ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.1 )
- 日時: 2020/12/10 21:13
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: OakzbDQq)
0
また、今日が来た。何も変わらない太陽が、私を朝へと追いやる。
いつもと変わらない動作で、私は朝の用意をする。顔を洗って、朝御飯を食べて、歯磨きをして。
鞄をもって、靴を履いて。
「行ってきます」
誰もいない家に向かって、私は外出を告げる。
さあて、今日は何があるのかな?
みんなにとっての異常が、私の日常だとすれば、世界は私を、どんな目で見るのだろう。
1
「おはよう」
「おっす」
「おはようございます」
人々は、今日も人と関わりを持とうとしている。それに意味を持つというわけでもなく。
「よう、日向。おはよう」
私だって人のことはいえない。
「おはよう、リュウ」
この人の名前は笹木野 龍馬。私を含む特定の友人は、彼のことをリュウと呼んでいる。
「まあたつまんなそうな顔してさ」
リュウは私によくこの言葉を言う。確かに私はこの世界に興味がなく、何のためにも生きていない。
でも、それが何だと言うのだろう。死にたいわけでもなく、生きたいわけでもなく。私のこの意思を彼らは尊重し、受け入れてくれている。それで満足すべきだろうか。
「今日は屋上集合だとさ」
「え?」
「『え?』じゃねえよ。今日はあいつらと昼休み一緒だって、昨日言ったろ?」
ああ、そうだった。どうせリュウが教えてくれるだろうと、覚える気がなかったのだ。
「どうせおれが教えるからって、覚える気がなかったんだろ」
「うん」
さすがは昔からの友人だ。よくわかってくれている。
2 >>02
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.2 )
- 日時: 2020/12/11 16:32
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: KVjZMmLu)
2
リュウが弁当のはいったバッグを肩に掛けながら言った。
「日向、行くぞ」
「迎えに来なくても、逃げないよ」
「どうだかな」
リュウはいたずらっぽく笑った。
リュウは闇属性なのに、どうしてか、太陽が似合う。光属性と言われても、何らおかしいと思われないだろう。もっとも、属性と性格の関係性は明らかになっていないが。
リュウの笑顔は、とてもきれいだ。
「どこの屋上?」
リュウは呆れた顔をした。
「あいつらのいる第四館だ。お前、本当に話を聞いてなかったんだな。迎えに来て正解だったよ」
やれやれと首を振るリュウ。
私も弁当の入った小さなバッグを持ち、立ち上がった。
私とリュウが歩いていると、ヒソヒソと声がする。
「ほら、また一緒に歩いているよ」
「幸せアピール?」
リュウが私に尋ねた。
「どう思う?」
なので私は、正直に思っていることを言った。
「馬鹿じゃなかろうか」
リュウは吹き出した。
「そう言うだろうと思ったよ」
「いつも言ってるからね」
渡り廊下をいくつか通り、第四館へたどり着いた。早めに教室を出たし、昼休みも一時間と長い。時間はまだまだ足りるはずだ。
そういえば、昼休みが一時間もある学校は珍しいらしい。
第四館は塔のように細長い建物で、階段は中央にある。細長いと言っても、面積はなかなかのものだ。
五階分の階段を登りきり、木製のドアを開けると、そこには顔見知りがいた。
「おー、やっと来たか」
3 >>03
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.3 )
- 日時: 2022/01/28 19:17
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: V9P9JhRA)
3
「平均的な早さだと思う」
「おれたちは結構待ったんだって」
一言二言話したあと、私たちはいつものベンチに座った。
屋上はあまり人はいない。理由はいくつかあるが、今日は寒いことが一番の理由なのではないだろうか。おそらく今日も、奴らが来るのだろう。
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」
今日はお弁当は昨日作っておいたものになっている。考え事をしながら作っていたら、量を間違えてしまったのだ。
「日向、それなに?」
「知らない」
本当に知らないのだ。適当に作ったらこうなった。
私は自分の弁当箱の中にある、炊き込みご飯を見た。魚やら肉やら野菜やら、色々入っている。
ああ、そうか。
「炊き込みご飯」
私はスナタの目を見て言った。
「とりあえず、具体的な名前はないのね」
スナタは苦笑いしていた。
「うん」
それからは、毎度恒例のおかずお披露目会が始まった。リュウはハンバーグ、蘭は豚の生姜焼き、スナタはサンドイッチだった。
「日向、ひとついる?」
「別に」
スナタは私の弁当箱の蓋にサンドイッチを置いた。
「……ありがとう」
何故訊いた。意味があったとは思えない。
いつものことか。それに、私も拒絶していたわけではない。
「そういえばさ、発表されたよね、《森探索》の結果」
スナタが言った。
「総合でも、Cクラスじゃリュウが一位だったでしょ? 流石だよね」
リュウは少し照れたような顔をした。
「いや、スナタも十一位だったし、蘭なんか七位だっただろ? 二人だってすごいよ」
「いやいや、私はまだまだだよ。でも、もうすぐで十位以内に入れるんだ。応援しててね」
そして視線は、私に向いた。
「日向って、二位だったっけ?」
「下からね」
私は短く言った。これこそいつものことだ。《森探索》とは、簡単に言うと魔物狩りのことだ。正式名称、[デーモン・タウン]という森には、その名の通り、魔物がたくさんいる。場所はこの学園を出て、北の方角にほうきで一時間ほど進んだ場所にある。倒せた魔物の数と、使った技(魔法だけではない)の精度やレベルに応じてポイントが入り、それが多い順に順位が決まる。つまり私は、ほとんど魔物を倒せていないということだ。
「いつもブービー賞だよね」
スナタがからかうような口調で言った。
「だって私は」
私がそう言った直後。
ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ
学園中に、警報が鳴り響いた。
4 >>04
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.4 )
- 日時: 2021/04/03 19:12
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: XURzUbRL)
4
無機質な女の人の声が響く。
「ペリット五体の侵入を確認。Ⅳグループ、Ⅴグループの生徒は屋内へ避難、それ以外の生徒は、戦闘態勢を整えてください。繰り返します。
………」
ペリットとは、魔物の名前。二つの属性の魔法を操れる魔物で、人々が出したゴミや、汚水などから誕生した。分類上は土属性となっていて、進化の過程で二番目の属性が別れる。現在確認されているのは火属性と水属性で、風属性は確認されていない。
「ペリット五体か、少ないね」
スナタが言った。
「少ないに越したことはないだろ」
「それもそっか」
しかし、リュウは苦い顔をしていた。
「油断するなよ。ペリットは一体だけでも強いやつは強い。それに、三属性の可能性だってある」
私はスキルを使ってわかったことを3人に教えた。
「三属性はいない。でも、今此処に向かってるのは派生持ち」
リュウと蘭は私が言ったペリットを確認するために、屋上の柵を腹に当てて下を見た。
「うえぇ」
蘭が言った。無理もない。ペリットの見た目は、見ていて気持ちの良いものではない。どろどろした体表に、丸みのある体。ペリットが進んだ後には、泥が巻き散らかっている。
しかも、二人が見ているペリットは、五体の中で一番大きい。つまり、一番強いということ。
ぶわっ
大きな茶色の塊が降ってきた。ベチャンと気持ち悪い音をたてて、ペリットは着地した。泥が跳ねたけれど、私たちには当たらなかった。
「仕方ないか」
蘭は火の玉を投げつけた。
あ、蘭はわからなかったのか。
ヒュオオオオ
ペリットがはいた冷気により、火の玉は相殺し、消えてしまった。
「水の派生、氷の魔法。蘭は相性が悪い」
「早く言ってくれよ!」
蘭に恨めしそうな目で見られてしまった。
「ごめん。でも、わかると思った」
蘭はすねたような顔をして、そっぽを向いてしまった。子供っぽいな。
蘭は光と火の魔法使い。一応他の属性も操れないことはないけれど、苦手としている。
スナタは風使い。土だけならまだしも、氷が入ると難しいと思われる。蘭のように、魔法が相殺する可能性が高い。
となると、リュウの出番か。
水だけなら、氷には負けてしまう。しかし、闇ならどうだろう。
リュウも同じことを考えたようで、【ブラックホール】を発動させた。
ズオオオオッ
空中に黒い渦が発生した。渦からは強い風のようなものが発生し、ペリットを飲み込もうとしている。
ペリットの体表の泥が次々と渦に飲み込まれ、ペリット自体も浮かび上がろうとしている。
だけど。
「リュウっ! 駄目、魔法を解いて!」
私の言葉を聞いて、リュウは目を見開いた。
幸い私の言葉の意味を理解してくれたようで、リュウは魔法を解いた。
そして、私は魔法を発動させた。
5 >>07
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.6 )
- 日時: 2020/11/09 21:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: qpE3t3oj)
感想とご指摘、ありがとうございます!! すごくうれしいです!
話が飛んでいる部分は、またあとからわかるように出していく予定です。それでもわからなかったら、また言っていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.7 )
- 日時: 2022/01/28 19:29
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: V9P9JhRA)
5
キィィイン
ペリットの周囲の床が光で溢れ、じゃらじゃらと鎖が現れる。
鎖はペリットの体へ巻き付く。胴体、手、頭。身動きのとれなくなったペリットは、慌てたように暴れるが、光の鎖は、固く、その体を拘束し、離さない。
光魔法【拘束】
光魔法は、何も美しいものばかりではない。対象の自由を奪ったり、時には殺めることさえ出来るものもある。
私が次なる魔法をペリットに与えようとした瞬間、目の前を通った者がいた。
ザンッ!
彼は、光の鎖ごとペリットの身体を断ち切った。
「怪我はないかい?」
黒い肌に水色の瞳と、[ノルダルート]の王族の特徴を持った男がそこにいた。
怪我をしているかどうかぐらい、この男ならわかりそうなものだ。ノルダルートの王太子、エールリヒ・ノルダン・シュヴェールトなら。
私たちは跪いた。
「いえ、ありません。ありがとうございました」
リュウが言った。
シュウウウウ
見ると、ペリットが煙を吹きながら縮んでいった。そしてやがて、石となった。
≪魔石≫、それは、魔物を倒したことによって得られる戦利品だ。売れば金になる。私の生活費も、殆んどここから得ているようなものだ。ポーション作りの材料になったりする、なんだかんだ言って便利な代物だ。
そしてもうひとつ、ペリットが出したものがある。
「これは、≪光の御玉≫か?」
エールリヒが、ひょいと水晶を摘まむと、リュウが顔を青くした。
水晶と言っても、それは形は石と変わらず、クリスタルと言った方が想像しやすいかもしれない。大きさは人差し指の先から第二関節までくらいだろう。見分け方は、その輝き。他の魔石と違い、御玉は輝いている。
光の御玉は一言で説明すると、『闇属性からすると最強の殺戮兵器』だ。触れればその部分が大きく腫れ、ほうっておこうものなら皮膚が赤黒く変色し、じわじわと真っ黒に染まり、やがて腐り、使い物にならなくなってしまう。
ブラックホールに取り込もうものなら、悲惨なことになってしまう。身体が爆発くらいはするんじゃないだろうか。
私の制止の意味までは、リュウは理解できなかったのだろう。聴いてくれて良かった。間に合って良かった。
「あの鎖は、君が放ったのかな?」
エールリヒは、蘭に尋ねた。
「え、いや」
私は蘭を睨めつけ、そういうことにしておくようにと圧をかけた。
「……そうです」
よしよし。すなおだ。それでいい。
エールリヒは感動したと言わんばかりに声のトーンを上げた。
「素晴らしい! ブラックホールを使ってはならないと悟り、助けに入るとは。遠目からの判断になるが、タイミングも良かった。見事なコンビネーションだ!」
そうか、この男は生徒会長も務めているのだった。それで一番大きなペリットのいるここへ、わざわざやって来たのか。
「流石はⅡグループに入るだけあるね」
エールリヒはにこりと笑った。
そして、私に気づき、言った。
「君のそのリボン、Ⅴグループだろう? 何故避難しなかったんだ?」
私のリボンは彼の言う通り、Ⅴグループを表す赤色だ。この学園はグループに分けられ、計五つある。
まず、Ⅰグループ。ここはいわゆる王族や貴族などが入っているグループだ。待遇されていると言うわけではなく、『天才』と呼ばれる者がこのグループに入っているだけ。天才の血は王族や貴族に取り込まれてきたため、こうなってしまった。ただ、まれに特別変異で生まれた天才もここに入ることがある。色は黄。
次に、Ⅱグループ。リュウや蘭もここに入る。『秀才』が大多数を占めている。何も勉学だけでなく、剣術や体術に優れた者もいる。二人もそのパターンだ。まあ、頭も良いが。色は緑。
Ⅲグループはスナタがいる。優等生ではあるが、Ⅱグループに入るほどではないというレベルの生徒がここにはいる。色は青。
Ⅳグループは、いたって平凡な生徒が入る。特筆すべき事は特にない。色は紫。
私はⅤグループに入っている。ここには、『その他』の生徒が入る。能力に欠けていたり、異端児として嫌われていたり。いわゆる劣等生。色は赤。
男子はネクタイ、女子はリボンがこの色だ。男女関係なくどちらかを選択できるのだが、基本こうなる。リュウと蘭はネクタイ、スナタはリボンで、私は両方持っている。今日はリボンだ。
「逃げる間もなく、魔物が襲ってきました」
Ⅱグループに入るほどの実力者が二人もいるこの場所の方が、魔物がいるとはいえ安全であると判断することに疑問を持つことはなかったようだ。
私の言葉に納得したようで、エールリヒはふむと頷いて、バサッと生徒会のマントを翻し、屋上を去っていった。
バタンと扉が閉まると、私はため息をついた。
「なぶり殺したかったのに」
三人はギョッとして私を見た。
リュウを殺しかけたあいつは、私の手で殺されるべきだった。まず一日かけて瀕死状態のまま生かし、そこから猛烈な痛みを与えつつ殺さず。ゆっくり苦しみながら、殺されるべきだった。
なのにあいつは魔石から御玉から、全部持っていった。許さない。
「まあ、リュウは無事だったんだから良いじゃない」
スナタが私をなだめにかかった。
「わかってる」
でも、それとこれとは別なのだ。
______________________
コツコツコツ
スッスッスッ
僕の靴は音がなるのに、彼女はいつも静かに歩く。
「それにしても、不思議ですね」
「ん?」
「さっきの四人ですよ。笹木野 龍馬さんに東 蘭さん。Ⅱグループの二人が、スナタさんはまだしもⅤグループの花園 日向さんと関わるなんて」
エリーゼ・ルジアーダは言った。確かに、Ⅴグループの生徒と付き合うのは、二人にとって良くない。
「なにか彼女に秀でたものはあった?」
生徒会長だからと言って、生徒の交遊関係にまで踏み込むことが正しいわけではない。彼女と関係を持つことを正当化するなにかがあればと思ったのだが。
「特にありませんね」
彼女は生徒会が持つパッドを見ながら言った。このパッドには生徒のあらゆる情報も入っているのだ。
「実技試験では、学園総合でもいつもワースト・10には入っています。筆記試験ではそこまで酷くはありませんが、中の下。他を見ても、なんの功績も上げていません」
彼女の声と同様に、眼鏡の奥にあるすみれ色の瞳は冷たく画面を見ていた。
「彼女は、能力異常だったよね? それはなに?」
エリーゼは顔を曇らせた。
「それが、載っていないのです」
「え?」
「ロックがかかっていて、パスワードがないと見られないようになっています。しかもそのパスワードも、先生方の誰も知らないもののようなのです」
何度も見ようとしたのですがと、申し訳なさそうに彼女は俯いた。
「学園長は知っているそうなのですが、教えてくださいませんでした。
それと、能力異常だけでなく、経歴異常も彼女の入校理由のようです」
「それも見られない、と」
「はい」
エールリヒは悩んでしまった。
(いったい、彼女は何者なんだ?)
6 >>11
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.9 )
- 日時: 2020/11/11 21:17
- 名前: ほうじ茶うまい (ID: G2ENsTvw)
おもしろいよー
新キャラ出てきたな!リボン、ネクタイの所なんか好き
返信してみたー
名前は思いつかんかった笑
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.10 )
- 日時: 2020/11/11 21:27
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: KVjZMmLu)
はい、新キャラ出しました(笑)
リボンとネクタイはちょっと考えた部分なので、そう言ってもらえて嬉しいです! ありがとうございます!
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.11 )
- 日時: 2022/07/21 20:08
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: EjFgzOZO)
6
学校が終わると、生徒は我先にと教室を出る。ある者は家に帰り、ある者は寮へ戻る。私は自分の家を持っているので、ほうきで通学している。寮で暮らしている生徒は馬車通学で、距離にして七キロ。朝の七時半と八時の二回、寮の馬車停に停まる。歩いて教室まで来るという手もあるが、時間は一般の生徒で一時間半。賢い方法とは言えない。
教室の後ろのロッカーに行き、ほうきと鞄を取る。
この学園は校則が緩く、この二つにしろ髪型にしろ、特に細かい指定はない。高価なものなどは、何かあっても自己責任ということになっている。
私の鞄は茶色のよくある手提げ鞄。祖父が入学祝にと買ってくれた物だ。ほうきは自分で選んで自分で買った。これは鞄以上の生活必需品なので、きちんと自分に合うものを選ぶ必要があったのだ。
黒い柄に金粉が撒かれ、夜空のごとく美しい。ほうきの先はペガサスの羽で出来ている。かなり値を張る代物だが、丈夫で大きさの割には軽いし、スピードの限界値も大きいうえ、調節もしやすい。決して高い買い物とは言わないだろう。周りからは変な目で見られるが、気にしない。ちなみに、何度か盗まれかけた。
鞄の中に荷物を詰め、帰り支度を済ませると、私は教室を出た。廊下は賑やかで、煩い。さっさと帰ろう。
ほうきの使用は門を出てからと決められている。ここはしっかりと守らせられていて、何度か生徒指導を受けている生徒を目撃した。
階段を下りて、渡り廊下を幾つか歩き、第一館、本館とも呼ばれる建物に辿り着いた。入校したてらしい生徒は、はあはあと息切れしている。ご苦労なことだ。
靴箱で通学靴に履き替えて、第一館を出る。真正面に巨木がどっしりと生えて、生徒を見守っている。……らしいのだが、どう見ても圧迫感を感じる。門のとなりの大壁は端が見えない。この学園の面積は一ha(ヘクタール)を悠に越えるらしい。
「そこの君、危ないよ!」
馬車馬の騎手が私に声をかけた。私はペコリと頭を下げて、足早に門へと向かう。
門を出て、少し脇に逸れると、私はほうきにまたがった。
ふわっ
一気に飛び出しても良いのだが、人にみられると色々と面倒なので、無難にゆっくり上昇する。
私は学園を見た。
[国際立聖サルヴァツィオーネ学園]
『サルヴァツィオーネ』などと大層な名前だが、殆んどの人(人外も含む)はそう呼んでいない。
この学園には、『異常者』が集められている。能力異常者や、容姿的異常者、性的異常者など、様々だが、とにかく、異常者ばかりだ。私も異常者で、リュウも、蘭も、スナタも、異常者だ。故に、この学園の生徒は「化け物」と呼ばれ、この学園自体、『化け物学園』通称『バケガク』と呼ばれている。
何故こんなことを考えているのだろう。急に馬鹿馬鹿しくなって、私はさっさと家に帰った。
7 >>12
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.12 )
- 日時: 2022/01/29 13:28
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: i8PH9kfP)
7
「ただいま」
家はシーンと静まり返っている。良かった。祖母は来ていないようだ。あの人は勝手に家に入ってくるから嫌だ。普段はいい人だけど。そろそろ家の鍵を変えるか。帰る度に確認するのは面倒だ。
私は靴を脱いで、靴箱へしまった。物は出来るだけ見えなくしたい主義なのだ。
ガチャッ
玄関に立っている人に家の中が見られないように、家に入ってすぐのところにはドアがある。そこを開けると、廊下で、階段や風呂やトイレがある。そこの先に、リビングがある。が、その前に、私は洗面所へ行った。
ジャーー
水の流れる音を聴きながら、手を洗ってうがいを済ませ、タオルで手などを拭いた後、ふと、鏡が目に入った。
ウェーブのかかった金髪に、右目が青と左目が白のオッドアイ。よく死んだ目をしていると言われる。
金髪に青眼は天使の特徴とも言われ、私は端正な顔をしているらしく、幼い頃は「アンジェラ」と呼ばれることもあった。
しかし、母は、いや、父や、他の大人も、私の左目の白を気味悪がった。白の見た目を持つ者は大変少なく、歴史上でも隅に追いやられてきた。そして母は、私を「ネロアンジェラ」と呼び、蔑んだ。白なのに黒とは、変だと思ったが、私をどう呼ぼうと母の自由なので、触れないでおいた。
さて、リビングに移動し、ソファに荷物をおいて腰を下ろすと、私は呟いた。
「ステータス・オープン」
ぶおん
青白い光が部屋を包む。ステータスを確認するのは私の日課で、特に意味はない。
『【名前】
花園 日向
【職業】
・魔導士 level 58……
【スキル】
・鑑定 level 33
・察知 level 40
・索敵 level 42……
【使用可能魔法】
・光属性
└光魔法 拘束類……
……』
変化はなし。結局とどめはさせなかったからな。
さてと、夕飯の支度をしないと。今日はオムライスにしよう。
______________________
時計は十時を示している。そろそろ寝る時間か。
私は自室を出て、右に進んで二つ目の部屋に入った。
ごちゃごちゃと色んな物がそこには散らばっている。あれから数年経っているのに、なかなか終わりが見えてこない。
そうは言っても、仕方のないことだ。私は適当に近くに落ちていたテディベアを掴んだ。三歳の誕生日に父がくれたものだ。テディと名付け、大切にしていた。
私は部屋の中央に描かれている魔法陣の中心にテディを置いた。私が手を振り、魔力を流すと、魔法陣の周りの蝋燭に火が灯った。
「お母さん、お父さん」
じわじわと、テディが燃えていく。
「お や す み な さ い」
8 >>13
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.13 )
- 日時: 2022/01/29 14:46
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: u3utN8CQ)
8
今日の一限目は精霊との仮契約をするらしい。仮契約とは、特定の時期を迎えると契約者たちの意思に関係なく契約が切れてしまう契約のこと。私たちは毎年一年間の仮契約を精霊と結ぶ。今までで仮契約を結んだことのある精霊と結ぶこともあるし、新しい精霊と結ぶこともある。仮契約を結ぶことで私たちにも幾つか利点があったりする。
ライカ先生は教室に入るなり言った。
「それでは早速、始めましょう」
ライカ先生の授業では起立や礼などはしない。そこは先生によって違うのだ。なかなか統一してくれないので、新入生はよく間違えておろおろしている。
「声ではなく、心で語りかけるのです。焦ってはなりません。『精霊様、いらっしゃってください』と、敬意をはらって呼び出しましょう」
それを嫌がる精霊もいることを、彼女は知らない。だが、それを指摘しても面倒くさいだけなので、私は毎回スルーする。
生徒たちは両手を組み、目を閉じた。私もそれを真似し、同じように、精霊たちに語りかけた。
「誰か私と契約を結んで」
すると。
リィ……ン
鈴のような音が聞こえた後、声がした。頭に直接響くような、それでいて心地の良い声だ。
『わたしと結びましょう。ね、いいでしょう?』
目を開けると、そこには美しい精霊がいた。
ふわふわしたショートボブのクリーム色の髪。おっとりしたたれ目の若草色の瞳。背中には瞳と同じ色の羽が生え、薄い白い布を纏っている。
『名前をちょうだい』
「それじゃあ、リン」
リンはぱあっと笑顔になった。
『あなたの名前は?』
「日向」
リンは言った。
『素敵な名前ね』
素敵? そんなこと、初めて言われた。
だって、私の名前は、私じゃないから。
私は、 だから。
9 >>14
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.14 )
- 日時: 2022/07/20 14:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: DAMSs7I3)
9
授業の終わり。生徒は全員、無事に精霊と仮契約を結べたようだ。たまに精霊と喧嘩をして教室が壊されることもあるから、無事で何よりだ。何かあると面倒くさい。
「日向」
後ろから声をかけられた。声で分かるのもあるけど、この教室内で私に声をかけるのはリュウくらいなので、すぐに分かる。
「なに」
「どんな精霊と仮契約を結んだんだ? 新しい精霊か?」
「うん」
私は【精眼】を持っているので、誰がどんな精霊と共にいるのかが分かる。だけど、リュウは持っていないので、私が精霊と契約が出来たのかすら分からない。しかし、精眼とは別に、私が【精霊の加護】という称号を持っていることを知っている。精霊の加護を持つ者が仮契約を結べないことなど、あり得ないことなのだ。
そういえば、だいぶ昔にスナタが「精眼に青眼」と言って笑っていた。
「リン、姿を見せて良いよ」
『わかったわ』
精霊とは警戒心の強い存在で、精霊同士にすらその姿を見せない。さらに臆病な性格の精霊は契約者からも姿を消すことが多い。
リンは契約時にも思ったが、積極性のある性格をしている。あっけらかんとリュウに姿を現したようで、リュウは「へえ」と笑顔で言った。
....
「似てるな」
『?』
リンは不思議そうな顔をした。
「もしかして、だから名前も『リン』なのか?」
「さあ。思いつきで言ったから」
私たちがそれを無視して話を続けていたからか、リンがムッとした顔で言った。
『ねえ、なんの話? 私は誰に似てるの?』
「あとで紹介してあげる」
『ええー』
リンはしょんぼりとした。
10 >>15
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.15 )
- 日時: 2020/12/13 07:16
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)
10
二限目は魔法石を作る授業。精霊とのコミュニケーションというか、共同作業をすることで、精霊と親睦を深めようというのだ。毎年これをしている。
「はーい、注目。今からⅣグループ以下の生徒にMPポーションを配りますよ」
ライカ先生が言った。今年も魔法学精霊科はこの人が担当なのか。
リュウに言ったら気づくのが遅いと言われるのだろう。
魔法石を作るのには大量の魔力を消費する。そうだな、Ⅴグループの生徒は全消費するんじゃないだろうか。足りない分は精霊が補ってくれる。つまり、精霊の負担が増えるのだ。
この学園には昨日のようにしょっちゅう魔物がやってくる。そのときに魔力がないと死んでしまうので、必ず元々の魔力量が少ない生徒には、MPポーション(魔力回復ポーション)が配られる。当然私にも配られるのだが、総合レベル50を越える私には必要ないのだ。飲まなければ面倒くさくなるので飲むが。
ライカ先生は私にポーションを手渡した。
「ありがとうございます」
半透明な紫色はD級の印。ポーションをはじめとする階級やランクは、GからA、そしてSに分けられる。色もそれぞれ分かれており、したから黒、橙、赤、紫、青、緑、黄、白とある。もちろん効果も比例して強くなる。D級ポーションのようなものは、一般人からしたら貴重品だ。人によっては家から持ってきたG級ポーションを二、三本飲んで、D級ポーションはこっそり家に持ち帰ることもある。
「それでは皆さん、手元の石を見てください」
さてと、授業が始まるようだ。ライカ先生はポーションを配るときに石も一緒に置いていたのだ。なんの変哲もない、ただの石だ。これを魔法石に変える。
「まずは、精霊と意思を通わせましょう。お互いの魔力をお互いの魂に流し合い、共有するのです」
この微調整が難しい。私の魔力量は異常なので、全て流してしまうと、いくら精霊でも耐えられないのだ。ましてや仮契約で、結びたてだとなおさら。
リンは私の机にちょこんと座り、じっと私の目を見た。私も見つめ返し、ゆっくり魔力を流す。
スウゥゥ
じわじわと、自分以外の魔力が体に染み込む感覚がする。これが不快だと精霊も不快と感じており、意思を通わすことなど到底不可能となるのだ。
しかし、今はそれがない。どうやら成功しそうだ。
今度は流した魔力をこちらに戻す。繰り返していると魔力の出し入れのタイミングが合い、 魔力が混ざり合う。これで、意思が通じ合ったことになるのだ。
私たちは頷き合うと、石を見た。
リンは風の精霊。よって、魔法石も風の魔力が宿る。
「『ヴィチローク・ピチァーチ』」
私たちが同時に唱えると。
ゴウッ
大量の風の魔力が私たちの身体から抜け、石に吸収されていった。
緑色の光が石を包み込み、ふわりと石が浮く。
だんだんと灰色だった石が緑を帯びてきた。
ここで集中が途切れると、始めからやり直しになってしまう。じっくりと時間をかけて、魔法石を作り上げていく。
カッ
しばらく経つと、いっそう強い光が石から発せられた。
かつんと音をたてて机の上に落ちたのは、若草色の美しい石――魔法石だった。
リンは嬉しそうに言った。
『やったね、日向』
「そうだね」
『もっと嬉しそうにしなよ!』
リンはぷくぅっと頬を膨らませた。
11 >>18
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.16 )
- 日時: 2020/11/16 21:12
- 名前: ほうじ茶うまい (ID: G2ENsTvw)
可愛い!
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.17 )
- 日時: 2020/11/16 21:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: taU2X.e0)
でしょう! でしょう!
リンちゃんかわいいです。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.18 )
- 日時: 2021/04/03 20:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)
11
ポーションを飲みながら周りを見る。どうやら私たちが最後だったようで、他の人は雑談をしたりして悠々自適に過ごしていた。
ライカ先生がパンパンと手を叩く。
「はい、皆さん、良くできました。全員無事に終えられましたね? 三限目は出来た魔法石を持って、グラウンドに集合してください。
では、終わります」
ライカ先生が去ると、リュウがこちらにやってきた。
「よう、日向。どうだった?」
「別に」
リュウは苦笑した。
「まあ、日向が失敗するなんてあり得ないもんな」
リュウのこの台詞は、教室内の全員が理解できないだろう。
「次、一緒に行こうぜ」
「分かった」
私は短く答えると、席を立った。
「行こう」
魔法石の他には、特に持ち物はない。授業自体は魔法実技だが、殆んど魔力は消費しないので、MPポーションも必要ない。何故なら、魔法に使う魔力は既に魔法石に宿っているからだ。
魔法石をうまく使うことが出来るか。そこまでが魔法石に関する成績に入る。
グラウンドまでは結構距離がある。まず、第一館に行き靴を履き替える。そこから馬車庫に行き、馬車を借りる(Ⅱグループのリュウは馬を操ることを許可されている)。何人かのルームメイトが共に乗り、五分間かけて校舎を回る。それから森を三分間通ると、開けた場所に出る。
「着いたぞ、降りろ」
馬車は決められた場所に停め、馬も手綱を木にくくりつけた。
教師は校内でのほうき飛行が可能なので、そこには既にライカ先生がいた。
「あなたたちが一番乗りよ」
にこにこしながらライカ先生は、リュウに向かって言ったけれど、私の姿を見た途端、顔を強張らせた。
「花園さん。また笹木野さんに連れてきてもらったの? 駄目よ、たまには自分で来ないと」
リュウはその言葉に言い返した。
「先生。一人で来いと言うのは無茶ですよ。日向は馬車を使うことは許されていませんし、徒歩だとすごく時間がかかる」
「リュウ、いいよ、相手にしなくて」
私の言葉に、ライカ先生はカチンと来たようだ。
「何ですって?」
面倒だったので、私はぺこりと頭を下げると、さっさとライカ先生から離れた。
『ねえねえ、いつもあんな感じなの?』
リンが言った。
「うん」
12 >>19
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.19 )
- 日時: 2021/06/21 18:35
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HDoKOx/N)
12
魔法実技の授業が始まった。出席番号順に行われるので、私は十八番目だ。
リュウは比較的始めの方に行う。出席番号は、確か六番だっけ。
「次、六番、笹木野 龍馬」
合ってた。
今回の魔法実技では、用意された的に魔法を当てられるかどうかで成績がつけられる。的は円で、中央に赤い丸がある。その丸を中心とする同心円状の円が書かれていて、赤い丸から離れるほど評価は下がる。
リュウは深呼吸をした。左手に魔法石を、右手を的に向け、呪文を唱える。
「アクア・アスク」
リュウの右手から針のように細い水が放たれた。
ヒュッ
的に小さな穴が空いた。無駄な亀裂などは一切ない、画鋲で壁を刺したようなきれいな穴だ。
赤い円のその中央に魔法は命中した。見事なコントロールだ。しかし、魔法が地味すぎたせいか拍手は起こらなかった。
だけど。
バキバキバキバキッ
数百メートルは離れているはずの森の木々が、突然大きな音をたてて倒れた。それはちょうどリュウが前を向いている方向で、かつ、リュウが魔法を放った方向だった。
「あ、いけねえ」
リュウが頭をかいた。それから何故か私のところへ来た。意味はなさそうだ。
「もうちょっと的が丈夫だと思ったんだけどな」
「なに言い訳してるの」
「ははは」
「森が怒る」
ライカ先生はポカーンとしていた。無理もない。リュウが放った魔法は、C級とはいえ威力は弱い方で、学者によってはD級とも言われる程度のものだ。それを森を破壊するほどの魔法として放つのは、魔法使いの中でも[魔術師]と呼ばれる魔法のスペシャリストくらいのものだ。
「先生、すみません」
リュウが言うと、ライカ先生は慌てて言った。
「い、いえ。大丈夫よ。じゃあ、笹木野くんはA評価ね」
「ありがとうございます」
13 >>20
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.20 )
- 日時: 2021/04/03 20:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)
13
「次、十八番、花園 日向」
私の番が来た。
『わくわくするね』
リンが無邪気に笑う。私は返事をせずに指定された立ち位置に立った。Ⅴグループである私は、みんなよりも的に十メートル近い位置から魔法を放つ。
「ウインド」
ふわあと頬を風が撫でる。心地のよい暖かなそよ風が、グラウンドを通り抜けた。
「花園さん、C評価」
「ありがとうございました」
あまりにも呆気なく終わったので、リンは開いた口を塞がないまま言った。
『え、日向、終わり?』
「うん」
『ええっ?! もっとすごい魔法使わないの? たくさん魔力込めたでしょう?』
「いいの」
そんなことをしても、なんの利益も生まれない。
私は彼らが生きてさえいれば、世界すら、どうなろうと構わないのだから。
______________________
「あー、終わった終わった」
「疲れたの?」
「いいや、まさか」
「うん」
リュウがあの程度で疲れを感じるわけがない。
『ねえ、日向。どうしてあの魔法にしたの? あれじゃ的に当たったかどうか分からないわ』
リンはまだあの魔法のことについて文句を言っていた。
「成績が下がるだけ。問題ない」
『あの先生を見返そうよ!』
私はため息を吐いて、リンを見た。
「意味がない」
それだけ言って、私は腕を組み、目を閉じた。
話すのは疲れる。もういいや。
「ついたら起こすよ」
リュウのその言葉を聞きながら、私は意識を落とした。
14 >>21
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.21 )
- 日時: 2021/04/17 08:14
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
14
「おーきーろー!」
耳元で大声を出され、私は、目を開けた。
「なに」
「なにじゃないだろ。起きろよ、朝だぞ」
私の視界いっぱいに、朝日の顔が映る。太陽の光を浴びて、金色の髪はキラキラと光っている。桃色の瞳も光が宿り、きれいだと思う。
私とは違うな。
「勝手に入らないで」
朝日はいつも私の部屋に入ってくる。その度に注意しているのに、聞く耳すら朝日は持たない。
「さっさと起きてこないのが悪いんだろ!」
朝日はむっとした顔で言った。
「はいはい。すぐに降りるよ」
私は立ち上がると、朝日の頭をグシャグシャとかき撫でた。
「おい、やめろって」
「聞こえない」
朝日だって私の部屋に入ってきた。おあいこだ。
「絶対聞こえてる……」
ぶつぶつと文句を言いながら、朝日は部屋を出た。
(なにか、忘れてるような?)
私はなにか違和感を感じた。いつもと変わらない日常。
どこか、作り物めいている。
「気のせいか」
私は首を振った。さっさと制服に着替えて、リビングへ行く。
ガチャッ
「おはよう、母さん」
返事はない。黙々と朝食を食べ続けている。
かつては、綺麗なはずだった。前に、父さんに、昔画家に描いて描いてもらったという絵を見せてもらったことがある。
艶のあった黒髪は無造作に低い位置で一つにまとめられ、ろくに手入れもされずにボサボサ。純粋な光を放っていた可愛らしさを感じさせていた青い瞳は、メガネの奥で、どんよりと濁っていた。母さんはいわゆる童顔だったらしく、絵の中では少女のような可憐さを感じさせていたが、その分、実際以上に老けてしまっていると感じる。
衰弱を感じるのは、なにも顔だけじゃない。体も、そうだ。母さんは確かに、細身ではあった。しかしそれは、健康的な痩せ型だった。こんな、ギリギリまで肉を削ったような、皮と骨だけしか無い体ではなかった。決して。
「父さんは?」
「もう仕事へ行った。たまには見送りしてあげなよ。さみしがってたぜ」
朝日がトーストをかじりながら言った。
「考えとく」
冷蔵庫から食パンやらバターやらを取り出しながら私は言う。
「それ、姉ちゃんの性格からしてやる気ねえよな」
「さあね」
______________________
「おーい、日向?」
体を揺すぶられる。
「なに」
「お。起きたな、着いたぞ。日向がこんなに寝るなんて珍しいな」
……夢、だったのか。
「うん」
15 >>22
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.22 )
- 日時: 2021/04/03 20:14
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)
15
カラァン……カラァン……カラァン……
終業を知らせる鐘が鳴る。
『ふー。終わったの?』
リンが言う。精霊であるリンは、こんなに長い時間ひとつの場所に留まり続けるのには慣れていないのだろう。
精霊なのだからこっているはずのない肩をぐるぐると回すリンをながら、私は言った。
「私の家まで遠いから、疲れたら言ってね」
するとリンは、ビックリしたような顔をした。
私が尋ねることを待っていたのだろう。しばし無言の時間が流れた。
しかし、私は面倒くさかったので、なにも訊かなかった。異論がないならそれでいい。
ロッカーへと進む私に、リンは言った。
『ビックリしちゃった。日向、わたしを気遣ってくれてるの?
ずっと冷たかったから、勘違いしてたけど、結構優しいのね』
「文句を言われるとうるさいから。それだけ」
リンはクスクスと笑った。
なに。
そう訊こうとしたけど、もういいや。面倒くさい。
『あれ、それってペガサスのほうきよね。高級品じゃない。そんなの使うの?』
「なんで知ってるの」
リンはキョトンとした。
私は、はあ、とため息を吐き、言った。
「これが高級品だってこと」
ああ、とリンは呟いた。
『仮契約で戻ってきた仲間に聞いたことがあるの。とってもスピードが出て、気持ちが良いって』
「やめた方がいい」
精霊は、世のことを知らない無知な存在。それがこの世界における精霊の立ち位置だ。あまりにもそれに外れていると、この世界から弾き出される恐れがある。
『わかってる』
リンが悲しげに言った。
『みんなそう言うわ。だから、早く他種族と契約を結べってうるさかったの』
リンのような〈アンファン〉は、契約を結び、それが切れた時。精霊は一刻を過ぎると記憶が全て消えてしまう。その意識のなかには、自分が精霊であることと、仲間を仲間だと認識する能力。それだけしか残らない。
『でもわたし、知りたかったの。この世界がなんなのか。契約を結んで、外に出て、もっと多くのことが知りたかったの』
「……ふうん」
悪いけど、リン。
興味ない。
16 >>23
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.23 )
- 日時: 2021/04/03 20:18
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)
16
家のドアに手を掛けたときに、私は嫌な予感がした。
ガチャッ
『え……』
リンが絶句した。それもそうだ。こんな、
ぐちゃぐちゃな家をみたら。
「おや、日向、帰ったのかい?」
年のせいで真っ白になった頭の老婆。青い瞳は瞳孔が完全に開かれ、どう見ても異常だ。
「うん、ただいま」
「あいつはどこだい!!」
祖母は急に怒鳴った。
「さあ」
ガシャアンッ
祖母は靴箱の上に置いてあった花瓶をなぎ倒した。
……あの子が気に入ってたのにな。
「早くお出し! すぐにでも祓わにゃいかん!」
「おばあちゃんに、そんな力ないよ」
祖母はかつて、エクソシストという役職についていた。
いや、役職というのは生涯における職業のことなので、厳密にはいまもエクソシストだ。しかし、祖母にはもう、そんな力は残っていない。
「何を言うか! わしはまだ現役じゃ!」
そう言いながら、ガシャンガシャンとものを壊していく。
『あいつの肩を見な』
不快な金属が擦れ合う音のような声がした。
ギョロリと祖母の目玉がこちらを向く。
「なんだい、その肩に乗っているのは」
リンが、小さく悲鳴を上げた。
『ひゃっ』
「新しい精霊かい?
風の精霊、光の隷属だね。それなら……」
バチバチッ
黒い稲妻が祖母の体を覆った。
「退治するまでよ!
【フィンブリッツ】!」
バリィッ
リンの体を、稲妻が貫こうとした瞬間。
シャラアン
スレイベルのような、いくつもの鈴が一度に鳴ったような音がした。
シュパッ
白い光と共に、稲妻は消えた。そしてそこには、精霊がいた。
絹のような腰までのびた長いクリーム色の髪。深い森のような翠の瞳。背中にはモルフォ蝶の羽。
私のパートナーであり光属性の精霊、ベル。
『おばあさん。乱暴は駄目よ』
「現れたね、この……」
私は闇魔法【沈意】を使い、祖母の意識を強制的に落とした。
ドサッ
『おじいさんを呼んできたわ。たぶん、もう少ししたら来ると思う』
「わかった」
私の言葉に頷くと、ベルはキッと祖母の傍らにいる精霊に向かって言った。
『何度も言っているでしょう? もう来るのはやめて』
『ふん! 嫌なこった。勘違いするなよ? オレサマは婆さんの『お前らを倒す』って望みを叶えるために契約してるんだ。文句あるか?』
『あるわよ!』
祖母は心を病んでいた。私が生まれたことで、母が悩み、心を病み、それが感染するかのようにして、祖母もおかしくなってしまった。私を殺したいと思うことは、異常であれ不思議ではない。
そんなときに闇の隷属、風属性、雷の精霊、ビリキナは祖母に囁きかけた。目障りならば、殺してしまえと。
ビリキナにとって、ベルのような光属性の精霊は天敵。祖母のエクソシストの白い力に黒を塗り重ねることで、祖母は大きな力を一定時間操ることが出来る。
そして祖母を操り、自分が大きな力を操ることが出来るようになる。そういうわけだ。
バンッ
ドアが開いた。
「日向、無事か?!」
慌てた様子で祖父がやってきた。祖母と同様に白く染まった頭はボサボサで、橙色の瞳は不安定に揺れている。
「うん」
祖父はかごを持ってビリキナを捕まえた。祖父もエクソシストで、こちらはまだ現役だ。ビリキナが力を使ったあとであれば、捕まえることなど造作もない。
『かつては百戦錬磨のエクソシストと言われたあんたも、身内の命がかかっていると手も足も出ないとは、とんだ笑い者だぜ!』
アハハハッと甲高い声で笑い、ビリキナは祖父に連れ去られた。
そして祖母も引き取られ、家のなかは再び静かになった。
第一幕【完】