ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.152 )
- 日時: 2022/01/22 17:37
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FA6b5qPu)
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『セルヴァ』、か。
名前の音が、ディフェイクセルムの『セルム』に近い。家が、特にディフェイクセルム派としての意識が強いのだろう。
話しかけてきたのも、それが理由だろうか。
「初めまして」
こういったことは初めてではない。おれは慌てることなく、至って無難に挨拶をした。
「えっと」
なんと呼べばいいのだろうか。
「セルヴァとお呼びください!」
即答された。疑問形で尋ねてすらいないのに。というかなんでセルヴァはこんなに敬意を払ってくるんだ。おれとディフェイクセルム神は違うのに。
……。
順番が来た。
「すみません、セルヴァ。実は今日、用事があって、話せないんです」
おれが言うと、セルヴァは明らかに落ち込んで見せた。
うん。ごめん。
「そうですか、わかりました。
あと! 敬語はお止めになってください!」
「じゃあ、お互いにやめようか」
おれは苦笑しつつも承諾し、そのまま退場した。
さて。
会場の出口を通った瞬間、おれはダッシュした。
はやる気持ちを抑えるには、やはり走ることが一番手っ取り早い。
『どこの体育会系だ』
うるせえ。
ん?
おれは急ブレーキをかけた。人の気配がしたのだ。おそらく、教師の。おれがいまいるのは廊下だ。入学早々教師に目をつけられるのは勘弁してほしい。
ついでに、花園日向の居場所も聞いてみよう。
「こんにちは、先生」
曲がり角から現れた女性が教師であることをしっかりと確認し、おれは声をかけた。
おれの進行方向に女性も進んでいたので、女性は振り向いた。
後ろで一つに括られた、赤に近い茶髪がふわりと揺れる。ややつり上がり気味の赤紫の瞳のなかに、おれが映る。
教師にしては少し派手な、赤を基調とした高級感のあるドレスと、色を合わせた魔女帽子がとても目立つ。
「こんにちは。笹木野君」
女性─ライカ先生が、にこりと微笑む。
「今日も花園さんを探しに来たの?」
「はい」
「だったら、さっき、学園長室へ入るのを見かけたわよ。行ってみたらどうかしら?」
「ありがとうございます!!」
おれはさっき意識した『廊下は走らない』という概念を、頭の中から完全に消去した。
この学園の地図は、頭の中に叩き込んでいる。学園長室は、この第一館の最上階だ。
「うおおおおおおっ!!」
おれは実際に雄叫びを上げながら、階段を駆け上がった。摩擦熱が生じるくらいの強さで階段を蹴っていたため、無駄なエネルギーをかなり使っていたのだろうと思うが、そんなことに気を回すだけの余裕はない。
ダァン!!
「うわあっ!」
思った以上に大きく響いた足音に、おれは自分で驚いた。興奮のあまり、階段を上りきった最後の一歩に、力を入れすぎていたらしい。
カチャ
そんなおれとは対照的に、必要最小限の音だけ出して、この階に一つだけしか存在しない部屋、学園長室のドアノブが回された。
キィッと静かに、扉が動く。
その瞬間、おれの心臓はまるで生まれたての赤子のようにはやく鳴り始めた。
扉がついている壁は、いまおれが立っている階段側で、ドアノブは、外から見て左についている。そして外開きの構造をしている。つまり、こちらからは、中から誰が出てくるのか、全くわからないのだ。
ライカ先生の話からして、いま出てこようとしている人物は、紛れもなく。
学校指定のローファーが見えた。ちらりと見えるスカートの端が、ゆらりと揺らめく。
そして、天使が現れた。
そのときは、いや、いまでも、本気でそう思っている。
緩くウェーブのかかった金髪に、光の差さない、深い海底のような青い瞳。人形のように、作られたかのように感じるほど整えられた顔立ち。
体は病的とまではいかなくとも、ほっそりとしていて、それが逆に、彼女の怖いくらいの美しさに、さらに神秘的な雰囲気を足していた。
肌も異様なまでに白く、しかもそれは焼けていないというよりかは、太陽のような、強すぎる光故のような、そんな気さえ起こさせた。
彼女ははじめ、扉を閉めるとき、ちらりと横目でこちらを見ただけだった。しかしすぐに、扉も閉めずにこちらを向く。
そして、おれの位置と彼女の立ち方から見えなかった、彼女の左目が見えた。
透き通るような、綺麗な『白眼』だった。
つまらなそうに閉じかけられていた目を、これでもかというくらい大きく見開いて。
おそるおそる、といったような、怯えるように声を震わせて。
彼女が、日向が、おれの名前を呼んだ。
「リュウ……?」
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