ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.111 )
日時: 2021/10/03 19:15
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OypUyKao)

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「日向、なにがあったんだ?」
 おれは立ち上がり、日向に尋ねた。
「リュウは結構落ち込みやすいから、探してたの。案の定『あいつ』の気配が強まってたし。
 放置したら、自己嫌悪のサイクルに陥ると思って」
「ははは。その通りだよ」
 おれは肩をすくめた。おどけたように言ったつもりだったけど、声がかたいことが自覚できる。

 なんで、日向はこんなにも、おれのことを理解してくれているんだろう。

 不意に目尻が熱くなり、慌てて抑える。
「どうしたの?」
 不思議そうな、日向の声。
「ごめん、ちょっと待って」
『あーあー、泣くのか? みっともねえなあ』
 うるさいだまれ。
 いまはやめろ。いまは!
「リュウ」
 日向が変わらぬ声で、おれに話しかける。

 日向の白い手が、おれの首に順番に回された。
 日向は自分の体とおれの体を密接にくっつけて、おれの肩に顎をのせる。

 ぼんっと音がしそうなくらいの速度で、おれの全身の血液がめぐった。
 それに比例して、体温が急上昇する。

「は、な、え」

 声にならない声を絞り出すので精一杯で。

 だって、日向が、近くにいる。手を伸ばさなくても触れられる距離に、日向がいる。

 おれの体は硬直した。

「気にするな、なんて言わない」
 耳元で、声がする。右耳に、息がかかる。
「でもね、リュウ。これだけは言わせて。
 私はリュウが大好きだから。絶対に嫌いになったりしないから」

 日向の声が、おれの心に浸透する。

「私は、あなたの味方だから」

「私は愛なんてわからないけれど」

「私はあなたを、愛してる」

 その瞬間に、おれは泣き崩れた。
 声を上げて泣いた、訳ではない。
 日向のことを抱き締め返して、ただただ泣いた。
 力加減は出来なかった。そこまで頭が回らなかった。
 だけど日向はなにも言わずに、静かにおれが泣き止むのを待っていた。

「おれも」

 伝えたかった。
 これまで何度もこの言葉を交わし続けてきたけど。

「愛なんて、わからないけど」

 家族はおれを愛してくれているんだろう。けど、それは知識でわかるのであって、実際に感じているわけではない。

「おれも、日向を愛してる」

 この言葉でしか、この感情は表せないから。

 心が通じ合うなんて、あり得ない。
 言葉にするしか、自分の気持ちを相手に伝えることは出来ない。
 だから、何度も何度も、これから先もずっと、おれはこの言葉を口にする。

 おれたちの間に、恋愛感情はあり得ない。
 友情でも、ない、と思う。
 それらとは全く別の、この世界には概念すらない、この関係。この感情。
 答えなんて無くても良い。

 お互いが、この世界に存在さえしていれば。

 おれたちは、それ以上を望まない。

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