ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.1 )
日時: 2020/12/10 21:13
名前: ぶたの丸焼き (ID: OakzbDQq)

 0

 また、今日が来た。何も変わらない太陽が、私を朝へと追いやる。
 いつもと変わらない動作で、私は朝の用意をする。顔を洗って、朝御飯を食べて、歯磨きをして。
 鞄をもって、靴を履いて。
「行ってきます」
 誰もいない家に向かって、私は外出を告げる。
 さあて、今日は何があるのかな?

 みんなにとっての異常が、私の日常だとすれば、世界は私を、どんな目で見るのだろう。

 1

「おはよう」
「おっす」
「おはようございます」
 人々は、今日も人と関わりを持とうとしている。それに意味を持つというわけでもなく。
「よう、日向ひなた。おはよう」
 私だって人のことはいえない。
「おはよう、リュウ」
 この人の名前は笹木野ささきの 龍馬たつま。私を含む特定の友人は、彼のことをリュウと呼んでいる。
「まあたつまんなそうな顔してさ」
 リュウは私によくこの言葉を言う。確かに私はこの世界に興味がなく、何のためにも生きていない。
 でも、それが何だと言うのだろう。死にたいわけでもなく、生きたいわけでもなく。私のこの意思を彼らは尊重し、受け入れてくれている。それで満足すべきだろうか。
「今日は屋上集合だとさ」
「え?」
「『え?』じゃねえよ。今日はあいつらと昼休み一緒だって、昨日言ったろ?」
 ああ、そうだった。どうせリュウが教えてくれるだろうと、覚える気がなかったのだ。
「どうせおれが教えるからって、覚える気がなかったんだろ」
「うん」
 さすがは昔からの友人だ。よくわかってくれている。

 2 >>02

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.2 )
日時: 2020/12/11 16:32
名前: ぶたの丸焼き (ID: KVjZMmLu)

 2

 リュウが弁当のはいったバッグを肩に掛けながら言った。
「日向、行くぞ」
「迎えに来なくても、逃げないよ」
「どうだかな」
 リュウはいたずらっぽく笑った。
 リュウは闇属性なのに、どうしてか、太陽が似合う。光属性と言われても、何らおかしいと思われないだろう。もっとも、属性と性格の関係性は明らかになっていないが。

 リュウの笑顔は、とてもきれいだ。

「どこの屋上?」
 リュウは呆れた顔をした。
「あいつらのいる第四館だ。お前、本当に話を聞いてなかったんだな。迎えに来て正解だったよ」
 やれやれと首を振るリュウ。
 私も弁当の入った小さなバッグを持ち、立ち上がった。
 私とリュウが歩いていると、ヒソヒソと声がする。
「ほら、また一緒に歩いているよ」
「幸せアピール?」
 リュウが私に尋ねた。
「どう思う?」
 なので私は、正直に思っていることを言った。
「馬鹿じゃなかろうか」
 リュウは吹き出した。
「そう言うだろうと思ったよ」
「いつも言ってるからね」
 渡り廊下をいくつか通り、第四館へたどり着いた。早めに教室を出たし、昼休みも一時間と長い。時間はまだまだ足りるはずだ。
 そういえば、昼休みが一時間もある学校は珍しいらしい。
 第四館は塔のように細長い建物で、階段は中央にある。細長いと言っても、面積はなかなかのものだ。
 五階分の階段を登りきり、木製のドアを開けると、そこには顔見知りがいた。
「おー、やっと来たか」

 3 >>03

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.3 )
日時: 2022/01/28 19:17
名前: ぶたの丸焼き (ID: V9P9JhRA)

 3

「平均的な早さだと思う」
「おれたちは結構待ったんだって」
 一言二言話したあと、私たちはいつものベンチに座った。
 屋上はあまり人はいない。理由はいくつかあるが、今日は寒いことが一番の理由なのではないだろうか。おそらく今日も、奴らが来るのだろう。
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」
 今日はお弁当は昨日作っておいたものになっている。考え事をしながら作っていたら、量を間違えてしまったのだ。
「日向、それなに?」
「知らない」
 本当に知らないのだ。適当に作ったらこうなった。
 私は自分の弁当箱の中にある、炊き込みご飯を見た。魚やら肉やら野菜やら、色々入っている。
 ああ、そうか。
「炊き込みご飯」
 私はスナタの目を見て言った。
「とりあえず、具体的な名前はないのね」
 スナタは苦笑いしていた。
「うん」
 それからは、毎度恒例のおかずお披露目会が始まった。リュウはハンバーグ、らんは豚の生姜焼き、スナタはサンドイッチだった。
「日向、ひとついる?」
「別に」
 スナタは私の弁当箱の蓋にサンドイッチを置いた。
「……ありがとう」
 何故訊いた。意味があったとは思えない。
 いつものことか。それに、私も拒絶していたわけではない。
「そういえばさ、発表されたよね、《森探索もりたんさく》の結果」
 スナタが言った。
「総合でも、Cクラスじゃリュウが一位だったでしょ? 流石だよね」
 リュウは少し照れたような顔をした。
「いや、スナタも十一位だったし、蘭なんか七位だっただろ? 二人だってすごいよ」
「いやいや、私はまだまだだよ。でも、もうすぐで十位以内に入れるんだ。応援しててね」
 そして視線は、私に向いた。
「日向って、二位だったっけ?」
「下からね」
 私は短く言った。これこそいつものことだ。《森探索》とは、簡単に言うと魔物狩りのことだ。正式名称、[デーモン・タウン]という森には、その名の通り、魔物がたくさんいる。場所はこの学園を出て、北の方角にほうきで一時間ほど進んだ場所にある。倒せた魔物の数と、使った技(魔法だけではない)の精度やレベルに応じてポイントが入り、それが多い順に順位が決まる。つまり私は、ほとんど魔物を倒せていないということだ。
「いつもブービー賞だよね」
 スナタがからかうような口調で言った。
「だって私は」
 私がそう言った直後。

  ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ

 学園中に、警報が鳴り響いた。

 4 >>04

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.4 )
日時: 2021/04/03 19:12
名前: ぶたの丸焼き (ID: XURzUbRL)

 4

 無機質な女の人の声が響く。
「ペリット五体の侵入を確認。Ⅳグループ、Ⅴグループの生徒は屋内へ避難、それ以外の生徒は、戦闘態勢を整えてください。繰り返します。
 ………」
 ペリットとは、魔物の名前。二つの属性の魔法を操れる魔物で、人々が出したゴミや、汚水などから誕生した。分類上は土属性となっていて、進化の過程で二番目の属性が別れる。現在確認されているのは火属性と水属性で、風属性は確認されていない。
「ペリット五体か、少ないね」
 スナタが言った。
「少ないに越したことはないだろ」
「それもそっか」
 しかし、リュウは苦い顔をしていた。
「油断するなよ。ペリットは一体だけでも強いやつは強い。それに、三属性の可能性だってある」
 私はスキルを使ってわかったことを3人に教えた。
「三属性はいない。でも、今此処に向かってるのは派生持ち」
 リュウと蘭は私が言ったペリットを確認するために、屋上の柵を腹に当てて下を見た。
「うえぇ」
 蘭が言った。無理もない。ペリットの見た目は、見ていて気持ちの良いものではない。どろどろした体表に、丸みのある体。ペリットが進んだ後には、泥が巻き散らかっている。
 しかも、二人が見ているペリットは、五体の中で一番大きい。つまり、一番強いということ。

 ぶわっ

 大きな茶色の塊が降ってきた。ベチャンと気持ち悪い音をたてて、ペリットは着地した。泥が跳ねたけれど、私たちには当たらなかった。
「仕方ないか」
 蘭は火の玉を投げつけた。
 あ、蘭はわからなかったのか。

 ヒュオオオオ

 ペリットがはいた冷気により、火の玉は相殺し、消えてしまった。
「水の派生、氷の魔法。蘭は相性が悪い」
「早く言ってくれよ!」
 蘭に恨めしそうな目で見られてしまった。
「ごめん。でも、わかると思った」
 蘭はすねたような顔をして、そっぽを向いてしまった。子供っぽいな。
 蘭は光と火の魔法使い。一応他の属性も操れないことはないけれど、苦手としている。
 スナタは風使い。土だけならまだしも、氷が入ると難しいと思われる。蘭のように、魔法が相殺する可能性が高い。
 となると、リュウの出番か。
 水だけなら、氷には負けてしまう。しかし、闇ならどうだろう。
 リュウも同じことを考えたようで、【ブラックホール】を発動させた。

 ズオオオオッ

 空中に黒い渦が発生した。渦からは強い風のようなものが発生し、ペリットを飲み込もうとしている。
 ペリットの体表の泥が次々と渦に飲み込まれ、ペリット自体も浮かび上がろうとしている。
 だけど。
「リュウっ! 駄目、魔法を解いて!」
 私の言葉を聞いて、リュウは目を見開いた。
 幸い私の言葉の意味を理解してくれたようで、リュウは魔法を解いた。
 そして、私は魔法を発動させた。

 5 >>07

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.6 )
日時: 2020/11/09 21:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: qpE3t3oj)

 感想とご指摘、ありがとうございます!! すごくうれしいです!
 話が飛んでいる部分は、またあとからわかるように出していく予定です。それでもわからなかったら、また言っていただけると嬉しいです。
 これからもよろしくお願いします。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.7 )
日時: 2022/01/28 19:29
名前: ぶたの丸焼き (ID: V9P9JhRA)

 5

 キィィイン

 ペリットの周囲の床が光で溢れ、じゃらじゃらと鎖が現れる。
 鎖はペリットの体へ巻き付く。胴体、手、頭。身動きのとれなくなったペリットは、慌てたように暴れるが、光の鎖は、固く、その体を拘束し、離さない。

 光魔法【拘束】

 光魔法は、何も美しいものばかりではない。対象の自由を奪ったり、時には殺めることさえ出来るものもある。
 私が次なる魔法をペリットに与えようとした瞬間、目の前を通った者がいた。

 ザンッ!

 彼は、光の鎖ごとペリットの身体を断ち切った。
「怪我はないかい?」
 黒い肌に水色の瞳と、[ノルダルート]の王族の特徴を持った男がそこにいた。
 怪我をしているかどうかぐらい、この男ならわかりそうなものだ。ノルダルートの王太子、エールリヒ・ノルダン・シュヴェールトなら。
 私たちは跪いた。
「いえ、ありません。ありがとうございました」
 リュウが言った。

 シュウウウウ

 見ると、ペリットが煙を吹きながら縮んでいった。そしてやがて、石となった。
 ≪魔石≫、それは、魔物を倒したことによって得られる戦利品だ。売れば金になる。私の生活費も、殆んどここから得ているようなものだ。ポーション作りの材料になったりする、なんだかんだ言って便利な代物だ。
 そしてもうひとつ、ペリットが出したものがある。
「これは、≪光の御玉みたま≫か?」
 エールリヒが、ひょいと水晶を摘まむと、リュウが顔を青くした。
 水晶と言っても、それは形は石と変わらず、クリスタルと言った方が想像しやすいかもしれない。大きさは人差し指の先から第二関節までくらいだろう。見分け方は、その輝き。他の魔石と違い、御玉は輝いている。
 光の御玉は一言で説明すると、『闇属性からすると最強の殺戮兵器』だ。触れればその部分が大きく腫れ、ほうっておこうものなら皮膚が赤黒く変色し、じわじわと真っ黒に染まり、やがて腐り、使い物にならなくなってしまう。
 ブラックホールに取り込もうものなら、悲惨なことになってしまう。身体が爆発くらいはするんじゃないだろうか。
 私の制止の意味までは、リュウは理解できなかったのだろう。聴いてくれて良かった。間に合って良かった。
「あの鎖は、君が放ったのかな?」
 エールリヒは、蘭に尋ねた。
「え、いや」
 私は蘭を睨めつけ、そういうことにしておくようにと圧をかけた。
「……そうです」
 よしよし。すなおだ。それでいい。
 エールリヒは感動したと言わんばかりに声のトーンを上げた。
「素晴らしい! ブラックホールを使ってはならないと悟り、助けに入るとは。遠目からの判断になるが、タイミングも良かった。見事なコンビネーションだ!」
 そうか、この男は生徒会長も務めているのだった。それで一番大きなペリットのいるここへ、わざわざやって来たのか。
「流石はⅡグループに入るだけあるね」
 エールリヒはにこりと笑った。
 そして、私に気づき、言った。
「君のそのリボン、Ⅴグループだろう? 何故避難しなかったんだ?」
 私のリボンは彼の言う通り、Ⅴグループを表す赤色だ。この学園はグループに分けられ、計五つある。
 まず、Ⅰグループ。ここはいわゆる王族や貴族などが入っているグループだ。待遇されていると言うわけではなく、『天才』と呼ばれる者がこのグループに入っているだけ。天才の血は王族や貴族に取り込まれてきたため、こうなってしまった。ただ、まれに特別変異で生まれた天才もここに入ることがある。色は黄。
 次に、Ⅱグループ。リュウや蘭もここに入る。『秀才』が大多数を占めている。何も勉学だけでなく、剣術や体術に優れた者もいる。二人もそのパターンだ。まあ、頭も良いが。色は緑。
 Ⅲグループはスナタがいる。優等生ではあるが、Ⅱグループに入るほどではないというレベルの生徒がここにはいる。色は青。
 Ⅳグループは、いたって平凡な生徒が入る。特筆すべき事は特にない。色は紫。
 私はⅤグループに入っている。ここには、『その他』の生徒が入る。能力に欠けていたり、異端児として嫌われていたり。いわゆる劣等生。色は赤。
 男子はネクタイ、女子はリボンがこの色だ。男女関係なくどちらかを選択できるのだが、基本こうなる。リュウと蘭はネクタイ、スナタはリボンで、私は両方持っている。今日はリボンだ。
「逃げる間もなく、魔物が襲ってきました」
 Ⅱグループに入るほどの実力者が二人もいるこの場所の方が、魔物がいるとはいえ安全であると判断することに疑問を持つことはなかったようだ。
 私の言葉に納得したようで、エールリヒはふむと頷いて、バサッと生徒会のマントをひるがえし、屋上を去っていった。
 バタンと扉が閉まると、私はため息をついた。
「なぶり殺したかったのに」
 三人はギョッとして私を見た。
 リュウを殺しかけたあいつは、私の手で殺されるべきだった。まず一日かけて瀕死状態のまま生かし、そこから猛烈な痛みを与えつつ殺さず。ゆっくり苦しみながら、殺されるべきだった。
 なのにあいつは魔石から御玉から、全部持っていった。許さない。
「まあ、リュウは無事だったんだから良いじゃない」
 スナタが私をなだめにかかった。
「わかってる」
 でも、それとこれとは別なのだ。

______________________

 コツコツコツ
 スッスッスッ
 僕の靴は音がなるのに、彼女はいつも静かに歩く。
「それにしても、不思議ですね」
「ん?」
「さっきの四人ですよ。笹木野 龍馬さんにあずま 蘭さん。Ⅱグループの二人が、スナタさんはまだしもⅤグループの花園はなぞの 日向さんと関わるなんて」
 エリーゼ・ルジアーダは言った。確かに、Ⅴグループの生徒と付き合うのは、二人にとって良くない。
「なにか彼女に秀でたものはあった?」
 生徒会長だからと言って、生徒の交遊関係にまで踏み込むことが正しいわけではない。彼女と関係を持つことを正当化するなにかがあればと思ったのだが。
「特にありませんね」
 彼女は生徒会が持つパッドを見ながら言った。このパッドには生徒のあらゆる情報も入っているのだ。
「実技試験では、学園総合でもいつもワースト・10には入っています。筆記試験ではそこまで酷くはありませんが、中の下。他を見ても、なんの功績も上げていません」
 彼女の声と同様に、眼鏡の奥にあるすみれ色の瞳は冷たく画面を見ていた。
「彼女は、能力異常だったよね? それはなに?」
 エリーゼは顔を曇らせた。
「それが、載っていないのです」
「え?」
「ロックがかかっていて、パスワードがないと見られないようになっています。しかもそのパスワードも、先生方の誰も知らないもののようなのです」
 何度も見ようとしたのですがと、申し訳なさそうに彼女は俯いた。
「学園長は知っているそうなのですが、教えてくださいませんでした。
 それと、能力異常だけでなく、経歴異常も彼女の入校理由のようです」
「それも見られない、と」
「はい」
 エールリヒは悩んでしまった。
(いったい、彼女は何者なんだ?)

 6 >>11

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.9 )
日時: 2020/11/11 21:17
名前: ほうじ茶うまい (ID: G2ENsTvw)

おもしろいよー
新キャラ出てきたな!リボン、ネクタイの所なんか好き
返信してみたー
名前は思いつかんかった笑

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.10 )
日時: 2020/11/11 21:27
名前: ぶたの丸焼き (ID: KVjZMmLu)

 はい、新キャラ出しました(笑)
 リボンとネクタイはちょっと考えた部分なので、そう言ってもらえて嬉しいです! ありがとうございます!

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.11 )
日時: 2022/07/21 20:08
名前: ぶたの丸焼き (ID: EjFgzOZO)

 6

 学校が終わると、生徒は我先にと教室を出る。ある者は家に帰り、ある者は寮へ戻る。私は自分の家を持っているので、ほうきで通学している。寮で暮らしている生徒は馬車通学で、距離にして七キロ。朝の七時半と八時の二回、寮の馬車停に停まる。歩いて教室まで来るという手もあるが、時間は一般の生徒で一時間半。賢い方法とは言えない。
 教室の後ろのロッカーに行き、ほうきと鞄を取る。
 この学園は校則が緩く、この二つにしろ髪型にしろ、特に細かい指定はない。高価なものなどは、何かあっても自己責任ということになっている。
 私の鞄は茶色のよくある手提げ鞄。祖父が入学祝にと買ってくれた物だ。ほうきは自分で選んで自分で買った。これは鞄以上の生活必需品なので、きちんと自分に合うものを選ぶ必要があったのだ。
 黒いに金粉が撒かれ、夜空のごとく美しい。ほうきの先はペガサスの羽で出来ている。かなり値を張る代物だが、丈夫で大きさの割には軽いし、スピードの限界値も大きいうえ、調節もしやすい。決して高い買い物とは言わないだろう。周りからは変な目で見られるが、気にしない。ちなみに、何度か盗まれかけた。
 鞄の中に荷物を詰め、帰り支度を済ませると、私は教室を出た。廊下は賑やかで、うるさい。さっさと帰ろう。
 ほうきの使用は門を出てからと決められている。ここはしっかりと守らせられていて、何度か生徒指導を受けている生徒を目撃した。
 階段を下りて、渡り廊下を幾つか歩き、第一館、本館とも呼ばれる建物に辿り着いた。入校したてらしい生徒は、はあはあと息切れしている。ご苦労なことだ。
 靴箱で通学靴に履き替えて、第一館を出る。真正面に巨木がどっしりと生えて、生徒を見守っている。……らしいのだが、どう見ても圧迫感を感じる。門のとなりの大壁は端が見えない。この学園の面積は一ha(ヘクタール)を悠に越えるらしい。
「そこの君、危ないよ!」
 馬車馬の騎手が私に声をかけた。私はペコリと頭を下げて、足早に門へと向かう。
 門を出て、少し脇に逸れると、私はほうきにまたがった。

 ふわっ

 一気に飛び出しても良いのだが、人にみられると色々と面倒なので、無難にゆっくり上昇する。
 私は学園を見た。

[国際立聖サルヴァツィオーネ学園]

『サルヴァツィオーネ』などと大層な名前だが、殆んどの人(人外も含む)はそう呼んでいない。
 この学園には、『異常者』が集められている。能力異常者や、容姿的異常者、性的異常者など、様々だが、とにかく、異常者ばかりだ。私も異常者で、リュウも、蘭も、スナタも、異常者だ。ゆえに、この学園の生徒は「化け物」と呼ばれ、この学園自体、『化け物学園』通称『バケガク』と呼ばれている。
 何故こんなことを考えているのだろう。急に馬鹿馬鹿しくなって、私はさっさと家に帰った。

 7 >>12

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.12 )
日時: 2022/01/29 13:28
名前: ぶたの丸焼き (ID: i8PH9kfP)

 7

「ただいま」
 家はシーンと静まり返っている。良かった。祖母は来ていないようだ。あの人は勝手に家に入ってくるから嫌だ。普段はいい人だけど。そろそろ家の鍵を変えるか。帰る度に確認するのは面倒だ。
 私は靴を脱いで、靴箱へしまった。物は出来るだけ見えなくしたい主義なのだ。

 ガチャッ

 玄関に立っている人に家の中が見られないように、家に入ってすぐのところにはドアがある。そこを開けると、廊下で、階段や風呂やトイレがある。そこの先に、リビングがある。が、その前に、私は洗面所へ行った。

 ジャーー

 水の流れる音を聴きながら、手を洗ってうがいを済ませ、タオルで手などを拭いた後、ふと、鏡が目に入った。
 ウェーブのかかった金髪に、右目が青と左目が白のオッドアイ。よく死んだ目をしていると言われる。
 金髪に青眼せいがんは天使の特徴とも言われ、私は端正な顔をしているらしく、幼い頃は「アンジェラ」と呼ばれることもあった。
 しかし、母は、いや、父や、他の大人も、私の左目の白を気味悪がった。白の見た目を持つ者は大変少なく、歴史上でもすみに追いやられてきた。そして母は、私を「ネロアンジェラ」と呼び、蔑んだ。白なのに黒とは、変だと思ったが、私をどう呼ぼうと母の自由なので、触れないでおいた。
 さて、リビングに移動し、ソファに荷物をおいて腰を下ろすと、私は呟いた。
「ステータス・オープン」

 ぶおん

 青白い光が部屋を包む。ステータスを確認するのは私の日課で、特に意味はない。
『【名前】
  花園 日向

 【職業】
 ・魔導士 level 58……

 【スキル】
 ・鑑定 level 33
 ・察知 level 40
 ・索敵 level 42……

 【使用可能魔法】
 ・光属性
  └光魔法 拘束類……
  ……』

 変化はなし。結局とどめはさせなかったからな。
 さてと、夕飯の支度をしないと。今日はオムライスにしよう。

______________________

 時計は十時を示している。そろそろ寝る時間か。
 私は自室を出て、右に進んで二つ目の部屋に入った。
 ごちゃごちゃと色んな物がそこには散らばっている。あれから数年経っているのに、なかなか終わりが見えてこない。
 そうは言っても、仕方のないことだ。私は適当に近くに落ちていたテディベアを掴んだ。三歳の誕生日に父がくれたものだ。テディと名付け、大切にしていた。
 私は部屋の中央に描かれている魔法陣の中心にテディを置いた。私が手を振り、魔力を流すと、魔法陣の周りの蝋燭ろうそくに火が灯った。
「お母さん、お父さん」
 じわじわと、テディが燃えていく。

 「お や す み な さ い」

 8 >>13

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.13 )
日時: 2022/01/29 14:46
名前: ぶたの丸焼き (ID: u3utN8CQ)

 8

 今日の一限目は精霊との仮契約をするらしい。仮契約とは、特定の時期を迎えると契約者たちの意思に関係なく契約が切れてしまう契約のこと。私たちは毎年一年間の仮契約を精霊と結ぶ。今までで仮契約を結んだことのある精霊と結ぶこともあるし、新しい精霊と結ぶこともある。仮契約を結ぶことで私たちにも幾つか利点があったりする。
 ライカ先生は教室に入るなり言った。
「それでは早速、始めましょう」
 ライカ先生の授業では起立や礼などはしない。そこは先生によって違うのだ。なかなか統一してくれないので、新入生はよく間違えておろおろしている。
「声ではなく、心で語りかけるのです。焦ってはなりません。『精霊様、いらっしゃってください』と、敬意をはらって呼び出しましょう」
 それを嫌がる精霊もいることを、彼女は知らない。だが、それを指摘しても面倒くさいだけなので、私は毎回スルーする。
 生徒たちは両手を組み、目を閉じた。私もそれを真似し、同じように、精霊たちに語りかけた。
「誰か私と契約を結んで」
 すると。

 リィ……ン

 鈴のような音が聞こえた後、声がした。頭に直接響くような、それでいて心地の良い声だ。
『わたしと結びましょう。ね、いいでしょう?』
 目を開けると、そこには美しい精霊がいた。
 ふわふわしたショートボブのクリーム色の髪。おっとりしたたれ目の若草色の瞳。背中には瞳と同じ色の羽が生え、薄い白い布を纏っている。
『名前をちょうだい』
「それじゃあ、リン」
 リンはぱあっと笑顔になった。
『あなたの名前は?』
「日向」
 リンは言った。
『素敵な名前ね』
 素敵? そんなこと、初めて言われた。
 だって、私の名前は、私じゃないから。
 私は、   だから。

 9 >>14

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.14 )
日時: 2022/07/20 14:07
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: DAMSs7I3)

 9

 授業の終わり。生徒は全員、無事に精霊と仮契約を結べたようだ。たまに精霊と喧嘩をして教室が壊されることもあるから、無事で何よりだ。何かあると面倒くさい。
「日向」
 後ろから声をかけられた。声で分かるのもあるけど、この教室内で私に声をかけるのはリュウくらいなので、すぐに分かる。
「なに」
「どんな精霊と仮契約を結んだんだ? 新しい精霊か?」
「うん」
 私は【精眼】を持っているので、誰がどんな精霊と共にいるのかが分かる。だけど、リュウは持っていないので、私が精霊と契約が出来たのかすら分からない。しかし、精眼とは別に、私が【精霊の加護】という称号を持っていることを知っている。精霊の加護を持つ者が仮契約を結べないことなど、あり得ないことなのだ。
 そういえば、だいぶ昔にスナタが「精眼に青眼」と言って笑っていた。
「リン、姿を見せて良いよ」
『わかったわ』
 精霊とは警戒心の強い存在で、精霊同士にすらその姿を見せない。さらに臆病な性格の精霊は契約者からも姿を消すことが多い。
 リンは契約時にも思ったが、積極性のある性格をしている。あっけらかんとリュウに姿を現したようで、リュウは「へえ」と笑顔で言った。
  ....
「似てるな」

『?』
 リンは不思議そうな顔をした。
「もしかして、だから名前も『リン』なのか?」
「さあ。思いつきで言ったから」
 私たちがそれを無視して話を続けていたからか、リンがムッとした顔で言った。
『ねえ、なんの話? 私は誰に似てるの?』
「あとで紹介してあげる」
『ええー』
 リンはしょんぼりとした。

 10 >>15

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.15 )
日時: 2020/12/13 07:16
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)

 10

 二限目は魔法石を作る授業。精霊とのコミュニケーションというか、共同作業をすることで、精霊と親睦しんぼくを深めようというのだ。毎年これをしている。
「はーい、注目。今からⅣグループ以下の生徒にMPポーションを配りますよ」
 ライカ先生が言った。今年も魔法学精霊科はこの人が担当なのか。
 リュウに言ったら気づくのが遅いと言われるのだろう。
 魔法石を作るのには大量の魔力を消費する。そうだな、Ⅴグループの生徒は全消費するんじゃないだろうか。足りない分は精霊が補ってくれる。つまり、精霊の負担が増えるのだ。
 この学園には昨日のようにしょっちゅう魔物がやってくる。そのときに魔力がないと死んでしまうので、必ず元々の魔力量が少ない生徒には、MPポーション(魔力回復ポーション)が配られる。当然私にも配られるのだが、総合レベル50を越える私には必要ないのだ。飲まなければ面倒くさくなるので飲むが。
 ライカ先生は私にポーションを手渡した。
「ありがとうございます」
 半透明な紫色はD級のしるし。ポーションをはじめとする階級やランクは、GからA、そしてSに分けられる。色もそれぞれ分かれており、したから黒、橙、赤、紫、青、緑、黄、白とある。もちろん効果も比例して強くなる。D級ポーションのようなものは、一般人からしたら貴重品だ。人によっては家から持ってきたG級ポーションを二、三本飲んで、D級ポーションはこっそり家に持ち帰ることもある。
「それでは皆さん、手元の石を見てください」
 さてと、授業が始まるようだ。ライカ先生はポーションを配るときに石も一緒に置いていたのだ。なんの変哲もない、ただの石だ。これを魔法石に変える。
「まずは、精霊と意思を通わせましょう。お互いの魔力をお互いの魂に流し合い、共有するのです」
 この微調整が難しい。私の魔力量は異常なので、全て流してしまうと、いくら精霊でも耐えられないのだ。ましてや仮契約で、結びたてだとなおさら。
 リンは私の机にちょこんと座り、じっと私の目を見た。私も見つめ返し、ゆっくり魔力を流す。

 スウゥゥ

 じわじわと、自分以外の魔力が体に染み込む感覚がする。これが不快だと精霊も不快と感じており、意思を通わすことなど到底不可能となるのだ。
 しかし、今はそれがない。どうやら成功しそうだ。
 今度は流した魔力をこちらに戻す。繰り返していると魔力の出し入れのタイミングが合い、 魔力が混ざり合う。これで、意思が通じ合ったことになるのだ。
 私たちは頷き合うと、石を見た。
 リンは風の精霊。よって、魔法石も風の魔力が宿る。

「『ヴィチローク・ピチァーチ』」

 私たちが同時に唱えると。

 ゴウッ

 大量の風の魔力が私たちの身体から抜け、石に吸収されていった。
 緑色の光が石を包み込み、ふわりと石が浮く。
 だんだんと灰色だった石が緑を帯びてきた。
 ここで集中が途切れると、始めからやり直しになってしまう。じっくりと時間をかけて、魔法石を作り上げていく。

 カッ

 しばらく経つと、いっそう強い光が石から発せられた。
 かつんと音をたてて机の上に落ちたのは、若草色の美しい石――魔法石だった。
 リンは嬉しそうに言った。
『やったね、日向』
「そうだね」
『もっと嬉しそうにしなよ!』
 リンはぷくぅっと頬を膨らませた。

 11 >>18

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.16 )
日時: 2020/11/16 21:12
名前: ほうじ茶うまい (ID: G2ENsTvw)

可愛い!

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.17 )
日時: 2020/11/16 21:23
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: taU2X.e0)

 でしょう! でしょう!
 リンちゃんかわいいです。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.18 )
日時: 2021/04/03 20:00
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)

 11

 ポーションを飲みながら周りを見る。どうやら私たちが最後だったようで、他の人は雑談をしたりして悠々自適に過ごしていた。
 ライカ先生がパンパンと手を叩く。
「はい、皆さん、良くできました。全員無事に終えられましたね? 三限目は出来た魔法石を持って、グラウンドに集合してください。
 では、終わります」
 ライカ先生が去ると、リュウがこちらにやってきた。
「よう、日向。どうだった?」
「別に」
 リュウは苦笑した。
「まあ、日向が失敗するなんてあり得ないもんな」
 リュウのこの台詞は、教室内の全員が理解できないだろう。
「次、一緒に行こうぜ」
「分かった」
 私は短く答えると、席を立った。
「行こう」
 魔法石の他には、特に持ち物はない。授業自体は魔法実技だが、殆んど魔力は消費しないので、MPポーションも必要ない。何故なら、魔法に使う魔力は既に魔法石に宿っているからだ。
 魔法石をうまく使うことが出来るか。そこまでが魔法石に関する成績に入る。
 グラウンドまでは結構距離がある。まず、第一館に行き靴を履き替える。そこから馬車庫に行き、馬車を借りる(Ⅱグループのリュウは馬を操ることを許可されている)。何人かのルームメイトが共に乗り、五分間かけて校舎を回る。それから森を三分間通ると、ひらけた場所に出る。
「着いたぞ、降りろ」
 馬車は決められた場所に停め、馬も手綱を木にくくりつけた。
 教師は校内でのほうき飛行が可能なので、そこには既にライカ先生がいた。
「あなたたちが一番乗りよ」
 にこにこしながらライカ先生は、リュウに向かって言ったけれど、私の姿を見た途端、顔を強張らせた。
「花園さん。また笹木野さんに連れてきてもらったの? 駄目よ、たまには自分で来ないと」
 リュウはその言葉に言い返した。
「先生。一人で来いと言うのは無茶ですよ。日向は馬車を使うことは許されていませんし、徒歩だとすごく時間がかかる」
「リュウ、いいよ、相手にしなくて」
 私の言葉に、ライカ先生はカチンと来たようだ。
「何ですって?」
 面倒だったので、私はぺこりと頭を下げると、さっさとライカ先生から離れた。
『ねえねえ、いつもあんな感じなの?』
 リンが言った。
「うん」

 12 >>19

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.19 )
日時: 2021/06/21 18:35
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HDoKOx/N)

 12

 魔法実技の授業が始まった。出席番号順に行われるので、私は十八番目だ。
 リュウは比較的始めの方に行う。出席番号は、確か六番だっけ。
「次、六番、笹木野 龍馬」
 合ってた。
 今回の魔法実技では、用意された的に魔法を当てられるかどうかで成績がつけられる。的は円で、中央に赤い丸がある。その丸を中心とする同心円状の円が書かれていて、赤い丸から離れるほど評価は下がる。
 リュウは深呼吸をした。左手に魔法石を、右手を的に向け、呪文を唱える。
「アクア・アスク」
 リュウの右手から針のように細い水が放たれた。

 ヒュッ

 的に小さな穴が空いた。無駄な亀裂などは一切ない、画鋲がびょうで壁を刺したようなきれいな穴だ。
 赤い円のその中央に魔法は命中した。見事なコントロールだ。しかし、魔法が地味すぎたせいか拍手は起こらなかった。

 だけど。

 バキバキバキバキッ

 数百メートルは離れているはずの森の木々が、突然大きな音をたてて倒れた。それはちょうどリュウが前を向いている方向で、かつ、リュウが魔法を放った方向だった。
「あ、いけねえ」
 リュウが頭をかいた。それから何故か私のところへ来た。意味はなさそうだ。
「もうちょっと的が丈夫だと思ったんだけどな」
「なに言い訳してるの」
「ははは」
「森が怒る」
 ライカ先生はポカーンとしていた。無理もない。リュウが放った魔法は、C級とはいえ威力は弱い方で、学者によってはD級とも言われる程度のものだ。それを森を破壊するほどの魔法として放つのは、魔法使いの中でも[魔術師]と呼ばれる魔法のスペシャリストくらいのものだ。
「先生、すみません」
 リュウが言うと、ライカ先生は慌てて言った。
「い、いえ。大丈夫よ。じゃあ、笹木野くんはA評価ね」
「ありがとうございます」

 13 >>20

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.20 )
日時: 2021/04/03 20:07
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)

 13

「次、十八番、花園 日向」
 私の番が来た。
『わくわくするね』
 リンが無邪気に笑う。私は返事をせずに指定された立ち位置に立った。Ⅴグループである私は、みんなよりも的に十メートル近い位置から魔法を放つ。
「ウインド」
 ふわあと頬を風が撫でる。心地のよい暖かなそよ風が、グラウンドを通り抜けた。
「花園さん、C評価」
「ありがとうございました」
 あまりにも呆気なく終わったので、リンは開いた口を塞がないまま言った。
『え、日向、終わり?』
「うん」
『ええっ?! もっとすごい魔法使わないの? たくさん魔力込めたでしょう?』
「いいの」
 そんなことをしても、なんの利益も生まれない。
 私は彼らが生きてさえいれば、世界すら、どうなろうと構わないのだから。
______________________
「あー、終わった終わった」
「疲れたの?」
「いいや、まさか」
「うん」
 リュウがあの程度で疲れを感じるわけがない。
『ねえ、日向。どうしてあの魔法にしたの? あれじゃ的に当たったかどうか分からないわ』
 リンはまだあの魔法のことについて文句を言っていた。
「成績が下がるだけ。問題ない」
『あの先生を見返そうよ!』
 私はため息をいて、リンを見た。
「意味がない」
 それだけ言って、私は腕を組み、目を閉じた。
 話すのは疲れる。もういいや。
「ついたら起こすよ」
 リュウのその言葉を聞きながら、私は意識を落とした。

 14 >>21

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.21 )
日時: 2021/04/17 08:14
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 14

「おーきーろー!」
 耳元で大声を出され、私は、目を開けた。
「なに」
「なにじゃないだろ。起きろよ、朝だぞ」
 私の視界いっぱいに、朝日の顔が映る。太陽の光を浴びて、金色の髪はキラキラと光っている。桃色の瞳も光が宿り、きれいだと思う。
 私とは違うな。
「勝手に入らないで」
 朝日はいつも私の部屋に入ってくる。その度に注意しているのに、聞く耳すら朝日は持たない。
「さっさと起きてこないのが悪いんだろ!」
 朝日はむっとした顔で言った。
「はいはい。すぐに降りるよ」
 私は立ち上がると、朝日の頭をグシャグシャとかき撫でた。
「おい、やめろって」
「聞こえない」
 朝日だって私の部屋に入ってきた。おあいこだ。
「絶対聞こえてる……」
 ぶつぶつと文句を言いながら、朝日は部屋を出た。
(なにか、忘れてるような?)
 私はなにか違和感を感じた。いつもと変わらない日常。
 どこか、作り物めいている。
「気のせいか」
 私は首を振った。さっさと制服に着替えて、リビングへ行く。

 ガチャッ

「おはよう、母さん」
 返事はない。黙々と朝食を食べ続けている。
 かつては、綺麗なはずだった。前に、父さんに、昔画家に描いて描いてもらったという絵を見せてもらったことがある。
 艶のあった黒髪は無造作に低い位置で一つにまとめられ、ろくに手入れもされずにボサボサ。純粋な光を放っていた可愛らしさを感じさせていた青い瞳は、メガネの奥で、どんよりと濁っていた。母さんはいわゆる童顔だったらしく、絵の中では少女のような可憐さを感じさせていたが、その分、実際以上に老けてしまっていると感じる。
 衰弱を感じるのは、なにも顔だけじゃない。体も、そうだ。母さんは確かに、細身ではあった。しかしそれは、健康的な痩せ型だった。こんな、ギリギリまで肉を削ったような、皮と骨だけしか無い体ではなかった。決して。
「父さんは?」
「もう仕事へ行った。たまには見送りしてあげなよ。さみしがってたぜ」
 朝日がトーストをかじりながら言った。
「考えとく」
 冷蔵庫から食パンやらバターやらを取り出しながら私は言う。
「それ、姉ちゃんの性格からしてやる気ねえよな」
「さあね」
______________________
「おーい、日向?」
 体を揺すぶられる。
「なに」
「お。起きたな、着いたぞ。日向がこんなに寝るなんて珍しいな」
 ……夢、だったのか。
「うん」

 15 >>22

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.22 )
日時: 2021/04/03 20:14
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)

 15

 カラァン……カラァン……カラァン……

 終業を知らせる鐘が鳴る。
『ふー。終わったの?』
 リンが言う。精霊であるリンは、こんなに長い時間ひとつの場所に留まり続けるのには慣れていないのだろう。
 精霊なのだからこっているはずのない肩をぐるぐると回すリンをながら、私は言った。
「私の家まで遠いから、疲れたら言ってね」
 するとリンは、ビックリしたような顔をした。
 私が尋ねることを待っていたのだろう。しばし無言の時間が流れた。
 しかし、私は面倒くさかったので、なにも訊かなかった。異論がないならそれでいい。
 ロッカーへと進む私に、リンは言った。
『ビックリしちゃった。日向、わたしを気遣ってくれてるの?
 ずっと冷たかったから、勘違いしてたけど、結構優しいのね』
「文句を言われるとうるさいから。それだけ」
 リンはクスクスと笑った。

 なに。

 そう訊こうとしたけど、もういいや。面倒くさい。
『あれ、それってペガサスのほうきよね。高級品じゃない。そんなの使うの?』
「なんで知ってるの」
 リンはキョトンとした。
 私は、はあ、とため息を吐き、言った。
「これが高級品だってこと」
 ああ、とリンは呟いた。
『仮契約で戻ってきた仲間に聞いたことがあるの。とってもスピードが出て、気持ちが良いって』
「やめた方がいい」
 精霊は、世のことを知らない無知な存在。それがこの世界における精霊の立ち位置だ。あまりにもそれに外れていると、この世界から弾き出される恐れがある。
『わかってる』
 リンが悲しげに言った。
『みんなそう言うわ。だから、早く他種族と契約を結べってうるさかったの』
 リンのような〈アンファン〉は、契約を結び、それが切れた時。精霊は一刻を過ぎると記憶が全て消えてしまう。その意識のなかには、自分が精霊であることと、仲間を仲間だと認識する能力。それだけしか残らない。
『でもわたし、知りたかったの。この世界がなんなのか。契約を結んで、外に出て、もっと多くのことが知りたかったの』
「……ふうん」
 悪いけど、リン。

 興味ない。

 16 >>23

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.23 )
日時: 2021/04/03 20:18
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)

 16

 家のドアに手を掛けたときに、私は嫌な予感がした。

 ガチャッ

『え……』
 リンが絶句した。それもそうだ。こんな、

 ぐちゃぐちゃな家をみたら。

「おや、日向、帰ったのかい?」
 年のせいで真っ白になった頭の老婆。青い瞳は瞳孔が完全に開かれ、どう見ても異常だ。
「うん、ただいま」
「あいつはどこだい!!」
 祖母は急に怒鳴った。
「さあ」

 ガシャアンッ

 祖母は靴箱の上に置いてあった花瓶をなぎ倒した。
 ……あの子が気に入ってたのにな。
「早くお出し! すぐにでも祓わにゃいかん!」
「おばあちゃんに、そんな力ないよ」
 祖母はかつて、エクソシストという役職についていた。
 いや、役職というのは生涯における職業のことなので、厳密にはいまもエクソシストだ。しかし、祖母にはもう、そんな力は残っていない。
「何を言うか! わしはまだ現役じゃ!」
 そう言いながら、ガシャンガシャンとものを壊していく。

『あいつの肩を見な』

 不快な金属が擦れ合う音のような声がした。
 ギョロリと祖母の目玉がこちらを向く。
「なんだい、その肩に乗っているのは」
 リンが、小さく悲鳴を上げた。
『ひゃっ』
「新しい精霊かい?
 風の精霊、光の隷属だね。それなら……」

 バチバチッ

 黒い稲妻が祖母の体を覆った。
「退治するまでよ!
 【フィンブリッツ】!」

 バリィッ

 リンの体を、稲妻が貫こうとした瞬間。

 シャラアン

 スレイベルのような、いくつもの鈴が一度に鳴ったような音がした。

 シュパッ

 白い光と共に、稲妻は消えた。そしてそこには、精霊がいた。
 絹のような腰までのびた長いクリーム色の髪。深い森のような翠の瞳。背中にはモルフォ蝶の羽。

 私のパートナーであり光属性の精霊、ベル。

『おばあさん。乱暴は駄目よ』
「現れたね、この……」
 私は闇魔法【沈意】を使い、祖母の意識を強制的に落とした。

 ドサッ

『おじいさんを呼んできたわ。たぶん、もう少ししたら来ると思う』
「わかった」
 私の言葉に頷くと、ベルはキッと祖母の傍らにいる精霊に向かって言った。
『何度も言っているでしょう? もう来るのはやめて』
『ふん! 嫌なこった。勘違いするなよ? オレサマは婆さんの『お前らを倒す』って望みを叶えるために契約してるんだ。文句あるか?』
『あるわよ!』
 祖母は心を病んでいた。私が生まれたことで、母が悩み、心を病み、それが感染するかのようにして、祖母もおかしくなってしまった。私を殺したいと思うことは、異常であれ不思議ではない。
 そんなときに闇の隷属、風属性、雷の精霊、ビリキナは祖母に囁きかけた。目障りならば、殺してしまえと。
 ビリキナにとって、ベルのような光属性の精霊は天敵。祖母のエクソシストの白い力に黒を塗り重ねることで、祖母は大きな力を一定時間操ることが出来る。
 そして祖母を操り、自分が大きな力を操ることが出来るようになる。そういうわけだ。

 バンッ

 ドアが開いた。
「日向、無事か?!」
 慌てた様子で祖父がやってきた。祖母と同様に白く染まった頭はボサボサで、橙色の瞳は不安定に揺れている。
「うん」
 祖父はかごを持ってビリキナを捕まえた。祖父もエクソシストで、こちらはまだ現役だ。ビリキナが力を使ったあとであれば、捕まえることなど造作もない。
『かつては百戦錬磨のエクソシストと言われたあんたも、身内の命がかかっていると手も足も出ないとは、とんだ笑い者だぜ!』
 アハハハッと甲高い声で笑い、ビリキナは祖父に連れ去られた。
 そして祖母も引き取られ、家のなかは再び静かになった。

 第一幕【完】

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.24 )
日時: 2022/01/14 20:05
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)

 1

 リンリンリンリンリン!

『リン、そんなに鳴らさなくても……』
『だって全然起きないんだもん!』
 リンは背中の羽を力いっぱい動かして、鈴の音をならしている。
「使い方違う」
 羽は空を飛ぶためのものであって、誰かを起こすためのものではない。絶対。
『あ、起きた! お寝坊さんだよ、日向!』
『リン、日向は疲れてるのよ。昨日の騒動の片付けは大変だったでしょう?』
 リンはむうっと押し黙った。
「いいよ、ベル。起きる。」
『そう? 日向がいいなら、いいけど』
 ベルは不服そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「リンは、何を食べるの?」
 精霊は、一人一人が食べられるものが決まっている。ちなみに、ベルは林檎りんごだ。
『えっとね、みかん!』
「蜜柑」
 さて、あっただろうか。
『蜜柑なら、さっき戸棚で見たわ。リビングに持っていっておくわね』
「うん」
 ベルはシャラランと羽を動かし、飛んでいった。
『ベルは物を持てるの?』
「《本契約》だから」
 本契約は、仮契約とは違い、決められた手段を踏むか、どちらかの存在が消滅しない限り、永久にその絆が繋がっている。そして、本契約では、お互いの能力がお互いに使用出来るようになる。現世干渉もそのうちのひとつで、本来精霊は触れることが出来るものが限られている。しかし、現世干渉が可能になることによって、この世のものに触れられるようになるのだ。
「行くよ」
 なぜか複雑そうな顔をしているリンに言った。今日もいつものように学校がある。さっさと用意を済ませてしまおう。

 2 >>25

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.25 )
日時: 2021/06/06 10:41
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9ydMs86F)

 2

「おはよう、日向」
 靴箱のところでリュウに会った。
「おはよう」
「今日はベルと一緒なのか」
『リュウ、久しぶりね』
「そうだなー。半年くらいか?」
『四ヶ月よ』
 リュウや蘭、スナタは、ベルの存在を知っている。
 長い付き合いだ。もう、どれ程になるか。
「そういえば、もうそろそろじゃないか? 仮契約も終わったし」
 リュウと話しながら廊下を歩く。
「《サバイバル》?」
 《サバイバル》とは、魔物のいるダンジョンや森などで、一週間の間生き延びるというものだ。四人から六人のグループを各自で組み、何も持たずに魔物の巣に放り出される。
 異様で異常。そう思う者も多いだろう。しかし、このバケガクは、異常者をどんな形であれ社会で生きていかせるためのことを教える学園なのだ。どんな形であれ。だから、一般的に「悪」と呼ばれるものになる者もいる。各国の政府はそうならないように、学園に圧をかけているが。そのため、卒業生は冒険者になることがほとんどだ。
 冒険者となるには戦闘能力が不可欠。回復専門の治療師ヒーラーでも、守ってもらうだけでは命が危ない。
《森探索》も、力を養うための行事のひとつでもあったりする。
「そうそう。今回もいつものメンバーかな?」
「それ以外に何があるの」
 今日中に声をかけておこうか。
 彼女に。
______________________
「真白さん」
「ひゃっ」
 真白は肩をビクッと上げた。
「び、びっくりしました」
 ふわっとした藍色の髪をおさげにして、おっとりとした青い目の彼女は、真白。名前で呼んでいるのは別に親しいからというわけではなく、単に彼女に名字がないというだけだ。
「《サバイバル》、一緒に来てくれる?」
「あっ、はい! もちろんです!」
 はじめは言葉足らずの私の言葉を、理解するのを難しそうにしていた真白も、もうすっかり慣れてしまっている。
「よろしく。メンバーは、いつもの五人」
「わかりました」
 こういう会話をしたわけだが、タイミングが良いことに、この業間休みのあとの授業は、《サバイバル》についてだった。

 3 >>26

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.26 )
日時: 2022/02/04 07:30
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: ZZRB/2hW)

 3

 この授業では、各ルームの担任教師が《サバイバル》の説明をする。
 このルームの担任はターシャ先生。ほんわかした見た目と話し方、温厚な性格をしている反面、魔法学攻撃魔法科の教師であるという、なんだか闇を感じる先生だ。
「それでは、今回の《サバイバル》について説明します。
 今回は、森ではなく、ダンジョンに行ってもらいます」
 ルーム内がざわっと波を打った。
 ダンジョンでは、森などに比べるとトラップや魔物のレベルが格段に上がる。少なくとも、Dランク以上の冒険者くらいの実力がなければ、攻略はおろか、生きて帰ることはできないだろう。
 ターシャ先生は、大きな紙を取りだし、黒板に張り付けた。
「今回行くのはここ、[ジェリーダンジョン]。大陸サードの最北の海岸から、さらに沖に出た場所にあるダンジョンです」
 海か。
 同じことを思ったらしく、リュウがこちらを見た。私は肩をすくめ、それに答える。
 蘭は海が嫌い……泳げないのだ。
「そして今回は、ダンジョンを攻略してもらいます!」
 ターシャ先生がはっきりとした口調で宣言した。

 ザワザワッ

 ルーム内で起こる声が大きくなった。
「はーい、静かに」
 ターシャ先生がパンパンと手を叩き、自分に生徒の注意を向けた。
「大丈夫。私たち教師もいつもより多く《サバイバル》に同行します。それに、最北の国[ノルダルート]とも連携を取り、いざというときは騎士団が駆けつけてくれることになっています」
 これは、バケガクならではの利点だろう。この学園は各国が協力しあって設立したものだ。バケガクの行事では、ほぼ全ての国が協力する手筈になっている。
「それに、[ジェリーダンジョン]はレベルもそんなに高くありません。Cクラスの皆さんなら、絶対に攻略できます!」
 バケガクでは、AクラスからGクラスまで、クラスがわかれている。能力とバケガクに在籍している年数でクラスがわかれる。私はここにいて長いので、Cクラスというハイクラスにいるのだ。何度かリュウたちとクラスが離れたこともあったっけ。
「来週の月曜日までにCクラスでメンバーを決めて、私か専属鑑定士のロットさんに、いまから配る紙の欄を全て埋めて、提出してください」

 4 >>27

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.27 )
日時: 2021/04/23 18:10
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 4

「花園さん!」
 ……またか。
 《サバイバル》の説明が行われて二日。あれから大勢の人に呼び止められる。
「笹木野がどこにいるか知らない?」
 ほら、やっぱりこの件だ。
「知らない」
 その男の子は肩をおとして、去っていった。
 ダンジョンで生き残り、攻略するとなると、メンバーにハイレベルな人がほしいと誰もが思うだろう。実際、そうだ。
 このCクラスにはⅠグループがいない。つまり、リュウや蘭を含む数少ないⅡグループの生徒を、皆が狙っているわけだ。私たちはいつも同じメンバーで《サバイバル》に参加する。五人中、二人がⅡグループだ。それなら一人もらおうと、クラス中の人がやってくる。スナタも同じ状況だそうだ。
 さらに、今日が金曜日であることも関係している。週末なので、今日を逃すとあとがない。参加表は月曜日の朝が提出期限だし、土日に二人に会えるはずがない。リュウは家の場所を知られていないし、蘭は学生寮暮らしだけど、こういうときは、時間外外出届を出して、避難しているからだ。
 二人は連日逃げ回っていて、ろくに話が出来ていない。私とスナタで何とか話をまとめようとしているが、効率が悪すぎる。
 仕方ない。あれを使うとしよう。
______________________
 私は帰宅し、ステータスを開く前にそれを開いた。
「メンバーチャット、オープン」

 ふおん

 葉っぱのような優しい緑が部屋を包んだ。
『《サバイバル》の件について話す』
 私はそう打ち込んで、チャットを閉じた。
 みんなが来るまで時間がかかる時やそうでない時もある。ある程度の頻度で確認する必要があるが、いちいち詠唱が必要なので、面倒臭いのだ。
「ステータス・オープン」
 今度は爽やかな青が部屋を包む。

『【名前】
  花園 日向

 【役職】
 ○○○ level???(✕✕✕)

 【職業】
 ・魔導士 level 58……

 【使用可能魔法】
 ・光属性
  └拘束類
   └光鎖……
 ・闇属性
  └拘束類
   └沈意……
 【スキル】
 ・鑑定 level 33
 ・察知 level 40
 ・索敵 level 42
 ・精眼 level 37……

 【称号】
 ・精霊に愛されし者……』

 うん。変化無し。

 5 >>28

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.28 )
日時: 2022/10/06 05:18
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)

 5

「メンバーチャット・オープン」
 あ、来てる。
『やっほー! 来たよ!』
『悪い、いま帰った。家まで来そうだったから、撒いてきた』
 スナタとリュウはいる。蘭はまだか。
 ……それにしても。
「家まで?」
 私は呟いた。
『変なこと考えないでね、日向』
 私の目つきが悪かったのか、ベルが声をかけてきた。
「?」
『排除するとか。一度、学園長さんに怒られたでしょう?』
 そんなことも、あったっけ。
「忘れた」
『もう。自分に関係ないことはすぐに忘れるんだから。
 そういうことがあったの。とにかく、ダメ』
「……うん」
『わかってないでしょ!』
 私はベルを無視した。
 排除するかどうかは、相手がどうするかによる。蘭たちに被害がなければ多少痛め付けるくらいにするし、被害が出ても、その大小によって排除を物理的にか精神的に、あるいは社会的にかどうか決める。
 なにもない現段階でそう言われても、困る。
『悪い! 話してたんだな』
 蘭が来た。
『蘭も追いかけられてたの?』
『いや。ライカ先生に呼ばれて、帰るのが遅れたんだ』
 またあの人か。
 どうせ、私と関わらない方がいいとか、言ったんだろう。
 リュウにも、蘭にも、執拗に付きまとっている。
 そろそろ、考える時期か。
『ほら、言ったそばから!』
 ベルが怒って言った。
「いちいち言わないで」
『言わなきゃ何するかわからないじゃない!』
「信用ない」
『何度かやってるからでしょう?!』
『二人とも、何を喧嘩してるの?』
 ほんわかしたリンの声。
 大人しいと思ったら、蜜柑を食べてたのか。
「食べ尽くさないで」
『私の聖力袋の限界によるから、わからないわ』
 そしてまた、大きな口を開けて蜜柑を食べる。その口が小さすぎて、全体の五パーセントも減っていないが。
 チャットを見ると、話が進んでいた。
『今回は、何を持っていくの?』
『許可されているのは、MPポーション五本、HPポーション三本、杖、ほうき、C級以下の攻撃・防御アイテム各一つずつ。
 おれたちのチームは五人だから、この五倍だな』
『多いな』
『攻略するか、全員がリタイアするまでだからな。過去には一ヶ月帰らなかった年もあったみたいだぜ』
 いつものように、リュウが二人の質問に答えていく。
『魔力増加とか、筋力増加とかのポーションはいいのか?』
『一人一つずつだな。いるのか?』
 蘭はポーションを使わなくても魔法騎士団団長並みの戦闘能力を持っている。ポーションが必要とは思えない。
『水中呼吸のポーションが欲しいんだ』
 あ、なるほど。

 6 >>29

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.29 )
日時: 2021/01/11 07:15
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wVVEXLrP)

 6

 《サバイバル》当日。蘭は宣言通り水中呼吸のポーションを持ってきた。
「水に潜る訳じゃない」
「万が一ってことがあるだろ!」
「ない」
 生徒は、朝の六時に、校門に入ってすぐの大樹の周りに集まっていた。全員が集まるのを確認すると、教師たちは長ったらしい開会式を始める。もちろん、ほとんどその内容を頭に留めてはいない。大半が毎年聞いているもので、変更がある部分は既に担任から聞いているからだ。
 生徒からの宣誓も終わり、最後の注意事項を確認し、開会式は終わった。
「これから、各グループに別れて出発してください」
 ライカ先生がそう言うと、わらわらと生徒が別れた。
 私もリュウたちと合流し、おろおろしていた真白のところへ行った。
「全員揃ったし、行こうか」
 スナタが言った。
 ターシャ先生が先頭を飛んで、他のグループは既に出発していた。
 私たちはほうきにまたがった。

 ふわり

 私たちは飛べたが、真白は飛ぶまで時間がかかる。
「せー……のっ!」

 ビューン!

「うわわわ!」
 上達しないな。
 私たちは一気に高く上ってしまった真白のところにほうきを飛ばした。
「ご、ごめんなさい……」
 真白は顔を真っ赤にしてほうきにしがみついている。
「いいよいいよ。気にしないで!」
 スナタが笑顔で言うと、真白の表情が幾分いくぶんやわらいだ。
「よーし、準備はできたな? 早く行くぞ。前のグループとずいぶん差がある」
 最後尾担当のフォード先生が言った。
 フォード先生は今年入ってきたばかりの先生。だけど、バケガクに派遣されるだけあって、それなりの実績はある、らしい。
「はい。じゃ、行こうか」
 蘭の言葉を合図にして、真白を気遣きづかいながら、ほうきを進めた。
「通常だと五時間ぐらいなんだが、Ⅴグループが二人もいるとなると、それ以上かかりそうだな」
 フォード先生が苦笑した。
 そして、私を見た。
「花園。そのローブはなんだ?」
 私は黒いローブを着ていた。生地の厚みもそこそこある、ごつい、と言われるものの類いに入るだろう。
 面倒臭いと思いつつ、私は答えた。
「防御服です。自分の気配を隠す効果があります」
 なるほどといった様子でフォード先生は頷く。
「身を隠すことに使える、ということだな? しかし、そのローブだと隠れにくいんじゃないか? 動きづらそうだし、大きいし。それに、君のようなⅤグループの生徒は、そういうものよりも直接相手の攻撃から身を守るものを使った方が良いぞ」
「はい」
 話を長引かせたくなかったので、とりあえず、そう答えた。
 私のこのローブの使い方を知る三人は、苦笑していた。

 7 >>30

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.30 )
日時: 2022/02/04 10:49
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: p3cEqORI)

 7

「蘭、大丈夫だって」
「だって、溺れたらどうするんだよ!」
「見た目どおりだったらスナタも溺れるから大丈夫」
「どこがだよ!」
「真白さんも溺れるよ」
「日向とリュウは溺れないだろ?! 他人事だからって!」
 このやり取りを、もう十分は繰り返しているんじゃないだろうか。
「蘭、大丈夫だって」
「溺れたらどうするんだよ!」
「ねえ、いつまでするの?」
 とうとう、スナタが呆れた顔で会話に入ってきた。
「だって見ろよ! 渦潮だぞ、どう見ても!」
「違う。ダンジョンの入り口」
「入り損ねたらどうするんだ!」
「蘭に限ってあり得ない」
「蘭、諦めろ」
 ついにリュウも入ってきた。
「それともなんだ」
 リュウは海面を指さして。
「海の藻屑もくずになりたいか?」
 黒い笑顔でそう言った。
 海はリュウの庭のようなもの。リュウが本気を出せば、海戦であればほとんど負けることはない。
 以前蘭がいつも以上にごねた時、リュウが本当に蘭を海に引きずり込んだことがある。その事がいまだにトラウマらしく、蘭は押し黙った。
「……わかったよ」
 リュウはニコッと笑った。
「ほら、もう。手、繋いどいてあげるから」
 スナタに子供扱いされながら、蘭は渦に飲まれていった。
「やっとか。お前たちもさっさとはいれよ」
 フォード先生が言った。
「はい」
 リュウが答え、渦に飛び込んだ。
「真白さん」
「え?」
 私は手を差し出した。
「震えてる」
 真白は手がカタカタと震えていた。
 真白は、『魔物が寄ってくる』異常体質。バケガクの入学理由は、それだけだ。バケガクの中では一般人に近い。ダンジョンに入ることを恐れるのも、無理はない。
「あ、ありがとうございます」
 真白は私の手をとった。
 海に渦巻くダンジョンへの入り口。それは嘲笑う悪魔の口のごとく、人の恐怖心を煽る。
 私は渦に飛び込んだ。

 スウゥ

 意識が薄れる。

 ゴポッゴポッ

 水の感覚。蘭はさぞ恐がっただろう。
______________________
 ピチョン……ピチョン……

 水の、音?

 ピチョン……ピチョン……

 ぽた、と、私の頬に冷たいものが当たる。
 これは。
「水だ」
 頬を撫で、確認する。
 倒れていた体を起こす。
「真白」
 隣には、真白が倒れていた。
 三人も、ちゃんといる。まだ、意識は、ないけれど。
 先生もいる。生徒より先に起きられないとは、如何なものだろうか。
 関係のないことだ。
 北の海の[ジェリーダンジョン]。地下へ地下へと進む、下層型。
 薄暗い。わずかな明かりは、地上の太陽の光を水が反射したものだ。

 ピチョン……ピチョン……

 聞こえてくるのは、水の音。
 それだけ。

 8 >>31

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.31 )
日時: 2022/11/06 14:56
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Ze3yk/Ei)

 8

 それだけ。
 ……だった。

 ズリ……ズリ……

 体を引きずる音。
 スライムか。
 地をう音がするということは、G級スライムだな。
 スライムというのには、三つ種類がある。
 一番弱いのが、この〈G級スライム〉。一般に「スライム」と呼ぶのは、ほとんどこれを指す。攻撃力0。防御力0。倒しても獲得経験値はたったの1。ただし、群れになると合体し、〈大スライム〉となることがある。すると自らの死と引き換えに【自爆】によって相手にダメージを与えることが出来る。かすり傷程度ならダメージは5、もろに受けても15しかHPは削れない。
 ただの雑魚だ。
 二つ目は、〈E級スライム〉。〈G級スライム〉よりも液体に近い見た目をしている。触れるとその部位が溶ける。火属性で攻撃すると、爆発する。移動するとそのあとに体液が残る。もちろんそれも触ると溶ける。色は紫が多い。
 一番強いのは、〈C級スライム〉。ピョンピョンと跳ねながら移動するので、ベチャベチャとうるさい。見た目としては、〈E級スライム〉がゼリーになったようなもの。固体と液体の中間辺り。触ると溶けるというものに加え、自分の体の一部を飛ばしてくる。色は赤紫が多いが、〈E級スライム〉と区別できる者はそういない。
〈E級スライム〉と〈C級スライム〉はレアな魔物で、とりあえずこの[ジェリーダンジョン]にはいないことは確かだ。
 さて。
 目の前にいるスライムの色は青。〈G級スライム〉の色は周囲の魔素によって変わる。ここは【水】のダンジョン。何の異常もない、ただのスライムだ。
 なら、時間をかける必要はない。
 私はスライムに近寄った。

 ズリ……

 スライムは私から距離を置こうとしたが、遅い。

 パンッ

 私はスライムを素手で叩いた。これでもう殺せた。あっけない命だ。
 スライムだったものの粘液をつかむ。
 魔物は物理攻撃で倒すと、≪魔石≫にはならずに死骸が残る(ペリットを倒したとき、エールリヒは剣に風魔法【速度上昇】をかけていた)。
 スライムの粘液など、特に使い道はないが、売れることは売れる。持って帰るとしよう。

 9 >>32

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.32 )
日時: 2020/12/13 07:22
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)

 9

 しばらくして、フォード先生が起きた。
「あ……なんだ、花園。起きていたのか?」
 Ⅴグループの生徒より気を失っていた時間が長いのが気に食わなかったんだろう。自分に対して腹を立てた様子で、私に言った。
「私は先に行った生徒を追う。この場所なら、来るのはスライムくらいだろう。真白の体質もあるが、しばらくすれば笹木野たちも起きる。大丈夫だな?」
「はい」
 さっさと行けばいいのに。
 ピチャピチャと浅い水溜まりを踏みながら、フォード先生は走っていった。
「それで、何してるの?」
 私はリュウに声をかけた。
「え? いや、まあ」
 リュウは口ごもった。
「なんとなく、起きづらかったというか」
「ふうん」
 しばし流れる沈黙。
「日向、今回は、攻略するのか?」
「別に、しようとは思っていない」
「そっか」
 珍しく、リュウがあまり話してこない。
「どうかした?」
「え?」
「静かだから」
「それ、おれが普段うるさいってことか?」
「うるさくは、ないよ」
 私はリュウの目をじっと見た。
「うるさいのは、不快な感情。周りの声は不快だけれど、リュウの言葉は不快じゃない」
 リュウの顔が赤くなった。
 どうしたんだろう。健康優良児のリュウに限って発熱?
「ありがとう」
「なんでお礼を言うの?」
 よく、わからない。

 わからない。

「日向」
「なに?」
「えっと」
 リュウがなにか考えるような仕草をする。
「ここには来たことあるのか?」
 私はよく、世界中のダンジョンを出入りしている。ダンジョンは攻略してしまうと消滅するけれど、逆に言えば、攻略さえしなかったら消滅はしない。
 強いのがいるかどうか確かめたくて。もっと強くなりたくて。

 私よりも強い魔物がいるのか、確かめたくて。

「ない。出られるかわからなかったから、入らなかった」
「攻略しないと出られないところもあるからなー」
「もしかしたら、読みは当たったかも。追い込んだ方が、やる気を出すから」
「だから、《サバイバル》の場所をここに選んだってことか」
「うん」
 出られないとなると、出るために冒険者は必死になる。ボスさえ倒せば、出られるから。
 ここはダンジョンのレベルもそんなに高くないと言っていた。先生たちの考えが予想通りなのは、間違いなさそうだ。

 10 >>33

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.33 )
日時: 2021/04/16 18:36
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 10

「真白さんが起きたよー!」
 見張りをしていた私たちに、スナタが声をかけた。声が反響し、ぼわんぼわんと響く。
「へ? あ、わたし、どのくらい寝てました?」
「わたしもさっき起きたからわからないけど、十分くらいかな?」
 本当は小一時間だったのだけど、わざわざ言う必要もない。
「じゃあ、行こうか」
 リュウが言った。
「はい!」
 真白は勢いづけて立った。
「下にどんどん降りるんだよね? どれくらい降りるんだろう」
「ここはかなり沖にあるから、海底までそれなりの距離があるはずだ。二十は降りるんじゃないか?」
「ええっ?! そんなに降りるの?」
「下へは階段があるのかな?」
「一番奥に、鍵のかかった扉があるのが定番。だけど、飛び降りるのも、たまにある」
「わたし、足を引っ張りそうです……」
 そんな話をしながら進む。

 ぐう

「だれ?」
 誰かのお腹の音がした。
「……おれ」
 蘭が以外と早く白状した。
 今は正午を少し過ぎたくらい。そろそろお腹がすく頃だろうとは思っていた。
「お昼ごはんにしよう!」
 スナタがそう言うと、みんな、いそいそと弁当を取り出した。
『お昼ごはんだー!』
 リュックに入っていたリンが、急に飛び出した。
「リンはないよ」
 リンはがーんとした顔をした。
 精霊は、基本、食べなくても生きていける。何らかの出来事で霊力を使い、体を弱めたときの回復に、食が必要なのだ。
「蜜柑はたくさんあるけど、温存しないといけないの」
 他のみんなの精霊は出てきていないことを確認し、リンはすごすごとリュックに戻った。
「今でこそお弁当があるけど、今日の夜からごはんの心配しないといけないんだよねえ」
 スナタが卵焼きを食べながら言った。
「リュウに任せれば、食材は手に入る」
 私の言葉に、蘭はあははと笑った。
「リュウは魔法無しでも騎士団に入れるくらい強いからな」
「そうなんですか?!」
 真白が驚いた顔をする。
「蘭、冗談を言うな。真白さんが本気にする」
「どこが冗談なんだ?」
 リュウはため息を吐いた。
「もういい」
 そして、ひょいっとミートボールを蘭の弁当箱から抜き取った。
「あ! おれのメインディッシュ!」
「ふん」
 リュウは蘭を鼻で笑い、パクッと食べた。
「ああああああっ!!!」
 蘭の絶叫が、辺りに響き渡った。

 11 >>34

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.34 )
日時: 2021/04/16 18:38
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 11

「おれのミートボール……」
「まだ言ってるのか」
 リュウがあきれた顔をした。蘭はずっと、リュウのことを恨めしそうな顔で見ている。
「当たり前だろ! 次、いつまともな料理を食べられるかわからないんだから!」
 スナタも苦笑いをしている。
「けんかはだめですよ」
 おろおろしながら訴える真白を見て、ようやく蘭の怒りもおさまった。
「別に、喧嘩じゃねえよ」
 ばつの悪そうな表情はしていたが。
「魔物いないかなー」
 スナタがキョロキョロしている。
「え、遭遇したいんですか?」
「私はまだまだ弱いからね。強くならなきゃ」
 真白は表情を曇らせた。
「Ⅲグループに入れるだけの実力があれば、十分ですよ」
 ぼそりとしたその呟きは、場の空気をも暗くした。
 スナタは慌てて言った。
「えっと、ごめんね?」
「! いえ、わたしこそ、ごめんなさい。こんなの、ただのひがみです」
 あーあ。暗くなっちゃった。
「スナタ」
 私はスナタの名前を呼んだ。
「魔物、いるよ。相手する?」

 ガサガサガサッ

「ひええええっ」
 真白が腰を抜かした。
 そこにいたのは、大量の木の魔物。黒い幹に、毒々しい緑の葉。第一印象としては、気味が悪い、その一択だろう。
 真白の体質のせいか、その数は尋常じゃない。通常は四体か五体の群れなのに、今は十体はゆうに越えている。
「〈ジャンカバ〉か。よおっし、任しといて!」
 スナタは両手を突き出した。
 ふうっと息を吐き出し、体内の魔力を両手に集中させる。
「風よ」
 スナタの言葉に応えるように、その場の空気が渦を巻き、突風が起こる。
「鋭きとなり、切り裂け! 【鎌鼬かまいたち】!」

 ズオッ

 魔法でない限り生み出せないほどの強く速い風が、〈ジャンカバ〉の群れにおもいっきり撃ち込まれた。

 ズドオン!

 うるさい音。砂ぼこりが舞う。
「けほっけほっ」
 真白が咳き込んだ。すかさずリュウが駆け寄る。
「大丈夫?」
 すると、とたんに真白は真っ赤になった。
「だだだだいじょうぶです!」
 慌てて距離をおこうとし、つまずいたのか、私の方に倒れてきた。
「落ち着いて」
 真白の肩を支えながら言うと、真白はますます顔を赤くした。
「ごめんなさい……」

 12 >>42

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.35 )
日時: 2020/12/11 18:40
名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)

>>31
皮膚が溶けるということはスライムの粘液は酸性なのですか?

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.36 )
日時: 2020/12/11 19:31
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KVjZMmLu)

 そうです。設定としては酸です。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.37 )
日時: 2020/12/11 20:38
名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)

>>31
すいません。貴方を傷つけたり、小説をけなしたりするつもりは本当にないのですが、少し設定に問題があります。
スライムを素手で潰したとあるのですが、スライムの粘液は酸性ですよね?
だとしたら、手に大怪我を負う可能性があると思うのですが···

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.38 )
日時: 2020/12/11 21:58
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KVjZMmLu)

 あはは。やっぱり勘違いなさる方が出てしまいましたね。申し訳ないです。改めてご説明させていただきますね。
 酸性なのは〈E級スライム〉と〈C級スライム〉です。日向が叩き潰した(笑)のは、〈G級スライム〉で、酸性ではありません。想像としては、動く丸いゼリーだと思っていただいて結構です。
 なので〈G級スライム〉は、触ってもなんにも問題ないんです。他の二種類のスライムは、確かに、触ると大怪我しそうですね(笑)

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.39 )
日時: 2020/12/11 23:00
名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)

それにしても、スライムの身体が弱すぎる気がします。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.40 )
日時: 2020/12/12 22:07
名前: リリ (ID: OYJCn7rx)

こんにちは!リリです。スライム弱すぎですね ワロタ
学校の先生とか日向の母や祖母がムカつくので
いつかボッコボコにしてください!ボコボコボコ

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.41 )
日時: 2020/12/13 06:40
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)

 あはは(笑)やっぱり、弱すぎますよね(笑)
 だから、〈G級スライム〉は、level1の冒険者に地道な経験値稼ぎの的にされがちなんですよ。

 >>40

 あははww ネタバレ防止のために詳しくは言えませんが、了解です。(やるとは言ってないゾ)

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.42 )
日時: 2020/12/13 07:30
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)

 12

 キシャアアア!

 不快な音と共に、砂ぼこりの中から木の根が伸びてきた。
「あっ、ごめん! 仕留め損ねてた!」
 スナタが叫んだ。
 うん。まあ、仕方ない。いくらF級の魔物だからといっても、十体の群れだ。漏れが出てしまっても、責められるようなことはない。
 ただ、技量が足りないことは確かか。
 真白の体質によるものだろう、木の根はまっすぐに真白を狙う。
「ひゃああああ!」
 真白は回復術士。攻撃魔法は使えない。自己回避は不可能だ。
 ザンッ
 リュウが伸びた木の根を、剣で断ち切った。
 リュウが持ってくる武器は、毎回この鉄剣だ。両手で持つタイプの剣で、青い宝石がひとつ、埋め込まれている。
「真白さんと日向は下がってろ」
 リュウが〈ジャンカバ〉を睨み付けながら、低い声で言った。
「わかった」
 私は真白の背を押して、幾分か後ろに下がった。
「大丈夫なんでしょうか?」
「うん」
 リュウたちが〈ジャンカバ〉ごときにやられるはずがない。
 けれど、仲間を攻撃されてかなり気が立っている。〈ジャンカバ〉のように群れになって行動する魔物は、群れになることで自分の身を守っている。群れになれなくなると、自分の身が危ない。どこまでも魔物らしい考え方だ。
 人間も、同じようなものの気がするけれど。
 リュウが残った〈ジャンカバ〉を全て斬り倒し、その場はおさまった。

 13 >>43

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.43 )
日時: 2021/01/03 06:59
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)

 13

「≪ジャンカバの実≫ってはじめて食べたけど、意外と美味しいんだね」
 スナタが五個目の≪ジャンカバの実≫を食べながら言った。黒い幹に見えていた部分は、実は果実で、味はなかなか上等なものだ。よくワインなどを作るのに用いられる。
「スナタ、おしまい」
 私が制止し、≪ジャンカバの実≫の入った袋を取り上げると、スナタはむうっと頬を膨らませた。
「これも、貴重な食料。温存しておくべき」
 ここのダンジョンの気温だと、少なくとも、温度の影響で腐ることはなさそうだ。
「それもそっかあ」
 スナタは素直に諦めた。
 よし。じゃあこれは、あとでアイテムボックスに入れておこう。
 アイテムボックスを開いているのを真白に見られたくないので、一度リュックにしまうことにする。
 と、突然手の中から袋が消えた。
「リュックの中、ほぼいっぱいだろ? 持つよ」
 リュウが私の手から取っていた。
「うん、じゃあよろしく」
 それから、少し考えて、私は言った。
「あ、りがとう」
「え?」
 リュウがとてもビックリした顔で言った。あれ、間違えてたかな、言うタイミング。
「間違えてた?」
 するとリュウは慌てて言った。
「い、いや! 間違えてない!」
 そして、優しく笑った。
「どういたしまして」
 ほのかに照ったその顔は綺麗すぎて、私は眩しく感じた。
 少し目を細めて、じっとリュウの顔を見る。
「な、なんだ?」
 私は首をかしげた。
「なにが?」
「ねえねえ、そこの二人。そろそろ進まない?」
 スナタが仁王立ちしていた。しかし、その表情は怒っている風ではない。むしろにやにやしていて、面白がっているようだ。
「うん」
 なにが面白いのかはよくわからないけれど、ここで止まっていても何にもならない。
 私は少し前にいるスナタのところまで行った。
「ねえ、日向。やっぱり自覚なかったりするの?」
「なにが?」
 スナタはため息を吐いた。呆れる、よりは、なんだか……
 よく、わからない。

 14 >>44

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.44 )
日時: 2021/01/03 07:00
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)

 14

「ねえ、呆気なさ過ぎる気がするんだけど?」
 スナタが私に言った。
 私たちの目の前には、巨大な扉。巨大とは言っても、うん。私たちの背の五倍くらいだろうか。ほんのすこしの、人が一人通れるくらいの隙間が出来ている。
「私たちが最後尾」
「だって、それにしたって、面白味が無さすぎるよ!」
 駄々っ子のように、スナタは手をバタバタさせた。
 他のグループは、もう下の階に行っていることだろう。その証拠に、各フロアを守っている[層の番人]がおらず、所々に戦闘のあとがある。
「どうする、下に行くか? それとも、ここで一晩明かすか?」
 リュウが全員に問いかけた。
「下は魔物のレベルも上がるし、明日にしようぜ」
 蘭の言葉に皆が賛成し、夜を明かす準備が始まった。
「なんか、〈ジャンカバ〉に遭遇できてラッキーだったね」
 スナタが焚き火のために≪ジャンカバのまき≫を組み立てながら言った。
「そうだな。でも、いつか底をつくだろうから、その時はどうするか、だな」
「また出てくるよ」
 スナタからややはなれたところで、私と蘭は≪ジャンカバの丸太≫を薪にしていた。真白はそれを運ぶ係だ。重いのか、よたよたしているが、不器用で組み立てることが出来ず、丸太を割るのは言わずもがな。リュウは見回りがてら、食料調達に行っている。
「今思うと、〈ジャンカバ〉を全部一気に倒さなくてよかったね。お陰で薪が手に入ったわけだし」
 スナタが、まるで自分の手柄のように言った。
「倒したのはリュウだろ」
「わかってるよ!
 あ、二人、もういいよ。薪が組めた」
 私と蘭は、丸太を割る手を止めた。
「よし、じゃあ、残りはおれが持っとくよ」
「よろしく」
 と、その時、タイミングよくリュウが帰ってきた。
「魚釣れたぞー」
 五匹の魚を素手でつかみ、両手でかかげてそれを証明する。

 15 >>45

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.45 )
日時: 2021/01/03 07:01
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)

 15

 パチパチパチ

 火の粉の舞う音がする。
 暗いダンジョンのなかで、蘭の橙色の髪が火の光で照らされ、絵のような幻想的な情景を作り上げている。
「暇そうだね」
「うわああっ」

 ズザザッ

 蘭がすごい勢いで座ったまま後ずさった。
 そんなに驚かなくても。
「お、起きてたのか?!」
 声が大きい。みんなが起きる。
 私は人差し指を口の前に立てた。蘭も意図を察したようで、むぐ、と口をつぐんだ。
「そりゃあ、暇だよ。おれだけ寝れないんだから」
 蘭はヒソヒソと小声で言った。蘭は見張り当番のくじ引きを見事引き当てたのだ。
「日向は、寝ないのか?」
「うん。別に、眠くないから」
 私は元々、ある程度眠らなくても普通に行動することが出来る。それがいいのか悪いのか、微妙なところではあるが。
「眠くない、か。おれは眠いよ」
 少し代わろうか。
 そう私が言おうとしたら、その前に蘭が言った。
「あ、交代はしなくていいぞ。くじ引きで当たったんだ。自分の役割は全うする」
「うん、わかった」
 蘭は偉いな。
 ただ、もう強い魔物は来ないと思う。めぼしいものは、他のグループの生徒に狩り尽くされただろうから。
 蘭も同じことを思っているそうで、まとう空気にはさほど緊張がない。
 たとえ何かがあったとしても、蘭とリュウがいれば、大抵のことは安心だ。
 大抵でないことが起こったときは、その時はその時だ。
「にしても、暇だなー。あとどれくらいで起きるんだ、こいつら」
 蘭がじとりとリュウを見た。さすがに女の子に『こいつ』と言うのはしないようだ。
「起きてるよ」
 むくりとリュウが起き上がった。
「うわああっ」
 先程と全くの同じ動作で、蘭が後ずさる。
「さっき日向にも注意されただろ。静かにしろ」
 リュウはスナタと真白を見た。
「あとの二人は、確実に寝てるんだから」
 二人からは、すうすうと寝息が聞こえる。静かな空間に、二人の寝息が静かに響く。
「わ、悪い……。
 じゃなくて、寝ろよ! おれが見張りをしてる意味ねえだろ!」
 やや音量を下げて、蘭が私たちに対し、文句を言った。
「おれが起きたのは、日向と蘭のやり取りでだよ。さっきの、おれにもしたように、日向が起きたときも大声出しただろ?」
 蘭が恥ずかしがるように、頬を少し赤くした。
「あれか」
 起こしてしまった理由が自分だと知り、申し訳ないと思ったようだ。

 16 >>46

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.46 )
日時: 2021/01/06 06:32
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iuj9z/RI)

 16

「ん、んー」
 スナタが起き上がり、体を伸ばした。
「三人は相変わらずの早起きだね」
 まだ眠そうな、とろんとした目でスナタは私たちを見た。
 まあ、寝てないから、早いも何もないけど。
「三人って。おれは見張りだから寝てねえよ。
 見張りの意味なかったけど……」
 蘭が私たちを見た。その目線には、恨めしさがこもっているような気がした。
 スナタは首をかしげた。
「? 魔物が来なかったの?」
 蘭は苦い顔をした。
「ま、そんなところだな」
 そして、肩をすくめる。わざわざ言う必要はないと考えたようだ。
「他のグループがほとんど狩ってるからね。仕方ないよ」
「そうだよなあ。おれたちも、そろそろ焦らないとな」
 よし、とスナタは気を引き締めるような仕草をした。
「真白、真白」
 スナタに体を揺さぶられて、真白はゆっくりとまぶたをあけた。しばらくぼーっとしていたものの、だんだん目が覚めてきたようで、いきなり顔を上げ、スナタと額が衝突した。
「ご、ごめんなさい!
 あの、起きるの遅くてごめんなさい!
 スナタさん、ごめんなさい!」
 真白はあわあわと謝罪の言葉を連呼した。
「気にしないで。
 ちょっと痛いけど」
 スナタは額をさすりながら言った。
「ごめんなさ」
 私はリュウから≪ジャンカバの実≫が入った袋を取り、真白の口に≪ジャンカバの実≫を放り込んだ。
「見てて気分が悪い」
 何度も謝られると、その分空気が悪くなる。少なくとも、良くはならない。
「……ごめんなさい」
 まあ、そういうしかないか。
「日向、言い方があるだろ?」
 リュウがなだめるように私に言った。
 他の言い方。
「うん」
 あるのは知ってる。だけど、それが何なのかはわからない。
 わからないから、使えない。
「まあまあ。朝めし食って、さっさと行こうぜ。時間がもったいねえよ」
 蘭は私の手から袋を取り、みんなに二粒ずつ渡して回った。
 少ない朝御飯。これで、みんなは戦えるのだろうか。

 17 >>47

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.47 )
日時: 2022/03/10 13:02
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)

 17

「わっ! 寒い!」
 スナタが体を震わせながら言った。
 下の階層へ続く大階段の中は、冷気が支配していた。明かりなどは全くなく、蘭の魔法による炎でなんとか視界を確保しているものの、辺り全体までは見渡せない。余った≪ジャンカバの薪≫に火をつければ多少ましにはなるのかもしれない。だけど、貴重な物資を無駄遣いすることはできない。魔法による炎を灯し続けると、魔力は止まることなく消費される。だから、他のグループは松明たいまつを作ったことだろう。蘭の保有魔力はこんなことでは痛くも痒くもないだろうから、そんなことはしないで済む。
 スナタの言葉を受け、蘭は炎を大きくし、火力も上げた。炎の色が、赤から青に変わる。

「スナタ、近くに寄れ。炎の近くにいた方が暖かい」
「いいの? やったあ」
 スナタは上機嫌で蘭のそばに移動した。

「地下に行くことだし、これからどんどん寒くなっていくんだろうな」

 リュウが呟いた。
「えー。わたし、寒いの苦手」
 スナタがげんなりした様子でぼやく。
「仕方ないだろ、ここは海の底なんだから」
 スナタはしばらく口を尖らせていたが、ふと、気になったようにリュウに尋ねた。
「海の底ってことは、あの入り口とは直接繋がってるんだよね? でも、渦にのまれたのなら、私たちが気絶してた場所に水が溜まってないといけないんじゃない?」
 たしかに、私たちは水と一緒にここに落ちてきた。スナタの疑問も不思議じゃない。

「ダンジョンは、解明されてないことの方が多いからな。突然現れるし、攻略したら消えるし。ゆっくり探索してたら魔物に襲われるし、研究が進んで無いんだよ。ダンジョン内でゆっくりしてられるような技量を持ってる人は、研究員より魔法騎士団に入るだろうしな」
 スナタはそんなリュウの言葉を聞くと、腕を組んだ。
「んー、難しいね」
「それがダンジョン。だからこそ、人を魅了する」
 冒険者の中には、ダンジョンにロマンを抱く者も少なくない。

「あ! 出口が見えましたよ!」
 真白が言った通り、私たちの視界に光が見えた。蘭のてのひらの上にある青白い炎の光ではない。ほんのり青いことは同じだが、あれは、外の光だ。
「何がいるかな?」
 わくわくしたように蘭が言う。
 わくわく。

 わくわく?

 それは、なんだろう。
 ああ、頭が痛い。

 18 >>48

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.48 )
日時: 2021/04/16 18:45
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 18

「ひゃああああっ」
 真白が一生懸命に逃げ回っている。
「ははは。相変わらず凄まじいな」
 蘭が呑気に笑って言った。
 そんな場合じゃないと思うけど。
 私は真白の方を見た。
 大きなムカデのような魔物が、三体、真白を追っている。そのため、ほうきに乗って高く、空中を飛んでいるが、今にも追い付かれそうだ。
 真白の異常体質は【魔物誘引】。その名の通り、魔物を引き付けてしまう体質だ。私がこの《サバイバル》のグループメンバーに真白を選んだ理由はこれにある。
「蘭、真白は必死なんだから、そんなこと言わないの」
 スナタがじと、と蘭を睨む。
「わるい」
 蘭が表面だけの謝罪をした。
 そして、蘭は右手を突き出し、魔法を放った。
 巨大な火の玉が三つ作り出され、ムカデもどきに向かっていく。
 シャアアアアッ
 不快な断末魔に、私は顔をしかめた。
『あ、日向が表情を変えた』
 リンが意外そうに言った。
 だからなに。
 そう言おうとしたけど、面倒臭かったから言わないでおいた。
 ああ、面倒臭い。
 ムカデもどきはしゅうう、と音を立てて消えた。代わりに、掌に乗るくらいの紫色の魔法石があった。
 真白は地面に立つと、とぼとぼと歩いてきた。
「ごめんなさい」
 またそれか。
 もういいや。反応するのも面倒臭い。
 面倒臭い。

 ……頭が痛い。

 くらくら。くらくら。

 頭が、くらくらする。

「日向?」
 リュウの声がする。
「おい、蘭」
 リュウが小声で蘭に声をかけて、こそこそと話している。蘭は頷いて、スナタたちのところに行った。
 スナタも私を見て、察してくれたようだ。なにも知らない真白だけが、純粋に言われたことだけを信じ、笑って歩いていった。
「よし、行ったな」
 リュウが確認して、改めて私を見る。
「平気か?」
「頭が、くらくらする」
 くらくら。くらくら。
 回る。回る。視界が回って。
 立っているのも、疲れていく。
 くらくら。ぐらぐら。
 足も、だんだん傾いていく。
 地面が揺れる。傾いていく。
 立っているのも、面倒臭くて。
「……た」
 リュウの声も、遠退いていく。

 19 >>49

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.49 )
日時: 2022/03/10 13:15
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)

 19

「日向!」
 耳元で、リュウの大声が、ガンッと響いた。
 けれど私はまだぼーっとしていて、視界の歪みも収まらない。
「しっかりしろ。おれがいる」
「……うん」
 私はよくわからない。どうして心配してくれるの?
 こんなこと、よくあるのに。大したことではないと、リュウは知っているはずなのに。
 だめ。いま考えると、頭痛がひどくなる。

「どこか、休むところを探そう」
「うん」
 てくてく。私はリュウに手を引かれ、ダンジョンを進む。
 あ、れ?
 くらくら。ぐらぐら。ぐらぐら。

 ぐら、ぐら。

 寒い、冷たい? なに、これ。
 頭が、痛い?

「日向!」
 地面に座り込んだリュウを、私は見上げた。
 倒れてしまったんだ。
「わるかった。だいじょ」
「あやまらないで」
 やめてよ。リュウは悪くない。いつだって、リュウは道を踏み外すことはない。
「あ、ああ。わかった。
 歩けるか?」
「平気」
「には見えないけど、な」
 リュウは優しく微笑んだ。
「無理はするなよ」
「するわけないじゃない」

 リュウたちに危険がない限り、私が無理をすることは決してない。いま危険があるとすれば真白だけ。
 あの子なんて、どうでも良い。
 リュウは目をぱちくりと開き、ぱちぱちとまばたきしたあと、くしゃっと笑った。
「そうだな。日向は面倒くさがりだしな」
 そして、握っていた私の手を引いて、私を立たせてくれた。
「ねえ、リュウ」
「なんだ?」
「向こう」
 私はダンジョンの先を指差した。
 そこは、真っ暗な空間が広がっているだけで常人にはなにも見えない。

 だけど、私たちは違う。

「あれって!」
 リュウも確認したようだ。
「どうする?」
 リュウは困ったような顔をした。
「どうするって、行くしか……いや。日向の回復もしなきゃならないし」
「私、ここにいようか?」
「なに言ってるんだ!」
 怒鳴られた。
「死なないよ」
 私はまっすぐにリュウを見た。
 リュウの顔が『驚き』を表した。その中には、『悲しみ』も混じっているように見えた。

「はいそうですかとは言えねえよ」
 リュウがボソッと呟いた。

「?」
「幸い、蘭もスナタもいるんだ。あっちはあっちでしてくれる」
 リュウが良いならそれで良い。
 私はあいつらなんてどうでも良いんだ。リュウが救いたいなら救うし、放っておくなら私もそうする。
「まだふらふらするか?」
 心配そうな目が、私の目を覗き込む。
「ちょっとだけ。活動可能範囲内には入ってる」
 リュウはほっと息を吐いた。
「なら、行こう。ゆっくりで良い」
 私は頷いて、リュウに手を引かれるがまま、歩き出した。

 しばらく歩いて、蘭と遭遇した。
 ぱっとリュウが手を離す。
「スナタや真白さんは?」
「教師たちに保護されたよ。ったく。守ったら訓練にならないだろうが」
「この状況なら、仕方ない」
 私の言葉に、蘭は「それもそうか」と呟き、惨状を再確認した。
 紫色の毒ガスが辺りに充満していた。無数の生徒たちが、血を吹くなりして、倒れている。目は見開かれ、充血し、恐ろしいものを見ているかのようだ。

 20 >>52

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.50 )
日時: 2021/01/24 17:26
名前: 陽菜凛(ひにゃりん) (ID: O/vit.nk)

ここまで読ませていただきました(*´∀`)
設定がすっごく作り込まれていて、頭の弱い私はあと3回くらい読み返そうと思います。
(すいません日本語おかしくなってますよね……)
日向ちゃんにどんな秘密があるのか、凄くワクワクします(≧∀≦)
私より強い魔物が〜のところでわあぁぁぁぁぁぁってなって。
お忙しいと思いますが、更新楽しみにしています。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.51 )
日時: 2021/01/24 19:36
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: L3izesA2)

 わざわざコメントありがとうございます!!! うれしいです~(*^^*)
 世界設定は、もう、自分としては練りに練りに練りに練ったつもりなので、そういってもらえて満足です(*´σー`)エヘヘ
 雑談スレッドの方で言われた主要キャラの説明、承知いたしました。
 そうかあ、やっぱりいるのか(*´・ω・)ってなりました(笑)正直、「なくても大丈夫かなあー」と思っていたので。すぐに出来るかどうかは、お約束できませんが……
 日向の秘密は、いつ明かそうかすごく悩んでます。明かされるまで、見ててください(・ω・`人)いつになることやら。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.52 )
日時: 2021/03/15 14:33
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: oZokihYy)

 20

 百合草ゆりくさ。それが、この現状を生み出した原因である植物の名前。
 針葉樹のような鋭い葉がついた、刺のあるつるを、壁に張り巡らせた、気味の悪い百合のような花弁を持つ植物。このダンジョン内に生息するトラップの一種。
「おれも詳しくは知らないけどさ、どこかの班の誰かが間違えて攻撃したらしいぜ」
「詳しくない」
「そう言っただろ?」
 説明する意味すら持たない蘭の説明。
 聞かなくても、それくらいわかる。
 百合草は、魔法や物理的な攻撃に反応し、毒胞子を撒く有害植物。教師たちが何度も、注意するようにと言っていたのに。
「で、どうする? おれたちが手を出すか?」
 リュウが私に尋ねた。
「好きにしたら良い」
 私の言葉を聞くなり、リュウは空間に手を突き出した。
 蘭がぎょっとしたような顔をして、リュウに向かって叫んだ。
「おい! なんか一言くらい言えよ!」
 そして、たたっと駆けて、生徒たちが集まっているらしい場所に行った。
「日向、下がってろよ」
「うん」
 リュウの髪が、ざわざわと浮き上がる。
 さらさらとした水色の髪が、風にかすかに揺らされる。

 大量の水が、空間を覆い尽くした。

 バキバキバキィッ

 渦に飲まれ、倒れていた生徒や百合草が、毒ガスと共に水に閉じ込められた。

【水応用空間魔法・害物排除がいぶつはいじょ

 空間に作用する、水応用魔法のひとつ。大量の水で空間を覆い、排除対象物を水に溶かし込み、排除する魔法。
 かなりの魔法量を消費し、大量の水を操らなければいけないので、扱う者はあまりいない。少なくとも、バケガクの中では。
「よし、終わり」
「百合草や、生徒も巻き込んだのは、わざと?」
 リュウは頭をかいた。
「もっと練習しなきゃだな」
「怒られるよ」
「はははははっ」
 笑い事じゃ、ないのに。
 でも、まあ、

 いいか。

 21 >>53

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.53 )
日時: 2021/03/15 14:36
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: oZokihYy)

 21

「おーい! 日向!」
 階層にぼわんぼわんと響く、スナタの声。
 教師たちが、もう、危険性が残されていないと、判断したようで、ぞろぞろと虫のように生徒がダンジョン攻略を再開した。
「日向ってば!」
「なに?」
「返事くらいしてよ!」
「いま、した」
「そうじゃなくて!」
 スナタは変なところで言葉を切った。少し待ってみるけど、なにも言わない。
「なに?」
 するとスナタはため息を吐いて、
「ま、いいや」
 とだけ言った。
 納得したわけではなかった。でも、スナタが良いならそれで良い。
「そういや、リュウはどうした?」
 蘭がキョロキョロと辺りを見回し、リュウがいないことを確認した。
「ライカ先生が連れていった」
 教師たちによる空気の点検が始まったとき、彼女は真っ先にこちらに、リュウのところに来て、リュウを連れていった。わざわざ、連れていった。

 わざわざ。

 リュウに、無駄な手間をかけさせた。

 用件は、先程の【害物排除】に関してだそうだ。周りにいた生徒も巻き込んだと言うことで、注意がしたいとのことだった。

 そんなことで。

【害物排除】は高度な魔法だ。操るのは難しい。それでいてリュウは、巻き込んだとはいえ、生徒の誰一人として怪我を負わせることはなかった。『偶然誰も怪我をしなかった』など、あり得ないのだから、リュウが注意を払って魔法を放ったことはわかるはず。
 注意をするなら、この場でも問題ない。
 どうせあの人は、私のことなど、見ていないのだから。

 なのに。

「日向、聞いてる?」
「?」
 私がスナタの声を聞き漏らすことはないのに。

 聞こえ、なかった?

 頭から、ざあざあと嫌な音がした。

「真白が一生懸命話してたのに、聞いてなかったの?」
 ああ、なんだ、真白か。話していたのは。
「うん」
「まったくもう! リュウはいつ戻ってくるのか、わかる?」
 私は少し沈黙した。
「もう、そろそろ、話が終わる」
「そっか。じゃあ私たちも攻略に進めるね」
「そうだな。さっさと来ねえかな、あいつ」
 蘭がじれったそうに言う。そして周りをぐるっと見回して、リュウの姿を見つけた。
「お、来たな。
 おーい! 走れ!」
 リュウは聞こえないふりをして、歩くスピードを変えない。
「あいつ……」
「どうどう」
 怒る蘭を、スナタが静めた。

 22 >>54

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.54 )
日時: 2021/03/19 13:36
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)

 22

「ねえねえ、あれ、なに?」
 スナタが奥を指さし、首を捻って蘭を見た。
 真白は見えないのか、眼鏡を指で押し当てながら眉間にしわを寄せ、スナタの指の先を凝視している。
「んん? えーっと、像だな。石像かな?」
 どう思う? という意味を込めて、蘭がリュウを見る。
「台に文字が書かれているな」
「えっ、そこまで見えるのか?」
「ああ。流石に何て書いているかまでは見えないけどな」
「そこまで見える必要はない」
 石像自体見えてない人もいるのだから。
「日向の言う通りだよ。リュウは異常だよね」
「はっはっは。何をいまさらなこと言ってんだよ」
 リュウがスナタの嫌味を笑い飛ばした。
「てかさ、文字って、おれたちが使ってる言葉なのかな?」
 蘭が言う。確かに、その疑問は浮かぶ。石像の前では、何組かの班がずっとそこに留まっている。考えられる理由は三つ。文章が、読めない、理解できない、判断できない。
「それは問題ないだろ」
 うん。リュウの言葉は正しい。ダンジョン内に記されている文字は、誰にでも読める。

 いな、誰にでも理解できる。

 言葉での説明は難しい。ダンジョンに記されている文字は不思議なもので、文字を文字だとしか認識できない。一般的な読解のように、文字を読み取り、情報を把握するのではなく、ただ、見て、理解する。それだけ。
 故に、なんと記されているのかを理解することだけなら赤子でも可能と言われている。その内容を理解できるのかはさておいて。
 もっとも、記されている文字が読めなかったとすれば、そこからダンジョンの研究は進められる。しかし、どんな書物からも、『見ただけで理解できる文字』などは見つからなかった。
「ダンジョンの文字は特殊だからな。見たところ、奥に扉が三つあるから、その中から一つを選べってことが書かれているんだろ」
 リュウが人差し指を立てて言う。
「なるほどお」
 スナタがあごに手を当て、にまっと笑う。
「面白そう! わたし、先に見てくる!」
「転ばないでね」
 私はスナタに声をかけた。
「失礼ね! 転ばないよ!」
 そうかな、どうだろう。

 スナタは、危なっかしいから。

 23 >>55

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.55 )
日時: 2021/03/19 13:37
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)

 23

 私達が像の前に着く頃には、多少、溜まっている人は減っていた。
「あ、きたきた。ねえ、みんな、見て」
 言われなくても、見る。
 像は、かわいらしい少女を模した物だった。ただし、両目はえぐりとられ、表情は無く、額には蒼い水晶がはめられている。

 これは、見なくていいものだ。

「日向」
 リュウの気遣いのこもった、優しい声。
「平気」
 私はそれだけ言うと、台の文字が見える場所へ移動した。私に気づいた生徒の内の何人かは、私を、私の目を見て、気まずそうにそっぽを向く。
 台にはこう書かれてあった。

『玉の扉へ進む者、王への謁見の権利を持つ者
 石の扉へ進む者、王を恐れて逃げる臆病者
 蒼の扉へ進む者、王へ忠誠を誓う者』

 玉の扉は、正面の、真珠で縁取られた鉄の扉。石の扉は考えるまでもなく、右の石で出来た扉。ということは、蒼の扉は。
 私は視線を左へずらした。
 半透明な大きな蒼い水晶が、そこにはあった。これが、蒼の扉と言うことだろう。
 おそらく、玉の扉がダンジョン攻略への道で、石の扉がダンジョン脱出の道。そして……。
「蒼の扉の意味が、わかりません」
 真白が言った。
「だよねえ。この女の子の額の水晶が関係してるとは思うけど。
 あれ? この子、両目がないね」
 そして、スナタは小さく呟く。
「ああ、『呪われた民』か」
 直後、ハッと口を両手で覆う。
 その理由はわかってる。
「気にしなくていい。
 それより、どっち?」
 私は意見を尋ねることにした。
「そりゃあ、玉の扉だろ。蒼の扉は意味わからねえし、臆病者になんかなりたかねえ」
 リュウは蘭の言葉にうんうんと頷き、他の誰も、別の意見を口にしない。
 なら、これで決定だ。
 私達はなんの合図も出すこと無く、同時に、玉の扉に向かって、一歩を踏み出した。

 24 >>56

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.56 )
日時: 2021/04/16 18:54
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 24

 そういえば、ここはダンジョンだったっけ。
 私は目の前の光景を見ながら、そんな今更なことを考えた。
「うわあ、すっげえな」
 蘭が楽しそうに呟く。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。どうするの? 助ける?」
 スナタが提案する。
「でも、あのなりは冒険者だろ? 要らないだろ」
 リュウはそう言う。
「で、でも、困っていますよ。怪我も深そうですし」
 真白が控えめに訴える。

 レーナンという魔物が存在する。

 レーナンは半人半魚の姿をしている。上半身は人間の女のようだが、体全身が水で出来ている。目にあたる部分は鋭くひかり、しつこく追い回してくる厄介な敵だ。
 そしてそのレーナンの群れが、冒険者パーティを襲っていた。レーナンによる攻撃魔法にやられたのか、深傷ふかでも負っているようだった。
「レーナンって、何が効くんだっけ? 風で吹き飛ばせばいいの?」
「そんな簡単じゃ、ない」
 私の言葉に、スナタは頭を抱える。
「じゃあどうするのよ!」
「助けるの?」
「困ってそうだしね。どうせわたしたちも通るんだし」
 ふうん、そうなんだ。助ける、困ってる、か。

 理解は、する必要、無いな。

「炎の球でもぶつけたら蒸発するかな?」
「ええー、どうだろ」
 そんな会話をしていると、レーナンの群れの目が、突如こちらへ向いた。真白の体質の効果が出てきたのだろう。
「あわわわ」
 真白があわてふためく。
「落ち着け、レーナンなんて、たいした魔物じゃない」
 蘭はそう声をかけると、軽い動作で巨大な炎の球を投げた。

 ズオオオオオッ

 炎の球は音速よりも少し遅いくらいの速度でレーナンの群れを直撃した。

 キィィィィィ

 甲高い断末魔をあげ、レーナンのほとんどが消滅し、カランカランと魔法石が落ちる。
「おお、思ったより倒せたな。あとは三体か。それくらいなら、あの人たちでも大丈夫だろ」
 蘭の言う通り、基本群れで行動するレーナンは、仲間の大多数を失ったことにより勢いが衰え、あっという間に全滅した。
「大丈夫ですか?」
 蘭とスナタが先に駆け寄り、声をかける。
「あ、ああ。助かったよ。ありがとう」
 パーティのリーダーらしき男が頭を下げる。おそらく、剣士だ。
 パーティのメンバーは計三人。この剣士の男と、スキンヘッドの斧を構えた戦士の男、そして白魔術師の格好をした女。それなりに経験は積んでいそうだが、まだ青そうだ。
「ところで、さっき向こうにいた狼はどうしたんだ?」
「おおかみ?」
「ほら、さっき蘭が『晩飯だー!』って意気揚々と狩ってたあれじゃない?」
 剣士は驚いた風に言った。
「あの化け物を、倒したって言うのか?」
 ……訂正する。ただのど素人だ。
 呆然とする剣士に、白魔術師は何かをささやいた。すると剣士は青ざめ、

 私を、見た。

 リュウは私をかばうように前に出ると、先程とはうってかわり、パーティを睨み付けた。
「は、白眼」
 だったらなに。
「まさか、『呪われた民』か?!」
 剣士は叫ぶ。
「この野郎!」
 リュウは怒鳴ると、アイテムボックスから両手剣を出し、構えた。
「リュウ、そんなこと、しなくて良い」
「日向が良くても、おれが許さねえんだよ!」
 どうして?
 私は、よく、わからなかった。
「あー、もしかして、『白眼の親殺し』の子じゃないか?」
 この場の空気をわかっていなさそうな、戦士の声。
 剣士と白魔術師はぎょっとした。
「この馬鹿! 状況を考えろ!」
「そうですよ! 思っても内に留めるだけにしてください!」
 うるさい。

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

 頭の中で、音がする。

 こいつらは。

 い ら な い そ ん ざ い だ

 だって、リュウを、怒らせた。
 リュウに不要な感情を抱かせた。
 万死に値する。

 25 >>57

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.57 )
日時: 2021/03/19 13:44
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)

 25

「『白眼の親殺し』って、八年前の、あの事件ですか?!」
 真白が叫んだ。
「まさか、そんな、まさか。ただの噂だと思ってたのに」
 思ってたのに、なに。
 これは、なに。
 気持ち悪い。
「真白。落ち着いて。あとで話せるところは話すから、ね?」
 スナタのその言葉に、剣士は呆れたような、信じられないものを見るような、そんな目をした。
「はあ? こいつが人殺しって知ってて、一緒にいるのか?」
 その瞬間、リュウが剣を振った。

 カラァン

 まず剣士の剣を弾き飛ばし、甲冑の胸の部分を剣で押した。
「うわっ」
「黙れよ、なあ」
 久々に聞く、重く、低い、リュウの声。
「なんだよ、お前らも同類ってか? 人殺しなのか?! そうなんだろ!」
 なに、言ってるの。
 助けられていて。助けてもらっておいて。
 考えるまでもない。
 人間はそういう存在だ。
「リュウ、いいよ。そんな奴らの血で、手を汚すことない」
「殺しゃしないよ。両手足を切り落とすだけだ」
「結局死ぬと思う」
 理性が、完全に飛んでいる。
「ダンジョンは、全て自己責任。ダンジョンの中でなら、殺生は揉み消され、無かったことにされる」
 私は淡々と言う。
「だけど事実は変わらない。世間が知らなくても、この場にいる私達が真実を知っている。
 ねえ、リュウ。あなたはまだ汚れてないの。いつかは汚れてしまったとしても、それはいまじゃなくて良い。
 だから、そんな奴らほっといて、先に行こうよ」
 久しぶりにこんなに話したな。
 その甲斐あって、リュウの耳には、私の声は届いたようだ。
「……日向は、それで良いのか?」
 リュウは剣士から目を背けないものの、声からはいくらか怒りは消えていた。
「うん。リュウが手を汚すことはない」
「そっか」
 リュウはそう言うと、剣をしまった。
「日向がそういうなら、それで良い。
 悪かった。行こう」
 そして、リュウは歩み出した。
「蘭、気分悪いから、休んでから行く」
 だけど、私は行かなかった。
 蘭は心配そうに私を見たが、優しく、悲しく笑い、「そうか」とだけ言った。

 リュウ。あなたが汚れることはないの。

 あなたは私の『光』なのだから。

 あなたは私の『救い』なのだから。

 汚れてしまっては、もうもとには戻らない。

 だけど私は違うの。

 だから、だから。

 ……気分が悪い。気持ちが悪い。
 取り除かなきゃ。『虚無』の理由を。
 『私』が『わたし』になるために。

 26 >>58

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.58 )
日時: 2022/10/06 05:25
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)

 26

「……」
 私はずっと、剣士たちをただ見つめ続けている。
「なんなんだよ、さっきから」
 剣士は立ち上がった。
 私が一人になったせいか、剣士の威勢が良い。
「怒ってんのか? 一人前にさあ。なあ、人殺し」
 この人は、私を罵っている、ということになるのだろうか。
 だとしたら、なぜ。
 私が人殺しだから? 親を殺したから?

 そう考えると、笑いが込み上げた。

「ふふっ」

 私は笑い声をもらした。
「は?」
 剣士は訳がわからなそうだ。口をぽかんと開け、立ちつくす。
 私は笑みを崩さぬまま、右の手のひらを三人に向けた。
「魔法か! ミエル!」
 ミエルとは、あの白魔術師の名前だろう。
「はい! って、あれ?」

 ミエルは杖を構えたが、すぐに、拍子抜けとばかりに肩の力を抜いた。
「どうした?」
「いえ、あの、魔力を感じないんです。彼女から」
「それはあのローブのせいじゃないか? あれは気配消しのアイテムだろう?」
 へえ、これのこと、知ってるんだ。
「ですが、気配消しにも限度があります。顔や手など、ローブから出ている部分もありますし」
 なるほどね、一般的な知識までか。
 というか、早く終わってくれないかな。待ってあげる義理無いし。
「とにかく、たいした魔法はこないと思います」
 本人の前でそれを言うか。
 今度は私は苦笑した。

 そして。

「闇魔法【能力奪取】」

 丁寧に魔法名を告げ、魔法を放った。
 今回奪うのは、身体能力。それも、逃げられない程度だから、特に上級というわけでもない。
「え?」
 ミエルが魔力の防壁を作る前に魔法を放ったので、三人はこの魔法をもろに受けた。

 どさりと、体が崩れ落ちる。

「全員が詠唱で魔法を発動させると思わない方がいいよ。私みたいに無詠唱が扱える魔導師だっているんだから」
 ミエルは聞いているのかいないのか、座り込んだ状態で、ただただ目を見開いている。
「まあ、これからなんて無いけど」
 その言葉にゾッとしたのか、ミエルは顔を真っ青にした。
「さっきと性格が違くねえか?」
 先程と同じように、戦士の呑気な声が重い空気に水を差す。

「私?」
「ああ」
「そう?」
「ああ」
「……へえ」

 答える気はないので、それで済ませることにした。
「そういえば、あなたが私を『白眼の親殺し』だって言ってたね。聞くけど、私にそれが出来ると思う?」
 私は戦士に近づいて、尋ねた。
 戦士はすぐに答えた。
「さっきから、お前、俺たちを殺すみたいな雰囲気を出しているけど、全然殺気を感じないから、ただの腰抜けだと思う」
「そっか」

 私は笑顔で言葉を返し、戦士の左腕を蹴り飛ばした。
 紅い弧を描き、左腕は宙を舞う。そこまでは美しいのに、地に落ちるときは、べちゃりと嫌な音がする。
「うわああああああ!!!!」
 戦士はのたうち回り、激しく動揺する。
「そんなに驚く? 難しいけど、誰にでも出来ることだよ、これ。角度と力に気を遣えば。やりやすい靴とかも探せばあるしね」
 私はとりあえず、もう片方の腕も飛ばしておいた。
「うあああああああああ!!」
「うるさいなあ」
 うーん。まだ切り口が綺麗じゃないな。関節じゃない骨の部分で折れて、骨がむき出しになっている。

 私は軽く戦士を蹴り、大きな体をどかして、今度は剣士に近づいた。
「ひぃっ」
「こらこら。さっきの威勢はどうしたの?」
 目の高低差に威圧感を感じるのかと思い、私は屈み、視線を水平にした。
「あなたにも聞きたいことがあるの。いいかな? 拒否権はないよ。
 私が人殺しだから、あなたは私を罵った。それはなぜ?」
「は?」
 こいつ、世のことはわからないことばかりか。
「あなただってモンスターを倒すでしょう? 言い方を変えると、殺すでしょう? あなただって命を奪うという行為をしているのに、どうして私を罵るの?」
 剣士は叫んだ。
「人を殺すのとモンスターを倒すのとでは訳が違うだろ! 現に、人殺しは犯罪で、モンスター討伐は正義だ!」
「うん、そうだね。私もそう思う」
「は?」
「だから、私はリュウの殺人を止めた。私が代わりに、殺すことにした」
 絶句する剣士をよそに、私は言葉を続ける。

「だけど、私はわからない。どうして罪の重さが違うのか。命の重さが違うのか。魂の価値は等しいのに。かつて虫だった魂も、人間の体に入ることだってある。逆もしかり」

「俺だって知らねえよ!」
 剣士は怒鳴る。
「そっか、残念。じゃあ、もう生かす必要はないか」
 私は剣士の顔に手を伸ばした。
「や、やめろ、やめてくれ!」
 ぶしゅり。鈍い音がする。
 目の眉間に近い方から、親指をいれ、そこから目玉をほじくりだした。
 ぶしゅり。ぶしゅり。ブチッ
「あああああっっ!」
 剣士は痛みに悶えるけれど、魔法によって動けない。
 ぶしゅり。ぶしゅり。ブチッ
 もう片方も、取っておいた。
「ああ!! ああ、うああああっ!!」
「獣みたいだね。人間らしく話したら?」

 私は二つの目玉をぽいっと投げた。どこかの水溜まりか、あるいは川に落ちたのか、ぽちゃんと小さな音がする。
「あ、あ、」
 声のした方を見ると、ミエルが肩を震わせ、怯えていた。
「大丈夫。殺してないよ、まだ生きてる」
 安心させるために笑って見せたけど、逆効果だったみたい。
「あ、そういえば、名前を知れたのはあなただけだね。知りたくもないから別にいいけど」
「ど、うして?」
「ん?」
「どうして、私たちを殺すんですか? あなたを罵ったから? そうやって、いままでも、人を殺してきたんですか?」

 私は一瞬キョトンとして、すぐに笑った。

「あははっ! そんなまさか。私、そんなに自己中に見える?」
「じゃあ、なんで?」
 血みどろの手を顎に当て、たった一言、私は言った。
「リュウを怒らせたから」
 ミエルは震える声で、言葉を絞り出した。
「そんな、ことで」
「いやいや。私にとっては十分すぎる理由だよ」
 私はひらひらと手を振った。
「リュウは温厚だし、滅多なことで怒らないからね」
「じ、じゃあ、これまでも同じような理由で、その、殺しを?」
「うん、そりゃね。あなたたちだけじゃない、そこはちゃんと平等にしてるよ。体の一部を奪って、じわじわ痛め付けるやり方も一緒。
 でも、あなたはどうしようかな。綺麗な顔と体してるし、奴隷として売った方が良いのかな」
「ひっ」
「あはは。大丈夫、冗談だよ。私の魔法を見せちゃったからね。
 私、面倒なことからは逃げるって決めてるから。力も公開しないことにしてるの。
 ねえ、ここまで話して、生きれば、満足?」

 私はアイテムボックスから短剣を取り出した。
 私はそれを逆さに構え、腹に突き立てる。

 ザシュッ

 ビシャッ

 何度目かわからない血飛沫を、体中に浴びる。
 ミエルは恨めしそうに私を見つめたあと、どさりと倒れた。
「あ、いけない。私の魔法のことも聞いとけば良かったかな。
 まあ、いいか。たぶん予定通りに進んでるでしょ」
 それよりも、短剣とローブを洗わないと。体は手と顔、ローブに出てる部分しか汚れていないから、良いとして。
 久々にこんなに汚れたな。
 私はちらりと三人を、三体の死体を見た。
「ちぇっ。もう少ししぶとかったら、もっと楽しかったのに」

 27 >>59

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.59 )
日時: 2021/03/21 15:42
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: TVgEc44v)

 27

「どうして隠れてるの、リュウ?」
 私はリュウの気配がする方を向いた。
「隠れる必要ないじゃない」
 リュウは隠れようとして隠れている。その証拠に、自身の気配を最小限にまで押さえている。スナタはおろか、蘭でさえもあざむけられるほどに。
「なんで、殺したんだ?」
 リュウは私の質問に答えず、姿も見せず、声だけで尋ねた。
「要らないから。私にとっても、リュウにとっても」
「なんでおれに殺させなかったんだよ、さっき」
「私が殺した方が、リュウは汚れないでしょう?」
「代わりに日向が汚れるだろ?!」
 怒られた。
「そりゃそうだよ。それがこの世界の鉄則。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
 私はやれやれと首を振って見せる。
「それに」
 リュウの声が小さくなった。
 私はそれを急かさず、リュウの言葉を待った。
「日向。日向がそういう風に話すときは、たいてい、無理しているときだ。そんな、
 ・・・・・・・・
 昔みたいな話し方をしているときは」
 
 昔。むかし。
「そうだっけ?」
「はぐらかすなよ」
 そこでやっと、リュウは隠れていた岩影から姿を見せた。
「日向。日向はなんのためにここにいるんだ? なんのためにおれが、おれたちがいるんだ? なんのために、なんの」
 辛そうに、苦しそうに、悲しそうに。リュウが言う。
「私の行動が、リュウを傷つけたのなら、私は何度だって謝るよ」
 でも。だけど。
「でも、私は行動を改めるつもりはないよ。だって、これが私の生きる理由だもの。リュウだって、知ってるでしょう?」
 リュウは黙ったままで、なにも言わない。言えない。
「私は私が間違ってるとは思わない。だから、改める必要性を感じない」
「でも!」
 リュウが私の言葉を遮る。
「おれだって、日向が、日向のことが」
 そこまで言うと、リュウははっとして、口を押さえた。
「?」
「いや、なんでもない」
 辛そうに、苦しそうに、悲しそうに。
 いつもそうだ。私はリュウを苦しめる。
 私はリュウが大切なのに。

 何が正解? 何が間違い?

 誰がこの問いに答えられる?

 わからない。わからない。

 だから私は答えを探す。

 何回も。何万回も。

 ずっと、ずっと、これからも。

 28 >>60

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.60 )
日時: 2022/03/10 14:29
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)

 28

 私たちはひとまず、蘭たちの元に戻った。いや、そこには、蘭しかいなかった。
「おお、戻ったか。
 あー、その、えっと」
 蘭は私の姿を見て、口ごもった。
「うん」
 私は蘭の言いたいことがわかったので、それだけ言った。
「スナタと真白さんは? 一緒じゃないのか?」
 リュウは、蘭に尋ねた。
 すると蘭は、苦々しい表情になり、吐き捨てるように言った。

「真白はスナタに『白眼の親殺し』について聞いてる。向こうにある川沿いの奥にいる」
 蘭は右奥に向かって流れている川を指した。
「そっか、まあ、仕方ないよな」
 リュウはそう、諦めたように、ため息混じりに呟いた。
「おれじゃ感情的になっちまうから、スナタにいってもらった」
「そうカリカリすんなって。気持ちはわかるけどさ」
「結局、真白も他の奴らと一緒なんだよ。
 よってたかって、日向を攻める、怯える」
 どうでもいいよ、そんなこと。

 でも、そっか。
 じゃあ、あの子ももう、要らないや。どうせ、面倒なことになる。

「行ってくる」
 私は二人にそう告げ、二人の気配がする方へ向かった。
「ああ。さっき行ったばかりだから、話も始まったばかりだと思うぜ」
「さっき? おれたちはかなり前に三人から離れたよな?」
「真白がなかなか話さなかったんだよ。ずっともじもじしてやがる」
「すっかり嫌いになったんだな、お前」
 二人が私の背後で、そんな会話をしている。

 ……きらい?

 私は二人の声が聞こえるところまで近づくと、歩みを止めた。
「じゃあ、真白が知ってるのは、『白眼の親殺し』を日向がしたってことと、八年前にあったってこと、名前の通り、その内容が親殺しだってこと、でいい?」
 そこまでしか話は進んでいないのか。
「はい。あくまで、噂に聞いた程度ですが。
 それで、その、本当なんですか?」
「ん? どれが?」
 スナタは笑顔で問い直す。
「花園さんが、ひ、人、殺しって」
 真白はひどくおどおどしている。
 スナタはかなり間を空けて、うなずいた。
「うん、そうだよ。日向は、人を殺してる」

 真白の顔が真っ青になった。
「日向はね、昔っから生活環境が良くなかったの。わかるでしょ? 左の目の、白色が原因。聞いた話だと、お母さんからの虐待、特に、ネグレクトが酷かったんだって。決定的な動機は私にもわからないけど、積もり積もった不満とかじゃないかな?」
「じゃ、あ、わたし、ずっと、人殺しと一緒にいたの? そんな、いやああっ」
 真白は頭を抱え込み、うずくまる。

 スナタはそんな真白を、まるで虫でも見るような目で見たあと、すぐに笑顔に戻り、優しく言った。

「ごめんね、すぐに言ってあげられなくて。日向にも日向の事情があるから、言うに言えなかったの」
 ごめんね、ごめんね。スナタは何度も真白に言う。
「日向がバケガクにいる理由は、精神異常。精神の矯正って名目で入れられてるけど、本当は違う。
 人を躊躇無く殺せる人って希少だから、殺人兵器にしようって魂胆なの。」
「へっ?」
「ああ、親を躊躇無く殺したってことじゃないよ? いつかはそうなるようにしようってこと。
 だけどまあ、知っての通り、日向ってあんな感じで、なんの能力にも秀でていないでしょ? だから、なかなか教師陣の思惑通りにならないってのが現状」

 真白はまだ、ぶるぶると震え、怯えている。
「そんな。学園が、そんなこと」
「だから、日向が『白眼の親殺し』の犯人だって言っても、学園側から潰されるよ。そんなことしないだろうけど、忠告しといてあげる」
 真白は顔を上げた。
「どうして、スナタさんや他のお二人は、花園さんと一緒にいるんですか? 皆さんも、おなじように」
 一緒にしないで。
 私はすぐにでも真白の前に出て、そう言いたかった。でも、すんでのところで止めた。
 前に出てしまったら、私は何をいうかわからない。もしかしたら、隠していることも口走ってしまうかもしれない。もしかしたら、殺してしまって、あとになって私の力が学園中に広まってしまうかもしれない。

 私は、もう嫌なんだ。
 私は、逃げると決めたんだ。
 私は、私は。

「そうだなー。私は人殺しはしたことないかな。他の二人は知らないけど。
 でもね、真白。人殺しってだけで、差別するのはどうかと思うよ。人殺しにだっていい人はいるし、人殺しじゃない人だって、悪い人はいる」
「でも、でも! 人を殺せる人は、酷い人です!」
「なら、世のため人のために人殺しをする兵士たちはどうなるの? あの人たち全員、悪い人?」
 さとすように、なだめるように、言い聞かせるように、スナタが言う。
「それ、は」
「違うよね。正義の殺しか悪の殺しか。罪になる殺人と罪にならない殺人の違いはそこだって人は言うけど、私はそれは違うと思う。
 だって、正義か悪かだなんて、世間が決めるものじゃないし、そもそも決められるものじゃない」

 スナタはにっこり笑った。

「真白。たぶん、あなたはもう、わたしたちのパーティにはいられない。どうする? 出ていく? それとも、今回の《サバイバル》が終わるまでは、わたしたちと一緒にいる?」
 絶句する真白をよそに、スナタは続ける。
「あ、違うか。元からあなたはパーティの一員じゃない。
 まあ、この事はおいといて。もしいますぐ別行動したいって言うなら、わたしから先生に言うよ? 一緒に行こう」
「パーティ?」
 真白はやっと口を開いた。
「そう。パーティ。わたしたちはパーティを組んでるの」
「そんな、それじゃあ、わたし、わたし」
 いまにも悲鳴を上げそうな真白。
「わたし、出ていきます。出ていかせてください」
「懇願しなくたって、要望通りにするよ。じゃあ、いこっか」

 29 >>61

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.61 )
日時: 2022/10/06 05:22
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)

 29

 スナタたちは、私に近づいてきた。
「わあっ! びっくりした、日向いたの?」
 曲がったすぐそこに私がいることに驚いたらしく、スナタが目を丸くする。
「うん」
「うんじゃなくてさ。
 まあ、いいや。それなら、話聞いてたでしょ? 先生に事情話してくるから、二人に伝えておいてくれる?」
「わかった」
 私の言葉を聞くと、スナタは満足そうに頷き、真白と共に私の後ろの方へ向かった。
 真白は、絶望したような表情をして、私のことは見向きもしなかった。
 私もリュウたちのところへ戻り、先ほどの話の内容を簡単に説明した。
「そっか、真白さん、出ていくのか。
 でも、良いのか?」
「かまわない」
 リュウは少し寂しげに笑う。
「そっか」
______________________
 数分して、スナタが戻った。
「ただいまー」
「あいつは?」
 蘭が尋ねる。
「名前忘れたけど、男の先生が同伴で家に帰ったよ。ほら、さっきの扉あるでしょう? あれを使ったの。ここから先に出口なんて無いだろうし、ダンジョン用の緊急脱出アイテムも使えないし、他の班に真白さんを入れるってところもなかったし」
「そうだろうな」
 よっぽど嫌いになったのか、蘭は目で「ざまあみろ」と言っていた。
「ねえ、日向」
「なに?」
 私は首をかしげた。
「真白への説明、あれで良かった? 色々話盛っちゃったけど」
「うん、上出来」
「でも、どうして? なんでわざわざ誤解させるような言い方をしないといけないの?」
「おい、スナタ」
 リュウが制止しようと、私たちの会話に入ろうとした。
 でも、私はそれを止めた。
「良いよ、リュウ。
 私は、もう、逃げるって決めたの。面倒なことは、もう、うんざり」
「逃げるって、何から?」
 困惑したスナタの問いを受け、私は視線を落とした。
「面倒くさいの。何もかも」
「ひ、なた? どうしたの?」
「ちゃんと、いつか、話す」
 そう。いつか。

 きっと。


 第二幕【完】

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.62 )
日時: 2021/04/01 18:12
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 1

 さらさらさら。川の流れる音がする。
 じゃぶじゃぶと、私は血にまみれたローブを洗う。
 はじめは川は真っ赤に染まっていたけれど、だんだん赤色は透明になってきた。

 ごそごそごそ。

 急に、これまでなかった音がした。私は音がした方向を見た。音の根元は、私のリュックだった。
『ぷはぁっ! あっつーい! なんでえ?』
 急にうるさくなった。
「何してたの」
 リンはキョトンとした。
『寝てた』
「ずっと?」
『うん』
 私は、はあ、とため息を吐き、作業に戻った。
『ねえ、ベル。暑いよおー』
『仕方ないでしょ。たぶんここは、火山地帯なのよ』
『火山ってなに?』
『火山っていうのは……』
 ベルは何をしていたんだろう。まさかベルまでずっと寝ていたとでも言うのだろうか。
 ずいぶんとローブの汚れが落ちた辺りで、リンが私のそばへ来た。
『何してるの?』
「洗濯」
『それはわかるよ。何洗ってるの?』
「ローブ」
『ろーぶ?』
「うん」
 すると今度はベルが、呆れたように言った。
『またやったの?』
「うん」
 ベルは腰に手を当て、仁王立ちの格好をした。
『そんなにポンポン殺しちゃダメって言ってるでしょ! 死んじゃったらそれまでなのよ?』
「うん」
『うん、じゃない! まったくもう』
 そう怒るベルに、リンが尋ねた。
『ベル、殺すってなに?』
『命を消滅させることよ』
 精霊は、無知な存在。だからだろうか。リンは、私が殺しをしたと知っても、いまいちぴんとこないようで、私を恐れたり、怖がったりは、しなかった。
『ふうん。
 あれ、みんなは?』
「向こうの温泉」
 私は顔も上げず、方角も示さなかった。けれど、ベルがその温泉を見つけ、場所をリンに教えた。その場所はそのままの位置では見えないが、少し移動すればすぐに見つけることが出来る。
『あれかあ。日向は行かないの?』
「うん」
『どうして?』
「必要ない」
 向こうには、他の生徒も集まり、雰囲気は宿泊学習の時のようだ。そこそこ距離があるが、賑やかで楽しげな様子が、こちらまで伝わってくる。
 そもそも三人が向こうへ行ったのも、スナタがお風呂に入りたいと言い出したからだ。
 時間の効率を考えて、私がローブを洗っている間に体を休めてくれば良いと、提案したのだ。
『三人一緒に入ってるのかな?』
 リンの何気ない言葉に反応し、ベルは顔を真っ赤にした。
『そんなわけないでしょ!? ちゃんと男女で分かれてるわよ! ほら!』
『ほらって言われても、私には見えないよ』
 ベルは必死になってリンに向こうの状況を説明していた。そんなにむきになる必要はないと思う。
『そ、それにしても』
 ベルは私を見た。
『日向もここ数日お風呂に入ってないでしょ? 魔法で綺麗にしてるとはいえ。思春期でしょ? いいの?』
「思春期なのは年齢だけ」
 私はたんたんと答え、ローブを洗う手は止めない。
『そういえば、日向の年齢って聞いたことなかったね』
「うん」
 リンは少しむっとしたようだ。理由は不明。
『何歳なの?』
 私は少し間を空けてから答えた。
「三十五歳」
『えっ?!』
『日向は天陽てんよう族の血が流れてるのよ』
『てんよーぞく?』
「ベル」
 私は手を止めた。ベルを見ることはしなかったけど、ベルは私の一言で察したようだった。
『また今度教えてあげる。
 ねえ日向。血を洗ってるってことは、もしかして、この水は冷たいの?』
「違う。私が冷やしてる」
『水浴びしていい?』
「うん」
 ベルより先に、リンが叫んだ。
『なんだあ! それを早く言ってよお!』
 そう言うや否や、リンは川に飛び込んだ。
 流されたりしないかな。
『リン! もっと上流に行かなきゃ! 血で汚れるわよ!』
 ベルも慌てて川のなかに入っていった。

 ローブはすっかり綺麗になり、水面には、私の顔が映し出される。
 頬に血がついた私の顔。
 ごし、ごし。
 もう乾いてしまって、強くこすらないと血は取れない。
 手が水に濡れていたからか、頬の血はすぐに取れた。
 ごし、ごし。
 それでも私は、何度も頬をこする。
 何度も、強く。

 2 >>63

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.63 )
日時: 2022/03/12 16:30
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)

 2

 私はローブを乾かしながらスナタに言った。
「わざわざ、着替えたの?」
「え? うん」
 スナタは言葉を続ける。
「だって、せっかくお風呂に入ったんだもん。入浴と着替えはセットでしょ?」
「知らない」
「というか、本当によかったの? 日向も、今からでも入ってきたら?」
「しつこい。必要ない」
 それに。
「私は着替えは持ってない」
 スナタはたった今、自分で二つをセットだと言った。私はそのうちの一つを行えない。
「あきらめて」
 するとスナタは、目を丸くした。
「ええっ、持ってきてないの?!」
「洗浄魔法で着たまま洗えるから」
 それに、今私が着ているこの服は、弱いながらも汚損防止の効果魔法を付与している。上からローブを着ているから、なおさら着替えは必要ない。
「えー。日向ならアイテムボックスの空きは何十個もあるでしょ?」
「スナタ、それ、皮肉が入ってないか?」
 少し遅れてやってきた蘭が言う。
「なんのこと?」
 とぼけた調子でスナタが蘭を見た。
 何十ではないのだけれど。
 まあ、いいや。
「今日はこの辺で休むか?」
 リュウの提案に、私たちは頷いた。
「そうだね、お風呂にも入ったことだし」
 スナタはそう言うなり、蘭に言った。
「ねえねえ、あの狼の肉、出して」
「わかったから急かすなって」
 蘭が呆れたように言いながら、アイテムボックスから肉を出した。
さばくから、貸して」
 私は短剣を手に取り、蘭に言った。
「そのローブ、洗ったばっかだろ? おれがやるからいいよ」
 蘭こそ良いのだろうか。
「汚れるよ」
 蘭はにやっと笑った。
「おれの獲物だ。最後までおれがやる」
 その表情は、本当に楽しげで。
 気を遣っている、ということでは無さそうだった。
「なら、いい」
 私は肉の処理を蘭に任せた。蘭の処理スキルは中々のものなので、出来栄えは問題ない。
「スナタは薪を組んどいてくれ。前に使ったやつ、残ってるよな?」
「うん、たくさんあるよ」
「じゃあ頼んだ」
「はーい」
 二人は自分の役割をこなすべく、作業に取りかかった。
「最近、肉と魚しか食べてないよな」
 することが思い付かなかったのか、リュウは私に話しかけた。
「仕方ない」
 それしか食材がないのだから。前に手に入れた≪ジャンカバの実≫も、とっくに底を尽きてしまった。

 びしゃっ

「うわっ」
 リュウが飛び退いた。
 みると、リュウが立っていた場所に、血がついていた。
「おー、わるいわるい」
「わざとじゃないだろうな」
「あっはっはっはっ」
「否定しろよ。
 はあ」
 リュウはため息を吐いた。蘭は全く反省していない。
「暇なら、散歩でもしてきたらどうだ? 特に日向、休んでないだろ」
「必要ない」
「知ってる」
 蘭は苦笑いした。
「でも、行ってこいよ。たまには良いだろ。見回りがてら。な?」
 な? と言われても、困る。
『日向! 行こうよ!』
 リンが目を輝かせて、私に言った。
「行きたいなら、行けば良い」
『私が迷子になったらどうするの!』
「ベル」
 私はベルに、リンについて行くよう目で伝えた。
『わかったわ。リン、行きましょう』
『えー。日向も行こうよー』
「断る」
『なんでよお!』
「勝手に遊んで、戻ってきて」
 きりがないので、ベルにそれだけ言うと、私は黙った。
『むうううう。もういいもん!
 ベル、行こう!』
 リンはなぜか怒ったようで、やや速いスピードで飛んでいってしまった。
 リィンリィンと、涼やかな鈴の音が、静かに響く。
『あ、待って!』
 ベルが羽を動かし、シャランシャランと音が続く。
 二人の姿が完全に見えなくなると、リュウが言った。
「あー、で、どうする?」
「?」
「散歩、するか?」
 リュウはわずかに私から目線をそらし、気まずそうに頭をかいた。
「気まずいなら、無理して行くこと、ない」
 私の言葉に、リュウは、焦ったように早口で言う。
「いや! 気まずいとか、そんなこと」
 ない、までは言わなかった。やはり、気まずいのだろう。
「私に休息は必要ない。見回りなんてしなくても、モンスターが近くにいないのはわかる。リュウが無理して私と一緒にいることない」
 私の先ほどの行動が、リュウの気分を害してしまったのだろう。それなら、ある程度、距離をおいたほうがいい。
 そう思ったのだけれど。
「ちがう!」
 リュウは、慌てているのか悲しんでいるのか、よくわからない表情で、私に言った。
「あー、そのー」
 わずかな時間、リュウは私の目をみたあと。
「あたまひやしてくる!」
 そう叫び、どこかに向かって駆け出していった。

 3 >>64

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.64 )
日時: 2021/04/01 18:15
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 3

「ねえねえ、日向。もしかして、この階層に残ってるのって、わたしたちだけだったりする?」
 どうして私に聞くのだろうか。そう思わなくもなかった。けれど、わざわざ言葉にするほどのことでもない。
「風魔法で、調べたら?」
「あ、そっか」
 スナタはぶつぶつと詠唱を唱え始めた。
 ああ、なるほど。薪を組み終わって、暇なのか。
 スナタの言う通り、この階層には私たちしか残っていない。他の班は、時間が惜しいのだろう。なんせダンジョン攻略というのは、早い者勝ちなのだ。

 あれ?

 私たちだけ。ということは。

 嫌な、予感が、する。

「スナタ。リュウ、見てくる」
 詠唱途中だったから、返事こそしないけど、聞いてくれているだろう。
「気をつけていけよ」
 蘭も聞いてくれていたようだ。
「って、気をつける必要もないな。すぐ戻るか?」
「わからない」
 私の答えに、蘭は不思議そうな顔をした。
「何かあるのか?」
「わからない」
 今度は、戸惑うような表情を浮かべる。
「嫌な予感がする、だけ。現実になるかは、わからない」
 ようやく蘭も理解したようで、うなずいた。
「詳しいことは、あとで。」
 私はローブをはおり、立ち上がった。
「行ってくる」
「おう、行ってらっしゃい」
 リュウは、たしか、こちらの方に。
 川を沿って、歩く。歩く。

 あくまで、予感だ。絶対ではない。
 でも、だけど。

 失うわけにはいかない。絶対に。

 たいして距離はなかったように感じる。
 一分にも満たない時間にも、五分以上にも、十分ほどにも感じるだけの時間歩いた先に、リュウはいた。

 たそがれている。その表現が適切だ。

 足を組み、川辺に座り込んで、ぼうっとしている。特に何かをしている様子はない。ただひたすら、水面を覗き込んでいる。
 しかし、私の気配に気づいたのか、リュウは顔を上げ、かすかに笑った。
「おー、日向、どうした?」
 私は会話が出来る距離まで近づくと、リュウに尋ねた。
「馬鹿みたいな格好の男、見た? 何か、されてない?」
「は、え?」
 見てないのか。
「なら、いい」
 リュウは目を白黒させた。
「日向がよくてもおれはよくないよ。どうしたんだ?」
 私がその問いに答えようとした、その瞬間。

「馬鹿みたいって、そりゃないよぉ。ボクの正装だよ? これ」

 耳障りな声が、不気味に響いた。

 4 >>65

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.65 )
日時: 2021/04/17 09:44
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 4

 声のした方を見ると、やや遠い、壁の少し出っ張っている部分に、男が立っていた。
 黒い髪に、黒い瞳。目は細く、笑っているくせに鋭い光を放つ。
 赤と黒で統一された、派手な格好。
 視界に入れるだけで、反吐へどが出る。
 男は頭のシルクハットを取り、演技めいた動作でお辞儀をした。
「そこの、りゅーくんだっけ? 初めまして。ボクは〔黒の道化師〕。道化師と言っても、ボクの仕事は裏側だどね。
 仲間内でからかい半分で呼ばれてただけなんだけど、おおやけになっちゃった」
 リュウは、目を見開いた。
「黒の……? 〔十の魔族〕か!」
「ピンポンピンポン。大正解。知ってるんだね、えらいえらい」
 からかうように、いや、からかっている。男は、ジョーカーは、からかう言葉をリュウに言ったあと、なめ回すように、リュウを見た。
「日向、あいつ、なんなんだ?」
 リュウは私に説明を求めた。
「呼び名は、〔ジョーカー〕。本名は知らない。
 例の組織の、幹部」
 ジョーカーは微笑んだ。
「そーそー。例の、ね。幹部って言っても、ボスの下の下の下くらいだけど。
 ああ、警戒しないで良いよ。今回の目的は、君じゃないから」
 ジョーカーは、ふわりと飛翔し、とんっと小さな音をたて、私たちの前に立った。
 そして、まっすぐにリュウを見た。
「今回『は』って言ったけど、正直、君に興味ないんだよね。『日向ちゃん』と関われるから、ボスの下にいるけどさ」
 眉間にしわが寄るのがわかる。
「あれえ? 嫌だった? だって、ボクの知ってる日向ちゃんの名前を呼ぶのは、タブーなんでしょ?」
 楽しそうに。可笑しそうに。ジョーカーは言う。
「そのくせに、りゅーくんは良いんだね。細かいし面倒臭いくせに、穴はあるんだ。
 楽しいね」
 知るか。
「ってことだから、安心して良いよ。ボクはジョーカー。組織の切り札。だけど君に手を出さない。
 だから、日向ちゃんもわかってたんでしょ?

 ボクがいると知っていて、ボクを放置したんだから」

 リュウが、声を漏らした。
「え」
 そして、私に問う。
「日向、知ってたのか? こいつがいること」
「うん」
 ジョーカーは満足げにうなずいた。
「うんうん。君はボクがあとをつけていることに気づいてなかったんだね。当然さ。君と僕じゃあ、レベルどころか次元が違う」
 次元が違う。その言葉で、リュウは全てを理解したようだった。説明する手間が省けて、助かる。
 私はリュウの前に立った。
「何の用?」
 ジョーカーは嬉しそうに目を細める。
「日向ちゃんに聞きたいことがあるんだよね」
 そして、両手に三本ずつ、計六本の小さなナイフ、投げナイフを手にした。

「そこのりゅーくん、殺して良い?」

 5 >>66

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.66 )
日時: 2021/04/01 18:16
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 5

「は?」
 私が睨み付けると、ジョーカーは頬を赤らめた。
「あー、良いね。その表情、素敵だよ」
 気持ち悪い。
「さっき言った『手を出さない』っていうのは、あくまで『ボスの命令』が理由で手は出さないってことね」
 くるくると、ジョーカーの手の上でナイフがまわる。
「ボクはね、日向ちゃんが大好きなんだよ」
 唐突に、ぼそりと、ジョーカーが言う。
 リュウは何も言わずに、ジョーカーの言葉を聞いている。
「さっき冒険者を殺したときみたいな、わかりやすく頭のネジがぶっ飛んだような、あの、狂った、昔の日向ちゃんが」
 ジョーカーは言葉を続ける。
「いまみたいな静かな狂気は、ボクの好みに合わない」
 そしてナイフをそれぞれ指の間に挟み、私の後ろ、リュウに向けた。
「君を殺せば、きっと、日向ちゃんはおさえきれない狂気をボクに向ける」
 紅潮した、うっとりとした表情。
「見たい。見たい。ボクは見たい。
 あの日向ちゃんが、どうしようもなく!
 ああ羨ましい! 日向ちゃんの狂気を一身に受け、死んでいったあの三人が!!」
 気持ち悪い。

 何も、感じない。

 こいつは昔からそうだ。何も変わってない。

 そして、私も。

「日向ちゃん。ボクを止めてみなよ。そいつを殺すからさあ。怒ってよ。
 狂ってよ」
 馬鹿馬鹿しい。
「!」
 ジョーカーの顔色が変わった。
「おい、日向!」
 リュウは私を、私が自分の首に突き立てた短剣を見て、叫んだ。
「だめ?」
「だめに決まってるだろ! やめろ!」
 リュウは珍しく本気で怒っていた。
 わからない。なぜ怒るのか。その必要があるのか。

 理解したいのに、わからない。

「こうするのが一番早いよ」
「だめだ!」
 そう私たちが話していると。
「やっぱりそうか」
 呆れたような、がっかりしたような、ジョーカーの声。
 ……違う。
「お前が元凶なんだ」
 怒りの声。

 6 >>67

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.67 )
日時: 2021/04/01 18:17
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 6

「おれが、元凶?」
 これまで沈黙を貫いていた、リュウが呟いた。
 ジョーカーは答えずに、ナイフを投げた。

 ひゅんっ

 空気を切る音がする。
 私は魔法の障壁でナイフを防ぐことにした。あのくらいなら、これで十分だ。
 魔力を集め、薄く広げる。そしてそれをだんだん濃縮させ、層状にする。
 うん、一瞬で行った割にはそこそこの出来ではないだろうか。
「あっ」
 小さく、声が漏れた。私は急いで短剣を構え直し、飛んでくるナイフを見据えた。

 バリィィイン!!

 障壁が壊れる音。しかし、ナイフの勢いは緩まない。

 ガキッ

 短剣とナイフがぶつかり合った。バチバチと、火花が散る。
 重たい。ナイフを止めるだけで精一杯だ。力を溜めるだけの時間がなかった。
 というのは、ただの言い訳にしかならない。
 力を見誤った。それが招いた結果だ。
 気を抜けば短剣が吹き飛ばされる。もしかしたら、腕が折れるかもしれない。

 私はいい。リュウにこのナイフが当たらないようにしないと。

【風魔法・突風】
【白魔法・筋力補強】

 二度の魔法を同時に使い、ナイフを弾き飛ばした。

 キィィィィン

 金属音が響き渡る。
 地面に突き刺さったナイフを見て、ジョーカーは満足げにうなずいた。
「うんうん。流石だね。すぐに間違いに気づいたんだ」
 そして、にやりと笑う。
「『日向ちゃん』がボクと戦うのは、初めてだからね。以前と同じ戦い方じゃ、ボクとの力量の差には対応できない」
 そんなこと、わかってる。
 自分より弱いものに遭遇することがいままでなかったから、忘れていた。それだけだ。
 それだけ、ではある、けど、それで、リュウを、危険に、さらした。
「リュウ、動かないで」
 私は後ろにいるリュウに言った。
「絶対に守るから」
 返事が、ない。
「リュウ?」
 私は振り返り、リュウを見た。
 リュウは、目を見開き、驚いたような、絶望したような、そんな表情をしていた。
 私は理解が出来ず、戸惑った。
 でも、リュウに尋ねることはできなかった。
 リュウの目は焦点を失い、光が失くなっていく。
 目が虚ろになり、ガクンと膝をついた。
 しばらくその体勢で停止したあと、右手がびくんと動いた。
「あ、あー」
 声が出ることを確認するように、リュウが言う。
 そして、立ち上がり、顔を上げる。
 右目と前髪が一房ひとふさ、真っ黒に染まっていた。
 首を回すも音はならない。そりゃそうだ。体はリュウなのだから。
「あー? 何見てんだよ」
「リュウと話してたから」
 するとリュウは鼻で笑った。
「話してなんかねーだろ。こいつが何してたのかは全部わかってんだ」
「なら訊かないで」
 私はジョーカーに目線を戻した。ジョーカーは、困惑しながら笑っていた。
「えーっと、その現象、なに?」

 7 >>68

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.68 )
日時: 2021/06/05 23:57
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7WA3pLQ0)

 7

「お前、ジョーカーか。『イロツキ』、いや、『イロナシ』だな、なんで『モノクロ』じゃないんだよ」
 リュウの言葉を受けて、ジョーカーは目を丸くした。
「どうして君がその言葉を知ってるんだ?」
 リュウはふふんと笑った。
「イロナシでもわからねえか。流石は俺だな」
 そして、胸に手を当て、意気揚々と説明する。
「俺はこの体に【憑依】してるんだよ。魂の融合ってやつだな」
「魂の、融合?」
 ジョーカーはあごに手を当て、ぶつぶつと言い始めた。
「そんなことが出来るのは……それでボクとアイツを知っていて……ってことは……」
 ジョーカーはにやりと笑った。
「なるほど、キミか。
 しかし、そんなことが可能なのかい? 日向ちゃん」
「なに」
「いや、どうなんだい?」
「現に、起きてる」
 ジョーカーは苦笑した。
「それもそうだね。
 ところで、どうしていま、出てきたの?」
「俺はこの身体の主導権が欲しいんだよ。こいつのせいで肉体が消滅しちまったからな。
 魂の融合を行うときに、人格の出入りの主導権は俺が握るよう設定しておいたんだが、なかなか簡単には出来ない。こいつもこいつで持ってる力が強大だからだろうな。
 でも、さっきのタイミングで、こいつの精神が揺らいだんだよ。で、出てきた」
「ご丁寧にどうも」
 私はジョーカーが投げつけたナイフを弾き飛ばした。

 ギィィイイン

 今度は力を十分に溜めていたから、先程よりかはましだ。しかし、手はビリビリと痛む。
「でも、それでもボクの目的は変わらない。君を殺す。そしたら日向ちゃんはまた狂ってくれるんだ!」
 今度は二連続でナイフが飛んできた。

 ガキィィイインッ

 私はもうひとつの短剣を瞬時に出し、ナイフを弾き飛ばした。
 今はナイフの距離が近かったから、まだ対応できた。だけど、ジョーカーが本気を出したら、危険だ。
「あれえ? 《サバイバル》のルールで、武器は一つってことじゃなかったっけ?」
「この短剣は、ついになってるから。二つで一つ。問題ない」
「そういうもん? じゃあ不規則に飛ばさなきゃだめだね」
 そう言うと、ジョーカーは、残りの二本を投げた。
 上へ下へ、右へ左へ。不規則で、二つのナイフの距離は近づき遠のき、軌道が読めない。

 仕方ない。

 じぶんできめたんだ。

 必ず、守ると。

「黒よ、世のことわりくつがえし、我の意にたがうものを無へ還せ」

 私が呪文を唱えると、赤く光る黒い魔法陣が地面に浮かび上がった。

 シュウウウウッ

 煙を上げて、ナイフが消滅した。
「これ、奴隷紋か?」
 リュウが屈み、魔法陣をよく見た。
「なあ、たしかお前って」
 リュウはそこで言葉を切った。
「おい! お前!」
 リュウの声が、遠く感じる。
 すぐ後ろに、いるはずなのに。
 どさり。私は地面に膝をつく。

「はぁーっはぁーっはぁーっはぁーっ」

 息が苦しい。体が重い。
 胸をおさえて、ただ呼吸を繰り返す。
「おい! えっと、日向!」
 リュウが私を大きくゆさぶる。
「う、るさい」
 まだ終わってない。ジョーカーはあと六本、ナイフを隠し持っている。
「なんて無茶をするんだ」
 ジョーカーは苦しそうに顔を歪めた。
「悪かったよ。ボクは君を苦しめたいわけじゃない」
 体をくるりと反転させ、小さく告げる。
「君を取り戻すのは、もっとあとにすることにするよ」
 そして、どこへともなく消えていった。

 8 >>69

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.69 )
日時: 2021/04/01 18:18
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 8

 息を吸っているはずなのに。
 足りない。足りない。
 この感覚は、嫌いなんだ。
「おい! しっかりしろ!」
 うるさい。
「なんでこんなことしたんだよ。その力を使ったら」
 リュウは私の右腕を指した。

「呪いが進行するんだろ?!」

 真っ黒に染まった右腕を、私は見た。
 呪い、か。
「それが、なに」
 私は声を絞り出した。
「この呪いは、死を招く、ものじゃ、ない」
 息を整えながら、私は言葉を発する。
「ただただ私の身体をむしばむ、毒のようなもの」
 どうしてこんなことを、話しているんだろう。
 頭が、働かない。
「放っておいても、どうせ、進行、するから、それなら、使えるうちに」
 リュウが言葉を遮った。
「お前、どうかしてるぞ」
 静かに、静かに、リュウが言う。
「我が身を犠牲にして守ったところで、なんになる? こいつだって、いつか寿命を迎えて死ぬだろうが」
「『リュウが生きている』ことが重要なんじゃない」
 止まれと思うのに、体が言うことを聞かない。
「『リュウを守れた』ということが、最重要」
 まあ、いい。いつかは話すつもりだった。
 しばしリュウは沈黙した。その後、ぽつりと言った。
「そういうことか」
 そう言うリュウの表情は、それまでの理解が出来ないという困惑ではなく、納得し、半ば興味が失せたような表情だった。
「ようやくわかった。お前とこいつで、そこのすれ違いがあったんだな。
 お前もわかってるんだろ? わかってて、言わなかった。どうしてかまでは知らねえけど」
 ずいぶんと、呼吸が楽になってきた。
「ついでに聞くけどさ、お前、あの二人とこいつじゃ、接し方に明らかに差があるよな。なんでだ?」
 答える義理は、ない。
「ここらではっきりしとけよ。こいつも気にしてたぜ」
「なら、貴方じゃなく、リュウに言うべきだと思う」
「俺が気になるんだよ」
「人格がリュウになっても、貴方はリュウが何をして何を感じて何を思っているかはわかるでしょう」
 リュウはある程度しかわからないと、言っていたけれど。
 リュウはまた、少しの間黙った。
 そして。
「わかった。今回出てきたのは、魂の濃度の俺の分が薄れてたからだしな。乗っ取るつもりはまだないから、今日のところは戻るぜ」
「二度と来なくて良い」
「それは無理だ」
 にやりと、リュウの顔で笑う。
「わかんねえと思うけど、身体がないって、結構不便なんだぜ」
 リュウは地面に座り込み、目を閉じた。
 次に目を開けたとき、髪の色も、瞳の色も、元に戻っていた。
 眠気を振り払うようにぶんぶんと頭を振ったあと、私を見て、すぐ怒鳴った。
「力を使ったのか!!」
 キーンと頭に響く。
「あっ、悪い」
 すぐに申し訳なさそうに頭を下げる。
「この感じ、たぶん、あいつが出てきたんだろうな。何があったんだ?」
 私は先程までに起きた出来事を、かいつまんで説明した。
「そんなことでその力を使うなよ!」
「そんなことじゃ、ない。私にとってリュウは、掛け替えのない存在だから」
 リュウは苦しげに胸をおさえる。
「おれだって、日向が大事だ。日向に苦しんで欲しくない」
 そう。苦しそうに。
「知ってるんだ。日向はおれが弱いと思ってるんだろ? だから、守るって言ってるんだろ?」
「私より、ね」
 苦しそうに、悲しそうに、笑う。
「おれも、日向みたいに、力が欲しいよ」
 私みたいに、か。

 無理、だろうね。

 9 >>70

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.70 )
日時: 2022/03/12 18:53
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)

 9

「おー、遅かったな」
 ぱちぱちと燃える炎のわきで、蘭は座り込んでいた。肉はもう食べ頃で、肉汁が垂れたのか、炎の周りは水滴の跡があった。
「! おい、何があった?」
 蘭は私の腕を見て、リュウに詰め寄り、胸ぐらをつかんだ。
「お前がいながら、あの力を使わせたのか?」
「蘭」
 私は蘭を制止するため、その名を呼んだ。リュウを責めるのは筋違いも良いところだ。
「責めるなら、私を責めて」
 蘭は舌打ちをした。
「日向のことは、よくわかってるつもりだ。日向は、リュウを守るためにしか、その力を使わない」
 それは違いない。蘭やスナタがさっきのリュウの立場になっていても、私は決して同じことはしないだろう。
「何があった?」
 蘭は改めて、私に説明を求めた。
 わたしはどこまで話そうか、しばらく悩んだあと、一言だけ発した。
「ジョーカー、イロナシに会ったの」
 蘭の顔色が変わった。
「イロナシに?!」
「正確には、元・イロナシかもしれない。服が赤と黒で、モノクロじゃなかったから。でも、話し方も雰囲気も、少なくともイロツキではなかった」
 蘭は腕組みをした。
「日向がそう言うなら、そうなんだろうな」
「ち、ちょっと待て!」
 リュウが慌てたように会話に入った。
「蘭は、あいつを知ってるのか?」
 リュウの言葉に、蘭はぱちくりと目を丸くした。
「は? 日向から何も聞いてないのか?
 日向、どういうことだ?」
「リュウは、まだ、知らなくて良い。いずれ話す」
 私は突き放すように言ったけれど、リュウは納得した様子を見せない。
「おれが知りたい!」
「なんの騒ぎなの?」
 のんびりとした、スナタの場に似合わない声。
「せっかく気持ちよく寝てたのに。ジョーカーがどうしたの? 会ったの?」
 ふわああとあくびをして、大きくのびをする。
 もういいや。ここでこの話は終わらせよう。
「なんでもないよ」
 私はスナタにそう言って、ベルを探しに行くために歩みを進めた。この呪いの進行を緩めるために、ベルはいるのだ。
「スナタも、知ってるのか?」
 呆然とした、絶望したような、そんなリュウの声を聞かないように。
 耳を塞ぐ代わりに、目を閉じた。

 10 >>71

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.71 )
日時: 2021/04/01 18:20
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 10

「最下層は、もう次くらいかな?」
「そうだといいな」
 真白がいなくなって数日。私たちは五人でいたときの三倍ほどのスピードでダンジョンを攻略していた。
 真白のことを気にしなくて済むようになったからだ。真白は魔物を引き付けるし、そのくせに魔物の攻撃を防ぐ手段がまだ未熟。いちいち庇ったり守ったりしなければならなかった。
 いまは、魔物は隠れてしのぐか、固まっていればまとめて吹き飛ばすかしている。真白がいれば、これも出来ない。魔法や攻撃に巻き込んでしまうかも知れないからだ。
 蘭はもう、少しでも早くここから出たいようで、げんなりした顔をしていた。
「扉は、開いてるね」
 岩影から、スナタは次の階層への扉の様子を覗き見た。
「魔物も、全部倒されてる。行こう!」
 スナタが元気よく走り出た。
「あっ、スナタ! 勝手に行くな!」
 蘭も慌ててあとを追う。
「ブーメランだって言ってやりたいな」
 リュウが呟いた。たしかに、蘭も勝手に行っている。
「あの二人なら、仕方ない」
 私も諦めている。
「それもそうだな」
 リュウのその言葉で、私とリュウは歩きだした。
 扉の前に立つと、背筋がぞわりとした。
 扉に触れると、その寒気はさらに増した。

 なにか、いる。

「日向? どうかした?」
 スナタが心配そうに私の顔を覗き込む。
「早く行こう」
 この寒気は。

 高揚だ。

「日向、顔怖いよ」
「?」
 スナタが苦笑した。
「兎を見つけた狼の目をしてる」
「そう?」
 なんだろう、この感じ。
 私より強い、訳がない。
 だけど、力だけが、強さじゃない。
 どこか、懐かしい。

 この感情。

 無くなったはずの、あの感情。

「早く行こう」
 私はもう一度言った。

「楽しみで、仕方ない」

 11 >>72

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.72 )
日時: 2021/04/07 12:50
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 11

「う、っわあ」
 スナタが眉をひそめた。
 最下層は、巨大な陥没だった。形としては円状。足場になるようなところは、ぐるっと穴を囲うように、幅五メートルほどだけある。底が見えない大穴に、溢れんばかりの水が溜まり、満ち干きを繰り返している。
 そしてその水面には、大量の人が浮かんでいた。その数、およそ、百五十人。
「これ、全員バケガクの生徒だよね? 死んでるの?」
 スナタがおそるおそるといった様子で言った。
 Cクラスのバケガクの生徒は、約三百人。半数は途中で退場したとして、残りの全員はやられたのだろう。中には教師と思われる格好をしたのも無様に浮いている。
「全員覚えがある顔だな。名前は流石にわからないけど。
 死んでるかどうかは、微妙なところだな。何人か引きずり上げてみるか」
 リュウが言った。そして、水に手をつけ、目を閉じる。
 使おうとしている魔法は、おそらく、【水流操作】。水の流れを操り、浮かんでいる人がこちらに流れてくるようにしたのだろう。
 でも、だめだ。
「うっ」
 リュウもすぐに気づいたらしく、水から手を引いた。
「どうしたの?」
「魔法が発動できない。というか、魔力が吸い取られる」
「ええっ?!」
 ダンジョンのラスボスには、よく、【魔法無効化】のスキルを持つ魔物がいる。
「でも、【魔法無効化】はそのスキルを持っている生命体に直接向けられた魔法にだけ適用されるスキルでしょ? どういうこと?」
「わからない。
 日向、何か知ってるか?」
 リュウが私を見た。
「たぶん、【フィールド造形権限】が、フロアのボスのスキルに組み込まれているんだと思う」
「それ、なに?」
「私たちはこの場所フィールドを、どうにも出来ないってこと。逆に、ここのボスは、どうにも出来るってこと」
「それって、あれ? 指一本動かしただけで建物が出来たり岩が壊れたりするやつ?」
「そう、それ」
「それってさ」
 スナタが絶望の色をその目にちらつかせながら、言う。
「神様が使う、神業かみわざじゃなかったっけ?」

 12 >>73

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.73 )
日時: 2021/04/07 12:55
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 12

「神だけが、使えるわざじゃない。
 もしかしたら、加護を受けているのかも」
「加護?」
 スナタが首をかしげた。
「うん。どの神かはわからないし、違うかもしれないけど。それか、この間見た石像。あれが関係してる可能性もある」
 あの石像からは、なにか、異質なものを感じた。それに。
「蒼の扉。あれも気になる」
「そんなのあったなあ」
 蘭が言った。
「ちょっと私、潜ってくる」
「は?」
 私の言葉に、リュウが真っ先に反応した。
「待て、それならおれが行く!」
「リュウはだめ」
 水使いは普段、無意識のうちに水を操って泳いでいる。魔法が使えないこの水の中では、思うように体を動かせず、危険だ。
 それはリュウもわかっているらしく、唇を噛んで何も言わない。
 スナタは水泳は得意な方だけど、こんなよくわからない場所で泳いだことはないだろうし、蘭は、論外だ。
「近くの誰かを引っ張ってくるだけだから、そんなに長い時間は潜らないよ」
 言うが早いか、私はリュックをおろした。
「悪いけど、これ、持っててもらって良い?」
 私はリュウにリュックを差し出した。
「え? ああ、いいぜ」
 自分の私物を地面に置くと、それが世界にこのフィールドの一部だと認識されかねない。そうすると、【フィールド造形権限】の支配下に置かれてしまう。それは面倒だ。
 アイテムボックスに入れるのも、避けたい。あの中には何人か意識があるのも混じっている。Ⅴグループの生徒なら、アイテムボックスは五つしかない。ほうき、回復ポーション、武器。残りの二つはモンスターからドロップした戦利品などを入れるために空けておく必要がある。
 つまり、Ⅴグループの生徒は、大抵もうアイテムボックスを使いきってしまっているのだ。
 アイテムボックスに空きがあることを、知られたくはない。
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと待って! その格好で行くの?」
 スナタが飛び込もうとした私を止めた。
「うん」
 当然だ。ここで全裸になるわけにはいかないし、替えの服も持っていない。
「それはどうかと思うよ? ほら、私の服貸してあげるから」
 スナタはアイテムボックスを可視化して、私に見せた。その欄には、服がずらりと並んでいる。
「いらない」
 私は面倒になり、スナタにそう言うなり水の中に飛び込んだ。

 どぷんっ

「あーっ!」
 スナタの声が聞こえる。

 何も、聞こえない。

 深い。深い。
 真っ暗な空間が、どこまでも続いている。
 私は潜った。深く、深く。
 暗い。暗い。
 先が全く見えない。

 ん?

 視界の先に、ぼんやりと光る何か。
 青白い光。なんだろう。
 それはあまりに小さくて、私でも、その正体はわからなかった。

 早く戻ろう。深く潜り過ぎたかもしれない。

 コポッコポッコポッ

 音が聞こえる。

 コポッコポッコポッ

 その音が何なのかは、すぐにわかった。

 目の前に、丸い、両手に抱えるくらいのサイズの物体が現れた。
 一定のリズムで傘を動かし、ピョコピョコ移動している。
 この生物は、見覚えがある。丸い体に、短い触手。ということは、この運動は、拍動と呼ばれるものか。
 しかし、大きい。私が知っているそれは、手の平に乗せるとすると三、四匹は乗る。

 いや、考えるのは後だ。いまはまず戻ろう。全てはそれからだ。

 未知の生物に囲まれてはいるが、それは無視しよう。

 私は上へ上へと泳いだ。浮力も味方し、ぐんぐん上がっていく。

「……はっ」

 息を吐いて吸って、呼吸を整える。
 落ち着いたあと、妙なことに気がついた。

『蒼の扉へ進む者、王へ忠誠を誓う者』

「なるほどね」

 嗚呼、楽しい。

 13 >>74

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.74 )
日時: 2021/04/07 12:59
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 13

 リュウたちがいない。代わりに、額によどんだ白い水晶が埋め込まれた人型の生物がいた。

 それも、たくさん。

 水面の上に、じっと立っている。後ろに手を組み、ただ、じっと。
 敵である私がいるにも関わらず。『王』の命令がないと動けないのだろうか。
「ん?」
 おかしなことに気がついた。

 こいつら、瞳がない。

 一人の例外なく、全員が白目を向いている。
 まさか、これで『白眼』を意味しているのか?

 帰ろう。まずはそれからだ。

 私は再び水の中に潜った。

 スキル【魔力探知】発動

 架空の波動が私を中心に広がっていく。魔力を持つものが、大量に見つかる。
 たくさん、たくさん、魔力保有者の集団があちこちにいる。おそらく、この目の前の集団と同じようなものなのだろう。

 見つけた。

 ひときわ強い、三つの魔力。リュウたちの魔力は特殊なので、間違うことはない。
 幸い、距離はさほど離れていない。すぐに戻れるだろう。
 私は移動を開始した。二、三分ほど泳ぐと、一度顔を出した。
「はぁ、はぁ」
 壁。この向こうに、リュウたちはいる。
 うん、よし、わかった。
 今度こそ、戻ろう。
 私は潜り、壁の下をくぐった。
 そして、水面から出た。
「あっ、日向!」
 スナタが叫んだ。
「ほんとだ! おーい」
 待つということが、出来ないのだろうか。
 私はその辺にいた誰とも知らないやつの腕をつかみ、引っ張って、水から上がった。その場所は最短にあった場所なので、リュウたちからは少し遠い。
 駆けてくる三人の姿が見えたので、私はこの場で待つことにし、座り込んだ。
 髪からは、数滴水が垂れてくる。
 しかし、髪も服も、すぐに乾いた。ローブに付与された効果だ。

 だんだん音が大きくなる。三人が近いのだろう。
 私は顔を上げ、直後にぎょっとした。
「ひなたぁ!!!」
 スナタが目に涙をにじませ、私の名を呼びながら、抱きついてきた。
 そのままわんわん泣くスナタに困惑し、私の頭の中は「?」で支配されていた。

 ? ? ?

「スナタ、ずっと心配してたんだよ。おれはそうでもなっかたけどな。日向が無事なのは分かってたから」
 蘭がなぜか得意気に言った。
「なに気取ってんだよ。さっきまであたふたしてただろうが。『何でおれは泳げないんだー』って」
「だーっ! うるせえ! 言うな!」
 蘭が顔を真っ赤にした。
「それを言うなら、お前だって何度も潜ろうとしてただろ!」
「おれは心配してないなんて言ってない。
 はい、日向。預かってたリュック」
「話をそらすな!」
「そらしてないだろ! 返しただけだ!」
 私は泣き続けるスナタの頭を撫でながら、騒ぐ二人に言った。
「そろそろ話しても、良い?」

14 >>75

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.75 )
日時: 2021/04/07 13:00
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 14

「くらげぇ?」
「うん。とてつもなく大きかったけど、あの形は、くらげ」
「大きさって、どのくらいなんだ?」
 リュウが言った。
「私が見たキャノンボールクラゲは、このくらい」
 私は両手で丸を作った。
「でっか!」
「キャノンボールクラゲって、指で丸を作ったくらいじゃなかったっけ?」
 二人とも、顔をひきつらせている。
「このダンジョンのボスは、くらげ。だから、蘭は戦いにくいと思う」
 くらげは、水の中からは決して出てこない。魔法は無効化されるし、蘭の武器は弓、水中戦には圧倒的に不利だ。
「じゃあおれ足手まといもいいところじゃねえか。泳げねえし」
「そうだね」
「はっきり言うなよな」
 蘭はぷいっとそっぽを向いた。
「あと、この足場になる輪の外、そこにも水溜まりが広がってた。水位はだいたいここと同じ」
「この外側にも、まだあるのか?!」
「うん」
 リュウがびっくりしている。
「それなら、このフロアはとてつもない広さだな。壁は見えたのか?」
 私は首を振った。
「なにも。ただ、怪物モンスター化した人はいた」
「はっ?」
 リュウは口をぱかっと開けたまま、静止した。
「額に濁った水晶が埋め込まれて、白目向いてた。たぶん、〈呪われた民〉を模しているんだと思う」
 かなり不十分だったけど。
「『蒼の扉へ進む者、王へ忠誠を誓う者』。
 おそらく、あの扉に進んだものは、モンスター化する。そしてそのあと、ここに来るんだ」
「なんでそんなところを《サバイバル》の場所に選んだんだよ!」
「それは思う」
 蘭の言葉に、リュウが同意した。
 たしかに、おかしい。いくらバケガクと言えど、生徒たちの安全を守りきれないこんなダンジョンを選ぶなど。
 教師たちはここのダンジョンのレベルはあまり高くないと言っていたが、冗談じゃない。強制的にモンスター化させてしまうダンジョンなど、ここ数年、聞いたことない。せいぜいここの難しいポイントは、出口が一ヶ所しかないところだけだと思っていたのに。
「おーい、君たち!」
 やや遠くから響く、男性の声。
「誰だっけ?」
「ほら、フォード先生。てか、蘭。ここ来るまでに一緒に行動してくださってた先生だろ」
「そうだっけ?」
 リュウはため息をついた。
 フォード先生は駆け寄り、私たちを改めて見た。怪我の有無などを見ているのだろう。
「えっと、その子は大丈夫なのか?」
 スナタのことだろう。
「はい」
 スナタはもう泣き止んではいるものの、まだ離れてはいない。
「そうか。
 私はさっきここについたばかりだ。ほかに残った班がいないか確認しながら来たが、どうやらあとは君たちだけのようだ」
 他の奴ら全員雑魚か。
「んっ?
 !!! おい、君! 生きてるのか?!」
 どうしたのかと思いフォード先生の目線の先を見ると、気絶した男子がいた。
 あ、忘れてた。
「この子はいったい、どうしたんだ?」
 私が泳いでいったと言うと、色々面倒か。
「流れてきたのを、引っ張り上げました」
「流れて?」
 フォード先生は、ちらりと水面を見る。
「ふむ。たしかに、何人か流れて近くにいる生徒がいるな。引き上げるか。
 いま、[ノルダルート]の騎士団が向かってきているところだ。じき到着する」

 15 >>76

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.76 )
日時: 2021/04/07 13:01
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 15

 どかどかどか。
 つい先ほど到着した騎士団が、慌ただしく生徒の救助を進めている。他の階層に残っていた教師も集まり、広大であるこの空間に、人がごった返している。
「君たち、よく生き残ってたね! すごいじゃない!」
 騎士団とは別の、ひいらぎ隊と呼ばれる、主に女性で構成された救急部隊の中の二人が、私たちの面倒を押し付けられた。
 一人はアンリ。ひたすら話しかけてくる。
 もう一人はケミラ。アンリの制止役。
「生き残る、じゃないでしょ。誰も死んでないわ」
 ケミラが言った。
「こ、言葉の綾よ!」
 アンリが慌てて言い直した。
「すごいね、ここまで魔物に倒されずに来れて」
「ありがとうございます」
 リュウがぺこりと頭を下げた。
「やだ、かっこいい! ねえねえ、名前は何ていうの? いくつ?」
 リュウは少したじろいだ。
「笹木野 龍馬です。年は……」
「へええ! たつまくんかぁ! 名前もかっこいいじゃない!」
 きゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげるアンリを、ケミラがおさえた。
「ちょっとアンリ! 困ってるでしょ、やめなさい!」
「なによー。あ、もしかして、ケミラはこっちの子の方がタイプ? かわいい系好きだもんね。
 君は名前何ていうの?」
 蘭は表情をほんの一瞬ひきつらせたあと、営業スマイルで答えた。
「東 蘭です」
「らんくんね。女の子みたいな名前ね」
 蘭はそのことを気にしているらしく、笑顔に闇が差した。
「こんにちは。二人の名前は何ていうのかな」
 ケミラが私たちに近寄り、目線を下げて言った。
「私はスナタです!」
「花園、日向」
「スナタちゃんに、日向ちゃんね。ほんの少しの間だけど、仲良くしてくれると嬉しいな」
 ケミラがにこっと笑った。美人とは言えない容姿ではあるけれど、綺麗な笑みと言えるだろう。
「よろしくね」
「はい!」
 スナタが元気よく返事した。
「うわああああっ」
「きゃあああああああっ!」
 突然、鋭く悲鳴が響いた。
「ええっ? なになに」
 アンリが怯え、ケミラが私たちを抱き締めた。
 離してほしい。

 ばしゃっばしゃっ

 水面から、大量の人が現れた。足場につくと同時に、手当たり次第に魔力を振り撒く。
「引くな! 応戦せよ! 生徒を守れ!」
 団長らしき男が叫んだ。
 水面から現れた人、モンスターは、まさに、私が足場の外側で見た生命体だった。
 前が見えていないのか、壁にぶつかったり、水に落っこちていく奴もいる。
 モンスターが放つそれは、魔法ではなかった。強い魔力の塊で、それに触れると、どさりと倒れてしまう。
 流血などは何もない。倒れた兵士は無傷だ。しかし、いくら揺すぶられても起きる気配がない。
「なに、あれ」
 アンリの瞳が揺れている。
「アンリ! 魔法障壁を張るわよ!」
 ケミラが私たちを離し、ケープから杖を取り出し、アンリに近寄った。
「う、うん。わかった」
「しっかりしなさい! 不安定な心じゃ、精霊は応えてはくれないわよ!」
「わ、わかってるよ!」
 アンリも杖を出し、構えた。
「「光よ、我らを守りし壁となれ!」」
 呪文に反応し、光の壁が出現した。
「すごおい! 光魔法の【障壁】が使えるんだ!」
 アンリが魔力を注ぎながら、自慢げに言った。
「まあね! 二人じゃないと出来ないけど」
 ということは、この二人はこれまでも何度か組んだことがあるということか。
 でも、駄目だ。こんな障壁じゃ、あの魔力は防げない。
 兵士もだんだん数が減ってきた。
「あの」
 リュウが口を開いた。
「おれも、行っても良いですか?」
「ええ?!」
 アンリが言った。
「だめよ! あなた、まだ学生でしょ?! どんな学校であれ卒業して、正式な訓練も受けた兵士が次々にやられてるの! ここにいて? 安全だから」
 その直後。

 ぱあんっ

 飛んできた魔力により、障壁が破れた。
「アンリ! もう一回!」
「う、うん」
「蘭」
 私は蘭に声をかけた。
「蘭なら、出来るよね」
 蘭はすぐに私の言葉の意味を理解し、にやっとわらった。
「当然だろ」
 そして、指を鳴らした。
 すると、先ほどの障壁の何倍もの強度を持つ、光の障壁が、三重に私たちを覆った。
「リュウ、行け! 二人はおれに任せろ」
 蘭は親指を自分に向け、リュウに言った。
 リュウは大きく頷いた。
「ああ、頼んだ」
 リュウは駆け出した。
「あ、ちょっと! まって、待ちなさい!」
 アンリが怒気を含めて叫んだ。しかし、リュウの足は止まらず、さらに加速する。
「ケミラ! 私、たつまくんを追いかける!」
 その言葉と共にアンリが走り出すが、障壁に衝突し、頭を撃った。
「いったぁーい! ちょっと、開けてよ!」
 蘭が見下したように鼻で笑う。
「やめとけやめとけ。あんたが行っても足手まといになるだけだ。
 ここにいろよ、安全だから」
 押し黙るアンリを見て、蘭が楽しそうに笑っていた。
「くっくっくっくっ」
「猫の皮とるの、早かったね」
 スナタの言葉に、私は肩をすくめた。

 16 >>77

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.77 )
日時: 2021/04/07 13:02
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FpNTyiBw)

 16

「…………」
「…………」
「あ、あのー」
 むすっと黙り込む二人に、スナタがおずおずと話しかけた。
「なに?」
 アンリが応えた。
「あー、えっと、リュウ、龍馬なら大丈夫なので、そろそろ機嫌を直してくれませんか?」
「別に、機嫌悪くなんかないけど」
 アンリはぷいっと横を向いた。
「なあ、日向」
 蘭が私に言った。私が蘭の方を振り向くと、蘭は話し始めた。
「リュウ、どうするのかな。魔法は使えないんだろ?」
「普通は、たしかに、そう。でも、リュウは違う。
 ここの階層は【破壊不能】。でも、それだけ。魔法をあのモンスター『だけ』に当てさえすることが出来れば、問題ないはず」
 大きな魔法によりモンスターを攻撃し、それがフィールドの造形物に当たると、魔法そのものが無効化される。
 もしもここのボスがあのモンスターをフィールドの一部だと捉えていれば、魔法が無効化されるかもしれない。だけど、その可能性は低い。
 この【破壊不能】は、【フィールド造形権限】により引き起こされた現象。権限はあくまで権限であり、権限を持っていても、作り出す能力がなければ意味はない。
 そして、生物など、ただのダンジョンボス程度が作り出せるわけがない。つまり、【破壊不能】は、あのモンスターには適用されない。
「リュウの魔法コントロールは、バケガク内でもトップクラス。
 聞くより見た方が早い」
 私は障壁の外側を指差した。
「ん?」
 蘭は私の指の先を見ると、目を見開いた。
「ははっ! すっげえ!!」
 障壁は淡い黄の光を放っているので、リュウの姿は少し見えづらい。
 しかし、蘭にははっきりと見えているようだった。
 リュウは水魔法【水矢】で、的確にモンスターの体を貫いていく。その姿は綺麗なもので、無駄な動きは一切ない。
 百発百中。
「流石だな、あいつ」
 蘭が感嘆の声を漏らした直後。

「失礼、声は聞こえるかな?」

 障壁の外から、声がした。
「あー、えっと、生徒会長だっけ? 王子の」
「うん」
 いまは跪かなくてもいいだろう。そんな状況ではない。
「エールリヒ様! いまご到着なされたのですか?」
「話はあとだ。すまないが、この障壁は東くんが?」
 エールリヒが蘭に向かって言う。
「はい。そうです」
「すまないが、他の生徒もこの障壁に入れてもらえないかな。個別で障壁を張ってはいるようなんだが、強度も広さも、これには及ばなくてね。協力願いたい」
 エールリヒの言う通り、他にも点々と障壁はあるが、どれも小さく、光の色も、とにかく薄い。『淡い』のではなく、『薄い』のだ。
「承知いたしました」
 蘭はうやうやしくお辞儀をして、一度障壁を解いた。
「では、人々を一ヶ所に集めよう。手の空いている者には私から指示を出しておく。
 そこの四人も、手伝ってくれ」
 エールリヒが私たちに言った。
「わかりました!」
「「はい!」」

 やめたほうがいいのにな。

 しかし、そんなことを口にして、なぜそう思うのかなどと質問責めにされるのは面倒だ。
「わかりました」
 私は素直に、従うことにした。

 17 >>78

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.78 )
日時: 2021/04/12 20:59
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EM5V5iBd)

 17

「この子で最後だよ!」
 スナタが最後の一人を運び込み、蘭は再度障壁を張った。
「はあー、つっかれたー!!
 あれ? 日向、どこ行くの?」
 障壁のはしに向かおうとした私に、スナタが言った。
「あっち」
「それはわかるよ。
 まあいいや。ばいばい」
 私は頷き、人を運び込むときに調整した、周りに気絶した人があまりいない場所へと移動した。
 障壁にギリギリまで近づき、障壁に背を向ける。
 これでよし。準備は整った。
 人目があるから、魔法は使えないし、全力でも
走れない。
 少しでも、距離を稼いでおかないと。
「どうしてこんな端にいるの?」
 ケミラに声をかけられた。ここには、万が一のためにアンリとケミラ、そして、屈強な兵士五人、さらに障壁の外に兵士十人がいる。
 私はなんと答えようか考えたあと、言った。
「背を、向けたくないんです」
 あとは察してください、という含みを込めて、私は口を閉じた。
 私は、白眼によって、多くの人から差別の目を向けられてきた。バケガクに入ってもそれは変わらない。かげでこそこそ悪口を言われていたのも、知っている。
 そんなもの、気にしたことはないが、この人の追及を妨げるには最適の話題だ。
 狙いどおり、ケミラは黙った。それでもなにか言おうとしていることが、瞳が揺れていることでわかった。
 黙ってくれないかな。というか、どこかへ行ってほしい。
 そう、思っていたとき。

「う、うう……」

 足元で、うめき声が聞こえた。
 それと同時に、障壁の外が騒がしくなった。
「なんだあれは!」
 見ると、水面の中央に、少女が立っていた。
 目には包帯を巻き、額には半透明な水晶がある。髪は白で、かすかに、ふわふわと浮いている。身に付けているものは、大きな布きれ。それを、服に見えるように巻き付けている。
 淡い光を身にまとい、その姿は、神秘すら感じさせた。
「目を覚ましたの?」
 ケミラは少女に気づいていないのか、先ほどうめき声を上げた少年に意識が向いている。

 少女が口を開いた。

「王に敗れた者たちよ、王に忠誠を誓い、王の敵を滅ぼしなさい」

 幼い少女のような、成人した男のような、老いぼれた老人のような、不思議な声が、静かに響いた。
 すると。
「う、うう……」
 また、うめいた。今度は、一人じゃない。
 一人、また一人と、うめき声を上げ、目を覚ます。
「ああ、よかった! 大丈夫? ここがどこかわかる? 自分の名前は?」
 なにも答えない。瞳はぼんやりとしていて、聞いているのかすらも曖昧だ。

「立ち上がりなさい。王のために!」

 少女が声を張り上げた瞬間。

 ぎゅるんと、一斉に、倒れていた全員の瞳が回転し、白目を向いた。

 その額には、濁った水晶。

 18 >>79

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.79 )
日時: 2021/04/12 20:53
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EM5V5iBd)

 18

「え、え、きゃああっ!!!」
 ケミラが悲鳴を上げた。こんな近くで叫ばれると、耳が痛くなる。
「なんだ、これは?!?!」
「とにかく、一度障壁を解いて!」
「わかりました!」
 蘭の言葉とほぼ同時に、障壁がなくなった。
 さて、どこまで力を出そう。
 そう、思いながら、走ろうとすると。
「逃げるわよ、日向ちゃん!」
 ケミラに背を押され、無理矢理走らされた。
 ?
「あなた、Ⅴグループよね? さっき、聞いたの。Ⅴグループの、生徒は、劣等生。非常事態の時は、優先して、守る、ようにって。
 特に、日向ちゃんは、なに? 実技の試験? で、ワースト、二位、なんでしょ? だから、特に、気にかける、ように、頼まれたの」
 息を切らし、はあはあと言いながら、ケミラが言う。
 途切れ途切れの言葉は聞き取り辛く、理解に一瞬の時間を要してしまった。
 なるほど。だから、さっき、私のそばに来たのか。

 突如、後ろから、強い魔力の気配がした。
 どうせ、またあの魔力の塊だろう。
 あいつらは、精神を支配された『人形』と化している。モンスター化によってか、魔力は底上げされているが、コントロール出来なければ、『魔法』は使えない。
 だから、『魔力』を振り撒くのだ。
 おそらく、あれに当たって倒れると、奴らと同じ道をたどるのだろう。

 魔力はまっすぐ私たちに向かっている。
 直撃は免れない。
 さあ、どう回避しようか。

「日向!!」

 リュウの声が、響いた。
 たくさんの悲鳴や掛け声に混じり、全体としては、ほんのかすかな声量ではあった。
 けど、聞き落とすわけがない。

 振り向くと、リュウがいた。

 私たちを狙っていたのは、女子生徒。リュウはその体を、見事に撃ち抜く。
 貫通した矢は、私から数メートル離れた地面に突き刺さり、【破壊不能】により、消えた。
「日向! 平気か?!」
「うん」
「あ、相変わらずだな」
「?」
「その無表情!」
 リュウが私の顔に、人差し指を突き立てた。
 そして、はあ、と溜め息を吐き、手を降ろす。
「ここに来るまでに、蘭たちとすれ違った。二人一緒だ。向こうは心配ない。
 日向、出来れば、おれと一緒にいてほしいけど、どうだ?」
「うん」
「ちょっと待ってください!!」
 ぜえぜえと肩で息をしている兵士が、すぐそばにいた。
「やっと、追い、ついた」
「おれを追ってきたのか?」
 追ってきた?

 どうして、わざわざ。

「笹木野さん、戦場から抜けるってことですよね?
 困ります! 戦力が減ると!! 笹木野さん、めっちゃ強いじゃないですか!」
 こいつ、リュウを、なんだと思って?
「日向」
 リュウが、私を制止するように、手の平を私に向けた。
 別に、いまは、なにもしないよ。
「おれにも、優先順位はあります。あのモンスター化している人々を倒すことよりも、おれは、日向を守る方が大事です。
 王子か隊長か騎士団長か、誰に指示されておれを追ってきたのかは知りませんが、そう、伝えてください」
「で、でも! あれを倒すことが、必然的にその子を守ることに」
「二度は言いません」
 リュウは、笑顔で、兵士の言葉をさえぎった。
「いま、こうやって話している時間が、勿体無い。
 そう思いませんか?」
 兵士は、ぐっと押し黙ったあと、静かに「わかりました」と言い、うなだれて帰っていった。
「あ、じ、じゃあ、日向ちゃんのこと、よろしくね!」
 ケミラはリュウに言うと、兵士を追って、駆けていった。
 この状況であの兵士の様子では、流石に心配にもなるか。
「じゃあ、日向。どうする?」
 リュウが言った。
「その辺で、留まって、モンスターが来たら、殺す」
「殺すって、まだ生きてるんだろ?」
 私は、少し、驚いた。
「気づいてたんだ」
「いや、むしろ、あいつらとほぼ接触してない日向が気づいてる方が、すごいだろ」
「そう?」
「ああ。だから、おれは、あいつらを殺してない。何人か死んでるけどな」
 別に、あいつらは、殺しても良い。

 あいつらは、殺しても、罪にならないから。

 19 >>80

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.80 )
日時: 2021/04/12 20:55
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EM5V5iBd)

 19

 ボコオンッ!!

 急に、大きな音が響いた。
「うわっ?!」
 リュウが声を上げ、音がした方を見る。
 水面をはさんだ向かい側の、少し右にずれた辺り。
 作戦会議でもしていたのか、やや多くの人が集まっていたようで、そこを狙ったらしい。
「あの、少女が、くらげを操ってるみたい」
 中央に立っていた少女が、ふわりと浮かび、上へ下へ、右へ左へ手を振ると、それに応じるように、水面から巨大なキャノンボールクラゲが飛び出し、壁を砕いていく。
 それに巻き込まれ、さらに兵士たちが倒れていく。
 悲鳴で、うるさい。
 私は耳を塞いだ。
「日向?」
「平気」
 私は耳を塞いだまま、思考を巡らせた。
【フィールド造形権限】所有者は、この階層のボス。それは違いない。
 つまり、このフィールドを破壊できるのは、ボスのみ。
 そして、砕かれた壁。
 これらが意味するもの、それは。

 あの少女が、ボスだということ。

 でも、おかしい。〈呪われた民〉は、全て狩り尽くされたはず。
     ・・・・
 それは、確認済み。

 でも、あの外見は、どう見ても、〈呪われた民〉そのもの。
 まさか、突然変異?

 いや、違う。

 あの少女からは、生気を感じない。

 生身じゃない。

 あれは。

「なあ、日向」
 リュウが言う。
 私は耳から手を外し、リュウの言葉を耳に入れる。
「もしかしてさ、あの少女、化身じゃないか?」
「私も、そう、思う」
 化身。器や形を持たぬ神が、人の世に干渉するために用意する、仮の姿。
「神って感じはしないけど、それに近いような気がするんだ」
「うん」
 少なくとも、ボスがあの姿を作り、操っていることは、たしかだろう。

 ん?

「違う」
「は? どっちだよ」
「違う」
 あれは、違う。

「化身じゃない」

 20 >>81

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.81 )
日時: 2021/04/12 20:55
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EM5V5iBd)

 20

「化身じゃ、ない?」
 リュウが首をかしげた。
「どういうことだ?」
 私が説明しようとすると、少女の目がこちらに向いた。
 にやりと、少女の口角が上がる。
 少女の手の平がこちらに向き、魔法が放たれた。
 それにリュウも気づいたらしく、私に飛びついて、大きく横へ跳んだ。
「わ」
 突然のことに驚き、私は声を漏らした。
「あっ、悪い! どっか痛めたか?」
 心配そうに瞳を揺らすリュウに、私は横に首を振って応えた。
 驚いたのは、リュウが私を守ったことに対して。
 そんなこと、すると、思わなかったから。
「平気」
 と、同時に、リュウの体から、鉄のような匂いがした。
「……」
 頭が真っ白になった。
「日向?」
 血の気が引いていく。

 おかしい。

 おかしい。

 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!

「日向!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「日向!」
 リュウの声が、遠ざかる。
「おれなら平気だから! 日向!」
「違う。違う」

 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

「私は、こんなんじゃない」

 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

「守らなきゃ、守らなきゃ、いけないのに」

 私は、こんなんじゃない。

「あ、あ、あ、あ」
「日向!」

 急に、体の周りが暖かくなった。

「大丈夫だから! このくらいの傷、なんともないから。
 しっかりしろ。な?」
 何度も、何度も、リュウが私の耳元で、訴える。
「おれは平気だから。おれは大丈夫だから。
 大丈夫。大丈夫。
 平気だから。おれは平気だから。
 落ち着け。ゆっくりで良いから。な?」
 少しずつ、荒れた息が落ち着いた。
 リュウは私から体を離し、肩を抱いた。
「よし。そのまま深呼吸して」
 言われるがままに、私は大きく息を吸い、吐き出した。
「よくできました」
 わしゃわしゃと、リュウが私の頭を撫でる。

 冷たかった心の中が、じんわりと、芯から温まっていく。
 やっぱり、リュウは、私の光だ。

 そうだ。落ち着け。
 落ち着かないと、冷静じゃないと、守ることなんか出来やしない。
 冷静に。
 あいつを殺す方法を、考えないと。

 今の私でも、あれを殺せる方法を。

 21 >>82

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.82 )
日時: 2021/04/21 07:03
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: qpE3t3oj)

 21

「ひなたー! リュウー!」
 遠くの方から、スナタの声がした。
 振り向くと、スナタと蘭が、こちらに向かって歩いて来ていた。
 私たちは合流し、現状を確認した。
「兵士は、三分の一はやられた。
 リュウが倒した奴らの中で、何人か、意識を取り戻したんだよ。それで、生徒がまだ生きてるってわかって、やり辛くなったみたいだ」
 私は、少女のことを話した。
「あの少女は、たぶん、神」
「かみぃっ!?」
聖力せいりきは感じないから、神としての力は、もう、ないと思う。
 神として降りたんじゃなくて、一つの魂として、降りた。おそらく」
 もしくは、神格を剥奪された、元・神。
 そういった神は、意外と、結構、いる。妖怪になったり、怨霊になったり、土になったり、木になったり。形は様々だけど。結構、いる。
「ダンジョンのレベルは低いって、先生言ってたのに!」
「あー、さっき、先生もぼやいてたな。
 今回の《サバイバル》の場所は、学園長が指定したらしいぜ」
「理事長が?」
 理事長。あいつが。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

「えっ、きゃあっ!」
 スナタが悲鳴を上げ、蘭にしがみついた。
「な、なに? なに?」
「落ち着け! 地鳴りだ!」
「落ち着けないよお!!」
 地面が揺れる。
 足場に、亀裂が入る。
 私は、水面をみていた。

 水面は真っ白で、仄かに光を放っていた。
 水面はだんだん膨れ上がり、その度に、足場の亀裂が大きくなる。
「なにか、出てきてないか?」
 リュウが言った。
「ダンジョンボス」
 私はそれだけ言った。
 クラゲは、水中から出てこれない、はずだった。
 あの少女が、他にも加護を与えていたのだろうか。

 バコオンッ!!!

 大きな音を上げて、足場が崩れ落ちた。
「う、うわああああっ!!」
 蘭が、亀裂の間に、まっ逆さまに落ちていった。
「蘭!」
 私よりも先に、リュウが、蘭の元へ向かった。
 それなら、私は、スナタの方へ行こう。
 タンタンと足場を跳び移り、スナタの近くへ寄る。
「ひなたぁー、もうやだあ!」
 スナタが私に抱きついた。
「全滅」
「え?」
「見て」
 兵士もモンスターも生徒も教師も、全員、沈んだ。

 ザバッ

「おい、蘭! 起きろ!」
「うぅぅ」
 リュウが、蘭を、わずかに残った足場の残骸に上げた。
「よっと」
 そして自分も、別の残骸に乗る。

「邪魔者は、消したわ」
 私のすぐ後ろに、少女がいた。

 22 >>83

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.83 )
日時: 2021/04/24 08:21
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

 22

 私はとりあえず短剣を構え、距離をとった。
「待って」
 無機質な声で、感情のない声で、少女が言う。
「ワタシに戦いの意思はないの。さっきの攻撃は、謝るわ」
 少女は、両手を広げた。
「話がしたいの。あなたたちなら、わかると思って」
 私はリュウたちの様子をうかがった。
 戦意は、ない。それなら、私は、戦わない。
 短剣は持ったまま、手を下ろした。
「話?」
 スナタが尋ねた。
「話というか、おねがい、ね。
 出ていってほしいの。ここから」
「どうして?」
 少女はすこし、間をおいた。
「ここは、世界にダンジョンと認識されてしまっただけの、ただの、ワタシたちの家。
 勝手だとは思うわ。ワタシたちも、ずいぶんと、あなたたちに被害をもたらしたもの。
 でも、だからこそ。
 おねがい」
「なんでそれを、わたしたちに言うの? わたしたちよりも、沈んだ人たちの方が、この場所をどうにか出来る権利を持ってると思うよ」
 また、少女は間をおいた。
「あの人たちの正義と、ワタシの正義は、相性が悪い。ワタシの正義を、あの人たちは、理解出来ない」
 そして、少女は語り出す。
「あの子は、ワタシが育てたの」
 少女が示した方向には、足場の円の十周りぐらい上回った大きさの、クラゲがいた。
「でかっ!!」
 蘭が声を上げた。
「元々は、他の子達と変わらない、ただのクラゲだったの。
 だけど、お察しの通り、ワタシは元・神。万物の成長をつかさどる、海神かいじん
 ワタシが加護を与えてしまったことで、この子達は、異常な成長を遂げてしまった」
 ぽこんぽこんと、キャノンボールクラゲが、次々に水面から顔を出しては、また水の中に消えていく。
「でも、それだけなの。それだけなのに、世界はこの子達を、あの子を、危険視して、この場所をダンジョンと指定し、この場所に閉じ込めた。
 ワタシはこの子達を守ると決めたの。
 理解は出来るでしょう? ワタシ、知ってるわよ。この間、あなたが冒険者を殺したの。その理由も」
 私はほとんど話を聞いていなかったので、そのまま無視した。
「それから、もう一つ。この場所の入り口を、外から隠してほしいの。中からは閉じられないから」
「ああ、いいぜ。その代わり、うちの生徒たちを返してくれ」
 リュウが言った。
「勿論よ。記憶は消させてもらうけど」
 話が進んでいく。
 こいつは、リュウに、怪我を追わせた。

 ……………………

 よくない。

 よくない。

 よくない、けど。

 ……………………

 でも、リュウが、それでも良いなら。

 さすがに、神格を剥奪されただけの神には、勝てないだろう。

 それなら。次に。次はないと。

 つぎ?

 次を、起こさせるの?

 それを許すの?

 だめ。思考が回らない。

「ねえ」

 口が勝手に動く。

「殺して、いい?」

 視界が揺れる。焦点が合わない。

 消さなきゃ。消さなきゃ。こいつを。

 だけど、だけど。いまの私の状態じゃ、またリュウたちに迷惑がかかる。

「殺すって、誰を?」
 少女の言葉に対して、私は、歪む世界の中で、少女を見つめた。
「ワタシなら、ワタシは、良いわよ。でも、そしたら、ダンジョンの均衡が保てなくなる。それでも良いの?」
 それはだめ。世界が壊れる。世界が、崩れる。

 リュウたちと、離ればなれになる。

『日向!』

 ベルの声。

『眠りを司りし春の風よ、契約に則り、我が主に穏やかなる眠りを与えよ!』

 その言葉が、私の魂に浸透し、私は、そこで、意識を失った。
____________________

「ひーなーたー」
 青白い光が、目蓋まぶたの上から感じる。
 ぺちぺちと、頬を軽く叩く音もする。
「がっこーについたよ! ひーなーたー!!」
「なに」
「うわあああっ!」
 スナタが華麗に吹っ飛んだ。
 周りを見渡す。
 ここは、学校の、正門。
「おっ、起きたか」
 私は、リュウの腕の中にいた。
「運んでくれたの?」
 すると、とたんに顔を真っ赤にして、ぱっと体を離す。
 すこしよろめいてしまった。
「ごめん。迷惑、かけて、ばっかで」
 リュウは私の頭に手をおいた。
「終わったぞ。全部」

 また、私は、なにも出来なかった。

「じゃあ、あとは任せたぞ。おれたちは寮に帰るよ」
「えっ、帰るの?」
「ん? 帰らないのか?」
「んー。蘭が帰るならそうする」
 そうやって、蘭とスナタは、仲良く二人で帰っていった。
「あー。で、おれが日向を運んだ件についてなんだけど。
 勿論スナタが運べたらそれが一番よかったんだろうけどなんせスナタは一番魔力が弱いからおれか蘭が運んだ方がいいってことになってだけど蘭は泳げないから万が一のときを考えておれが最適だろうってことになって決してやましいことはかんがえてなかったというかその」
 リュウの話は聞こうとした。だけど、不安に逆らえなくて。
 私はリュウの体にしがみついた。
「えぅっ」
 リュウが訳のわからない言葉を口にしたけど、反応する気力もなかった。

「そばにいて」

「どこにも行かないで」

 必死に、それだけ言った。

 リュウは何も言わない。

 だから、私は、リュウの服をつかむ力を強くした。

「大丈夫。おれは、どこへも行かないから」

 大丈夫。その言葉すら。

 だんだん、信じられなくなってくる。


 第一章・Hinata's story【完】