ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.140 )
日時: 2021/05/26 16:44
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JIUk.xR2)

 20

 日向の家に到着する頃には、ベルは泣き止んでいた。
 そしてなお、言葉を続ける。

『それにね、お父様は、お母様のことも、きちんと愛していたの。本当に優しかったのよ。お父様の優しさに触れて、闇に染まりきっていたお母様の心に、初めて光が差したの。他の誰にも、癒すことが出来なかったのに』

「なにしてるの」

 音もなく日向が玄関から姿を現した。その表情は至ってなんの色もなく、ただ淡々と、ベルを見ていた。
「なんで、リュウがここにいるの」
 そういえば、ベルはプリントをおれから受け取りに来たんだっけ。
「ひな」
「リュウは悪くない」
 おれが謝ろうとしたことを、すぐに気づいたらしく、日向は、ぴしゃりとおれの言葉を遮った。

『ごめんなさい、日向』

 ベルはおれの手から降りて、しゅんと項垂れた。
「ベルを責める気もない」
 ため息混じりに日向が言うと、ベルはぱっと笑顔になった。

「でも」

 しかし、否定の言葉が日向の口から出た途端に、叱られた子犬のような表情をした。

「リュウは、早く帰った方がいい」

 えっ。

「ここ、大陸ファースト。プリントは、貰っておくから」

 日向が、おれを気遣ってくれていることは、わかる。ここは、おれの敵しかいない。おれの敵になるような人々しか、住んでいない。
 立ち去るべきなのは、立ち入るべきではなかったのは、知っている。

 でも。

「なあ、日向」

 ごめん、日向。

「日向は、ご両親のことを、どう思ってたんだ?」

 おれがここに来たのは、日向のことを知りたいから。
 日向の家に来れば、もしかしたら、日向のことがわかるのかもしれないと思った。
 そんな、下心があった。
 日向が干渉を嫌うのは知ってるけど。だけど。

 おれは、知りたいんだ。日向のことを。
 聞くべきではなかったことだとしても。

『知りたい』という欲に、抗えなかった。

 やっぱり、おれは……。

 日向はプリントを受け取ろうと上げていた手を降ろした。

「別に、なんとも」

 出てきたのは、予想通りの言葉だった。

 21 >>141