ダーク・ファンタジー小説

Re: 獣が得たのは深い闇 ( No.1 )
日時: 2020/09/20 18:58
名前: 灘風 (ID: KS1r4ddx)

何時からでしょうか
私を見る目が『英雄への憧憬』から『化け物への恐怖』へと変わったのは
隙間風なんて通さない自室、ぱちぱちと薪が音を立て燃える暖炉
えぇ、勿論『畜生の混ざりもの』と蔑まれる私たち獣人には分不相応のものでしょう
全ては、『あのお方』から与えられた物なのです

…そうですね。では、話させていただきましょう
ただし、聞いた事を後悔しませんよう…

湖さえも厚く凍りつき、冷たい雪が手足を芯から冷やす北方戦線
私達獣人はその最前線に立たされていました
雪解けなんて遥か彼方。今にも落ちてきそうな鈍色が日差しを遮る…そんな戦場、物資など無いに等しく人間も獣人も皆平等に腹を空かしていたのです


ある日の事、空腹で意識が朦朧とする中ふらふらとさまよっていると突然足元が崩れました
そう、私は敵の落とし穴に落ちてしまったのです
けれど不思議と体に痛みは無く、自分の体の下に積み重ねられた柔らかい何かが緩衝材となっていました
一つの不安が頭を過り『何か』に手指を這わせますと…それは、自分と同じ様に落ちて死んだ仲間たちでした!
何と恐ろしい…私は文字通り『仲間を踏み台にして』助かってしまったのです…
上を見上げなければ、仲間達の閉じられることが無い虚ろな目玉が私を覗き見るのです
蜘蛛の糸より細い細い一縷の希望から私は声の限り叫びました
『だれか!誰かいませんか!』
しかし、声なんて届く筈もなく無駄に体力を消費するだけ
遂には喉が潰れ、体力は底を尽きかけていました

落とし穴に落ちてから数十日程経過したのでしょうか。最早座ることすらままならず、仲間の死体の上に伏せていた時です
それは、私に備わった獣の本能かそれとも悪魔の囁きか。私には分かりません
けれど、私にははっきりと聞こえました
『喰ってしまえ』と
…………そこから先は朧気にしか覚えていません
唯、覚えているのは…私が首筋に食らいつき、嚥下したものは数え切れぬ程の『肉の塊』でそれが堪らなく『美味』だった。それだけです

……この事は、我が主には内密に。文字通り、私に『喰い尽くされたくなければ』ね…
良く言うでしょう?『一度でも人を喰った熊は、その味に惹かれまた人を喰う』と
全くもってその通りです。私は、何よりも美味しい『食材』を知ってしまったのですから…