ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.143 )
日時: 2021/05/29 11:42
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: fVy8heSC)

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「日向? なんの騒ぎだ?」
 不意に、閉じられていた玄関のドアが開いた。
 現れたのは、日向の祖父とおぼしき初老の男性だった。
 年故か、それともストレス故か、白く色素が抜け落ちた髪は全体として薄く、頭皮が微かに見えている。
 一見ほりの深い、整った顔は、大きなシワが刻み込まれており、人生の苦悩を感じさせる。
 体型は年齢に比べると、がっしりしている。けれど、まだ現役だと聞いているので、それもそうかと思う。
 男性はおれを見て約二秒後、大きく目を見開いた。
 日向はそれを確認すると、おれの手を引いた。

「時間、もらうね」

 もちろんおれがそれに逆らうわけがない。されるがままに、おれは日向の家に上がった。

「おじいちゃんも」

 日向は男性を横目で見た。

「あ、ああ。わかった」

 向こうにいる人たちを気にする素振りを多少見せはしたものの、特になんのアクションをとることもなく、家の中に入り、ドアを閉めた。

「お邪魔します」

 とまあ、ほぼ成り行きでこうなったわけだが、おれが日向の家に上がったのはこれが初めてなわけで。
 おれはあまり緊張するような質ではないが、さすがにこれは、体がこわばるのは仕方のないことだと言ってもいいと思う。

 機会がなかったわけではない。実際、スナタは何度か遊びに来たことがあるようだった。その証拠に、スナタの好物の蜜柑が、日向の家には大量にある。
 おれが他大陸の住民であることも、さして問題ではない。おれと日向の隠密行動スキルは、『そういう仕事』をしている人にも引けをとらないと言っても過言ではない。むしろ、そういう人たちの大半を凌いでいるとすら言ってもいい。要は、周りにばれなければいいのだ。さっきは少し注意を怠ってしまったけれど、本来ならば、おれは存在を気づかれることはない。

 けれど、おれは、そうしなかった。

 日向への過度な干渉を、おれが自ら拒んだのだ。
 思い上がりでもなんでもなく、日向はおれなら、どんな頼みごとでも快く引き受けてくれるだろう。おれはそれを知っている。
 でも、おれは、日向から語られるのを待った。日向から、『なにか』をしてほしかったのだ。それが叶うことはないとわかっていたけれど。

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