ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.132 )
- 日時: 2021/05/30 08:08
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: axyUFRPa)
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「あら、お兄様、もう記事はお読みになりましたの?」
なぜか不機嫌そうな物言いで、ルアが言った。
「いや? まだだよ。これから」
「そうですの、ではどうぞこちらに」
そう言って、仲良く三人並んで座っていたソファからルアが降りる。
「いや、いいよ。ツェマ」
おれは苦笑して、一緒に部屋に入ったツェマを見た。
「かしこまりました」
ツェマは腰を折ると、部屋の奥へ向かい、すぐにそこそこ大きな椅子を持って戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
おれは礼を述べてから、椅子に座った。
椅子はかなり重厚で、見た目通り、かなり重い。さすがにカツェランフォート家当主である祖父が座るには(これでも)器が合わないが、おれが座るにはいささか背伸びをしている感のある、豪奢な椅子だ。たとえば、ところどころに宝石が散りばめられていたり、たとえば、椅子の肘掛けや足や背もたれのデザインが精巧であったり。
服に着られているならぬ、椅子に座られているという意識がおれの中にあったとしても、誰にも責めないでくれと訴えられる自信が、おれにはある。
『そんな自信要らねえだろ』
う、まあ、それはそうだけど。
ツェマは華奢に見えて怪力……えっと、かなりの力持ちだ。重いだとか、そういうことは気にしてはいないが、その時々でわざわざ部屋の奥まで椅子を取りに行かせることが忍びない。
いや、別に、おれはツェマにこの椅子を持ってくるようにも、ましてやこの椅子に座りたいと思っているわけでもない。しかし、これは祖父に贈られた椅子であり、しかも二つ目なのだ。一つ目は、製作者には悪いが、すこし、いや、かなりデザインに嫌悪感を感じ、ついそれを口にしてしまった。
すると、祖父はその椅子を破棄し、椅子を作った職人や、デザインを考えたデザイナーを解雇にしてしまった。祖父はたいそう怒って、業界からも追放しようかと検討していたらしく、おれはそれを全力で阻止した。
とまあ、この椅子ひとつにかけられた費用も尋常じゃないし、かつてのカツェランフォート家の使用人二人の犠牲もあるし、使わないのも心が痛むので、使う機会があれば、なんの抵抗もせずに素直に使っている。
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