ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.155 )
- 日時: 2021/06/06 15:25
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9ydMs86F)
0
ねえ、わたしは、どうすればよかったの?
やっと『友達』が出来たと思っていたのに。あの人たちは、わたしを友達とは思っていなかった。
ねえ、どうすればよかったの?
一人ぼっちは、いやだよ……。
1
「おきるニャー!」
ドスッ
「ぐへっ」
キドの跳び乗りで、わたしのお腹に猛烈な痛みが生じた。
「朝だニャ! おきるニャ!」
ドスッドスッ
「おき、てる、おきてる、から」
わたしの必死の叫びは、わたしのお腹をトランポリン代わりにして遊ぶのに夢中なキドには聞こえていないようだ。わたしの声が途切れ途切れで、聞き取りづらいというのもあるだろうけど。
「ちょっとキド。やめなさい」
そこに現れるは救世主。
でも、その声も聞こえないらしい。キドは相変わらずはしゃいでわたしのお腹を跳ねている。
「まったくもう! 【浮遊】!」
「ニャ?!」
モナが叫ぶと、わたしのお腹にかかっていた圧力がなくなった。
「下ろすニャ! 下ろすニャ!」
キドはジタバタと短い黒い足を動かして抵抗するけど、なにも変わらない。
「ましろ、大丈夫?」
とててて、と、キドよりはすらりと長い白い足を軽やかに動かして、モナがわたしのそばに寄った。
キドをそのままにして。
「ううう、もなぁー!」
わたしは体を起こして腕を伸ばし、モナを抱き上げ、泣きついた。
ふわふわとした毛と、暖かい体温が伝わり、わたしは癒された。
「よしよし」
モナがぽんぽんと肉球をわたしの頭に乗せた。
2 >>156
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.156 )
- 日時: 2022/05/29 08:57
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EZkj1dLS)
2
「おばあちゃん、おはよー」
頭にキドを乗せ、両手でモナを抱えて、おばあちゃんのいるリビングへ向かった。
リビングと言っても狭く、というよりこの家自体がとても小さい。森の中にあるので、小屋と言った方が雰囲気としても合う。
「おや、ましろ。起きたのかい。朝ごはん食べようか」
おばあちゃんは穏やかに笑って、広げていた新聞紙を閉じた。
「ましろましろ! ぼくもごはん!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
キドが元気よくわたしの頭から飛び降りた。
おばあちゃんが朝ごはんを用意している間に、わたしはキドたちのごはんを用意する。これが日課だ。
わたしは戸棚から猫缶を出して、キドたちが咥えてきたそれぞれの専用のお皿に入れていく。
「はい、いいよ」
「「いただきます!」」
キドはガツガツ、モナはむしゃむしゃとごはんを食べる。
ふわあああ、かわいいー。
「ましろ。戻っておいで。こっちも用意が出来たよ」
夢見心地でキドたちを見ていると、おばあちゃんから声がかかった。
おっといけない。ついつい見とれてしまっていた。
「はーい!」
わたしはしゃがんでいた体を立て、おばあちゃんの向かいの椅子に座った。
お皿の上には、両手に収まりきるほどの大きさのパンひとつ。
「いただきます」
わたしは手を合わせてそう言ったあと、パンを手に取った。
ゆっくりと、少しずつ、よく噛んで、パンを食べる。
これがわたしの日常。
3 >>157
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.157 )
- 日時: 2022/05/29 16:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
3
「いってきまーす」
わたしは制服に着替えて、ほうきをもって外へ出た。いつものように、おもしろそうにキドが、心配そうにモナがついてくる。
「ましろ! また今度ぼくも乗せてニャ!」
「ゆっくり飛ぶのよ? 焦っちゃだめよ?」
「わかってるから!」
わかってるけど、いつも跳ね上がっちゃうの!
わたしは気合いをいれて、ほうきにまたがり、魔力をこめる。
「と、【飛んでくださいおねがいします】!」
びゅーん!!
「きゃあああああっ!」
またやっちゃったあああ!!
わたしの体はくるくるとまわる。上下左右に動く地面の上で、キドがきゃっきゃとわらい、モナがおもいため息をついているのがなんとか見えた。
もちろんわたしの目がいいからじゃない。毎日のことだから、わかっただけだ。
三十秒ほど空中遊泳をほうきに強制されたあと、ようやく飛行が安定した。
『ねえ、真白? 何回言えばわかるのかな。精霊にはもっと高圧的な呪文の方が効果的なんだって。じゃないとどんどんつけあがるんだからさ、あいつらは』
わたしの肩に、ナギーが乗った。ナギーはわたしがくるくる飛んでいる間、自分は少し離れたところに避難して、可笑しそうにけらけら笑っていたのだ。
いつものことだけど。
「でも、癖なんだもん」
わたしはナギーがいる右肩の反対方向を見た。ナギーの意地悪そうなくせになんでも見透かしそうな琥珀色の目が、わたしは少し、苦手なのだ。
なのにナギーは、きらきらと金粉を振り撒く黄色の羽をパタパタと動かして、わたしの目の前に来た。瞳と羽の色とは対照的な紫色の髪が、さらりと風に揺られる。
「ま、それでおもしろがって空間精霊が寄ってくるから、魔力の乏しい真白にも、かろうじて魔法が使えるんだけどな。かろうじて」
ぐぅ……。二回言わなくてもいいじゃん! わざわざ!
4 >>158
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.158 )
- 日時: 2022/05/29 16:12
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
4
「ぶっ」
わたしの顔に、大きな赤いなにかが飛んできた。
『あーあー、だから気を付けろって言ったのに』
そう言いつつ、ナギーは葉っぱをどけてくれた。
ありがとうとお礼を言ったあとに、わたしは言い訳をする。
「だって、まさか葉っぱが飛んでくるなんておもわなかったもん」
『事実、飛んできたじゃねえか』
「うぐっ」
飛んできたのは、通常よりも三回りほど大きな紅葉。わたしの顔より少し大きいくらいかな。
そしてその方向には、バケガクが誇る『四季の樹』。春には桜を咲かせ、夏にはまぶしい新緑の色をつけ、秋には紅葉の海をつくる。冬には枯れるのかと思うとそれはちがって、幹は雪のような白銀に染まり、枝には葉っぱの代わりに半透明な白色の丸い実が垂れる。
その実がなんなのかは、学園長先生以外、誰もしらないそうだ。
『真白はドジなんだから』
「わかってるよ!」
『ドジを自覚してるのか。それはそれで悲しいやつだな』
「ううう……」
『で、いつまで飛んでるんだよ。いつ墜落するかわからないんだから、そろそろ降りた方が良いんじゃねえの?』
「……」
わたしは無言で地上に降りた。もともと高い場所を飛んでいたわけではない(そんなことはこわくてできない)ので、『たいして』苦労せずに、地面に足がつく。
「おっとと」
すこし足元がぐらついて、よろめく。
くすくすと笑う声が、四方八方から聞こえる。いや、わたしの自意識過剰なのかもしれないけれど。単に楽しくおしゃべりしているだけかも。
でも。
わたしはチョンと、自分の胸につけてあるリボンに触れた。
リボンやネクタイは、体育の授業とかの例外を除いて、常につけておかなければならない。なんでだろ、とは思うけど、そんなことを聞く勇気もない。
「はあ」
ため息を小さく吐いて、わたしは学園の正門へと歩みを進めた。
5 >>159
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.159 )
- 日時: 2021/06/19 07:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Z.r45Ran)
5
「真白さん、おはよう」
「あっ、お、おはようございます」
教室に向かう途中で、笹木野さんに声をかけられた。
笹木野さんはにこりと笑って、わたしの横を通りすぎた。歩くスピードが結構早い。
『あの一件』以来も、笹木野さんたちはなんの変わりもなく、わたしに接してくれている。
東さん以外。
笹木野さんはいまみたいににこやかに挨拶してくれるし、花園さんは用事がなければ目も合わせてくれない。他のお二人とは教室のある館がちがうので、あまり会わないけど、スナタさんは会えば手を振ってくれる。
東さんには、……嫌われたみたいで、あからさまに無視される。
でもそれは仕方のないことだし、むしろ、普段通りに接してくれる三人の方がわたしは不思議だ。
特に、笹木野さん。
__________
ぱあんっ!!
その日の三時間目。浮遊魔法による魔法のコントロール力のテストが近づいていて、今日は各自でその練習をしていた。
一分間、拳サイズの石を、左右一センチの範囲内に収めて浮かし続けることが出来れば合格。そのため、生徒は二人一組でペアを組んで、片方が練習、片方が時間を計る、これを交互に繰り返していた。
「きゃあっ」
「わあっ!」
突然飛んできた石の欠片に、みんなが驚く。わたしは破裂を起こした人から離れていて、破片は届かなかったけど、それでもわたしもビックリした。
それを起こした張本人は、見なくてもわかる。実際には、気になってみてしまったけど。
石を割ってしまう人はたまにいるけど、あんなに細かく、散り散りに、わたしのところには届かなかったとはいえ長距離に破片を飛ばせるのは、少なくとも、このクラスには一人しかいない。
破片による怪我人は出なかった。これは、この『魔法実習室』にかけられた、こういうときに発動する【強制魔法解除】の効果もあるといえばあると思う。
けれど、あの人はその魔法の効果すらも上回る魔法力を持っているらしく、あまり意味はない。
だから本当の、被害がでなかった理由は、飛んだ破片一つ一つを、瞬時に笹木野さんが魔法で人に当たってしまわないよう、コントロールしたからだ。
「花園さん! またですか!」
担任のターシャ先生が、花園さんに駆け寄った。
6 >>160
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.160 )
- 日時: 2021/06/11 21:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: j4S7OPQG)
6
「あぶな、くはないですね。笹木野さん、ありがとうございます」
ターシャ先生は笹木野さんにそう言うと、確認のため、周囲の床を見回し、他の生徒に、足元に注意するよう促した。
「花園さん、あなたが魔法の制御が苦手なのはわかっていますが、もう少し気をつけてください」
花園さんは、保有魔力がとてつもなく多いらしい。ただ、その多すぎる魔力を制御しきれずに、時折魔力爆発を引き起こしてしまうんだとか。
だから、花園さんは、大量の魔力を爆発的に消費する魔法が得意らしい。
「努力は、しました」
反省した様子のない花園さんが、ターシャ先生に言う。ターシャ先生は頭を抱え込まんばかりに唸った。
「今日の放課後、残ってください。先生と臨時の二者面談をしましょう」
ため息をこらえたような声だった。
クスクス……
ふと、かぼそい笑い声が聞こえた。
その声はいわゆる『性格が明るい人』たちから聞こえてきていた。女の子も、男の子も、笑っている。
こわい。
「また二者面談だってよ」
「いくらⅤグループだからって、ねえ?」
こわい。
「なあ、お前ら。よく本人の前で言えるよな」
笹木野さんが、ヒソヒソと話していたグループの目の前に、にこにこと笑いながら立っていた。
こわいよ。すっごくわらってるよ。黒いオーラが見えるよ。
「知ってるか? 魔法が使えない種族は、魔法が使えない代わりに、五感なんかが発達してるんだよ。だからさ、お前らの会話、全部聞こえてるんだよな」
なにも言わないグループの人たちに構わず、笹木野さんは続ける。
「次やったら脳みその中身全部外に出すからな」
そうやって一度に言うと、笑みを崩さずに、さっさと去って行って、そしてまた、花園さんとの実習を始めた。
笹木野さんが魔法を使うことが出来るのは、いわゆる『突然変異』で、種族としては、本来、魔法は使えないらしい。
だから、魔法も使えるし、感覚も鋭いんだって。
……ずるい。
7 >>161
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.161 )
- 日時: 2021/06/12 10:21
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XlTUhOWG)
7
わたしは、【基本魔法】以外では唯一使える【治癒魔法】ですら、満足に使えないのに。
『真白、真白。どこ見てるんだ?』
「真白さん、大丈夫?」
ナギーと、ペアを組んでいるロスタイアさんの声が重なった。
「え?」
『『え?』じゃねえよ、ばか。実習中にボーッと出来る身か?』
「いや、なんだか険しい顔をしてたからさ」
二人は言葉のやわらかさの違いはあれど、同じことを言っているようだった。
けれど、二つの言葉を同時に理解するのはわたしには難しく、反応に手間取ってしまった。
「は、はい! 大丈夫です」
ロスタイアさんは穏やかに笑った。
「そっか。それならいいけど、無理はしないでね」
ロスタイアさんは、学級委員だ。わたしは友達が一人もいないので、先生から言われて、ペアを組んでもらっている。
Ⅲグループまで進級しただけあって、優しくて面倒みも良くて、頭もいいし、笹木野さんほどではないけれど、運動もそこそこ出来る。クラスの中でもかなり人気は高くて、ロスタイアさんとペアを組みたい人は沢山いる。
申し訳ないとは思うけど、このクラスの人数が偶数であることを考えると、どうしてもわたしも誰かと組まないといけない。
だからせめて、足を引っ張らないようにしないと!
わたしは気合いを入れ直して、再度、実習に取り掛かった。
8 >>162
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.162 )
- 日時: 2021/06/19 08:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Z.r45Ran)
8
「我々が使う魔法に属性があるのは、もう皆さんご存知のことかと思います」
いまは五限目の、魔法座学自然魔法科の授業だ。担当教師であるリーシャ・ダレオス先生が、教卓に立って、教科書を持って、話している。
ターシャ先生とは姉妹だそうで、それで二人は、下の名前で呼ばれることが多い。わたしも「リーシャ先生」と呼んでいる。
顔立ちもよく似ていて、優しげな垂れた緑色の右目の縁にある涙ボクロがチャーミングだ。
ただ、雰囲気は少し違っていて、ターシャ先生はほんわかしていて、リーシャ先生はなんだか、薄い膜を張っている感じがした。
昔、二人はドラゴンハンターだったという噂がある。それについては二人とも明言していないが、否定もしていない。
噂によると、ターシャ先生が攻撃、リーシャ先生が防御担当だったそうだ。
女性らしい体型の二人からは、全く想像出来ない。
豊かな黒髪をまとめることなく背中に広げ、なのに邪魔そうな素振りは見せない。邪魔じゃないからまとめないんだろうとは思うけど。
ゆったりとした薄い桃色のワンピースは、大人の女性だと着こなせる人は少ないと思うけど、リーシャ先生はすごく似合っている。
ほんと、何歳なんだろう。
五限目はお弁当を食べたあとで、さらにこの季節は秋のそよ風が教室に心地よく吹いていることもあり、ついうとうとしてしまう。
「しかし、この四大属性+二属性による魔法の区別の概念は、我々魔族が定めたもので、神がお決めになったものではありません」
魔族? 魔族って、なんだっけ。
わたしは寝ぼけた目で、教科書を見た。
えっと、魔族、まぞく。
教科書の後ろにある索引から調べて、その言葉が載っているページを探す。
あ、あった。
『魔族とは、神より魔法を与えられた種族全般を指す言葉である。天陽族や魔物を含む、この世界のほとんどの種族が魔族に分類される。ただし、魔力を持たない一部の人間族や、聖力を使う天使族や精霊族等は、非魔族に分類される』
教科書にも、『天陽族』の言葉がある。
そっか、そうだよね。大陸ファーストの中で一番多い種族だもん。有名だよね。
このバケガクには、あまりいないけど。そういえば、花園さんも天陽族だったっけ。全然イメージ無いなあ。
「神々が用いていた魔法の種類ははとても単純で、【白魔法】と【黒魔法】の二つです。現代では【光魔法】と【闇魔法】の別名として使われていますが、古代では違いました」
「先生!」
ロスタイアさんが挙手した。どうしたんだろう?
「はい、なんでしょう?」
9 >>163
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.163 )
- 日時: 2021/06/13 11:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OgdieDlI)
9
「以前読んだ魔法書には、ディミルフィア様は、呪文に赤や青の色名を用いていたとあったのですが、それにも関係があるのでしょうか?」
リーシャ先生は満足そうに頷く。
「そうですね。しかし、それは間違いです」
ん?
『そう』なのに『違う』?
どういうことだろう。
「ディミルフィア神が使う呪文は一般的に、『白』と『黒』の色名を用いていると言われています。専門家の中では『あらゆる色名』を用いていたと言う人もいますが、現段階では、白と黒の二色です」
なるほど。
「また、『ニオ・セディウム』の神々が【黒魔法】しか使うことが出来ないのに対し、ディミルフィア神は【白魔法】と【黒魔法】の両方の魔法を使うことが出来たとされています。
世間一般の認識として、『キメラセル』の神々は【光】を、『ニオ・セディウム』の神々は【闇】を司っているとされているため、ディミルフィア神が使う魔法は【白魔法】のみと思ってしまっている人が多いです。
筆記試験でも間違いが多いので、皆さん、注意してくださいね」
わたしの頭の中で、色んな言葉がぐるぐると回った。
えっと、『ニオ・セディウム』の神々が、【黒魔法】で、『キメラセル』の神々が【白魔法】だから、ディミルフィア様も使う魔法は【白魔法】で......あれ?
『おい、頭の整理はあとで一緒にやってやるから、とりあえずノートはとっとけ。もうすぐで終わるから』
ナギーの言葉を受けて時計を見ると、本当に、あとほんの三分ほどで、授業は終わりそうだった。
「そして後の人々が二つの魔法を四つに分類し、分類しきれなかった分を二つに分けて【光属性】と【闇属性】としました。
そこからさらに魔法は発展し、いわゆる炎や氷といった【派生属性】、【合成属性】が生まれたのです......」
先生の言葉は続いているけど、わたしはひとまずホッとして、ペンを握り直した。
10 >>164
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.164 )
- 日時: 2022/05/30 06:39
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
10
「ただいまー」
「おかえりニャ、ましろ!」
「おかえりなさい」
ドアを開けると、キドとモナが出迎えてくれた。
「ただいま」
いつものことなのに、それがなんだかうれしくて。
わたしはわらって、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「今日は学校どうだった?」
家に入って荷物を片付けたり着替えをしたりしていると、モナが普段通りに話しかけてきた。
キドはいない。キドは一応男の子だからって、モナが追い出している。
「んー」
なにかあったかなあ?
「あ、そうだ」
あっ! 心の中で言ったつもりだったのに。
少し恥ずかしくなり、ちら、とモナを見てみたけど、モナは顔色一つ変えずにわたしを見て、「ん?」と首を傾げた。
なのでわたしは首を横に振って、「なんでもない」と言ったあと、思い出したことをモナに話した。
「あのね、花園さんって人のこと、前に話したでしょう? 覚えてる?」
言った瞬間、しまった、と思った。
モナの顔が、花園さんの名前を出した途端に、すごく怖くなったのだ。
「以前、ましろに酷いことをしたグループの一人でしょう? 忘れるわけないじゃない」
わたしは慌てて身振り手振りで訴えた。
「そ、それはもういいんだよ! わたしが勘違いしてただけなんだし……」
友達になれたと思ってた。初めての友達が出来たと思ってた。
壁は確かに感じていたけど。それでも。
でも。
「勘違いしたわたしが悪いの。花園さんたちは何も悪くない。
むしろありがたいよ。あのまま勘違いしてても、あとが辛いだけだもの」
それに。
一瞬頭によぎった考えに、自分が怖くなった。
「それにね、モナ。あのね」
怖いけど、ううん、だからこそ。モナに聞いてほしかった。
吐き出したかった。自分の中のどす黒い『なにか』を。
「花園さんが人殺しだって知って、わたし、人殺しと一緒にいたんだって思うと、なんだか自分まで犯罪者になったような気がしてね」
わたしが何を言いたいのか、モナはすぐに察してくれたようだった。
「スナタさんがあの人たちと縁を切る道を示してくれた時に、人との縁を切るのがすごく辛いのに、それ以上にほっとしてたことに、あとから気づいたの。
あれだけ望んだ友達と、友達だと思ってた人たちと別れられて、ほっとしたの」
モナは何も言わない。
「人殺しが友達なんて、心の底からね、嫌だってね、思っちゃったの。そうやって思う自分がすごく嫌でね。頭の中がぐちゃぐちゃで。それで、もうあの場にいたくなくて、帰ってきちゃったの」
あの場にいなかったモナには、わたしの不足だらけの言葉は理解するのに時間がかかるのだろう。
「わたしが、わたしが、花園さんたちから逃げたの」
すり、と、足に温かな感触が伝わった。
「大丈夫。私たちは真白の味方よ。真白は何も悪くないわ」
「うん……」
「犯罪者なんかと、親殺しの大罪を犯したそんな奴と、関わる必要なんかない。真白は正しいわ」
「……うん」
うん。そうだよね。
でもね、モナ。わたしね。
やっぱり、友達が欲しい。
花園さんと話をしたい。人殺しだなんて、きっとなにかの間違いだから。
11 >>165
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.165 )
- 日時: 2022/05/30 06:42
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
11
えっと、何の話をしてたんだっけ?
ああ、そうそう。
「それで、花園さんがね」
「結局その話はするのね」
モナがジャンプしてわたしよりも少しだけ小さいタンスに飛び乗り、呆れたように言った。
「?」
「ううん。いいの。なに?」
わたしは腑に落ちないところはあったけど、聞いても教えてくれなさそうだったので、そのまま話した。
「今日、三時間目に【浮遊魔法】の実習があってね、握り拳くらいの大きさの石を浮かせるっていうのをやったの。
そしたらね、花園さんがパアンッ! って石を破裂させちゃって」
「ちょっと待って」
待つも何も、ここで言葉を切るつもりだったのにな。
それはともかく、どうしたんだろう。
「石を、破裂? パアン?」
「う、うん」
モナが普段見ないほどの驚きの表情を顔に浮かべていた。
「細かいのだと、石の破片は砂粒くらいのもあったよ。足元にちょっとだけ飛んできたの」
そうだ、笹木野さんのことも話してみよう。
「それでね、その破片を笹木野さんが全部魔法で回収したの。足元に飛んできたやつも、ふよふよ飛んでったの」
それでわたしはその足元の砂粒が、花園さんが粉々にした石の一部だということがわかったのだ。
「全部? 砂粒まで細かくなったものを?」
その言葉は疑問の音が付いてはいれど、わたしに向けられたものではないようだった。
「信じられない。いえ、ましろが言うのなら本当なんだろうけど」
「どうしたの?」
「ええ?」
モナとわたしの目が、数秒交わる。
「ああ、そっか、そうだったわね。ましろはちょっと知識が……」
モナはそこで言葉を濁した。バツの悪そうな顔をして、わたしから目を逸らす。
「そこで止めても遅いよ!
いいよいいよ。どうせわたしは馬鹿だよーだ」
「ごめんごめん。悪気はなかったのよ」
「それはわかってるけどさ」
わたしがむすっとしたままでいたけれど、モナが下を向いて、なんだかしゅんとしていたので、すぐに気持ちを収めた。
「それで、どうしたの?」
モナが顔を上げて、かすかに見開いた目をわたしに向けた。
そして、話しだす。
12 >>166
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.166 )
- 日時: 2022/05/30 06:44
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
12
「まず、【浮遊魔法】というのは、どの属性にも属しない、【非属性魔法】に分類されるの」
き、急に難しそうな話になったよ。
「だから、どんな属性に適していようと、魔力さえあれば誰でも使える魔法なのよ。ほら、ましろでも使えるでしょう?
ああ、違う違う。ましろを貶しているんじゃないの」
わたしがむっとしたのを察したのか、モナがすぐに言葉を付け足した。
「ましろの適性は【回復系統魔法】に限定されているでしょう? だから、使える魔法がかなり制限されてる。でも、そんなましろでも使える。それが言いたかったの」
確かに、そう言われてみたら、そうだ。【浮遊魔法】が使えないと、ほうきにすら乗れない。
「【浮遊魔法】の仕組みはとても単純で、まず、作用させる対象の物質に自分の魔力を馴染ませて、自分の【支配下】に置くの」
「【支配下】?」
わたしはモナの言葉の意味がわからず、首を傾げた。
なんだか、聞いたことは、あるような気がするけど。
「【支配下】というのは、『術者が自分の力を作用させられる範囲』のことで、それは領域だったり物体そのものだったりするの。ましろの場合は『魔法をかける生物』が【支配下】に置ける対象ね」
ふむふむ。
うん?
「『領域』が【支配下】って、どういうこと? 物に魔法をかけることはわかるけど、『領域』ってなに?」
「そうねえ、これね、実は説明が難しくて、概念としての違いしかないの。
例えば、ましろが学校の教室にいて、クラスメイト全員に魔法をかけるとするでしょ? そのときに、魔法を『空間にいる全員』にかけるのか、『クラスメイト一人一人』にかけるのか、術者の意識の違い……うーん、ね? 難しいでしょ?」
うん。全然わからない。
「本来、領域そのものに作用させることの出来る魔法を使うのは神々だけだとされていて、その魔法がどんなものなのか、全く情報が残っていないのよ。ただ『そういう魔法が存在した』とだけ伝わっているの」
13 >>167
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.167 )
- 日時: 2021/06/16 20:09
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8S3KaQGB)
13
頭がパンクしそう。情報が多すぎて。
そもそもなんの話だったっけ。
「それでまあ、そんな【浮遊魔法】なわけだけど」
そう思っていたら、モナが話を戻してくれた。
「魔力操作のイメージとしては、『魔力を動かす』なのね。だから、込める魔力がとても重要な魔法なの。そう言うとなんだか難しい魔法に聞こえちゃうけど、そんなことはないわ。込めた魔力が多少多くても足りてなくても、物体そのものが持つ、ワタシたちが持っているものとはまた違う魔力が、バランスを保ってくれるから」
また違う魔力?
そうわたしが思ったことを感じたのか、モナが簡単に説明してくれた。
「物体は、『世界を一定に保つ』という力を持っているの。『世界』と言うと複雑ね。要は『物体そのもの』の形を『維持』しようとするの。ただし、ほかの生物なんかが意図してその形を変化させようとしたときは、それに抗うことはしないけどね」
頭痛い……頭から煙出そう。
「真白が辛そうだから、そろそろ本題に入るわね」
モナが苦笑して、そう言った。
わたしはちょうど着替えが終わったところだったので、そばにあった椅子に座った。するとわたしを見下ろすことが嫌なのか、モナはわたしの椅子のすぐ前にある机に飛び降りた。
「花園さんが石を破裂させてしまったのは、一言で言えば、魔力を込めすぎたからだと思うの」
わたしは頷く。
「うん。あのね、花園さんって、すごく持ってる魔力が多くて、その調整が苦手らしいの。だから、魔力を爆発的に使う魔法が得意なんだって。
でも、すぐに魔力切れを起こしちゃう……あれ?」
わたしは自分の言葉に矛盾を見つけた。
『魔力が多い』のに、『魔力切れを起こす』?
?????
「それはきっと、魔力の濃度のことなんじゃない?」
「濃度?」
モナが頷いた。
「そう。かなり勘違いされてるみたいだけど、魔力というのはそもそも、『魔法を使う力』のことで、真白が使っている『魔力』という言葉は、本来『魔法量』と言うべきなの」
「魔法を使う力が濃いって、どういうこと?」
「それはね、えっと。
魔力そのものが濃いというよりは、発動する魔法の純度の問題なの」
魔法の純度?
14 >>168
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.168 )
- 日時: 2021/06/17 06:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8S3KaQGB)
14
「魔法というものは、発動されてからその効果が完全に消えるまで、常に『周波』と呼ばれるものを出してるの。魔力の波みたいなもの、かしら。
この波が一定であるほど魔法は効力を発しやすくなって、この波が不安定であるほど魔法は効力を発しにくくなるの。ちなみに、そんな不安定な周波のことを、『ノイズ』って言うのよ。
魔法の得手不得手は、こういった周波の安定の度合いが関係しているの。
そして、安定した周波を持つ魔法を『魔法の純度が高い』、そういう魔法を放てる魔力を『魔力濃度が高い』と言うの」
うーん、なるほど?
「まあ、この辺は『専門』と呼ばれる知識も含むから、無理に理解する必要は無いわ」
そっか、良かった。
「だからと言って、一分後に全てを忘れるのはだめよ。一般知識にだって触れながら話したんだから」
「さ、流石にそこまで忘れやすくないよ!」
「どうかしらねえ」
モナが意地悪に言った。
「もう! いいから、続きを話してよ!」
「はいはい」
そして、モナの声が再び真剣なものへと変わる。
「でもね、魔力濃度は高すぎても問題なの。
確かに、魔力濃度が高ければ高いほど、魔法は世界に馴染みやすい。それは安定した周期を精霊が好むからなんだけど、魔力濃度が高すぎると、精霊が集まりすぎてしまうの。
精霊が及ぼす干渉力に物体が耐えきれなくなってしまって、物体が爆発してしまうの。
ああ、そうそう。この場合の爆発と、魔力爆発は、また別物よ。この説明は省くけど。この場合はただの爆発」
へえ、そうなんだ。
「ちなみに、魔力濃度が高い人は、精霊が集まりすぎないように【周波】をコントロールする必要があるの。その【周波】をコントロールする為に『張る』ものを【フィルター】と呼ぶの。これによってほんの少し【ノイズ】を生じさせることで、調節するのね。
この【フィルター】が張れるようになるには、特殊な訓練が必要なの。
まあ、これは予備知識だから、覚えなくてもいいわ」
特殊な、訓練。
確か花園さんは、ご家族から『ネグレクト』を受けていたって。
そっか。花園さんが上手く魔法を使えないのは、そういう事情があったんだ。
「でもそんな、爆発するなんて状況には滅多にならないの。ただ魔力濃度が濃いというだけで、物体が爆発してしまうほどの精霊は集まらない。
稀にだけど、精霊が寄りやすい体質の人がいるのね? そういう人だと考えられないこともないけど、そもそも物体が爆発してしまうのは、大きすぎる干渉力によって物体が崩れてしまうのを、ギリギリまで抑えるせいなの。本来なら、ぼろぼろになって崩れ落ちるだけに収まるのよ」
ふむふむ。
『努力は、しました』
わたしは、花園さんの言葉を思い出した。
そっか、あの言葉は、そういう意味だったのか。
「だから、この場合に起きる爆発には条件があるの。『魔力濃度が高いこと』、『精霊に好かれやすい体質であること』、それから、物体の破壊を抑える『【状態維持】を使い続けること』、ね。でも、【状態維持】が使える人が魔力の調整が出来ないなんてことはまず無いの」
え、そうなの?
「【状態維持】というのは、物体の全方向から『破壊を抑制する力』をかけ続けることなの。
そんなに器用なことが出来るなら、【フィルター】を張る訓練を受けていなくても、『ものは慣れ』で独学で出来る人がほとんどなのよ」
15 >>169
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.169 )
- 日時: 2021/06/18 08:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bxqtOE.R)
15
結構長い話だったな。もう、大半を忘れちゃった。
窓を見ると、空はまだ赤みは帯びてはいれど、もうほとんどが闇に呑まれようとしていた。
「難しい話は終わったニャ?」
ドアの向こうで、キドの声がした。
「あ、うん。おわったよ!
いま開けるね」
わたしはそう言いながら立ち上がって、部屋のドアを開けた。
するとそこには、くたびれた顔をしたキドがいた。
「どうしたの?」
「扉越しから聞こえてくる言葉でも、モナの話は難しいニャ」
あー、なるほど。そうだね。
「ましろだって、疲れた顔してるニャ」
「え? あ、ははは」
モナからため息をつきたそうな雰囲気が伝わり、わたしは笑ってごまかした。
「真白、今日、おばあさんが自分の帰りが遅いから、先にご飯を食べて寝るようにって言ってたわ」
え、そうなんだ。
そっか。
ちょっと、寂しいな。
「ましろ? どうしたニャ?」
キドからそう言われて、わたしはハッとした。
「う、ううん! 大丈夫」
そう。わたしは大丈夫だ。
だって、キドや、モナがいる。
家に帰れば、二人が、いや、二匹が? 待ってくれている。
わたしは、独りぼっちじゃない。
そう思っていたとき。
ドンドンドンドンドン!!!
家の玄関のドアが、強い力で、思いっきり、叩かれた。
16 >>170
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.170 )
- 日時: 2022/06/01 06:47
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 1Lh17cxz)
16
えっ、なに!
わたしは、急に鳴った大きな音にびっくりして、体が固くなった。
動けない。
「私が様子を見てくるから、ましろはそこに」
「真白!!」
モナの声に被さるように、外の音の主から声がした。
わたしの、名前?
声から察するに、どうやら女性のようだった。
そしてその女性の声を聞いた瞬間、モナの顔つきが変わった。
「アイツ!!」
見ると、キドまで毛を逆立てて、玄関のある方向を見ている。
「ふ、ふたりとも、どうしたの?」
わたしは何が何だかわからなくて、とにかく情報を求めた。
「あとではな」
低い声でモナが言った。でも、やけに中途半端だ。
「……あなたのお母さんよ、ましろ」
そして、意を決した、というような声で、モナが、わたしに告げた。
その言葉は、わたしにとっては強烈すぎて。
頭に固いものを強く打ち付けられたような感覚がして。
わたしはよろよろと後ずさった。
意味はない。無意識に、体が動いたのだ。
がたんっ
体が机にあたって、わたしはそのまま、崩れ落ちた。
「ましろ!」
モナが慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい、こんなときに言うことじゃなかったわよね。おばあさんからこのことを言うのは私に任せるって言われていたから、後回しにしてもましろが悩んじゃうかなと思って」
モナの声は、わたしには聞こえていなかった。
わたしはひたすらに、頭の中でぐるぐると回っている言葉の意味を探り、そして、呟いた。
「わたしの、おかあさん?」
17 >>171
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.171 )
- 日時: 2021/06/19 20:32
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
17
「ましろ! おかあさんよ! あなたのおかあさんよ!!
迎えに来たの! ここを開けて!」
ドンドンドン!!
ドアを叩く音は、絶え間なく、続いている。
体は、また、動かなくなっていた。
「真白、だめよ!」
なにもしていないのに、モナから静止の言葉を言われた。
「な、にも、して、な、いよ」
声が震える。体が震える。
「ましろ! 行っちゃダメニャ!」
キドがわたしの体に飛びかかった。
だから、なにもしてないって。
ふたりは、何を言ってるの?
「真白、気づいてないの?」
モナが呆然と言った。
なんのこと?
あれ、どうしてモナの声が遠くに聞こえるの?
「ましろ! ましろ! しっかりするニャ! 魔法をかけられてるニャ!」
ま、ほう?
「たぶん、【夢遊病】ニャ! モナ、モナ! どうしたらいいニャ?!」
むゆう、びょう。
「きっと、どこかで【伏せ札】をされたのよ! それを取り除かないと!」
ふせ、ふだ?
それって、遠くにいる相手に魔法をかけるために、事前に魔法をかけておくことだよね。
じゃあ、わたし、どこかでおかあさんにあってるの?
「取り除くって、どうやるんだニャ?!」
「魔法にかけられた『物』を取り付けられてたらそれを外して!『魔法そのもの』だったら」
モナの声が途切れた。
「モナ! 変な物なんてなにも付いてないニャ! きっと魔法を付けられたんだニャ! どうするニャ!」
「……り」
細い、モナの声。
「無理よ。ワタシたちの魔力じゃ、アイツの魔法は破れない」
18 >>172
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.172 )
- 日時: 2021/06/20 07:55
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
18
「むりってなにニャ! 諦めるのニャ?!」
「そうじゃないわ! でも、無理なものは無理なの!
キド、誰か呼んできて! 近くの村から! 早く!」
キドは少しためらったあと、「わかったニャ!」と言って、姿を消した。
キドの得意魔法は、【簡易瞬間移動】。『物体をすりぬける魔法』と『移動速度を上げる魔法』を同時に使うことによって、まるで一瞬で移動したかのように見える魔法。
移動時間は本当に一瞬だから、その姿を視界に捉えられることもほとんどない。
「真白、しっかりして!」
キドがいなくなると、今度はモナがこちらへ来た。
「も、な」
「! よかった、意識はあるのね!
お願い、頑張って! こらえて! 出来る?」
こらえる、なにを?
「こら、える?」
「自分の力でその場に踏みとどまるの! 少しだけでもいいから!」
少しで、いいの?
でも、体に力が入らないよ。
「キドが帰ってくるまででいいの!」
モナは必死にわたしに言うけれど、わたしはそれに応えられない。
「お願い、真白!」
わたしの体は、もう、外へと続くドアの前にあった。
わたしはドアノブに手をかけて。
ゆっくり、それを回した。
19 >>173
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.173 )
- 日時: 2021/10/03 19:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OypUyKao)
19
ガチャリ
わたしの家には、鍵がついていない。
なににも妨げることなく回されたドアノブによって、ドアはいとも容易く開いた。
「真白!」
モナの声が、遠くに聞こえる。
ばさっ
わたしの目の前を、黒い何かが、布が擦れるような音を立てて通り過ぎた。
頭がぼんやりとしていたから、それが服であることに気づくのが、少し遅れた。
どうやらそれは、ローブらしい。
ローブを着ている人は、わたしのお母さんらしき人の顔を片手で覆い、今まさに地面に打ち付けようとしているところだった。
それはまるでスローモーションのように見えた。
おそらく飛びかかったのであろう、ローブの人の体は浮いていて、自分の体重を全て女性の頭にかけているようだった。
女性の足が地面から離れた。高そうでいて汚れたドレスの裾が、ふわりと広がった。
ガッ
鈍い音を立てて、女性の頭が地面についた。
わたしと同じ藍色の、ぼさぼさにまとめられてすらいない髪から、どす黒い血が漏れた。
ローブの人は女性に馬乗りになり、顔を抑えている右手の反対、左手を大きく、しかし必要最低限に振りかざし、肘を思いっきり女性の胴体の中心あたりに叩きつけた。
バキャッ
嫌な音がした。
骨が折れる音だと、直感でわかった。
「おわった」
面倒くさそうな声を出して、ローブの人が誰かに話しかけた。
誰に話しているんだろう。誰もそばにはいないのに。
そう思ってローブの人の周りを観察してみると、キドがいた。
そっか、キドが呼んできてくれたんだ。
「あの、あの、まだ真白が魔法にかかったままなのニャ」
普段聞かないような、遠慮がちなキドの声がした。
ローブの人は、何も言わない。
「だから、助けて欲しい! のニャ」
ローブの人は、何も言わない。
ただし、わたしの方に、静かに歩み寄った。
何も言わない。
ローブの人はわたしの顔にその手をかざして、
パチン
綺麗な音を鳴らした。
その瞬間、モヤがかかっていたような頭と視界が、急にクリアになった。
そして同時に、そのローブの人の顔を、しっかりと認識できるようになった。
それが誰なのかわかった途端に、わたしは目を見開いたのを自覚した。
「は、花園さん?」
20 >>174
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.174 )
- 日時: 2021/12/22 19:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7xmoQBau)
20
「なに」
やや眉にしわを寄せて、花園さんはだるそうに言った。
「え、あ、いや、その」
わたしはあわててしまって、とりあえずばたばたと両手を動かした。
「えっと、どうしてここに?」
「答える義理はない。
黒猫が助けてって言ってきて、断る方が面倒くさそうだった」
んんー? うん、なるほど?
とりあえず、言いたいことは何となくわかった。
花園さんはなんらかの理由で通りかかって、そこでキドに会ったと。
「村に向かってたら、この人に攻撃されそうになったニャ。それで一旦止まって、村に行くよりも近いと思って、お願いしたニャ」
ああ、そういうことだったんだ。
「ちょっとまって」
後ろからモナがやってきた。厳しい顔で、花園さんを見ている。
「真白を助けてくれて、ありがとうございます。まずは、お礼を言います」
モナは頭を下げた。
なんの反応も示さない花園さんに対して、少しむっとしたようだったけど、すぐに顔をわたしに向けた。
「ねえ、真白。この人が『花園さん』?」
わたしは頷いた。
「真白と同じ、Ⅴグループなのよね?」
もう一度、頷く。
「キドは魔法発動中、攻撃を受けるようなことはないはずよ」
え?
「確かにキドのからだ自体は存在してるけれど、物体は通り抜けてしまうもの。少なくとも、物理攻撃は受けない。
なら、魔法を使って攻撃されたはず。でも、魔法攻撃の方が、物理攻撃よりも難しいの。魔法攻撃を成功させるには、まず標準を、視覚的なものと感覚的なもの、そして魔法感覚的なものの三つで揃えないといけないから」
いろいろわからない言葉が出てきたけど、それを尋ねられるような雰囲気ではなかった。
「あなた、なんなの? どうしてあなたが、Ⅴグループ、『劣等生』なの? いくら魔法の扱いが苦手でも、さっきの身のこなしからして、身体能力はかなり秀でているんじゃない?
バケガクは、ほかの魔法学校とは違って、『魔法だけを見ている』わけじゃないんだから、せめてIVグループにいてもおかしくないわ。
それに、魔法が苦手だっていうのもそもそも怪しいわ! 真白に付けられた魔法だって、簡単に解いてしまった! しかも、詠唱もなしで!
あなた、いったいなんなの?!」
21 >>175
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.175 )
- 日時: 2021/06/22 07:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HDoKOx/N)
21
「その人は、死んでない。
肋骨は一応何本か折ったし、気絶してるし、私の顔も見せてない。
真白さんは何かあっても、シラを切り通せばいい」
「へ?」
わたしは話の流れが掴めず、キョトンとした。
「あとはそっちで勝手にして」
花園さんは、女性の顔についていた化粧がうつってしまった手を振った。
すると、手についた汚れはさっぱり綺麗に無くなっていた。
無詠唱?
「はなぞのさ」
「答える義理はない」
花園さんは、わたしを睨んだわけではなかった。
ただいつものように冷たい目で、わたしを見下ろすだけだった。
わたしと花園さんとでは、花園さんの方が少し背が高い。
けれどそういった実際の身長差によって生じるもの以上の『圧』が、花園さんからわたしにかけられた。
そしてその言葉は、モナにも向けられた言葉だったらしい。こっちは確実に、花園さんを睨みつけている。
花園さんはそれをまるきり無視して、踵を返して帰ろうとしたので、わたしはそれを呼び止めた。
「花園さん!」
花園さんはだるそうにしつつも、こちらを向いてくれた。
「ありがとうございました!!」
花園さんは小さく口を開き、そして閉じて、それから、言った。
「別に」
22 >>176
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.176 )
- 日時: 2021/06/23 06:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: xIyfMsXL)
22
『へえ、大変だったんだな』
夕方の散歩から帰ってきたナギーが、他人事のように言った。まあ、他人事なんだけど。
「大変なんてものじゃないよ!
いや、わたしはただ操られてただけ、だけど」
言っているとなんだか申し訳なくなって、わたしはうつむいた。
『で? その女はどうしたんだ? 外に血の匂いはしてたけど、特になんにもなかったぞ』
わたしは顔を上げて、頷いた。
「村の人に来てもらって、村に運んでもらったの。おじさんたち、『俺たちに任せろ』って言ってたから、もう大丈夫、と思う」
来てくれたおじさんたちは、女性の悲惨な有様にギョッとしていた。
でも、女性を攻撃したのは誰なんだ、とか、そういったことは訊かれなかった。「魔物にでも襲われたんだろう、気の毒に」って、誰かが言っていたから、みんな、そういう風に勘違いしたんだと思う。
『血はどうしたんだ?』
「見えないように埋めたの」
『ふうん』
ナギーはなにかを考えているらしく、腕を組んで、何も無い空間を見ていた。
『で、花園日向は、真白の【伏せ札】を解いたんだよな?』
「う、うん」
いつになく真剣な表情で、ナギーがわたしを見た。
『真白にかけられていた魔法は、かなり昔の、古代に近い時代の魔法だ。真白が【伏せ札】をされたのは、おそらく生まれてすぐ。
真白が、親によって捨てられたときだ。
それだけ長い時間効力を保ち続ける魔法を無詠唱で解くなんて、そいつは……』
え?
ナギーの言葉は、わたしが以前から【伏せ札】をされていたことを知っていながら黙っていたことを知らせるものだったけれど、それを無意識に無視してしまうほどの衝撃的な事実が、わたしを襲った。
「ちょっと、ナギー!」
「急に何言うニャ!」
すぐさまふたりが怒りの声を上げる。
『は? まだこいつに話してなかったのかよ。
おい、真白。お前とばあさんに血の繋がりはない。ばあさんに家族はない。親しい友人もいない。
よって、誰かからお前を預かっているという訳でもない。
お前は実の家族に捨てられてるんだよ』
23 >>177
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.177 )
- 日時: 2021/06/24 06:06
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OLpT7hrD)
23
しいんとした空間に、重たい空気が降りる。
「ナギー」
長いような短いような時間の後、わたしは口を開いた。
「なんで、言うの」
気づかないふりをしていたのに。
気づいていないふりをしていたのに。
見ないようにしていたのに。
受け入れないようにしていたのに。
わたしにはおばあちゃんがいて。
わたしにはキドがいて。
わたしにはモナがいて。
それから、ナギーがいて。
みんな、家族だよ。
それでいいのに。
それでいいって、それで、そうやって、思おうとしていたのに。
『家族』を、望まないようにしていたのに。
「知ってるよ」
キドとモナが、目を見開く。
わたし、わたし。
『家族』を。『家族』が。
みんな、家族だよ。そうに決まってる。
ねえ、わたし。
どうしたらいいの?
だれか、教えてよ。
24 >>178
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.178 )
- 日時: 2021/06/24 06:04
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OLpT7hrD)
24
結局、おばあちゃんにわたしのおかあさんについて聞くことはしなかった。
理由は、わからない。
でもたぶん、壊したくなかったからだと思う。きっと、この日常を。
おばあちゃんも、おかあさんが来たことを伝えても、「大変だったね」としか言わなかった。おかあさんについて教えてくれる気は、ないらしい。
これでいいんだ。
「いってきまーす」
わたしはほうきを掴んで、外へ出た。
いつものように、ふたりがついてくる。
「ましろ! 今度ボクも乗せてニャ!」
「気をつけて飛ぶのよ」
「はいはい! わかってるから!」
ほうきにまたがって、詠唱を始める。
「と、【飛んで】」
『命令口調で!』
ナギーから叱責の言葉を受けた。
「【飛べ】!」
すると、わたしを中心に下向きの風が発生した。なんだっけ、なんとか気流? だと思う。
「ひゃああああああああ!!」
わたしは地面に弾き飛ばされるような格好で、空中に投げ出された。
いつもの景色。いつもの日常。
いつも通りが、一番だよ。
第一幕【完】