない。
 彼は本当にうつ伏せの体勢で空を飛行していた。といっても背中から2本の翼が接続されているわけでもなさそうだ。
 「(つーか、最悪海に落ちたとしても助からねぇとかじゃ……?)」
 今現在の彼の心は単純に空を飛んでいるという高揚感と飛行能力を制御できていないことに対する焦燥感でいっぱいだった。
 大きな雲を切り裂くように彼は飛行し続けていた。しかし、嫌な予感は意外にも早く的中してしまう。
 「(あ、あれって。ヤベェ……ッ!?)」
 視線の先に見えたのは黒い点のようなものだった。しかし、よく見るとそれはこちらに接近する旅客機だったのだ。
 「(このままだと、5分もしないうちにぶつかる!)」
 彼は無理やり腕を回したり、身体をひねったりして回避を試みるも何故か軌道は変えられない。
 そうこうしている間にも黒い点に見えていたそれは完全に旅客機だと目視できるレベルまで迫ってきていた。 旅客機側はこちらに気づいていないのか、気づいているがどうしようもできないのか航路を変更するそぶりを一切見せずに迫って来る。
 「たすけてくださあああああい!航路を変えて下さいいいいいいいいいいいい!」
 彼は叫んだ。
 その声は時折吹き荒れる防風によって阻まれて上手く響かせられていないのは彼自身も感じていた。それでも叫ぶ。
 喉がはじけ飛ぶかと思った。血が出ているような感覚さえあった。それでもひたすらに叫んだ。
 だが、旅客機の航路に変化はない。
 次の瞬間。
 巨大な金属の塊は圧倒的なその質量をもって少年の身体を貫いた。

 という夢を見た。

 「うわぁああああ!!」
 目が覚めると、そこは真っ暗な森の中だった。
 藤岡海斗は太い木に背中を預けるようにして眠っていたのだ。
 視界は完全な暗闇に支配されていた。時折、聞いたことないような鳥の声や枝を踏みしめるベキベキという音が聞こえてくる。
 「(さっきのは夢か……?つーか、何で俺はこんなところに。)」
 徐々に目が慣れてゆく中で、自分の足下にリュックサックが置いてあるのを発見した彼はそこで思い出した。
 「(そうか。俺は今日一人でキャンプに来たんだ。途中で遭難して休憩がてらに寝ちまったって事か!)」
 その記憶が最後まで正しいものなのかは正直自信が無かったが、それでもキャンプに来たというのはなんとなく信憑性がある気がした。
 リュックの中を漁ると、懐中電灯が出てきた。試しに電源ボタンを押すと強めのライトが点いた。
 「よし、落ち着け。取りあえず、市街地にでなきゃな。そのためにはまず、歩きださねぇと始まらねぇ!」
 それは他の誰でもない自分に言い聞かせ、その場からゆっくりと立ち上がり歩き始めた。
 しばらく歩くと水の流れる音が聞こえてきた。その方向を照らすと水が流れている。どうやら沢地に着いたようだ。
 「(この下流を辿れば人気のある居場所に出るかも知れない!)」
 そう思った彼が何気なく足下の水流からゆっくり流れる方向に光をずらしていったところで何かが水をせき止めているのに気づく。
 それは最初、倒木なのだろうと思ったがその予想は即座に否定される。
 「(ちょっ……、なんだこれ……!?)」
 その太い何かはゆっくりと脈動していた。そしてその倒木から生えているもの。これも枝なんかではない。
 それは巨大な昆虫の脚だった。太い倒木のようなそれは巨大な昆虫の腹部だった。
 少年はそこまで悟ってから恐る恐る全体像を照らしてみて驚愕した。
 「か、カマキリ……?」
 それはカマキリの形をしていた。しかし、カマキリにしては大きすぎる。おそらくダンプカー相当だろう。
 藤岡は意味が分からなかった。これはなんだ。一体なんでこんなものが現実に存在しているんだ。
 完全に理解が追い付かない藤岡は単純な恐怖で足がもつれてしまった。
 「しまっ!」
 バキッっと枯れ枝が折れる音が周辺に響き渡った直後、今まで遠くを見ていたカマキリの頭部がグイン!とこちらを振り返った。
 「(まずい……!)」
 もはや、立ち上がって逃げる暇などなかった。
 瞬きをしたときには巨大な鎌状の前脚が展開し、藤岡に向かって伸びてきた。
 グチャリという音が聞こえた直後、藤岡の意識が刈り取られた。

 という夢を見た。

 「うわあああああああ!!」
 飛び起きるように目を覚ました。
 体中がじっとりと汗で濡れていた。荒い呼吸を繰り返していた藤岡海斗は呼吸を整えつつ辺りを見回すとそこは病室だった。
 周りにはたくさんのベッドが並んでいるが患者はどうやら彼一人のようだった。 
 「(さっきのカマキリはなんだったんだ……。つーか俺はなんで、病院なんかに……?)」
 記憶が著しく欠如している。混乱している彼をよそに勢いよく病室の扉が開けられた。
 「あら?藤岡さん目が覚めましたね。気分はどうですか?体調に変化はありますか?」
 眼鏡を掛けた若い看護師の女性は藤岡に質問を投げかけながらこちらに近づいてくる。何やら沢山の医療器具が乗せられた金属の台車をガラガラと引きながら。
 「あの、俺ってなんで入院しているんですかね。」
 「覚えてないかー。キャンプ場で倒れていたところを通報されて運ばれてきたのよ?全身血まみれで熊に襲われたのかって警察も調べてるところだと思うけど。」
 藤岡はそこで思い出した。 
 「(そうか、確かに俺はキャンプに出掛けていたんだ。そこで遭難してクマか何かに襲われたんだな。だからあんな夢を見たのか)」
 「取りあえず健康観察として血を抜きますね?」
 看護師の女性は話しながらも手際よく医療器具を組み上げる。
 それは太い注射器だったが管のようなものが接続されており、床に置いてある四角い大きな容器と繋がっているようだ。
 藤岡の右腕にチクリとした鋭い痛みが走る。注射器が刺され、血が抜き取られ始めた。
 しばらく血を抜き続けているが一向に終わる気配がない。
 「これって、どんくらい抜くんですか?」
 藤岡が不安げに聞くが看護師の女性は答えない。彼女はただ注射器一点を食い入るように見つめていた。
 血が抜き取られ始めて5分が経過していた。
 「ハァ……ハァ……あの、いつまで……」
 藤岡の顔が青ざめはじめ、荒い息を吐き始めるが看護師は血を抜き取り続ける。もはや視界すらもぼやけ始めていた。
 「……もう、やめ……」
 意識が朦朧とするなか、血だけが抜き続けられ、ついに藤岡の意識が断絶する。

 という夢を見た。

 「うわああああああああああ!!」
 飛び起きるとそこは教室だった。
 「こら藤岡!急にデカい声出しやがって、また居眠りしてたんだろ!寝ぼけるのもいい加減にしろよ!」
 「でも先生!たとえ起きていたとしてもその問題は藤岡には解けないとおもいまーす!!」
 ぎゃはははは!とクラスメイトの笑い声が教室中に響き渡る。
 「(学校……?俺は今までずっと寝てたのか……。)」
 笑い声が響き渡る中、藤岡だけが目を丸くして状況を整理していた。そんな彼をよそに先生の声が浴びせられる。
 「なにハトが豆鉄砲くらったみたいな顔してんだ?いい加減目を覚ませ!授業中だぞ。」
 先生も真面目に叱るのが馬鹿馬鹿しいといった様子で呆れた声を上げる。
 慣れ親しんだ先生の声。聞き慣れた生徒たちの笑い声。
 「(そうか。やっと現実に帰ってきたんだな。ったく、何だったんださっきの夢は。)」
 授業が終わると友人たちが藤岡の席に集まってきた。
 「藤岡〜。またお前ねてたよなー!良く寝るなーいつも!」
 「しょうがないだろ。疲れてんだから。」
 「疲れてるって藤岡バイトとか一切してないだろ!」
 「生きるのに疲れてんだよ、俺は。」
 「「なんじゃそりゃ、ぎゃはははは!!」」
 友人たちの笑い声。いつもの日常だ。
 本日最後の授業が終わり帰り支度をしていた藤岡だったが唐突に声をかけられた。
 「ちょっと藤岡!アンタなに帰ろうとしてるの!?今日掃除当番でしょ!」
 声の主はクラスメイトの女子だ。
 「そうだった。っていうか俺居なくても変わんないんじゃね?」
 「なに馬鹿なこと言ってんの!?ほら、早く来い!!」
 そういうとクラスメイトの女子は藤岡の腕を強引に引っ張った。
 そのまま音楽室に着くと他のクラスメイト達は既に音楽室に集まっていた。
 「おせーぞ藤岡!さっさと終わらせて帰ろうぜ?お前も愛しの恋人待たせてんだろ??」
 「わかってるよ。」
 藤岡はそういえば今日、下駄箱のところで待ってるっていってた気がすると曖昧に思い出す。
 結局掃除も藤岡と男子数名はほうきでチャンバラをし女子数名に怒られるといういつもの風景だった。
 掃除が終わり少し駆け足気味に下駄箱に着くと、ひとりの女子生徒が待っていた。女子生徒は藤岡に気づくと少し顔をしかめて言う。
 「もぉーおそい!どうせまたあそんでたんでしょ。」
 彼女はふわふわした甘い喋り方が特徴だ。藤岡が惹かれたポイントでもある。
 「悪い悪い。でも今日は割と真面目にやったよ。後半あたりからは」
 彼女はむぅっとしたあとに笑顔になり一言。
 「かえろっ」
 とだけ言った。
 学校の外を出ると辺りはすっかり夕暮れだった。学校付近を2人で歩いているとヒューヒューというベタな煽りをしてくる友人を拳を振り上げて黙らせつつ、時折彼女と顔を見合わせて笑った。
 家の近くに着くころには夕暮れも過ぎてすっかり外は暗くなっていた。
 街灯の真下で彼女である女子生徒と解散するのが定番だった。
 「じゃあ、またあしたね」
 「ああ。明日!」
 藤岡はこの瞬間が生きてきた数十年の中で一番満たされている気がした。こんな日が永遠と続けばいいのにと少し柄にもないことを思ってしまった。
 手を振って彼女の背を見送る。





 という夢を見た。
 
 

【終】