ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.154 )
日時: 2021/06/05 22:26
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7WA3pLQ0)

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「ひ、日向?」
「なあにおじいちゃん」

 ほぼ菜草さんの言葉に被せるようなスピードで日向が返した。
 菜草さんは戸惑いを隠しきれず、というよりは隠そうとすることの余裕さえも失い、しどろもどろ、言葉を続けた。

「日向が怒るのは、当然のことだと思う。しかし」

 日向はただ、にこにこと菜草さんを見ている。

「龍馬くんと関わるのは、日向にとって都合の悪いことしかない」
「それってさあ」

 笑みを崩さず、日向は言う。

「どの口が言ってんの?」

 その声からは、怒りは感じない。
 単なる疑問として言っているようだ。
 しかし、菜草さんは少なからぬショックを受けている。それが日向の思惑通りだということに、おれはうっすらと気づいていた。

「ねえ、おじいちゃん。おじいちゃんは私に何もくれたことはなかった。せいぜいあるとすれば、朝日を引き取ってくれたことかな。いつもいつも、気にかけていたのは母さんと朝日と、それから少しだけ、父さん。
 気づいてないとでも思ってた? あなた『たち』が私を無意識に無視していたことは、わかってるの」

 そしていま、このことをおれの前で話しているのは、さっきおれが日向に「日向のことを教えてほしい」と頼んだからだろう。

「それにさ。いまさらなんだよ? そんなこと」

 日向は机から腕を離し、腕を組んで椅子にもたれ掛かった。

「むしろ〔邪神の子〕と親しくしていた方が自然なくらいだよ。それとね」

 今度は右の手のひらを机に付けて、ぐっと身を乗り出した。

「次、私と龍馬を引き離すようなことを言ったら、おじいちゃんでも、それなりの『手』を打つよ?」

 その瞬間、菜草さんの顔から血の気が引いた。

「朝日」
「なあにっ?!」

 日向の言葉に、朝日くんが間髪入れずに答えた。

「同居の件、保留にして。だって八年も一緒に過ごしているんだから、おじいちゃんと意見が揃っている可能性があるでしょ?
 龍馬。ごめんね長く引き留めちゃって。そろそろ家の外から人がいなくなってる頃だと思うから。玄関まで送るよ」

 絶句している二人をよそに、日向はおれを半強制的に(無理矢理という意味ではない)立たせ、玄関まで歩かせた。

「あの! おじゃましました!」

 なんとなく急かされているような気がしたので、しっかりと頭を下げて挨拶をする、ということは、叶わなかった。

 玄関に着いて、おれは日向に声をかけた。

「日向?」
「なに」

 見ると、日向はもとに戻っていた。

「平気か?」

 日向は少しだけ間を空け、「うん」と言った。
 おれも深くは追求せず、「そっか」と笑って、靴を履いた。

「じゃあ、おれは帰るよ」
「うん」

「日向」
「ん?」

「えっと……」

 おれは口ごもった。
 おれは、何が言いたかったんだろう。

「また、学校で」

 日向は不思議そうに首をかしげた。

「うん」

 第二章・Ryu's story【完】