ダーク・ファンタジー小説
- Re: 死を望む人間達。 ( No.2 )
- 日時: 2020/10/02 20:50
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: rCT1hmto)
第一話.坂本蘭
『うざい』『邪魔』『消えろ』
黒いマーカーで汚く書かれたこの文字も、もう見馴れた。夕日がその文字をぎらぎらと光らせている。
何も言わずに落書きされたノートをゴミ箱に投げ入れ、鞄を持って教室を出た。
自分の持ち物に落書きされても、掃除を押し付けられても、弁当をぐちゃぐちゃにされても、悪口を言われて叩かれ蹴られても、もう何も感じなかった。痛みも、悲しみも。
教室に居場所なんてもうない。
正直、もう生きることの意味がわからない。
そういう考えを持ちながら家路を辿っていた。
でも、家に帰っても何かあるのか。家路についても、何もせずに一日が終わる。
そんな憂鬱な毎日だった。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.3 )
- 日時: 2021/09/03 18:37
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
今日は親が仕事だった。
それが分かったのは、帰宅中の私の鞄に入ってるスマホのバイブ音が鳴った時だった。
『ご飯、机に500円玉置いておくからそれで買って食べて』
何とも質素な文面だった。そう表示されているスマホをポケットに入れ、歩き始めた。
せっかくだし、今日は遠回りをして帰ろう。
そう考え、いつもの十字路を右に曲がらず、まっすぐ進んだ。
こっちの方から帰るのは久しぶりだ。前に通ったのは……小学生の頃だろうか。
あの頃は、私は人気者だった。
いつも私の席の周りには、友達が沢山。その友達たちと一緒に話してた。
だけれど、その友達たちは皆中学受験をした。お蔭で公立の中学校に通ってる友達はいない。
元々同じ小学校だった子とも皆、クラスが離れてしまった。だから私は今は一人。話せる友達なんて……
そんなことを考えていると、ふと脚が止まった。
それはまるで、不思議な力で私の足を引っ張っているようだった。
私は辺りを見回してみた。すると、その違和感の正体が分かった。
『時計屋 沈丁花』
___沈丁花。昔、何処かで聞いたことのある花の名前だった。
というよりも、ここに時計屋があったことも覚えていない。
時間もたっぷりあるし、ここで少し時間を潰そう。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.4 )
- 日時: 2020/12/01 18:54
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: rCT1hmto)
『おお永太、早く手伝ってくれないか。』
『待て爺、俺今学校から帰ってきたんだよ。もうちょっと休憩ぐらいさせてくれよ!』
『……はぁ、永太はずっと怒ってばかりだな…………。』
『うるせえよ!』
店の扉を開けようと取っ手に触れた瞬間、店の中から怒声が響いた。
……誰だろう、お爺さんと孫?でも、子供といっても私と同じくらいかな?どこかで聞いたことがある声だけど………………
……店の前で止まってても、意味ない!
私は扉を開けた。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.5 )
- 日時: 2021/09/05 22:06
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
ちりん
乾いた鈴の音が店内に響き、私はゆっくりと入り、中を見回す。私以外のお客さんはいなかった。
入ってすぐの所に、白いテーブルクロスの敷かれた丸いテーブルがあって、テーブルを囲むようにお揃いの椅子が4,5個並べられている。テーブルの上には可愛らしいティーセットにマカロンタワーがある。
店は木造のようで、歩く度にギシッ、と音が鳴って、それがかえって心が穏やかになる。
壁には数えきれない程の時計が掛かっており、その下に壁に接するカウンターにも沢山の置き時計。
掛け時計も置き時計も、全てが手作りだそうで、見る限り同じものが二つある、ってことがない。しかも一つ一つの時計の彫刻がとても素敵で、まるで時計に命が宿っているみたい。
ある時計は海の中を表現していたり、また他の時計は不思議の国のアリスをモチーフにした彫刻だったり。私はその時計達に見惚れてしまった。
「……おや、お客様に変な所を見せてしまい申し訳ない。いらっしゃいませ」
突然話しかけられて、ビクッと震えてしまった。
慌てて振り向くと、声の主はさっき喧嘩をしていたお爺さんだった。彼はさっきの怒声と打って変わって穏やかな声で、私を歓迎してくれる。
このお爺さんが店長なのかもしれない。
「おや、君が着ている制服、永太と同じじゃないかい?ほら永太、お客様に挨拶しなさい」
えっ?制服が一緒?
永太、と呼ばれた私と同じくらいの年格好の男の子がこっちを向いた。
その子の顔を見て、私は店内ということを忘れて叫んでしまう。
「ああああああっ!!!」
だってその子、その子…………
私のクラスメートだったんだもん!
名前は確か……えぇと……
「『沈丁花永太』君!?」
「……そーだよ、お前、坂元だろ?うちのクラスの」
沈丁花君は、気まずそうにこちらを見た。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.6 )
- 日時: 2020/12/14 19:01
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: rCT1hmto)
「……で、お前はなんでここに?俺、この店のこと学校では内緒にしてるんだけど。」
「え、ええと、さっき帰る途中で、いつもの道が二つに分かれてたの。家帰っても暇だから寄り道したらこのお店が気になって……」
「………………ふぅん、そ。」
沈丁花君は学校とはぜんぜん違っていた。クラスでは凄く明るくて、いつも中心にいて、女子からも男子からも人気がある。勿論、私みたいな嫌われ者は沈丁花君に話し掛けたりはしない。沈丁花君も私なんかと話したくないだろうし。
「ここさ、時計屋なんだけどさ、なんか買ってく?」
「ええっ?」
時計って、スッゴく値段高くない?よくショッピングセンターで見るけど、シンプルな時計でも1000円くらいは絶対する。それなのにこんな可愛らしい時計となれば、私の財布からは届かないような値段になるよ……。
私がしどろもどろになっていると、その考えを見透かしたかのように、沈丁花君は言った。
「うち、値段はかなり安いから。高くても800円」
「えええっ!!?」
- Re: 死を望む人間達。 ( No.7 )
- 日時: 2021/09/02 19:13
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
「で、どうするの。時計、買う?」
「あっ、うん。」
店内に飾ってある時計を見ていると、とても欲しくなった。
沈丁花君は私の返答を聞いて、奥の席に座るよう促した。私が座ったのを確認したら、奥の部屋に行ってしまった。
「さて、今日はご来店ありがとうございます。これから当店の時計の購入について説明致します。」
店長さんは丁寧な口調で、分かりやすく教えてくれた。
このお店の時計は、お客さんの要望のデザインを聞いてから創るから商品の受け渡しに3日程かかるらしい。
そして必ず、自分の家のどこか目につく所に飾っておかないといけない。時計なんだからそうなんだけど。
そんな感じ。
全て説明を終えて、店長さんが私にこう聞いた。
「時計のモチーフ、どんなのがいいかな?頭の中ですぐに浮かんだものを教えてくれる?」
私の、頭の中で浮かんだもの……
浮かんだものは、小さい頃から大好きな____
「人魚姫。人魚姫でお願いします。」
自分の身が朽ちるかもしれないのに、愛する人の側にいたくて人間になる人魚姫の力強さに心を撃たれた。
小さい頃からずっとずっと大好きな童話。
「招致致しました。人魚姫のモチーフの時計ですね。」
- Re: 死を望む人間達。 ( No.8 )
- 日時: 2021/09/05 22:03
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
それから私は、店長さんと色々な話をした。最近の社会のこととか、本当に色々なこと。
すると、店の奧に行っていた沈丁花君がティーカップ2つとティーポットが乗っているお盆を持って来て、私と店長さんの前に置き、紅茶を注いだ。
「紅茶だけど、大丈夫か?」
「あっ、はいっ」
「そう。それと爺さん、あまり客と話しすぎるなよ。」
急に固くなってしまい、コクコクと頷く。沈丁花君は相変わらず無愛想なままで、注ぎ終わってから店内の掃除を始めた。
「それにしても……永太と同じクラスなんだって?学校ではどんな調子なのか、教えてくれるかな?」
店長さんの口調はとても穏やかで、日だまりに包まれているような感じ。心がぽかぽかする。
「えと……凄いクラスの中心、って感じで、周りがすぐに明るくなる、そんな存在です。」
「っ……」
突然掃除をしていた沈丁花君の言葉がつまった。
「おやおや……そうなのか。永太は思春期真っ只中だから私にすぐ怒るんだよ。まったく……」
あはは、と苦笑する。
でも、沈丁花君は苦しそうな表情をしていた。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.9 )
- 日時: 2021/09/05 22:04
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
店長さんとずっと喋っていて、店内の時計が6時を知らせる鐘が鳴ったときにようやく私は帰る準備を始める。
「すみません長い間……。」
「いやいや、私も久しぶりに楽しく話せてよかったよ。」
店長さんは優しく微笑んだ。その笑顔にも心がぽかぽかする。
「時計は三日ほどで出来上がるから、三日後にまたおいで。」
「……はい、ありがとうございます。」
そう言って店を出る。
「……あれ?」
店を出て来た道を少し戻って後ろを振り向くと、突き当たりになっていた。
コンクリートの壁に触れようと手を伸ばせば、普通にコンクリートの冷たさが手に染み込んだ。
「…………おかしいな……でも…………」
制服のポケットにいれた『沈丁花』のカードは残っている。
そのまま家まで走って帰った。
- Re: 死を望む人間達。 ( No.10 )
- 日時: 2021/09/05 22:06
- 名前: 鈴乃リン ◆U9PZuyjpOk (ID: 0j2IFgnm)
同じクラスの坂元が帰った。
扉の開閉を知らせるちりん、という音が聞こえなくなれば、先程と全く変わらない声色で爺さんが俺に話し掛けてくる。
「……永太、ちゃんと取ったかい?」
「ああ、今回は俺の知り合いだったから怪しまれるかと思ったが意外と鈍感な奴だったな」
そう言って俺の左手にある坂元の を爺さんに見せる。爺さんは を確認し俺の左手から を取った。
「上手く取ったじゃないか、もうすぐ永太一人で店を動かせるんじゃないか?」
「いや、それは無理。俺は爺さんみたいに上手く時計が作られる訳じゃないから」
そう言うと爺さんは「そうかいそうかい」と穏やかに微笑んで奥の作業場に消えていった。俺はその後ろ姿を見送って店内の掃除をし、ティーセットの片付けを始めながら坂元のことを考えていた。