ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.155 )
- 日時: 2021/06/06 15:25
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9ydMs86F)
0
ねえ、わたしは、どうすればよかったの?
やっと『友達』が出来たと思っていたのに。あの人たちは、わたしを友達とは思っていなかった。
ねえ、どうすればよかったの?
一人ぼっちは、いやだよ……。
1
「おきるニャー!」
ドスッ
「ぐへっ」
キドの跳び乗りで、わたしのお腹に猛烈な痛みが生じた。
「朝だニャ! おきるニャ!」
ドスッドスッ
「おき、てる、おきてる、から」
わたしの必死の叫びは、わたしのお腹をトランポリン代わりにして遊ぶのに夢中なキドには聞こえていないようだ。わたしの声が途切れ途切れで、聞き取りづらいというのもあるだろうけど。
「ちょっとキド。やめなさい」
そこに現れるは救世主。
でも、その声も聞こえないらしい。キドは相変わらずはしゃいでわたしのお腹を跳ねている。
「まったくもう! 【浮遊】!」
「ニャ?!」
モナが叫ぶと、わたしのお腹にかかっていた圧力がなくなった。
「下ろすニャ! 下ろすニャ!」
キドはジタバタと短い黒い足を動かして抵抗するけど、なにも変わらない。
「ましろ、大丈夫?」
とててて、と、キドよりはすらりと長い白い足を軽やかに動かして、モナがわたしのそばに寄った。
キドをそのままにして。
「ううう、もなぁー!」
わたしは体を起こして腕を伸ばし、モナを抱き上げ、泣きついた。
ふわふわとした毛と、暖かい体温が伝わり、わたしは癒された。
「よしよし」
モナがぽんぽんと肉球をわたしの頭に乗せた。
2 >>156
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.156 )
- 日時: 2022/05/29 08:57
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EZkj1dLS)
2
「おばあちゃん、おはよー」
頭にキドを乗せ、両手でモナを抱えて、おばあちゃんのいるリビングへ向かった。
リビングと言っても狭く、というよりこの家自体がとても小さい。森の中にあるので、小屋と言った方が雰囲気としても合う。
「おや、ましろ。起きたのかい。朝ごはん食べようか」
おばあちゃんは穏やかに笑って、広げていた新聞紙を閉じた。
「ましろましろ! ぼくもごはん!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
キドが元気よくわたしの頭から飛び降りた。
おばあちゃんが朝ごはんを用意している間に、わたしはキドたちのごはんを用意する。これが日課だ。
わたしは戸棚から猫缶を出して、キドたちが咥えてきたそれぞれの専用のお皿に入れていく。
「はい、いいよ」
「「いただきます!」」
キドはガツガツ、モナはむしゃむしゃとごはんを食べる。
ふわあああ、かわいいー。
「ましろ。戻っておいで。こっちも用意が出来たよ」
夢見心地でキドたちを見ていると、おばあちゃんから声がかかった。
おっといけない。ついつい見とれてしまっていた。
「はーい!」
わたしはしゃがんでいた体を立て、おばあちゃんの向かいの椅子に座った。
お皿の上には、両手に収まりきるほどの大きさのパンひとつ。
「いただきます」
わたしは手を合わせてそう言ったあと、パンを手に取った。
ゆっくりと、少しずつ、よく噛んで、パンを食べる。
これがわたしの日常。
3 >>157
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.157 )
- 日時: 2022/05/29 16:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
3
「いってきまーす」
わたしは制服に着替えて、ほうきをもって外へ出た。いつものように、おもしろそうにキドが、心配そうにモナがついてくる。
「ましろ! また今度ぼくも乗せてニャ!」
「ゆっくり飛ぶのよ? 焦っちゃだめよ?」
「わかってるから!」
わかってるけど、いつも跳ね上がっちゃうの!
わたしは気合いをいれて、ほうきにまたがり、魔力をこめる。
「と、【飛んでくださいおねがいします】!」
びゅーん!!
「きゃあああああっ!」
またやっちゃったあああ!!
わたしの体はくるくるとまわる。上下左右に動く地面の上で、キドがきゃっきゃとわらい、モナがおもいため息をついているのがなんとか見えた。
もちろんわたしの目がいいからじゃない。毎日のことだから、わかっただけだ。
三十秒ほど空中遊泳をほうきに強制されたあと、ようやく飛行が安定した。
『ねえ、真白? 何回言えばわかるのかな。精霊にはもっと高圧的な呪文の方が効果的なんだって。じゃないとどんどんつけあがるんだからさ、あいつらは』
わたしの肩に、ナギーが乗った。ナギーはわたしがくるくる飛んでいる間、自分は少し離れたところに避難して、可笑しそうにけらけら笑っていたのだ。
いつものことだけど。
「でも、癖なんだもん」
わたしはナギーがいる右肩の反対方向を見た。ナギーの意地悪そうなくせになんでも見透かしそうな琥珀色の目が、わたしは少し、苦手なのだ。
なのにナギーは、きらきらと金粉を振り撒く黄色の羽をパタパタと動かして、わたしの目の前に来た。瞳と羽の色とは対照的な紫色の髪が、さらりと風に揺られる。
「ま、それでおもしろがって空間精霊が寄ってくるから、魔力の乏しい真白にも、かろうじて魔法が使えるんだけどな。かろうじて」
ぐぅ……。二回言わなくてもいいじゃん! わざわざ!
4 >>158
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.158 )
- 日時: 2022/05/29 16:12
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
4
「ぶっ」
わたしの顔に、大きな赤いなにかが飛んできた。
『あーあー、だから気を付けろって言ったのに』
そう言いつつ、ナギーは葉っぱをどけてくれた。
ありがとうとお礼を言ったあとに、わたしは言い訳をする。
「だって、まさか葉っぱが飛んでくるなんておもわなかったもん」
『事実、飛んできたじゃねえか』
「うぐっ」
飛んできたのは、通常よりも三回りほど大きな紅葉。わたしの顔より少し大きいくらいかな。
そしてその方向には、バケガクが誇る『四季の樹』。春には桜を咲かせ、夏にはまぶしい新緑の色をつけ、秋には紅葉の海をつくる。冬には枯れるのかと思うとそれはちがって、幹は雪のような白銀に染まり、枝には葉っぱの代わりに半透明な白色の丸い実が垂れる。
その実がなんなのかは、学園長先生以外、誰もしらないそうだ。
『真白はドジなんだから』
「わかってるよ!」
『ドジを自覚してるのか。それはそれで悲しいやつだな』
「ううう……」
『で、いつまで飛んでるんだよ。いつ墜落するかわからないんだから、そろそろ降りた方が良いんじゃねえの?』
「……」
わたしは無言で地上に降りた。もともと高い場所を飛んでいたわけではない(そんなことはこわくてできない)ので、『たいして』苦労せずに、地面に足がつく。
「おっとと」
すこし足元がぐらついて、よろめく。
くすくすと笑う声が、四方八方から聞こえる。いや、わたしの自意識過剰なのかもしれないけれど。単に楽しくおしゃべりしているだけかも。
でも。
わたしはチョンと、自分の胸につけてあるリボンに触れた。
リボンやネクタイは、体育の授業とかの例外を除いて、常につけておかなければならない。なんでだろ、とは思うけど、そんなことを聞く勇気もない。
「はあ」
ため息を小さく吐いて、わたしは学園の正門へと歩みを進めた。
5 >>159
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.159 )
- 日時: 2021/06/19 07:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Z.r45Ran)
5
「真白さん、おはよう」
「あっ、お、おはようございます」
教室に向かう途中で、笹木野さんに声をかけられた。
笹木野さんはにこりと笑って、わたしの横を通りすぎた。歩くスピードが結構早い。
『あの一件』以来も、笹木野さんたちはなんの変わりもなく、わたしに接してくれている。
東さん以外。
笹木野さんはいまみたいににこやかに挨拶してくれるし、花園さんは用事がなければ目も合わせてくれない。他のお二人とは教室のある館がちがうので、あまり会わないけど、スナタさんは会えば手を振ってくれる。
東さんには、……嫌われたみたいで、あからさまに無視される。
でもそれは仕方のないことだし、むしろ、普段通りに接してくれる三人の方がわたしは不思議だ。
特に、笹木野さん。
__________
ぱあんっ!!
その日の三時間目。浮遊魔法による魔法のコントロール力のテストが近づいていて、今日は各自でその練習をしていた。
一分間、拳サイズの石を、左右一センチの範囲内に収めて浮かし続けることが出来れば合格。そのため、生徒は二人一組でペアを組んで、片方が練習、片方が時間を計る、これを交互に繰り返していた。
「きゃあっ」
「わあっ!」
突然飛んできた石の欠片に、みんなが驚く。わたしは破裂を起こした人から離れていて、破片は届かなかったけど、それでもわたしもビックリした。
それを起こした張本人は、見なくてもわかる。実際には、気になってみてしまったけど。
石を割ってしまう人はたまにいるけど、あんなに細かく、散り散りに、わたしのところには届かなかったとはいえ長距離に破片を飛ばせるのは、少なくとも、このクラスには一人しかいない。
破片による怪我人は出なかった。これは、この『魔法実習室』にかけられた、こういうときに発動する【強制魔法解除】の効果もあるといえばあると思う。
けれど、あの人はその魔法の効果すらも上回る魔法力を持っているらしく、あまり意味はない。
だから本当の、被害がでなかった理由は、飛んだ破片一つ一つを、瞬時に笹木野さんが魔法で人に当たってしまわないよう、コントロールしたからだ。
「花園さん! またですか!」
担任のターシャ先生が、花園さんに駆け寄った。
6 >>160
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.160 )
- 日時: 2021/06/11 21:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: j4S7OPQG)
6
「あぶな、くはないですね。笹木野さん、ありがとうございます」
ターシャ先生は笹木野さんにそう言うと、確認のため、周囲の床を見回し、他の生徒に、足元に注意するよう促した。
「花園さん、あなたが魔法の制御が苦手なのはわかっていますが、もう少し気をつけてください」
花園さんは、保有魔力がとてつもなく多いらしい。ただ、その多すぎる魔力を制御しきれずに、時折魔力爆発を引き起こしてしまうんだとか。
だから、花園さんは、大量の魔力を爆発的に消費する魔法が得意らしい。
「努力は、しました」
反省した様子のない花園さんが、ターシャ先生に言う。ターシャ先生は頭を抱え込まんばかりに唸った。
「今日の放課後、残ってください。先生と臨時の二者面談をしましょう」
ため息をこらえたような声だった。
クスクス……
ふと、かぼそい笑い声が聞こえた。
その声はいわゆる『性格が明るい人』たちから聞こえてきていた。女の子も、男の子も、笑っている。
こわい。
「また二者面談だってよ」
「いくらⅤグループだからって、ねえ?」
こわい。
「なあ、お前ら。よく本人の前で言えるよな」
笹木野さんが、ヒソヒソと話していたグループの目の前に、にこにこと笑いながら立っていた。
こわいよ。すっごくわらってるよ。黒いオーラが見えるよ。
「知ってるか? 魔法が使えない種族は、魔法が使えない代わりに、五感なんかが発達してるんだよ。だからさ、お前らの会話、全部聞こえてるんだよな」
なにも言わないグループの人たちに構わず、笹木野さんは続ける。
「次やったら脳みその中身全部外に出すからな」
そうやって一度に言うと、笑みを崩さずに、さっさと去って行って、そしてまた、花園さんとの実習を始めた。
笹木野さんが魔法を使うことが出来るのは、いわゆる『突然変異』で、種族としては、本来、魔法は使えないらしい。
だから、魔法も使えるし、感覚も鋭いんだって。
……ずるい。
7 >>161
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.161 )
- 日時: 2021/06/12 10:21
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XlTUhOWG)
7
わたしは、【基本魔法】以外では唯一使える【治癒魔法】ですら、満足に使えないのに。
『真白、真白。どこ見てるんだ?』
「真白さん、大丈夫?」
ナギーと、ペアを組んでいるロスタイアさんの声が重なった。
「え?」
『『え?』じゃねえよ、ばか。実習中にボーッと出来る身か?』
「いや、なんだか険しい顔をしてたからさ」
二人は言葉のやわらかさの違いはあれど、同じことを言っているようだった。
けれど、二つの言葉を同時に理解するのはわたしには難しく、反応に手間取ってしまった。
「は、はい! 大丈夫です」
ロスタイアさんは穏やかに笑った。
「そっか。それならいいけど、無理はしないでね」
ロスタイアさんは、学級委員だ。わたしは友達が一人もいないので、先生から言われて、ペアを組んでもらっている。
Ⅲグループまで進級しただけあって、優しくて面倒みも良くて、頭もいいし、笹木野さんほどではないけれど、運動もそこそこ出来る。クラスの中でもかなり人気は高くて、ロスタイアさんとペアを組みたい人は沢山いる。
申し訳ないとは思うけど、このクラスの人数が偶数であることを考えると、どうしてもわたしも誰かと組まないといけない。
だからせめて、足を引っ張らないようにしないと!
わたしは気合いを入れ直して、再度、実習に取り掛かった。
8 >>162
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.162 )
- 日時: 2021/06/19 08:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Z.r45Ran)
8
「我々が使う魔法に属性があるのは、もう皆さんご存知のことかと思います」
いまは五限目の、魔法座学自然魔法科の授業だ。担当教師であるリーシャ・ダレオス先生が、教卓に立って、教科書を持って、話している。
ターシャ先生とは姉妹だそうで、それで二人は、下の名前で呼ばれることが多い。わたしも「リーシャ先生」と呼んでいる。
顔立ちもよく似ていて、優しげな垂れた緑色の右目の縁にある涙ボクロがチャーミングだ。
ただ、雰囲気は少し違っていて、ターシャ先生はほんわかしていて、リーシャ先生はなんだか、薄い膜を張っている感じがした。
昔、二人はドラゴンハンターだったという噂がある。それについては二人とも明言していないが、否定もしていない。
噂によると、ターシャ先生が攻撃、リーシャ先生が防御担当だったそうだ。
女性らしい体型の二人からは、全く想像出来ない。
豊かな黒髪をまとめることなく背中に広げ、なのに邪魔そうな素振りは見せない。邪魔じゃないからまとめないんだろうとは思うけど。
ゆったりとした薄い桃色のワンピースは、大人の女性だと着こなせる人は少ないと思うけど、リーシャ先生はすごく似合っている。
ほんと、何歳なんだろう。
五限目はお弁当を食べたあとで、さらにこの季節は秋のそよ風が教室に心地よく吹いていることもあり、ついうとうとしてしまう。
「しかし、この四大属性+二属性による魔法の区別の概念は、我々魔族が定めたもので、神がお決めになったものではありません」
魔族? 魔族って、なんだっけ。
わたしは寝ぼけた目で、教科書を見た。
えっと、魔族、まぞく。
教科書の後ろにある索引から調べて、その言葉が載っているページを探す。
あ、あった。
『魔族とは、神より魔法を与えられた種族全般を指す言葉である。天陽族や魔物を含む、この世界のほとんどの種族が魔族に分類される。ただし、魔力を持たない一部の人間族や、聖力を使う天使族や精霊族等は、非魔族に分類される』
教科書にも、『天陽族』の言葉がある。
そっか、そうだよね。大陸ファーストの中で一番多い種族だもん。有名だよね。
このバケガクには、あまりいないけど。そういえば、花園さんも天陽族だったっけ。全然イメージ無いなあ。
「神々が用いていた魔法の種類ははとても単純で、【白魔法】と【黒魔法】の二つです。現代では【光魔法】と【闇魔法】の別名として使われていますが、古代では違いました」
「先生!」
ロスタイアさんが挙手した。どうしたんだろう?
「はい、なんでしょう?」
9 >>163
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.163 )
- 日時: 2021/06/13 11:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OgdieDlI)
9
「以前読んだ魔法書には、ディミルフィア様は、呪文に赤や青の色名を用いていたとあったのですが、それにも関係があるのでしょうか?」
リーシャ先生は満足そうに頷く。
「そうですね。しかし、それは間違いです」
ん?
『そう』なのに『違う』?
どういうことだろう。
「ディミルフィア神が使う呪文は一般的に、『白』と『黒』の色名を用いていると言われています。専門家の中では『あらゆる色名』を用いていたと言う人もいますが、現段階では、白と黒の二色です」
なるほど。
「また、『ニオ・セディウム』の神々が【黒魔法】しか使うことが出来ないのに対し、ディミルフィア神は【白魔法】と【黒魔法】の両方の魔法を使うことが出来たとされています。
世間一般の認識として、『キメラセル』の神々は【光】を、『ニオ・セディウム』の神々は【闇】を司っているとされているため、ディミルフィア神が使う魔法は【白魔法】のみと思ってしまっている人が多いです。
筆記試験でも間違いが多いので、皆さん、注意してくださいね」
わたしの頭の中で、色んな言葉がぐるぐると回った。
えっと、『ニオ・セディウム』の神々が、【黒魔法】で、『キメラセル』の神々が【白魔法】だから、ディミルフィア様も使う魔法は【白魔法】で......あれ?
『おい、頭の整理はあとで一緒にやってやるから、とりあえずノートはとっとけ。もうすぐで終わるから』
ナギーの言葉を受けて時計を見ると、本当に、あとほんの三分ほどで、授業は終わりそうだった。
「そして後の人々が二つの魔法を四つに分類し、分類しきれなかった分を二つに分けて【光属性】と【闇属性】としました。
そこからさらに魔法は発展し、いわゆる炎や氷といった【派生属性】、【合成属性】が生まれたのです......」
先生の言葉は続いているけど、わたしはひとまずホッとして、ペンを握り直した。
10 >>164
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.164 )
- 日時: 2022/05/30 06:39
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
10
「ただいまー」
「おかえりニャ、ましろ!」
「おかえりなさい」
ドアを開けると、キドとモナが出迎えてくれた。
「ただいま」
いつものことなのに、それがなんだかうれしくて。
わたしはわらって、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「今日は学校どうだった?」
家に入って荷物を片付けたり着替えをしたりしていると、モナが普段通りに話しかけてきた。
キドはいない。キドは一応男の子だからって、モナが追い出している。
「んー」
なにかあったかなあ?
「あ、そうだ」
あっ! 心の中で言ったつもりだったのに。
少し恥ずかしくなり、ちら、とモナを見てみたけど、モナは顔色一つ変えずにわたしを見て、「ん?」と首を傾げた。
なのでわたしは首を横に振って、「なんでもない」と言ったあと、思い出したことをモナに話した。
「あのね、花園さんって人のこと、前に話したでしょう? 覚えてる?」
言った瞬間、しまった、と思った。
モナの顔が、花園さんの名前を出した途端に、すごく怖くなったのだ。
「以前、ましろに酷いことをしたグループの一人でしょう? 忘れるわけないじゃない」
わたしは慌てて身振り手振りで訴えた。
「そ、それはもういいんだよ! わたしが勘違いしてただけなんだし……」
友達になれたと思ってた。初めての友達が出来たと思ってた。
壁は確かに感じていたけど。それでも。
でも。
「勘違いしたわたしが悪いの。花園さんたちは何も悪くない。
むしろありがたいよ。あのまま勘違いしてても、あとが辛いだけだもの」
それに。
一瞬頭によぎった考えに、自分が怖くなった。
「それにね、モナ。あのね」
怖いけど、ううん、だからこそ。モナに聞いてほしかった。
吐き出したかった。自分の中のどす黒い『なにか』を。
「花園さんが人殺しだって知って、わたし、人殺しと一緒にいたんだって思うと、なんだか自分まで犯罪者になったような気がしてね」
わたしが何を言いたいのか、モナはすぐに察してくれたようだった。
「スナタさんがあの人たちと縁を切る道を示してくれた時に、人との縁を切るのがすごく辛いのに、それ以上にほっとしてたことに、あとから気づいたの。
あれだけ望んだ友達と、友達だと思ってた人たちと別れられて、ほっとしたの」
モナは何も言わない。
「人殺しが友達なんて、心の底からね、嫌だってね、思っちゃったの。そうやって思う自分がすごく嫌でね。頭の中がぐちゃぐちゃで。それで、もうあの場にいたくなくて、帰ってきちゃったの」
あの場にいなかったモナには、わたしの不足だらけの言葉は理解するのに時間がかかるのだろう。
「わたしが、わたしが、花園さんたちから逃げたの」
すり、と、足に温かな感触が伝わった。
「大丈夫。私たちは真白の味方よ。真白は何も悪くないわ」
「うん……」
「犯罪者なんかと、親殺しの大罪を犯したそんな奴と、関わる必要なんかない。真白は正しいわ」
「……うん」
うん。そうだよね。
でもね、モナ。わたしね。
やっぱり、友達が欲しい。
花園さんと話をしたい。人殺しだなんて、きっとなにかの間違いだから。
11 >>165
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.165 )
- 日時: 2022/05/30 06:42
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
11
えっと、何の話をしてたんだっけ?
ああ、そうそう。
「それで、花園さんがね」
「結局その話はするのね」
モナがジャンプしてわたしよりも少しだけ小さいタンスに飛び乗り、呆れたように言った。
「?」
「ううん。いいの。なに?」
わたしは腑に落ちないところはあったけど、聞いても教えてくれなさそうだったので、そのまま話した。
「今日、三時間目に【浮遊魔法】の実習があってね、握り拳くらいの大きさの石を浮かせるっていうのをやったの。
そしたらね、花園さんがパアンッ! って石を破裂させちゃって」
「ちょっと待って」
待つも何も、ここで言葉を切るつもりだったのにな。
それはともかく、どうしたんだろう。
「石を、破裂? パアン?」
「う、うん」
モナが普段見ないほどの驚きの表情を顔に浮かべていた。
「細かいのだと、石の破片は砂粒くらいのもあったよ。足元にちょっとだけ飛んできたの」
そうだ、笹木野さんのことも話してみよう。
「それでね、その破片を笹木野さんが全部魔法で回収したの。足元に飛んできたやつも、ふよふよ飛んでったの」
それでわたしはその足元の砂粒が、花園さんが粉々にした石の一部だということがわかったのだ。
「全部? 砂粒まで細かくなったものを?」
その言葉は疑問の音が付いてはいれど、わたしに向けられたものではないようだった。
「信じられない。いえ、ましろが言うのなら本当なんだろうけど」
「どうしたの?」
「ええ?」
モナとわたしの目が、数秒交わる。
「ああ、そっか、そうだったわね。ましろはちょっと知識が……」
モナはそこで言葉を濁した。バツの悪そうな顔をして、わたしから目を逸らす。
「そこで止めても遅いよ!
いいよいいよ。どうせわたしは馬鹿だよーだ」
「ごめんごめん。悪気はなかったのよ」
「それはわかってるけどさ」
わたしがむすっとしたままでいたけれど、モナが下を向いて、なんだかしゅんとしていたので、すぐに気持ちを収めた。
「それで、どうしたの?」
モナが顔を上げて、かすかに見開いた目をわたしに向けた。
そして、話しだす。
12 >>166
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.166 )
- 日時: 2022/05/30 06:44
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wtNNRlal)
12
「まず、【浮遊魔法】というのは、どの属性にも属しない、【非属性魔法】に分類されるの」
き、急に難しそうな話になったよ。
「だから、どんな属性に適していようと、魔力さえあれば誰でも使える魔法なのよ。ほら、ましろでも使えるでしょう?
ああ、違う違う。ましろを貶しているんじゃないの」
わたしがむっとしたのを察したのか、モナがすぐに言葉を付け足した。
「ましろの適性は【回復系統魔法】に限定されているでしょう? だから、使える魔法がかなり制限されてる。でも、そんなましろでも使える。それが言いたかったの」
確かに、そう言われてみたら、そうだ。【浮遊魔法】が使えないと、ほうきにすら乗れない。
「【浮遊魔法】の仕組みはとても単純で、まず、作用させる対象の物質に自分の魔力を馴染ませて、自分の【支配下】に置くの」
「【支配下】?」
わたしはモナの言葉の意味がわからず、首を傾げた。
なんだか、聞いたことは、あるような気がするけど。
「【支配下】というのは、『術者が自分の力を作用させられる範囲』のことで、それは領域だったり物体そのものだったりするの。ましろの場合は『魔法をかける生物』が【支配下】に置ける対象ね」
ふむふむ。
うん?
「『領域』が【支配下】って、どういうこと? 物に魔法をかけることはわかるけど、『領域』ってなに?」
「そうねえ、これね、実は説明が難しくて、概念としての違いしかないの。
例えば、ましろが学校の教室にいて、クラスメイト全員に魔法をかけるとするでしょ? そのときに、魔法を『空間にいる全員』にかけるのか、『クラスメイト一人一人』にかけるのか、術者の意識の違い……うーん、ね? 難しいでしょ?」
うん。全然わからない。
「本来、領域そのものに作用させることの出来る魔法を使うのは神々だけだとされていて、その魔法がどんなものなのか、全く情報が残っていないのよ。ただ『そういう魔法が存在した』とだけ伝わっているの」
13 >>167
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.167 )
- 日時: 2021/06/16 20:09
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8S3KaQGB)
13
頭がパンクしそう。情報が多すぎて。
そもそもなんの話だったっけ。
「それでまあ、そんな【浮遊魔法】なわけだけど」
そう思っていたら、モナが話を戻してくれた。
「魔力操作のイメージとしては、『魔力を動かす』なのね。だから、込める魔力がとても重要な魔法なの。そう言うとなんだか難しい魔法に聞こえちゃうけど、そんなことはないわ。込めた魔力が多少多くても足りてなくても、物体そのものが持つ、ワタシたちが持っているものとはまた違う魔力が、バランスを保ってくれるから」
また違う魔力?
そうわたしが思ったことを感じたのか、モナが簡単に説明してくれた。
「物体は、『世界を一定に保つ』という力を持っているの。『世界』と言うと複雑ね。要は『物体そのもの』の形を『維持』しようとするの。ただし、ほかの生物なんかが意図してその形を変化させようとしたときは、それに抗うことはしないけどね」
頭痛い……頭から煙出そう。
「真白が辛そうだから、そろそろ本題に入るわね」
モナが苦笑して、そう言った。
わたしはちょうど着替えが終わったところだったので、そばにあった椅子に座った。するとわたしを見下ろすことが嫌なのか、モナはわたしの椅子のすぐ前にある机に飛び降りた。
「花園さんが石を破裂させてしまったのは、一言で言えば、魔力を込めすぎたからだと思うの」
わたしは頷く。
「うん。あのね、花園さんって、すごく持ってる魔力が多くて、その調整が苦手らしいの。だから、魔力を爆発的に使う魔法が得意なんだって。
でも、すぐに魔力切れを起こしちゃう……あれ?」
わたしは自分の言葉に矛盾を見つけた。
『魔力が多い』のに、『魔力切れを起こす』?
?????
「それはきっと、魔力の濃度のことなんじゃない?」
「濃度?」
モナが頷いた。
「そう。かなり勘違いされてるみたいだけど、魔力というのはそもそも、『魔法を使う力』のことで、真白が使っている『魔力』という言葉は、本来『魔法量』と言うべきなの」
「魔法を使う力が濃いって、どういうこと?」
「それはね、えっと。
魔力そのものが濃いというよりは、発動する魔法の純度の問題なの」
魔法の純度?
14 >>168
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.168 )
- 日時: 2021/06/17 06:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8S3KaQGB)
14
「魔法というものは、発動されてからその効果が完全に消えるまで、常に『周波』と呼ばれるものを出してるの。魔力の波みたいなもの、かしら。
この波が一定であるほど魔法は効力を発しやすくなって、この波が不安定であるほど魔法は効力を発しにくくなるの。ちなみに、そんな不安定な周波のことを、『ノイズ』って言うのよ。
魔法の得手不得手は、こういった周波の安定の度合いが関係しているの。
そして、安定した周波を持つ魔法を『魔法の純度が高い』、そういう魔法を放てる魔力を『魔力濃度が高い』と言うの」
うーん、なるほど?
「まあ、この辺は『専門』と呼ばれる知識も含むから、無理に理解する必要は無いわ」
そっか、良かった。
「だからと言って、一分後に全てを忘れるのはだめよ。一般知識にだって触れながら話したんだから」
「さ、流石にそこまで忘れやすくないよ!」
「どうかしらねえ」
モナが意地悪に言った。
「もう! いいから、続きを話してよ!」
「はいはい」
そして、モナの声が再び真剣なものへと変わる。
「でもね、魔力濃度は高すぎても問題なの。
確かに、魔力濃度が高ければ高いほど、魔法は世界に馴染みやすい。それは安定した周期を精霊が好むからなんだけど、魔力濃度が高すぎると、精霊が集まりすぎてしまうの。
精霊が及ぼす干渉力に物体が耐えきれなくなってしまって、物体が爆発してしまうの。
ああ、そうそう。この場合の爆発と、魔力爆発は、また別物よ。この説明は省くけど。この場合はただの爆発」
へえ、そうなんだ。
「ちなみに、魔力濃度が高い人は、精霊が集まりすぎないように【周波】をコントロールする必要があるの。その【周波】をコントロールする為に『張る』ものを【フィルター】と呼ぶの。これによってほんの少し【ノイズ】を生じさせることで、調節するのね。
この【フィルター】が張れるようになるには、特殊な訓練が必要なの。
まあ、これは予備知識だから、覚えなくてもいいわ」
特殊な、訓練。
確か花園さんは、ご家族から『ネグレクト』を受けていたって。
そっか。花園さんが上手く魔法を使えないのは、そういう事情があったんだ。
「でもそんな、爆発するなんて状況には滅多にならないの。ただ魔力濃度が濃いというだけで、物体が爆発してしまうほどの精霊は集まらない。
稀にだけど、精霊が寄りやすい体質の人がいるのね? そういう人だと考えられないこともないけど、そもそも物体が爆発してしまうのは、大きすぎる干渉力によって物体が崩れてしまうのを、ギリギリまで抑えるせいなの。本来なら、ぼろぼろになって崩れ落ちるだけに収まるのよ」
ふむふむ。
『努力は、しました』
わたしは、花園さんの言葉を思い出した。
そっか、あの言葉は、そういう意味だったのか。
「だから、この場合に起きる爆発には条件があるの。『魔力濃度が高いこと』、『精霊に好かれやすい体質であること』、それから、物体の破壊を抑える『【状態維持】を使い続けること』、ね。でも、【状態維持】が使える人が魔力の調整が出来ないなんてことはまず無いの」
え、そうなの?
「【状態維持】というのは、物体の全方向から『破壊を抑制する力』をかけ続けることなの。
そんなに器用なことが出来るなら、【フィルター】を張る訓練を受けていなくても、『ものは慣れ』で独学で出来る人がほとんどなのよ」
15 >>169
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.169 )
- 日時: 2021/06/18 08:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bxqtOE.R)
15
結構長い話だったな。もう、大半を忘れちゃった。
窓を見ると、空はまだ赤みは帯びてはいれど、もうほとんどが闇に呑まれようとしていた。
「難しい話は終わったニャ?」
ドアの向こうで、キドの声がした。
「あ、うん。おわったよ!
いま開けるね」
わたしはそう言いながら立ち上がって、部屋のドアを開けた。
するとそこには、くたびれた顔をしたキドがいた。
「どうしたの?」
「扉越しから聞こえてくる言葉でも、モナの話は難しいニャ」
あー、なるほど。そうだね。
「ましろだって、疲れた顔してるニャ」
「え? あ、ははは」
モナからため息をつきたそうな雰囲気が伝わり、わたしは笑ってごまかした。
「真白、今日、おばあさんが自分の帰りが遅いから、先にご飯を食べて寝るようにって言ってたわ」
え、そうなんだ。
そっか。
ちょっと、寂しいな。
「ましろ? どうしたニャ?」
キドからそう言われて、わたしはハッとした。
「う、ううん! 大丈夫」
そう。わたしは大丈夫だ。
だって、キドや、モナがいる。
家に帰れば、二人が、いや、二匹が? 待ってくれている。
わたしは、独りぼっちじゃない。
そう思っていたとき。
ドンドンドンドンドン!!!
家の玄関のドアが、強い力で、思いっきり、叩かれた。
16 >>170
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.170 )
- 日時: 2022/06/01 06:47
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 1Lh17cxz)
16
えっ、なに!
わたしは、急に鳴った大きな音にびっくりして、体が固くなった。
動けない。
「私が様子を見てくるから、ましろはそこに」
「真白!!」
モナの声に被さるように、外の音の主から声がした。
わたしの、名前?
声から察するに、どうやら女性のようだった。
そしてその女性の声を聞いた瞬間、モナの顔つきが変わった。
「アイツ!!」
見ると、キドまで毛を逆立てて、玄関のある方向を見ている。
「ふ、ふたりとも、どうしたの?」
わたしは何が何だかわからなくて、とにかく情報を求めた。
「あとではな」
低い声でモナが言った。でも、やけに中途半端だ。
「……あなたのお母さんよ、ましろ」
そして、意を決した、というような声で、モナが、わたしに告げた。
その言葉は、わたしにとっては強烈すぎて。
頭に固いものを強く打ち付けられたような感覚がして。
わたしはよろよろと後ずさった。
意味はない。無意識に、体が動いたのだ。
がたんっ
体が机にあたって、わたしはそのまま、崩れ落ちた。
「ましろ!」
モナが慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい、こんなときに言うことじゃなかったわよね。おばあさんからこのことを言うのは私に任せるって言われていたから、後回しにしてもましろが悩んじゃうかなと思って」
モナの声は、わたしには聞こえていなかった。
わたしはひたすらに、頭の中でぐるぐると回っている言葉の意味を探り、そして、呟いた。
「わたしの、おかあさん?」
17 >>171
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.171 )
- 日時: 2021/06/19 20:32
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
17
「ましろ! おかあさんよ! あなたのおかあさんよ!!
迎えに来たの! ここを開けて!」
ドンドンドン!!
ドアを叩く音は、絶え間なく、続いている。
体は、また、動かなくなっていた。
「真白、だめよ!」
なにもしていないのに、モナから静止の言葉を言われた。
「な、にも、して、な、いよ」
声が震える。体が震える。
「ましろ! 行っちゃダメニャ!」
キドがわたしの体に飛びかかった。
だから、なにもしてないって。
ふたりは、何を言ってるの?
「真白、気づいてないの?」
モナが呆然と言った。
なんのこと?
あれ、どうしてモナの声が遠くに聞こえるの?
「ましろ! ましろ! しっかりするニャ! 魔法をかけられてるニャ!」
ま、ほう?
「たぶん、【夢遊病】ニャ! モナ、モナ! どうしたらいいニャ?!」
むゆう、びょう。
「きっと、どこかで【伏せ札】をされたのよ! それを取り除かないと!」
ふせ、ふだ?
それって、遠くにいる相手に魔法をかけるために、事前に魔法をかけておくことだよね。
じゃあ、わたし、どこかでおかあさんにあってるの?
「取り除くって、どうやるんだニャ?!」
「魔法にかけられた『物』を取り付けられてたらそれを外して!『魔法そのもの』だったら」
モナの声が途切れた。
「モナ! 変な物なんてなにも付いてないニャ! きっと魔法を付けられたんだニャ! どうするニャ!」
「……り」
細い、モナの声。
「無理よ。ワタシたちの魔力じゃ、アイツの魔法は破れない」
18 >>172
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.172 )
- 日時: 2021/06/20 07:55
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
18
「むりってなにニャ! 諦めるのニャ?!」
「そうじゃないわ! でも、無理なものは無理なの!
キド、誰か呼んできて! 近くの村から! 早く!」
キドは少しためらったあと、「わかったニャ!」と言って、姿を消した。
キドの得意魔法は、【簡易瞬間移動】。『物体をすりぬける魔法』と『移動速度を上げる魔法』を同時に使うことによって、まるで一瞬で移動したかのように見える魔法。
移動時間は本当に一瞬だから、その姿を視界に捉えられることもほとんどない。
「真白、しっかりして!」
キドがいなくなると、今度はモナがこちらへ来た。
「も、な」
「! よかった、意識はあるのね!
お願い、頑張って! こらえて! 出来る?」
こらえる、なにを?
「こら、える?」
「自分の力でその場に踏みとどまるの! 少しだけでもいいから!」
少しで、いいの?
でも、体に力が入らないよ。
「キドが帰ってくるまででいいの!」
モナは必死にわたしに言うけれど、わたしはそれに応えられない。
「お願い、真白!」
わたしの体は、もう、外へと続くドアの前にあった。
わたしはドアノブに手をかけて。
ゆっくり、それを回した。
19 >>173
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.173 )
- 日時: 2021/10/03 19:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OypUyKao)
19
ガチャリ
わたしの家には、鍵がついていない。
なににも妨げることなく回されたドアノブによって、ドアはいとも容易く開いた。
「真白!」
モナの声が、遠くに聞こえる。
ばさっ
わたしの目の前を、黒い何かが、布が擦れるような音を立てて通り過ぎた。
頭がぼんやりとしていたから、それが服であることに気づくのが、少し遅れた。
どうやらそれは、ローブらしい。
ローブを着ている人は、わたしのお母さんらしき人の顔を片手で覆い、今まさに地面に打ち付けようとしているところだった。
それはまるでスローモーションのように見えた。
おそらく飛びかかったのであろう、ローブの人の体は浮いていて、自分の体重を全て女性の頭にかけているようだった。
女性の足が地面から離れた。高そうでいて汚れたドレスの裾が、ふわりと広がった。
ガッ
鈍い音を立てて、女性の頭が地面についた。
わたしと同じ藍色の、ぼさぼさにまとめられてすらいない髪から、どす黒い血が漏れた。
ローブの人は女性に馬乗りになり、顔を抑えている右手の反対、左手を大きく、しかし必要最低限に振りかざし、肘を思いっきり女性の胴体の中心あたりに叩きつけた。
バキャッ
嫌な音がした。
骨が折れる音だと、直感でわかった。
「おわった」
面倒くさそうな声を出して、ローブの人が誰かに話しかけた。
誰に話しているんだろう。誰もそばにはいないのに。
そう思ってローブの人の周りを観察してみると、キドがいた。
そっか、キドが呼んできてくれたんだ。
「あの、あの、まだ真白が魔法にかかったままなのニャ」
普段聞かないような、遠慮がちなキドの声がした。
ローブの人は、何も言わない。
「だから、助けて欲しい! のニャ」
ローブの人は、何も言わない。
ただし、わたしの方に、静かに歩み寄った。
何も言わない。
ローブの人はわたしの顔にその手をかざして、
パチン
綺麗な音を鳴らした。
その瞬間、モヤがかかっていたような頭と視界が、急にクリアになった。
そして同時に、そのローブの人の顔を、しっかりと認識できるようになった。
それが誰なのかわかった途端に、わたしは目を見開いたのを自覚した。
「は、花園さん?」
20 >>174
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.174 )
- 日時: 2021/12/22 19:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7xmoQBau)
20
「なに」
やや眉にしわを寄せて、花園さんはだるそうに言った。
「え、あ、いや、その」
わたしはあわててしまって、とりあえずばたばたと両手を動かした。
「えっと、どうしてここに?」
「答える義理はない。
黒猫が助けてって言ってきて、断る方が面倒くさそうだった」
んんー? うん、なるほど?
とりあえず、言いたいことは何となくわかった。
花園さんはなんらかの理由で通りかかって、そこでキドに会ったと。
「村に向かってたら、この人に攻撃されそうになったニャ。それで一旦止まって、村に行くよりも近いと思って、お願いしたニャ」
ああ、そういうことだったんだ。
「ちょっとまって」
後ろからモナがやってきた。厳しい顔で、花園さんを見ている。
「真白を助けてくれて、ありがとうございます。まずは、お礼を言います」
モナは頭を下げた。
なんの反応も示さない花園さんに対して、少しむっとしたようだったけど、すぐに顔をわたしに向けた。
「ねえ、真白。この人が『花園さん』?」
わたしは頷いた。
「真白と同じ、Ⅴグループなのよね?」
もう一度、頷く。
「キドは魔法発動中、攻撃を受けるようなことはないはずよ」
え?
「確かにキドのからだ自体は存在してるけれど、物体は通り抜けてしまうもの。少なくとも、物理攻撃は受けない。
なら、魔法を使って攻撃されたはず。でも、魔法攻撃の方が、物理攻撃よりも難しいの。魔法攻撃を成功させるには、まず標準を、視覚的なものと感覚的なもの、そして魔法感覚的なものの三つで揃えないといけないから」
いろいろわからない言葉が出てきたけど、それを尋ねられるような雰囲気ではなかった。
「あなた、なんなの? どうしてあなたが、Ⅴグループ、『劣等生』なの? いくら魔法の扱いが苦手でも、さっきの身のこなしからして、身体能力はかなり秀でているんじゃない?
バケガクは、ほかの魔法学校とは違って、『魔法だけを見ている』わけじゃないんだから、せめてIVグループにいてもおかしくないわ。
それに、魔法が苦手だっていうのもそもそも怪しいわ! 真白に付けられた魔法だって、簡単に解いてしまった! しかも、詠唱もなしで!
あなた、いったいなんなの?!」
21 >>175
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.175 )
- 日時: 2021/06/22 07:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HDoKOx/N)
21
「その人は、死んでない。
肋骨は一応何本か折ったし、気絶してるし、私の顔も見せてない。
真白さんは何かあっても、シラを切り通せばいい」
「へ?」
わたしは話の流れが掴めず、キョトンとした。
「あとはそっちで勝手にして」
花園さんは、女性の顔についていた化粧がうつってしまった手を振った。
すると、手についた汚れはさっぱり綺麗に無くなっていた。
無詠唱?
「はなぞのさ」
「答える義理はない」
花園さんは、わたしを睨んだわけではなかった。
ただいつものように冷たい目で、わたしを見下ろすだけだった。
わたしと花園さんとでは、花園さんの方が少し背が高い。
けれどそういった実際の身長差によって生じるもの以上の『圧』が、花園さんからわたしにかけられた。
そしてその言葉は、モナにも向けられた言葉だったらしい。こっちは確実に、花園さんを睨みつけている。
花園さんはそれをまるきり無視して、踵を返して帰ろうとしたので、わたしはそれを呼び止めた。
「花園さん!」
花園さんはだるそうにしつつも、こちらを向いてくれた。
「ありがとうございました!!」
花園さんは小さく口を開き、そして閉じて、それから、言った。
「別に」
22 >>176
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.176 )
- 日時: 2021/06/23 06:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: xIyfMsXL)
22
『へえ、大変だったんだな』
夕方の散歩から帰ってきたナギーが、他人事のように言った。まあ、他人事なんだけど。
「大変なんてものじゃないよ!
いや、わたしはただ操られてただけ、だけど」
言っているとなんだか申し訳なくなって、わたしはうつむいた。
『で? その女はどうしたんだ? 外に血の匂いはしてたけど、特になんにもなかったぞ』
わたしは顔を上げて、頷いた。
「村の人に来てもらって、村に運んでもらったの。おじさんたち、『俺たちに任せろ』って言ってたから、もう大丈夫、と思う」
来てくれたおじさんたちは、女性の悲惨な有様にギョッとしていた。
でも、女性を攻撃したのは誰なんだ、とか、そういったことは訊かれなかった。「魔物にでも襲われたんだろう、気の毒に」って、誰かが言っていたから、みんな、そういう風に勘違いしたんだと思う。
『血はどうしたんだ?』
「見えないように埋めたの」
『ふうん』
ナギーはなにかを考えているらしく、腕を組んで、何も無い空間を見ていた。
『で、花園日向は、真白の【伏せ札】を解いたんだよな?』
「う、うん」
いつになく真剣な表情で、ナギーがわたしを見た。
『真白にかけられていた魔法は、かなり昔の、古代に近い時代の魔法だ。真白が【伏せ札】をされたのは、おそらく生まれてすぐ。
真白が、親によって捨てられたときだ。
それだけ長い時間効力を保ち続ける魔法を無詠唱で解くなんて、そいつは……』
え?
ナギーの言葉は、わたしが以前から【伏せ札】をされていたことを知っていながら黙っていたことを知らせるものだったけれど、それを無意識に無視してしまうほどの衝撃的な事実が、わたしを襲った。
「ちょっと、ナギー!」
「急に何言うニャ!」
すぐさまふたりが怒りの声を上げる。
『は? まだこいつに話してなかったのかよ。
おい、真白。お前とばあさんに血の繋がりはない。ばあさんに家族はない。親しい友人もいない。
よって、誰かからお前を預かっているという訳でもない。
お前は実の家族に捨てられてるんだよ』
23 >>177
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.177 )
- 日時: 2021/06/24 06:06
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OLpT7hrD)
23
しいんとした空間に、重たい空気が降りる。
「ナギー」
長いような短いような時間の後、わたしは口を開いた。
「なんで、言うの」
気づかないふりをしていたのに。
気づいていないふりをしていたのに。
見ないようにしていたのに。
受け入れないようにしていたのに。
わたしにはおばあちゃんがいて。
わたしにはキドがいて。
わたしにはモナがいて。
それから、ナギーがいて。
みんな、家族だよ。
それでいいのに。
それでいいって、それで、そうやって、思おうとしていたのに。
『家族』を、望まないようにしていたのに。
「知ってるよ」
キドとモナが、目を見開く。
わたし、わたし。
『家族』を。『家族』が。
みんな、家族だよ。そうに決まってる。
ねえ、わたし。
どうしたらいいの?
だれか、教えてよ。
24 >>178
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.178 )
- 日時: 2021/06/24 06:04
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: OLpT7hrD)
24
結局、おばあちゃんにわたしのおかあさんについて聞くことはしなかった。
理由は、わからない。
でもたぶん、壊したくなかったからだと思う。きっと、この日常を。
おばあちゃんも、おかあさんが来たことを伝えても、「大変だったね」としか言わなかった。おかあさんについて教えてくれる気は、ないらしい。
これでいいんだ。
「いってきまーす」
わたしはほうきを掴んで、外へ出た。
いつものように、ふたりがついてくる。
「ましろ! 今度ボクも乗せてニャ!」
「気をつけて飛ぶのよ」
「はいはい! わかってるから!」
ほうきにまたがって、詠唱を始める。
「と、【飛んで】」
『命令口調で!』
ナギーから叱責の言葉を受けた。
「【飛べ】!」
すると、わたしを中心に下向きの風が発生した。なんだっけ、なんとか気流? だと思う。
「ひゃああああああああ!!」
わたしは地面に弾き飛ばされるような格好で、空中に投げ出された。
いつもの景色。いつもの日常。
いつも通りが、一番だよ。
第一幕【完】
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.179 )
- 日時: 2021/06/26 10:27
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: T1/NqzP3)
1
今日は、早めに教室に来てみた。わたしは登校時間が長いから、家を出るのはいつも早いけど、それ以上に。
理由は、花園さんに会いたかったから。何時に来ても花園さんはいるし、先生が「毎朝一番に登校してるわよね」と、花園さんを褒めているのを聞いたことがある。
どうしてなのかまでは知らないけれど、花園さんはいつも早く登校してくるのだ。
入口のドアについている窓から中を覗き、花園さんがいることを確認して、わたしはドアのへこみに手をかけ、横に動かした。
がららららっ
普段なら周りの人の話し声で遮られて聞こえないドアの開閉音が、廊下に響き渡った。
わたしはびっくりして、すぐに花園さんの方を見た。
花園さんは、何も変わらず、ずっと、頬杖をついて外の景色を見ている。
花園さんの席は教卓から見て一番後ろの列の窓際。他生徒から人気の席だ。バケガクはほかの学校と比べて席替えが少ない。だから、春から秋にかけるまで、花園さんはずっとあの席にいる。
一度自分の席に寄り、荷物を置いて、わたしは花園さんに近づいた。
「花園さん、おはようございます」
返事、してくれるかな。無視されたらどうしよう。わたし、返事がなかったことを気にしないほどのメンタル持ってないよ?
そう考えながら待っていると、少し間を置いて、花園さんが言う。
「うん」
花園さんは、ちらりともこちらを見なかった。
返事が来ただけ、まだまし、なのかな? いや、わたしがずっとここにいると迷惑だから、かな。
「あ、あの、お話してもいいですか?」
「嫌」
うっ。そういうことの返事は速い。
2 >>180
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.180 )
- 日時: 2021/12/22 19:27
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7xmoQBau)
2
わたしは何を言えばいいのかわからず、おろおろしながらその場で留まっている。
「なに」
鬱陶しそうな顔を、花園さんは、わたしに向けた。
えっ、話してくれるの?
「そこにいられる方が、迷惑」
わたしの頭の中を読んだようなタイミングで、花園さんが言った。
うう、まあ、そりゃそうか。
「あの、その」
あれ、なんて言おうとしてたんだっけ。
『真白、落ち着け。友達になりたいんだろ?』
ナギーがコソッとわたしに言った。
すると、花園さんが眉をひそめた。怪訝そう、といった言葉がとても似合うような表情。
こんなにあからさまに表情を変えるところは、あまり、見たことない。
「は?」
!
初めて花園さんに『質問』された! ……こんなことで喜ばないよね、普通。
『ぼくの声が聞こえるの? 変だなあ、君には姿を見せていないはずなんだけど?』
そういえば、精霊は他種族に自分の姿を見せたり見せなかったりするんだっけ。
「聞こえる。見える」
駆け引きのようにも聞こえるナギーの言葉に、花園さんは淡々と返した。
『ふうん?』
ナギーはなにか気になりはした様子だったけど、それ以上何も言うわけでもなく、あっさりと引き下がった。
3 >>181
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.181 )
- 日時: 2021/06/27 10:03
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8uCE87u6)
3
『邪魔しちゃったね。続きをどうぞ、真白?』
「う、うん」
ナギーに促され、わたしは花園さんに言葉を掛ける。
「花園さん」
下がもつれそうになりながら、わたしは、言った。
「わたしと、友達になってください」
すると。
花園さんの表情に、急激な変化があった。
まず、顔から血の色が失せた。もともと白い肌が、淡い青を帯びる。
次に、わたしから顔を背け、右手で口元を抑えた。まるで吐き気を懸命に堪えているかのように。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
細い指の隙間から、浅く荒い息が漏れる。
な、なに?
わたしは何が何だかわからなくて、ナギーに助けを求める目を向けた。けれどナギーはじっと花園さんを見るだけで、わたしの方は見ない。
「はな、ぞのさん?」
「いや」
その声は、いつもの淡白な音ではなかった。
普段よりも僅かに高く、そして震えた、『人間らしい』声。
「トモダチは」
わたしは自分の存在すらも忘れて、目の前の状況に見入っていた。
花園さんとは思えない『人間』が、突如そこに現れたことが、わたしに驚き以外の何の感情も抱くことを許さなかったのだ。
「真白さん」
けれど、その時間はほんの数秒だった。
肩に手を置かれ、わたしの意識はわたしの中へ帰る。
声の主は、男性らしかった。大きく少し硬い手が、わたしの左肩を、強く、掴んでいた。
「なにしてんの?」
その人物が、わたしの背後から顔をのぞかせる。笑っている。でも、確実に、怒っている。わたしはいままでの彼の行動から、そう答えを導き出した。
4 >>182
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.182 )
- 日時: 2021/06/27 16:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: a0tKrw1x)
4
時計を見ると、時刻は八時に迫っていた。花園さんほどではないにしろ、登校が早い人は、そろそろ教室に着き始める時間帯だ。
そして噂によると、笹木野さんはその人たちの中でも比較的早い。理由はもちろん、『花園さんに会いたい』からなんだとか。毎朝早いわけではないけれど、その傾向は強いらしい。
笹木野さんは、それほどまでに花園さんが好きで。花園さんは、それほどまでに笹木野さんに好かれていて。
なんで。
「言わないならいい」
わたしが現実逃避をしてしまっていたことを、笹木野さんは、わたしが回答を拒否したと受け取ったようだ。
「とりあえず、どいて」
さすがに突き飛ばしはしないものの、そのギリギリの範囲の力で笹木野さんはわたしの身体を押しのけた。
「ひゃあっ」
わたしの体幹が悪いのも考慮してくれたのか、少しバランスは崩したけど、倒れるまでには至らなかった。
笹木野さんはわたしのことなど見もしないで、すぐに花園さんに声を掛けた。
やっぱり、今まで優しかったのは、優しいふりだったんだ。
やっぱり、わたしには、だれも。
「日向、移動出来るか? 人が少ないうちに、早めに休憩出来る場所に行こう」
花園さんはなにも言わない。いつもの『無視』ではなく、『返事をする余裕もない』ような、そんな感じがした。
無言のまま立ち上がり、顔を下に向け、教室を出ようと促す笹木野さんに続く。
「ごめん、なさい」
その言葉は、当然わたしに向けられた言葉なんてはずがなく。
「気にするな」
声を掛けられた本人は、ぽんぽんと優しく、左手で花園さんの頭を撫でた。
なんで。なんで。
どうして、わたしには、だれもいないの。
5 >>183
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.183 )
- 日時: 2021/06/28 17:28
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: w4lZuq26)
5
その日の放課後も、わたしは終始落ち込んでいた。心なしか、空気もよどんで感じられ、視界も霞んで見える。体調が悪い訳では無いけど、気分が悪い。ちょっと、気持ち悪い。
『真白、元気出しなよ。ちゃんと伝えただけ偉いよ?』
ナギーはそうやってはげましてくれるけど、なんだか心がこもっていないような気がして、あまりなぐさめにはなっていなかった。
『それに、あの二人も気にしてないみたいだよ? 女の子の方は真白にそもそも興味がなかったし、男の子の方も、きっと前から仮面を被ってただけなんだろうね』
「そんなのわかってるよ!」
わたしはちょっと怒って、ナギーに言った。こんなの八つ当たりに近いとわかってるけど、だからと言って、それで感情を抑えられれば苦労しない。
「どうせわたしはあの人たちにとってなんの価値もない存在だもの! そんなのわかってる!」
なんとなくその場に居たくなくて、わたしは乱暴に通学鞄とほうきを掴んで、教室の出口へ向かった。
わたしの席は前から四列目の、教卓から見て中央より少し右に寄ったあたり。机の群衆をくねくねと進み、開いたままのドアから、一歩を踏み出した。
「えっ?」
「うわっ」
とにかく外へ出ることを意識し過ぎて、廊下を走っていた男の子に気づかなかった。
わたしと男の子は激突しなかった。男の子は瞬時に床を蹴って、わたしから見て右へ飛んだ。
しかし、わたしはそんなこと出来ない。
「ふぎゃぅ!」
わたしは盛大に、その場でこけた。
『真白、大丈夫?』
ナギーの声がした。
「う、うん、なんとか」
そう言いながら起き上がるわたしに、男の子は言った。
「なんだよ、危ないなあ」
6 >>184
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.184 )
- 日時: 2021/06/29 18:28
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: v2BiiJyf)
6
えっ?!
ちゃんと前を見てなかったわたしも悪いけど、廊下を走ってた男の子だって悪いんじゃないの?
言葉には出さないものの、わたしは呆気に取られていた。
そして、男の子の姿をまともに見た途端、別の意味で、わたしは呆気に取られた。
すごい、美少年。
わたしは顔がいい人を好きになるようなタイプではないけれど、目を奪われたりするくらいはある。いまが、それだ。
夕日のオレンジ色を反射するように、まるで金粉を振りまいているように輝く金髪。
目は桃色だけど、とても濃い、深い、それでいて透き通ったような透明感のある色。それは一種の宝石にも感じられた。
目鼻立ちはすごく整っていて、でも気後れするようなものではない。どこか少年のあどけなさを感じさせ、むしろ親しみやすいような雰囲気をまとっている。
背はわたしと同じくらい、かな。わたしは年齢の割には背が低い方なので、年下かな。いや、他種族だったらその限りではないのか。
ネクタイの色は、紫。わたしの一つ上の、IVグループだ。
「あ、あの、すみませ」
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「へっ?」
男の子はわたしに駆け寄り、わたしの身体を見る。
え、なになに。さっきのややドスの効いた声はわたしの聞き間違い? 声音がいい人そのものになってる。
「すみません、先輩に失礼なことをしてしまって、ほんと、申し訳ないです。
急いでいたもので、ちゃんと前を見ていなくて」
深々と頭を下げる男の子を見て、わたしはしばらく停止していたけれど、ナギーに服の裾を引っ張られて、我に返った。
「大丈夫です! 頭を上げてください!」
生徒の大半はもう下校しているとはいえ、まだ人影は多い。それなりに注目を集めてしまっているし、もう遅い気もするけど、あまり目立ちたくない。
そのことを察してくれたのか、男の子は顔を上げた。
『名前聞いときな。何も無いとは思うけど、一応』
ナギーから言われて、わたしは男の子に名前を尋ねる。
「あの、名前を教えてもらってもいいですか?
わたしは、真白です」
すると男の子はハッとした表情をし、慌てて名乗った。
「失礼しました。ボクは花園 朝日です」
7 >>185
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.185 )
- 日時: 2021/06/30 21:45
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: LIyXzI4u)
7
はな、ぞの?
花園、朝日?
なんだか、すごく聞き覚えのあるなま……
あ。
花園日向。
花園朝日。
苗字は同じだし、日向と朝日って名前も似てる。両方とも、太陽に関連する言葉だ。
瞳の色は違うけど、髪の色は同じ。
それにさっき、わたしのこと『先輩』って呼んだ。なら、年はともかく、下級生。下級生はこの館に用事は滅多にないはず。でもこの教室には、花園さんがいる。
そして過去の新聞記事に、花園さんには弟がいるって、書いていたような気がする。
ということは。
「もしかして、花園さんの」
「しっ! あまり言わないように姉から言われているんです!」
男の子、えっと、朝日くんって呼んでいいのかな? 朝日くんは人差し指を口の前に立て、わたしの言葉を遮る。わたしは無言でこくこく頷いて、それに応えた。
黙っているよう言ったということは、つまり、そういうことだ。
「さっきのことは、後日お詫びをさせていただきます。本当にすみませんでした」
朝日くんはもう一度、今度は浅く、頭を下げた。
それから教室の中を見て、その端正な顔をしかめた。
「逃げたな」
そうぽつりと声を漏らす。
「逃げた?」
「あ、いえ。こっちの話です
では、姉もいないようなので、失礼します」
朝日くんはそう優しく微笑んで、立ち去った。
8 >>186
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.186 )
- 日時: 2021/07/01 18:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: sLuITfo7)
8
「お帰りなさい、真白。キドはいまお昼寝してるわ」
今日はモナがひとりで出迎えてくれた。
「ただいま、モナ」
モナは首を傾げた。
「なにかあったの?」
「え、どうして? 何も無いよ」
問いに問いで返したわたしに、モナは「うーん」と唸りながら言う。
「落ち込んだような、嬉しいような、変な匂いがするの。真逆の感情が混じったみたいな、匂い」
「ええっ?!」
落ち込んだ、というのは身に覚えがある。今朝の出来事以外にありえない。でも、嬉しいって、なに? 今日は特に何もない、いつも通りの日常だったのに。
『あー、それ、あれだ。落ち込んでるのは今朝、真白がヘマやって、花園日向……よりかは笹木野龍馬を怒らせたんだよ。
そんで嬉しいのは、今日の放課後、年下っぽい顔の良い男子生徒と話したから。
だろ?』
「ふええ?! ちがうちがう! えっと、いや」
「あら、真白に好きな人でも出来たの?」
「ちがうって!」
『そうなんじゃねえの?』
「だから、ちがうって!」
「うるさいニャー!!」
キドの怒声が響いた。
見ると、ドアの向こうで、毛を逆立てたキドの姿があった。
「せっかく気持ちよく寝てたのにニャ! ひどいニャひどいニャ!」
「わああ! ごめん、キド!」
キドは昼寝の邪魔をされるのが大嫌いなのだ。
唯一大声を上げていたわたしは、その後ひたすらキドに頭を下げ、長年貯め続けたお小遣いの一部をキドのおもちゃを買うのに使うと約束した。
キドは「いいのを買ってほしいニャ」と言ったけど、モナが怒って止めた。
「ただでさえ少ないお小遣いをキドの昼寝なんかに使ってもらえるだけありがたいと思いなさい!」
らしい。
9 >>187
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.187 )
- 日時: 2021/07/02 18:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
9
『でもさ、満更でもなさそうだったよ』
「どこが?!」
晩ご飯も終わりお風呂にも入って歯磨きも終えて、さあ寝るぞといったところで、ナギーに放課後の話を蒸し返された。
『ていうのは冗談で』
冗談を言っていた割には至極真面目な顔をして、ナギーがわたしを見た。
『あいつには、気をつけた方がいいと思う。これはぼくの勘だけど、あいつからは、何か嫌な気配がした。
いや、それともうひとつ、ぼくの知っている『何か』の気配もあった。それについても気になる』
「なにか?」
ナギーは不思議な精霊で、わたしどころか、モナの知らないことも沢山知っていたりする。長年一緒にいるけれど、性格もうまくつかめない。意地悪になったり優しくなったり、厳しくなったり甘くなったり。
わたしとナギーの契約は、『仮契約』。それも授業で組んだわけではなく、うーん、いつ初めて結んだんだっけ? とにかく、ずっと昔から『仮契約』を更新し続けている。何度か先生から『本契約』を結ばないのかと尋ねられたことがあるけど、答えはいつもノーだった。
ナギーは、理由は教えてくれない、というか、本人も忘れてしまったようだけれど、『本契約』が出来ないらしい。
ナギーは他の〈アンファン〉とは違い自分が誕生した当時のことを覚えているそうだ。つまり、仮契約の期間が切れ、しばらく時間が空いたとしても、思い出を忘れることがない。しかし、誕生ははるか昔のことで、当時のことはほとんど思い出せないそうだ。記憶力がもたなかったらしい。いつか忘れてしまうのは、精霊も人間も、一緒なんだな。もしかしたら、神様もそうなのかも。
……寂しいな。
『もしかしたら、ぼくの過去に関係しているのかもしれない。確かに感じたことのある気配だった。でも、いまはそのことはいい。いまさら思い出したいなんて思わないしね。
とにかく、真白は彼に気をつけること。また会いに来るみたいなことを言っていたから、そのときに用心して。わかった?』
わたしは首をひねった。
「うーん。ナギーの言っていることはなんとなくわかったけど、具体的に、わたしはどうしたらいいの?」
『そうだね、とりあえず、自分の情報を相手に与えないこと。次会ったときに、次回の接触を図る挙動が見えたら、もう会わないって遠回しに伝えて。それが無理でも、会う回数を減らしたり、会う時々の間隔をなるべく大きくして』
そんな器用なことがわたしに出来るとでも思ってるのかな。いや、出来る限り頑張るけどね。
『ぼくも、なるべく真白に付いているようにするから』
そっか。それなら、安心かな。今日のナギーは協力的だ。
わたしは頷いて、わかったと示した。
10 >>188
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.188 )
- 日時: 2021/07/03 10:40
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
10
「せんぱーい!」
朝日くんとの再会はなんと、翌日のことだった。いまは登校中で、時間としては朝なので、初めて会ってから半日と数時間しか経っていない。
朝日くんはわたしよりも後ろを飛んでいるらしく、本人の姿は見えない。後ろを見るなんて高度な技術はわたしには不可能で、かと言って無視するわけにもいかず、わたしは目立たないくらいに声を張り上げた。
「おはようございます! ごめんなさい、わたし後ろ見れないんです!!」
前を向かれたまま後ろに向けて声を届けられると、聞く側からするととても聞き取り辛い。この場合もそうらしく、朝日くんの返事は数秒遅れた。
「わかりました」
「きゃあっ!」
朝日くんの声が、わたしの真隣で聞こえた。さっきの遠くから聞こえるような響きながら伝わる声ではなく、よりクリアで聞き取りやすく、近距離ゆえの大きな声。
わたしはびっくりして、バランスを崩した。わたしの体を支えていた見えない上向きの力が無くなり、重力に引かれて落ちていく。
わあああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!
わたしはあまり高い場所を飛んだりはしない。けれどそれは他の人と比べたらの話であって、地面からは五十メートルは離れている。これは法律で、歩行者などとの事故を防ぐために、飛行する時は地上から少なくとも五十メートルは上空を飛ぶように定められているのだ。
とはいえわたしは着陸が苦手なのでいつもバケガクよりも手前で降りている。でも、その位置はもっと前なの! もう少し先なの!
恐怖で声が出なかった。ああ、モナとキドが見える。あれ、わたしもいる。いまより小さいかな。これはきっと走馬灯。
「空を水とし、『浮』の力、対象の者にかかる力を相殺せよ!」
朝日くんが不思議な呪文を唱えると、わたしの体はピタリと止まった。まるで糸に絡まった操り人形のような格好になり、不格好に浮いている。
いまの魔法は、なんだろう? あまり聞いたことがない呪文だった。天陽族が使う【浮遊魔法】なのかな?
花園さんが魔法を使うところは滅多に見ないから、わかんないな。
「驚かせてしまってごめんなさい」
わたしの落下が止まったと同時に急降下し、わたしのほうきを回収してくれた朝日くんが戻ってきた。
わたしは朝日くんに支えられながらほうきに乗り直し、言った。
「あの、とりあえず着陸してもいいですか?」
朝日くんはバツの悪そうな顔をして、それから苦笑し、「わかりました」と答えた。
11 >>189
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.189 )
- 日時: 2021/07/03 21:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 6MRlB86t)
11
校門までは、まだそれなりに距離がある。時間に余裕はある。わたしたちは一緒に道を歩いていた。
「いや、ほんとに、すみませんでした。驚かせたつもりはなかったんです」
しゅんとしてうつむきながら、朝日くんはわたしより少し後ろを歩いている。
「いいですよ、わたしも気にしてませんから」
わたしがそう言うと、朝日くんはパッと顔を上げた。その表情は純粋な笑顔で、わたしはうっかり、朝日くんが花園さんの弟であるということや、昨晩のナギーの注意を忘れそうになる。
「あの、さっきの魔法ってなんですか? 聞いたことがない呪文だったような気がして」
わたしだってわたしなりに魔法の努力はしている。魔法の種類はその土地や種族によって無数に分けられ、呪文も魔法のタイプも全然違ってくる。モナやナギーに協力してもらって、色んな魔法を勉強してきた。なかなかわたしに合う魔法には出会えないけれど。
だけど、さっき朝日くんが唱えた魔法に覚えはなかった。わたしがただ忘れている可能性もあるけど。
「さっきの魔法?
ああ、【浮遊魔法】のことですか?」
朝日くんは笑みを浮かべたまま、楽しそうに説明してくれた。
「あれは、姉の魔法なんです。
本来、【浮遊魔法】というのは対象の中に自分の魔力を込めて行う魔法なんですけど、姉はたまに対象物を破裂させてしまうので、別の方法で【浮遊魔法】を行っているんです」
別の方法?
「でも、あんな呪文聞いたことありません」
すると朝日くんはにまっと笑った。口元を緩めて、自慢げに語る。
「あれは姉のオリジナル魔法です。姉は自分で魔法を作ることが出来るんですよ」
魔法を、作る?!
「なぜ姉がⅤグループなのか、理解できませんね。本来ならばⅠグループであるべきなのに。まあ、姉が自分からⅤグループに入るように仕向けたのかもしれませんけどね」
「そんなことが出来るんですか? 魔法を作るなんて」
魔法を作るには、魔法発動の原理とか、そういう難しいことをすごく深い部分まで知らないと出来ないって聞いたことがある。花園さんには、それが出来るっていうの?
「はい! 姉はすごいんですよ!」
そう言う朝日くんの表情は本当に嬉しそうで。
そんな顔をしてくれる家族がいる花園さんを、少しだけ、羨ましいと思ってしまった。
「あの、もし先輩さえ良ければ、敬語を外して貰えませんか? ボクは年はともかく下級生ですので」
以前わたしが心の中で思ったようなことを言って、朝日くんが提案した。
えっ。
わたしは家族を除いて、だれかにタメ口で話したことがない。正直に言って、会ってまだ日の浅い(というか一日も経っていない)人に急に砕けて接するのは抵抗がある。
でも。
「わかった。じゃあ、そうさせてもらうね」
Ⅴグループであるわたしにも、先輩だからと敬意を払ってくれる朝日くんに、わたしは好意を持っていた。否、持ってしまっていた。
『ちょっと、真白』
ナギーがわたしの髪をぐいっと引っ張った。
『なに仲良さそうにしてるの。昨日話したばかりだろ』
うっ、そうだったそうだった。
でも、人懐こそうな雰囲気の朝日くんは、つい気を許してしまう力があるのだ。不可抗力なのだ。うん。
『心の中で言い訳しても駄目』
心の中を読まないで。
12 >>190
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.190 )
- 日時: 2021/07/04 10:58
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 6MRlB86t)
12
「あの、先輩」
校門が見えてきた辺りで、朝日くんが言った。
なんとなく言い辛そうに、モジモジしている。
「今日のお昼休みか放課後、会えたりしませんか?」
「ええっ?!」
『真白! 断れ!』
すかさずナギーが言う。
「迷惑、ですよね」
わたしの罪悪感を加速させるような表情で、朝日くんはうつむく。そんな顔をされると、わたしは何も言えなくなるよ。
断らなきゃ、断らなきゃ、ことわら……
『おいお前!』
朝日くんに姿を見せたらしいナギーが、朝日くんに向かって言った。
『なんかお前隠してるだろ! 真白に関わりたいなら、腹の中見せてからにしろ!』
すると朝日くんは一瞬だけぽかんとして、すぐにナギーに手を伸ばした。
「わあ、先輩の契約精霊ですか?! 性別の異なる精霊と契約するって、珍しいんじゃないですか?
綺麗な髪と目と羽だなあ! もしかしなくても補色? 紫色と黄色って補色だよね? 美しいなあ! あ、これは黄色と言うよりも琥珀色かな?」
ナギーをがしりと両手に収め、もともと宝石のように輝く瞳を、さらにキラキラさせてナギーを凝視する。
「えと、精霊が好きなの?」
急に人が変わったように話す朝日くんに呆気に取られつつ、わたしは尋ねた。
「はい! 姉の影響で」
姉、というときの朝日くんの表情は、とろけるように幸せそうで、それなのに、どこかかすかに狂気を感じるような笑みだった。
「ボクの契約精霊はビリキナっていうんです。あまりそばにいるときはないんですけど、機会があればまた紹介しますね! ちょっと変わってるやつですけど」
もごもごと叫ぶナギーを右手に包み、朝日くんが言う。
「あの、それで、どうですか? 今日、会えますか?」
ついさっきまでの行動が恥ずかしく思えたのか、ほんのり頬を赤くして(しかしナギーは離さない)、わたしに再度尋ねる。
「え、あ、うん、大丈夫」
そう言った直後、ナギーがものすごい顔で睨みつけていることに気づいた。
あっ、しまった、つい!
「やったあ!! じゃあお昼に本館の屋上で待ってますね! お昼ご一緒しましょ!」
ちょうど校門に着いたところで、朝日くんはナギーを解放し、本館、第一館に向かって走っていった。
13 >>191
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.191 )
- 日時: 2021/07/04 14:06
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: FX8aUA2f)
13
『真白さどうして受け入れちゃったわけどう考えても急に豹変しすぎだったでしょ演技に決まってるでしょあんなのどうしてわかんないかなまったくもう』
昼休みに第一館の屋上に向かう道中も、ナギーはわたしに延々と嫌味を言っていた。散々忠告したわたしにそれを無視され、挙句朝日くんに羽交い締めされたおかげで、ナギーの不機嫌度は最高潮だった。
『まあ、人がいいのは真白の長所だからね。欠点でもあるけど』
「ごめんなさい」
何回謝ったことだろう。二桁いっててもおかしくないと思う。
『それにしても、やっぱりあいつ、おかしいよ。かなり強引に真白を誘ったでしょ? なんか企んでるよ、絶対』
そうなの、かな。わたしには、ただのいい人に見えるけど。
姉に両親を殺された人にしては、全然暗くないし、むしろ明るくて、雰囲気もなんだか幼くて、弟って感じがする。
いや、まあ、姉に両親を殺されたのに普通過ぎるっていうのも、それはそれで不気味ではあるけれど。
それに、「姉」って言った時のあの表情。親の仇に向ける表情ではない気がする。昨日も花園さんを教室まで探しに来たみたいだし。きっと、花園さんのことが大好きなんだろうな。
そこまで考えて、わたしはとある考えが浮かんだ。
やっぱり、《白眼の親殺し》は本当じゃないんだ。花園さんが人殺しっていうのも、でまかせなんだ。
そう思うと、足が軽くなった。なんだ、そうなんだ、そっか。
わたしは少し気分良く、朝日くんの待つ屋上への扉を押し開けた。
ぎいっ
やや錆び付いた扉が、不快な金属音をたてて重々しく開く。秋の心地よく冷えた風が校舎に吹き込む。
「先輩!」
満面の笑みを浮かべた朝日くんが、わたしに駆け寄った。
14 >>192
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.192 )
- 日時: 2021/07/05 13:30
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JSwWcgga)
14
「第一館まで足を運んでくださって、ありがとうございます」
そう言って朝日くんは、首を傾げる。
「もしかして先輩、学食なんですか? だったら食堂で待ち合わせた方が良かったですね」
え、なんのこと?
わたしは首をひねったあと、ああ、と頷いた。
「ちがうよ。わたしのお昼ご飯はこれ」
わたしは右手に包んでいた紙を朝日くんに見せた。
「これね、すごいんだよ。飴玉なんだけどね、すぐにお腹がふくれるんだよ」
包み紙を開くと、中から白色の飴玉が姿を現す。透明感はなく、艶はあれど、色は濁っている。
朝日くんはなぜか顔をしかめて、わたしに言った。
「お腹がふくれるのは飴玉に込められた魔力が脳に作用して満腹中枢を刺激するからですよね。あまり体にいいとは言えません」
まんぷくちゅうすう?
わたしはこの飴玉を、村の小さなギルドでよく貰ったり買ったりしている。そのときの注意事項にそんな言葉が出てきたような気がする。食べ過ぎは良くないとだけ理解したけど。
「もしかして、知らないんですか? それはあくまで非常時に満腹感を紛らわせるために使うもので、常用していいものじゃないんですよ。食事はきちんと摂って、栄養を補給しないと、冗談抜きで死にますよ」
厳しい顔をして、首を傾げていたわたしに言う。心配してくれてるのかな。
「だい」
「大丈夫とか、通じませんからね」
わたしと朝日くんの声が重なった。
それから朝日くんは顎に手を当てて、ぶつぶつと呟く。
「姉ちゃんは自覚がある分まだマシなのか? いや、自覚がないということはまだ救いがあるのか。姉ちゃんは危険性を理解した上で使ってたからな」
姉ちゃん? 姉ちゃんって、花園さんのことだよね? 花園さんも食べるんだ、これ。でも、そんなところ見たことないけどな。あーでも、確かに使ってそう。
「姉もよく、その飴をなめてました。姉は他の人とは何かが違うので長期間の使用も平気でしたが、危ないと感じたら通常の食事を摂っていました」
……。
言われなくったって、わかってるよ。でも、出来ないんだもん。仕方ないじゃない。お金が無いから、たまにしかお昼は食べられないの。
「だから、明日からボク、先輩の分のお弁当作って持ってきます!」
「へ?」
『は?』
朝日くんは瞳をきらきらさせて、わたしに言った。
え、なんで? どうしてそんなことをしてくれるの?
「普段からたまに夕食作ったり、お弁当を自分で作ったりしてますので、食べられるくらいの料理なら作れますよ!」
「え、えっと」
『真白、止めておけ。何を盛られるかわからないぞ』
ナギーがわたしに言う。
盛られる? なにを?
でも、流石に悪いよね。断ろう。
「ごめんね、そこまでしてもらうわけにはいかないや」
朝日くんは、何故か不思議そうな顔をして、それから、頷いた。
「わかりました」
そして、申し訳なさを滲ませた顔で笑う。
「急に変なことを言ってしまってすみません」
15 >>193
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.193 )
- 日時: 2021/07/06 23:14
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: zvgOH9ns)
15
朝日くんはお弁当を食べながら、わたしの話を聞いてくれていた。好きなこととか嫌いなこととか。ナギーに言われたからあまり詳しい自分のことは言わなかったけれど。でも、こういうのって久しぶりな気がする。
「そういえば、先輩は普段どこでお昼を食べているんですか?」
「うーん、わたしは飴をなめるだけだから、教室を出たりとかはしないかな。
あ、でも、こうやって外で食べるのもいいなって、今日思ったよ」
第一館の屋上だから人が多いのかなと思っていたけれど、そんなことは無かった。まばらにいることは確かだけど、どちらかというと四季の木の周りの方が人が多い。
静かに風に吹かれるのも、いいなって思った。
「よかったです!」
お弁当を食べ終わったらしく、朝日くんはお弁当箱を片付け始めた。
この時間は、もうすぐ、終わるんだ。
「では、また会えたら」
そう言って朝日くんはベンチから腰を浮かせて、わたしに笑いかけた。
あれ、次を誘ってはくれないんだ。
そう思ってわたしは、『何か』を口にしようとした。それが何なのか、じぶんでもわからなかった。
なに、期待してるの。へんな夢はみちゃだめって、わかっていることじゃない。
わたしは、誰の『トクベツ』にもなれないんだから。
『何か』を喉に押し込んで、別の言葉を発する。
「うん、またね」
わたしはさみしい気持ちをひたすらに抑えて、消えていく朝日くんの体を見つめていた。
やがて姿が見えなくなって、ナギーは言った。
『とりあえず、次の約束はしなかったな』
「そう、だね」
『ん? どうした、いいことじゃないか。自衛は自分にしか出来ないんだぞ?』
「う、ん」
朝日くんとはいつもいる館もクラスもグループも違う。もしかしたら、もう会えないのかもしれない。会えたとしても、朝日くんはわたしに話しかけてくれるのかな。
どうしてだか、わたしは自分の心臓が縮んでいくような錯覚を覚えた。
針で心臓を中から突かれるような、そんな、不快な痛みとともに。
16 >>194
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.194 )
- 日時: 2021/07/07 20:40
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Cb0oSIti)
16
あれから数日経った。予想通り、全然朝日くんには会えていない。そして何故か、ナギーがいなくなった。こういうことはたまにあるから心配してはいないけど、ナギーの忠告を無視してしまったわたしに呆れちゃったのかなとか考えてしまう。
でも。
ナギーがいないから、朝日くんと会うことを否定する人がいなくなった。
会いに、行こうかな。
って、なに考えてるの! わたしに呆れちゃったんだったら、わたしは尚更ナギーとの約束を守らないといけないのに。
「それ、ほんとなのか?」
わたしの後ろで、笹木野さんの声がした。どうやら、花園さんとなにかを話しているようだ。
「うん」
教室は他の人たちの声で騒がしいけれど、わたしと花園さんの席は比較的近い。辛うじて声を拾うくらいなら、なんとかできる。
「やっぱり、私が悪い影響を与えてしまっているんだと思う」
「日向だけが原因じゃないだろ」
「そうかもしれない。でも、私はあの子に近いから」
あの子? あの子って、誰だろ。
朝日くん、かな。
朝日くんって、花園さんの弟なんだよね。花園さんは、朝日くんのお姉さんなんだよね。
……。
__________
その日のお昼休み。わたしは第一館の屋上に来ていた。前に来た時よりも冷えた風に身を震わせ、周りを見回す。人はいる。でも、朝日くんはいない。
わたし、なにしてるんだろ、どうしちゃったんだろ。何しに来たんだろう。気づいたらここにいた。朝日くんを探しに来たの? なんのために?
いいや、帰ろう。
そう思って、わたしは足を後ろに向けた。
「あ、先輩!!」
「うわあああっ!」
真後ろにいた朝日くんに驚き、わたしはバランスを崩して体が後ろに引かれた。
すかさず朝日くんが左手を伸ばして、わたしの右手をつかむ。そのままぐっと体を引き寄せられ、わたしは転ばずに済んだ。結構、力が強いんだ。
「また驚かせてしまいましたね」
えへへ、と頭をかきながらはにかむ。
久しぶり、と言っても一週間ぶりのその表情を見て、わたしは名前のわからない『何か』が心の中に湧き上がった。
17 >>195
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.195 )
- 日時: 2021/07/09 22:03
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9AGFDH0G)
17
朝日くんはにこにこと笑って、元気に言った。
「どうぞ!」
わたしたちは横並びにペンチに腰かけていた。朝日くんが肩から提げていた鞄から、お弁当箱を取り出して、わたしに渡す。
「作ってきました!」
「えっ?! そんな、悪いよ!」
「先輩に倒れて欲しくないので。
あ、それとも、ボクの料理は食べたくないですか?」
上目遣いでこちらを見る朝日くんに、わたしは罪悪感を膨らませた。
うーん、食べようかな、いや、でも、うーん。
正直に言うと、すごく食べたい。朝日くんは「中身見せますね!」と言ってお弁当箱の蓋を開けている。
真っ赤なプチトマトにぷりぷりした卵焼き。きゅうりのサラダに輝く白米、そしてメインディッシュなのであろう二つのミニハンバーグ。
「こんな定番のものですみません。先輩の好みがわからなかったので、とりあえず万人受けしそうなものを作ってきたんです。トマトはあまり人気がないみたいですけど」
わたしは好き嫌いがない。食べられるものを食べられるときに食べる。好きだとか嫌いだとか、そんなことは言ってられないのだ。
そしてあさひくんのお弁当は、単純に、美味しそう。
というか、料理上手なんだね。わたしより上手い。なんか、複雑。
「えへへ、やっぱり、いらないですかね。ボクなんかの……」
朝日くんはそう言いながら、お弁当箱を鞄に仕舞おうとする。
「え、あ、食べる!」
わたしは咄嗟にそう言ってしまった。あ、と気づいた時にはもう遅い。次会った時、ナギーに色々言われるんだろうなあ。
でも。
わたしは、朝日くんの心の底から嬉しそうなこの笑顔を見ていると、なんだかとても、幸せな気分になるのだった。
18 >>196
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.196 )
- 日時: 2021/07/09 22:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9AGFDH0G)
18
「ああ、そうだ!」
お弁当を食べ終わってまたわたしが話していると、朝日くんは急に大きな声を出した。どうしたのとわたしが訊くよりも先に、がさごそと自分の鞄を探り始める。
「あの時のお詫び、まだしてませんでしたよね」
お詫び?
あ、初めてあった日にぶつかったことかな。あんなの、もういいのに。
朝日くんは小さな箱を取り出した。蓋付きの箱で、その蓋は下の箱をすっぽりと包むタイプの大きなものだった。
「会って間もないのにこれを渡すのは失礼かなと思ったんですけど、先輩さえ良ければ」
そう言いながら手渡された箱を、わたしはおそるおそる受け取った。箱は木製で、滑らかで暖かな感触が心地良かった。重量はあまりないようで軽い。箱の大きさは片手に乗せても余るくらいなので、中身も小さな物なのだろう。
「いま開けてもいいの?」
「もちろんです」
その答えを聞いて、わたしは蓋を開けた。構造上少し開けにくかったけれど何とかして蓋を外し、中を見る。
これは、ペンダントかな? 細い、縄のような紐に、硬い鱗が一つ通されている。鱗は青く光る漆黒で、表面はつるりとしていた。厚みは五ミリよりもやや大きいと思われるので、魚の鱗ではない、と思う。
「女性に贈る物ではなかったですね」
わたしがなんの反応も示さなかったことに、朝日くんはわたしがペンダントを気に入らなかったのだと解釈したようだ。
わたしは慌てて否定する。
「そ、そんなこと、ないよ! わたしは、うれしいよ!」
朝日くんから何かを貰えたということ自体が、すごく嬉しいの。
そんなこと恥ずかしくて言えないけど、でも、これが本心。心の底から嬉しい。
「大事にするね、ありがとう」
朝日くんは安心したように笑った。
19 >>197
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.197 )
- 日時: 2021/07/10 11:51
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Di8TedTz)
19
「でも、これはなんの鱗なの?」
「竜です」
「りゅっ?!」
なんでもないことのように朝日くんは言うけれど、確か竜の鱗は高級品だったはず。竜は『神の使い』と呼ばれるほどの伝説的な生き物で、『一度でもその姿を見れたなら、その人の一生は幸福に包まれるだろう』なんて言い伝えもあるほど。ちなみにドラゴンハンターは『堕竜』と呼ばれる下界人に災いをもたらすであろうと予想される竜しか狩ってはいけないとされている。これは国際法で定められているけれど、破る人も多いってモナが言ってた。
それは、竜の鱗は守護の力を、堕竜の鱗は破滅の力を持つとされ、堕竜の鱗よりも竜の鱗の方が貴族の人達が買いたがるんだって。
「あ、違いますよ! これは買ったんじゃなくて、竜にわけてもらったんです!」
わけてもらった?
ということは、朝日くんは竜にあったことがあるの?
「内緒ですよ。竜と関わったことのある奴なんて、ボクくらい……」
朝日くんは不自然なところで言葉を切った。
けれどそれは極一瞬のことで、すぐに言葉を続ける。
「なので、これは二人だけの秘密です。お守り代わりに服の下にでも隠して持っていてください」
秘密。
そのたった三文字の言葉がやけにわたしの心に絡みついて、やけに甘く感じて。それはまるで、蜂蜜のようだった。
「ボク、いつもここで食べているので、気が向いたら来てください。先輩が来るまで、本でも読んで待ってますから」
朝日くんは鞄から、カバーがかけられた本を取り出した。本が入っていたんだ。
「うん。えと、それじゃあ」
わたしは自分の頬が緩むのを自覚した。
「またね」
またね。次に会おうねという、約束。
朝日くんは、とても優しげな笑顔で、頷いた。
20 >>198
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.198 )
- 日時: 2021/07/10 21:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4QFpS9Ez)
20
それからというもの、わたしたちはほぼ毎日お昼に一緒にいるようになった。朝日くんは敬語は外れないものの、話し方や声のトーンが、かなり打ち解けたものになっている。
「え、朝日くん、入学試験の筆記テスト、クラスで五十位より上だったの?!」
以前はわたしばかり話していたけれど、最近になって、朝日くんも自分のことを話してくれるようになっていた。
「はい。そもそもボクはバケガクに入学することを祖父母から反対されていたので、前に通っていた学校の定期試験とバケガクの入学試験で成績上位者に入れなかったら入学を認めないって言われて」
反対されていたの? どうしてだろう。確かにバケガクは世間一般から見て蔑まれている。でも世界的に有名な生徒や卒業生だっているし、なにより入学出来る生徒は限られている。なんだかすごい先生も集まっているから、教育環境は整っているらしいのに。
「姉が、いますから」
わたしが疑問に思っていることを察したのか、朝日くんは寂しげに話してくれた。
「祖父母は、特に祖母は、姉のことを毛嫌いしていて、姉もボクを遠ざけようとしていて、『あの事件』から一度もあったことがなかったんです。ボクは会いたかったんですけどね」
朝日くんは、ぎこちなく笑う。その表情にはいつになく憂愁の影が落ちていた。
「お姉さんのことが好きなんだね」
わたしはなにを言うべきなのかわからず、でもなにかを言った方がいい気がして、そう言った。
「姉は、すごい人なんです。本人は、隠しているみたいですけど」
朝日くんは、ぐしゃりとズボンにしわを作った。その声はなんだか悔しげで、苦しげだった。
花園さんが何かを隠しているというのは、なんとなく察しがついていた。春にあった《サバイバル》でダンジョンに潜ったときも、わたしと同じⅤグループとは思えないくらい落ち着いていたりして、なんだか、ダンジョンに慣れているような印象を受けた。花園さんはあまり自分のことを話さない。わたしなんかには尚更だ。
「す、すみません。雰囲気悪くしちゃって」
いつもよりも元気の無い、無理して作ったような笑顔を浮かべて、朝日くんは硬い声を発した。それを見て、わたしはなぜだか胸が痛んだ。
21 >>199
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.199 )
- 日時: 2021/07/11 11:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4QFpS9Ez)
21
「大丈夫だよ。気にしないで?」
朝日くんのような綺麗な笑みは浮かべられないけれど、それでもわたしなりに、精一杯の笑顔を見せた。
「わたしは話してくれて嬉しいよ。いつもわたしが話してばかりだもん。無理も良くないし」
そう。無理は良くない。ストレスを溜め込んでも、良いことなんて何も無い。自己嫌悪に陥って、抜け出せなくなるだけだ。
だから、もっと話して欲しい。
「わたしで良ければ聞くよ。もちろん、朝日くんが良ければだけど」
そう言ったはいいけれど、朝日くんの顔に、先程までの明るい笑みが戻ることは無かった。
「ふー」
その代わりに大きなため息を吐いて、目に光を取り戻した。
「ありがとうございます! 優しいんですね、先輩」
知ってましたけど、と笑って、手早く弁当箱をしまった。
「今日は調子が悪いみたいなので、これで失礼しますね。ありがとうございました」
「あ、うん、じゃあね」
そう言ってわたしは手を振った。少し、寂しいなと思ってしまった。
その時だった。
「まーしーろー!」
久しぶりに聞いた、スナタさんの声が耳に飛び込んだ。声がした方向を振り向くと、長く淡い桃色の髪を秋の風にたなびかせて、大きく手を振っていた。小動物のように近くに駆け寄り、ふにゃりと笑う。
「真白もここでご飯食べてたんだね。ここ、お気に入りだったりするの?」
急に会話が始まって戸惑ったわたしは、ほとんど無意識で首を横に振った。
「えっと、朝日くんに誘われて」
「朝日くん?」
そこで初めて朝日くんに気づいたようで、「あっ!」と声を上げた。
「ひなたー! この子って、日向の弟くんじゃない?」
すると、腰を浮かせてわたしに背を向けていた朝日くんは首を痛める勢いで振り向いた。
そしてスナタさんの目線の先を追い、花園さんの姿を見つけたらしく、直線的に突進した。
「姉ちゃん!」
花園さんは避けるでもなく優しく受け止め、そのあと自分の体から朝日くんを離した。その表情はあからさまに嫌そうで、朝日くんはむっと頬をふくらませる。
「なんだよその顔! 久しぶりに会えたのに!」
「家でも会ってる」
「学校で会ったのは久しぶりだろ! それに、帰ってこなかったり部屋から出なかったりして、一緒に暮らしてても会えないことの方が多いじゃんか!」
「……」
「こらあっ! 無視するな!」
花園さんは相変わらずの無表情だけど、雰囲気はとても仲良しで、わたしは二人が姉弟なのだと嫌でも再確認させられた。
22 >>200
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.200 )
- 日時: 2021/07/11 22:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KS1.rBE0)
22
あれ?
わたしはふと、とあることに気がついた。その疑問を問おうと思ったほぼ同時に、スナタさんが質問した。
「日向、朝日くんと一緒に住んでるの?」
確か二人は例の事件がきっかけで、離れて暮らしていたそうな。さっきの話といい寂しげな朝日くんの表情といい、てっきりいまも別の家に住んでいると思ってたんだけど。
「おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったから」
!
な、くなった? じゃあ、二人の家族はもう、二人だけになったんだ。
「あっ、そうなんだ、えと、あの」
「気にしなくていい」
スナタさんが申し訳なさそうに縮んでいるのを、花園さんがなだめた。そう言う花園さんの表情は、少しだけ、ほんの少しだけ、悲しそうだった。
お祖父さんとお祖母さんには、大事にしてもらっていたのかな。
「私の弟である朝日を受け入れてくれる親戚なんていなかったし、それよりもまず朝日が他の家に行くことを拒否したの。これ以上無理をさせるのも嫌だったから」
「だって、あいつら嫌いだもん。姉ちゃんの悪口ばっかり言ってるし」
むすっとしつつも甘えた声で、朝日くんが花園さんに言う。花園さんが朝日くんの頭を撫でた。朝日くんは幸せそうに、にへへ、と笑う。さっきまでの暗い雰囲気が嘘のようだ。
やっぱり、朝日くんの中では、わたしよりも花園さんの方が上なんだな。いや、わかっていたことだけど。朝日くんが花園さんのことを大好きなのは、話している中でもわかる。
でも。
胸が痛い。この気持ちは何? チクチクして気持ち悪い。苦しい。これは、何なの?
わたしは胸に手を当てて、服越しに朝日くんから貰った竜の鱗のペンダントを強く握りしめた。
23 >>201
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.201 )
- 日時: 2021/07/12 15:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KS1.rBE0)
23
「真白、なんだか変な臭いするわよ」
家に着いて唐突に、モナがわたしにそう言った。眉間にしわを寄せて、不快そうに顔をしかめている。
「ええっ?!」
お風呂には毎日ちゃんと入っているし、今日は汗をかくような出来事もなかった。体に臭いがつくことはないはずなのに!
「うん、するニャ。ましろ、なにかあったニャ?」
キドが首を傾げた。その声音は心配そうで、わたしはそのことに違和感を覚えた。
「ごめんなさい、真白。言い方が悪かったわね。私が言った『臭い』は『オーラ』のようなもののことなの。嫌な『気』を真白から感じる。何か変なものが取り憑いているんじゃないかしら?
最近調子が悪いとか、体に異常があったことってない?」
体に異常? うーん。
わたしはしばらく考えた。腕を組んでそれっぽい格好をしながら。
「そういえば、なんだかよく胸がチクチク痛むようになったの。それくらいかな?」
「それってどんなとき?」
「えっと、最近朝日くんとお昼一緒してるって言ったことあるでしょ? 昼休みが終わって朝日くんとさよならするときとか、あと今日、花園さんが屋上に来てね、朝日くんが花園さんにべったりだったの。それを見たときも痛かったかな」
すると、鋭かったモナの眼光がふっと緩み、代わりにキラキラとした光が宿った。そしてそれから、にやにやと笑い始める。
え、なに?
「真白、それって『嫉妬』じゃない?」
「しっとぉぉおおおおおお?!」
自分の口から信じられないくらい大きな声が出て、わたしは思わず口を抑えた。
「どうしたんだい真白。大きな声を出して」
今日は早めに帰ってきていたらしいおばあちゃんが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「なっ、なんでもない!」
わたしは慌てて自分の部屋に駆け込み、ぴしゃんとドアを閉めた。
なのに、部屋にはしれっとモナがいた。さすがモナ。羨ましいくらい動きが早い。
24 >>202
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.202 )
- 日時: 2021/07/12 15:01
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KS1.rBE0)
24
「うん。何かが取り憑いているんじゃないかと思ったけど、どうやら違うようね。真白が『嫉妬』の感情を抱いたのはあまり喜べることではないけれど、これも成長だものね。私は見守るわよ」
「何の話?!」
「え? 好きなんでしょう? 朝日くんのことが」
「ちっ、ちがっ」
わたしは自分の頬が赤くなるのを自覚した。体中が熱い。まるで炎を吹きそうなくらい。
わたしが最近感じていた感情は、『嫉妬』だったの?
わたしは初めて、自分の感情に気づいた。
おそらく、それがきっかけだったのだろう。
『そうじゃよ』
耳元で、声がした。女性のように思う。成人した女性特有の高い声。
わたしはばっと後ろを見た。
誰も、いない?
そこには、部屋の壁に取り付けられた小さな窓と、そこに映る鮮やかな秋色に染まった赤い木々だけだった。
「どうしたの?」
「い、いま、後ろに、誰か」
『後ろになぞおらんよ』
また声がした。今度は耳元ではなく、わたしの体から溢れるように響いた。その瞬間、わたしの胸が激しく痛んだ。
わたしは痛みのあまり声も出ず、痛む箇所辺りにある服をぐしゃりと掴んだ。
そして、しゃがみこむ。
「真白! どうしたの?!」
「い、たい。むねが、いたいの……」
辛うじてそう伝えた。わたしの声はかすれていて、我ながら聞き取り辛いだろうと思うようなものだったけれど、モナは正確に聞き取ってくれたようだ。
「胸が!? 大変、おばあさんを呼んでくるわ!」
霞む視界の中で、モナがドアから飛び出していくのを見た。
行かないで。そう思いはするけれど、声が出ない。手を伸ばそうとするも、実際は右手がピクリと動いただけだった。
ばたんっ!
突然、開けっ放しにされていたドアが閉じた。そこには、誰もいないはずなのに。
『邪魔な奴は消えたな』
その声は、明らかに今までとは違っていた。
初めに聞いた、耳元で囁く声でもない。
体中から響く声でもない。
わたしに襲い掛かるように、後ろから、這い寄るように声が響いていた。
おそるおそる振り向くと、そこには。
小さな箱に無理やり押し込められたような姿勢で佇む、巨大な竜がいた。青く光る黒い鱗がその身を包み、目は恐ろしいほど鋭くギラギラと黒く光っている。
「り、りゅう」
カタカタと震える口から、そう声が漏れた。
『いや、違うぞ。妾は海蛇じゃ。竜なぞと一緒にするでない。彼奴は竜だとそなたに伝えていたようじゃがの』
「あやつ?」
海蛇はわたしの問いに答えず、フンと鼻息を吹いた。
『さて、本題じゃ。人間よ、妾と契約を結べ。妾は『七つの大罪』がひとり、『嫉妬の大罪の悪魔〔レヴィアタン〕』じゃ。光栄に思え。妾に出来ぬことなど数少ない。そなたの願いをなんでも叶えてやろう。その胸の痛みも、すぐに取り除いてやろう』
「なん、でも……?」
その言葉が、わたしにはとても甘美なものに聞こえた。わたしはいままで、ずっと我慢してきた。本当はもっと美味しいものをいっぱい食べたい、綺麗なものを着てみたい、魔法をたくさん使いこなせるようになりたい、魔力が欲しい、足が早くなりたい、剣を扱えるようになりたい、本当の、家族に、会いたい。
『思った通りじゃ。そなたは欲に満ちていながら、発欲に飢えておる。そういった人間は、悪魔との契約に適性があるのじゃ』
レヴィアタンは愉快そうに笑いながら、その口から青い炎を吹き出した。メラメラと揺らぐ炎の中から、一枚の羊皮紙と羽根ペンが落ちる。
『契約書じゃ。一番下にそなたの血を染み込ませた羽根ペンで名を記せ。それで契約は完了する』
「血?」
『ああ、そうじゃ。そなたのような人間は、簡単に血を流す。少し痛いのを我慢するだけじゃ。それだけで妾のような高等な悪魔と契約を結べるのじゃ。なんせ妾は『七つの大罪』の悪魔なのじゃからの」
七つの大罪。確か、モナから聞いたことがある。あまり覚えていないけれど、他の悪魔とは明らかに違う強い力を持つ悪魔だとだけ覚えてる。
そんな悪魔と契約出来れば、わたしは……!
わたしは羽根ペンを手にし、左手の平に先端を当てた。心臓の音が早鐘のように鳴り響き、右手は震える。炎の中から出てきたにも関わらずヒヤリと冷たい金属の感触に、恐怖を覚えた。
「っ!」
わたしは羽ペンを突き刺した。じわじわと滲むような、それでいて一点に集中する痛みに顔をしかめる。
羽ペンの先端が紅色に染まったことを確認し、わたしは契約書にそれを走らせた。書き終えると、殴り書きで潰れた文字が鈍く青く光った。
『契約完了じゃな』
こころなしか楽しそうに響く声が、遠くに聞こえた。
『おい、まだ気絶するでない。胸の痛みは治まったであろう。
説明することがあるのじゃ。まず、普段妾はそなたが持つペンダントに宿っておる。妾の気まぐれが起きぬ限り、心話が可能じゃ。それからそなたはこれ以降、自由に妾の力を使うことが出来る。もちろん限度があるがの。まあそれはおいおい自分で体験するがよい。それから……』
まだ何か言っている。でも、そのほとんどをわたしは聞き取ることが出来なかった。視界もだんだんぼやけてきている。胸の痛みはないけれど、頭がぼうっとしてきた。
わたしは自分でも気付かぬうちに、意識を途絶えさせた。
第二幕【完】
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.203 )
- 日時: 2021/07/14 17:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 1.h02N44)
1
「真白、調子はどう?」
「もー。大丈夫だってば!」
昨日、胸が痛いとうずくまってからというもの、モナはずっとわたしのことを気にしてくれている。すっかり良くなったと何度も言っているのに。
「学校にだって行けるから! じゃあ、行ってきます!」
わたしはほうきにまたがり、地面を強く蹴った。体がぐんぐん空に近づき、木々のてっぺんより少し高いくらいのところで止まる。いつもなら空に投げ出されてすぐに酔ってしまうのに、今日はそれがない。周りの空気全てがわたしを包み、そして支えているような感覚がする。
すごい。安定して飛ぶって、無詠唱で飛ぶって、こんなに気持ちがいいんだ。
下を見ると、モナがびっくりした顔をしていた。こんなふうにほうきに上手に乗れたのなんて、初めてだもん。わたし自身も驚いている。
「ましろがほうきに乗れてるニャ!」
キドが叫んでいたので、わたしは手を振って見せた。こうやって余裕を見せられたのも、初めてかもしれない。
とにかく気持ちいい。森の緑を視界の端に追いやり、空の青だけを仰ぎ見る。肺に送られる空気はやけに軽く感じられ、秋の涼しい風は寒さではなく爽やかさを与える。
それになにより、この体から溢れるばかりの魔力。魂の奥底に感じる『核』のようなものは、確かな『黒い力』を宿している。このことからこの力は悪魔のものなのだと自覚するけれど、それでもいまは、わたしの力だ。これはわたしが、わたしの手で掴み取ったものなのだ。
ふふ、と、自然に笑みが零れ出る。空の空気と体が同化したような錯覚を覚える。この、神が与えた大自然と一体化するような錯覚を覚える。
『なにやら機嫌が良さそうじゃの』
頭の髄から、色気のある大人の女性の声がした。
当然。むしろこれを感じて気持ちよくならない方がおかしいのよ。わたしは正常よ。
『それでよい』
わたしの声につられたのか、それともまったく別の理由か。その響く声が上機嫌だった理由は、わたしはてんで興味がなかった。
2 >>204
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.204 )
- 日時: 2021/07/16 20:39
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EjFgzOZO)
2
「そういえばさ」
「はい?」
いまは昼休み。いつものように朝日くんとお昼を一緒にしている。他愛もない話をする中で、わたしはふと、思い出したことを口にした。
「この世界も、もうすぐで滅ぶんだよね」
それはほとんど独り言のようなものだった。ぽろりと零れたその言葉は、少しの沈黙を生み出す。
けれど朝日くんは無視することなく、言葉を返してくれた。
「そう、ですね。あと二年と少しでしょうか」
悲しそうでも楽しそうでもなく、かと言って虚しそうでも淡々としている訳でもない、不思議な声色で朝日くんは言った。
「秋も終わりかけてるもんね」
そう。つい最近まで心地よかった秋の空気も、 いまでは時折寒気を感じさせる。バケガクを見下ろす『四季の木』も紅葉を散らし、幹はだんだん白銀に染まりつつある。
「でも、不思議。いまこの瞬間も、誰かがうまれてきてるんだよね、きっと。今日生まれても、二年と少ししか生きられないのに」
世界が滅んだあと、わたしたちがどうなっているかなんて誰にもわからない。もしかしたら生き残っているかもしれないし、死んでいるかもしれない。だけど少なくとも、世界が滅ぶような出来事が起これば、大半の赤ん坊は死んでしまうだろう。
「わかりませんよ。教会は勇者を召喚するつもりだそうです。世界は滅ばないかもしれません」
救いに縋るような声とはかけ離れた、先程と同じようになにを思っているのかわからない声音で朝日くんは言う。
「そもそも、いるかもわからない神が定めた『世界の規則』を信じている方が、ボクには理解できません。確かに過去の、Aの時代の文献はほとんど残っていませんが、だからこそ、Aの時代が『滅んだ時代』だなんて証拠はどこにもないですよね?」
「たしかに」
わたしは素直に同意の意を示した。神様なんていない。それはわたしもよくわかっている。本当に世界が滅ぶなんてことすら疑わしい。
でも。
「もし滅んだら、わたしたちはどうなっちゃうんだろうね」
わたしはなにも出来ていない。本当の家族にも会えていないし、なにも手に入れていない。このまま死んでいくのは、あまりに『わたしが可哀想だ』。
3 >>205
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.205 )
- 日時: 2021/07/16 20:39
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EjFgzOZO)
3
「真白さん」
教室に戻ると、花園さんが待ち構えていた。表情は見たことがないほど真剣で、それでいてどことなく焦っているようにも見えた。
え、なに?
「放課後、話したいことがあるの。残れる?」
「な、何を話すんですか?」
こんなこと、いままでなかった。いま起こっていることがなんだか異常に思えて、わたしは思わず竜の鱗のペンダントを握りしめた。
花園さんは顔をしかめて、言った。
「聞きたいことがある」
は? なんで?
わたしの心に、黒い炎が灯った。その炎は体中に広がり、そして蝕む。
話の内容も告げずに、自分の都合だけで勝手に言って。
こんなもの、断ってしまえばいい。
「嫌」
ぶっきらぼうにそう言うと、花園さんは予想だにしない行動をした。
「お願いします」
あろうことかわたしに敬語を使い、そして、その華奢な腰を折ったのだ。教室の端で、笹木野さんが驚愕しているのが見える。そして、慌てて花園さんに駆け寄ってくるのも。その笹木野さんの行動が注目を集め、教室にいた大半の生徒の目が花園さんに、『わたし』に向く。
先程とはまた違った感情が、体の奥から噴き出してくる。熱を持った『核』がじわりじわりと体を温めていく。これは、きっと、
優越感、だ。
笹木野さんとしかまともに話すらしない花園さんが、クラス一の劣等生であるわたしに頭を下げている。そのことがたまらなく……あれ、なんだろう。この感情の名前は、なんだろう。
まあ、いいや。
口元がわたしの意思に関係なく歪む。嬉しくて楽しくてたまらない。いや、違う。この感情はそんなものじゃない。もっと、上の、『何か』。
「わかりました」
今度は打って変わって肯定の言葉を返したわたしを、花園さんは、ほっとしたような雰囲気を纏わせた。
4 >>206
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.206 )
- 日時: 2021/07/17 11:55
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EjFgzOZO)
4
キーンコーンカーンコーン……
一日の終わりを告げるチャイムが鳴った。けれどまだ帰れない。花園さんの話を聞かないといけないから。時間が経つごとに面倒になってきたけれど、一度受け入れてしまったのだから、仕方がない。
花園さんは生徒が教室に残っているうちは話す気がないらしく、時折わたしを見つつ、まだ近寄ってくる様子はない。と同時に、笹木野さんに帰るように言っていた。わたしはてっきり笹木野さんも同席すると思っていたので、ほんの少しだけ意外だった。
教室を最後に出たのは、笹木野さんだった。と言っても、最後の最後まで渋っていた、という訳では無い。自分が帰らなければ花園さんがわたしと話せないということを理解していたようだ。最後まで残っていたのは単に、少しでも長く花園さんと一緒に居たかったからだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、やや駆け足で花園さんがわたしの元へ来た。
「ごめん、待たせて」
またもやわたしは驚いた。
「花園さんって、謝れるんですね」
心の中に留めておこうかとも思ったけど、声に出して伝えた。だって、留める必要なんてないなって思ったから。
「悪いと思えば、謝る」
「悪いって思えるんですね。わたし、そんなこと花園さんは出来ないんだと思ってました」
「……そう」
イラッとした。
なんで腹を立てないの? わたし、結構失礼なこと言ったよね?
花園さんはピクリとも表情を動かさない。顔の筋肉が動いていないのだ。
「先生は、三十分ほどしたら戻ってくる。その間、話す」
「あの!」
わたしは腹立たしい気分をそのままに、花園さんに言った。
「わかりにくいので、もっと『普通』に話してくれませんか?」
その言葉を受けた花園さんは、少しばかり目を大きくした。しかしそれをすぐに別の感情で覆った。多分その感情は、『呆れ』、だと思う。
なんで?
5 >>207
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.207 )
- 日時: 2021/07/17 21:41
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: dpACesQW)
5
「わかった」
花園さんはあっさり頷いた。近くの席に腰掛けて、わたしにもどこかに座るように言った。
「聞きたいことは二つ。真白さんの契約精霊のことと、ペンダントのこと」
「えっ」
思わず声が漏れた。
ナギーがいなくなったことを知っているの? わたしがペンダントを持っていることを知っているの? どうして?
「多分真白さんは両方とも誰にも話していないんだと思う。そんなことを私が知っていることを不気味に思うだろうから、そこも説明しながら、一つずつ質問する。それと、ちゃんと見返りも用意する。ただで聞こうとは思っていない」
花園さんは本当に言葉遣いに気を使ってくれたようで、普段よりかは聞き取りやすい話し方をしてくれた。
「一つ目、真白さんの契約精霊のこと。私は【精眼】っていう、精霊そのものを見たり、誰が誰と契約しているのか分かったりする『スキル』を持っているの。最近真白さんが契約精霊を連れていないから、どうしたのかなと思って。一応、確認しておきたいだけだから、言いたくなければそれでも構わない」
なにそれ。【精眼】?
わたしは、そんなの、持ってない。なにそれ、なにそれ。
精霊は神聖にして神秘の存在。自らがその姿を見せない限り目に写すことが出来ない不思議な存在。わたしはそう思っている。なのに花園さんの目には、そう映ってはいないということ? わたしとは違う、特別な力を持っているの?
「……ナギーは、ずっと前から行方不明なんです。具体的にいつ頃から、っていうのは覚えていません。でも、こういうことは前からあって、心配ないです」
少し言葉がおかしかったかもしれない。でも、他のことに頭がいっぱいで、上手く言葉を選べなかった。
花園さんは僅かに考え込むような仕草を見せたけれど、すぐにわたしに次の質問を投げかけた。
「二つ目、ペンダントのこと。こっちは随分前から気になっていた。その中に、悪魔が宿ってる。おそらく、『七つの大罪』の悪魔」
心臓が、ドクンと脈打った。色んな疑問が頭の中をグルグルと巡る。どうして悪魔が宿っているだなんてわかるの? どうしてその悪魔が『七つの大罪』の一人だなんてわかるの? それを知ってどうするの? 何がしたいの?
「出来ることなら、今から言うことは他人に言わないで欲しい。
私は、物に宿る『気』を感覚的に捉えることが出来る。これはスキルと言うよりかは、本能。言葉による説明は難しいけれど、とにかく、ある程度ならそういうものがわかる。だから、今回の場合も分かった。真白さんの持つペンダントには、濃い『黒』がこもっていた」
ああ、もうわからない。なんなの? 花園さんはわたしと同じ劣等生じゃなかったの? 濃い黒がこもってるって何?
吐き気が込み上げてくるくらい、気持ちの悪い感情が、頭も心も支配した。
『人間よ、落ち着くのじゃ』
6 >>208
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.208 )
- 日時: 2021/07/18 21:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: f3ScG69M)
6
レヴィアタンの声が響いた。花園さんには聞こえていないようだから、これは心話か。
『此奴がなにかを隠しているのは其方も分かっていたことじゃろうて。今更その事に心を動かされているようではこの先が思いやられる』
その声に呼応するように、ペンダントが熱くなった。実際に触れていたわけではなかったけれど、その熱さは体中に広がって、わたしを覆った。
もちろんそれは錯覚だ。けれどわたしには明らかな変化があった。心がとても落ち着いている。冷静になったとでも言おうか。先程までのような気持ちの悪い感情はどこへやら。綺麗に消え去っていた。
『それに、考えてもみろ。さっき此奴は、自身の言葉を他人に漏らすなと言ったであろう? つまりそれは、他人に知られると困るということ。其方は一つ、此奴の弱味を握ったことになるのじゃ』
言われてみればそうだ。わたしはその言葉に直ぐに納得し、すっかり精神状態が元に戻った。
「単刀直入に聞く。そのペンダント、誰からもらった?」
「どうして知りたいんですか?」
別に、質問に答えるばかりでいる必要は無い。わたしから質問してもいいはずだ。
花園さんは苦い顔をした。すぐに答えようとしたのか口を開いて、けれどそれを閉じ、どう言おうかと思案しているようだった。それはいかにも人間らしい仕草で、わたしは意外に思った。
花園さんも、こんな風に迷うんだ。案外、人間らしいところもあるんだな。
「朝日に何かあると、嫌だから。最近真白さんと一緒にいるところをよく見かける」
つまり、朝日くんが悪魔に関わっていると? 確かにレヴィアタンは朝日くんがくれた竜の鱗のペンダントに宿っているけれど、それとこれは別だ。
「このペンダントは朝日くんからもらいました。でも、悪魔と朝日くんは無関係です」
花園さんの家は悪魔祓いの家系じゃなかったの? そんな家の人が悪魔と関わるわけないじゃない。
悪魔と契約を結んでいるのはわたしであって、朝日くんじゃない。
「朝日くん『は』ってことは、真白さんには関係あるの?
ペンダント、見せてもらうことって出来る?」
「嫌です。大事なものなので」
「……そう」
花園さんはあまり落ち込んだ様子はなかった。そもそも期待してなかったようだ。
つまんないの。
7 >>209
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.209 )
- 日時: 2021/07/19 21:11
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 5NmcvsDT)
7
「ありがとう。助かった。色々わかった」
え、この会話でわかったことなんてあるの?
『知らない、分からない、教えない。そういったことすら『情報』になるのじゃ。他者に情報を与えたくなければ、黙秘するのが最善なのじゃよ』
ああ、なるほど。何となくわかった。……花園さんがどんな結論を導き出したのかまではわからないけど。
「あと、これはついでだから、教えて貰えなくても構わないんだけど」
少し迷ったように、花園さんが言った。
「朝日、真白さんといる時、どんな顔してる?」
わたしの体が強ばった。
まただ。また、姉ヅラしてる。八年間も朝日くんを放置して、朝日くんから両親を奪って、寂しい思いをさせて。どうしてそんな人が、朝日くんに好かれているの? 慕われているの?
あれ、『両親を奪って』? 『白眼の親殺し』は、違うんじゃなかったの?
わからない。わからない。
壊したい。何もかも、全部。
『壊せば良いじゃろ。何を迷っておるのじゃ』
レヴィアタンの声が、絡みつくように響いた。耳元での『悪魔の囁き』が、優しくわたしを包み込む。
『お主は妾の力を持っているのじゃ。あんなちっぽけな人間一人、どうってことない。本能のまま、欲望のまま、壊してしまえ』
そうか。わたしにはこの人がついているんだ。
どろりとした感情が、魂の底から湧き上がるのを感じた。じわりとペンダントが熱を持ち、小さく炎が点った。
「真白さん?」
花園さんは首を傾げ、それから目を見開いた。そして、チッと舌打ちをする。
「やっぱり、だめだったか」
ポツリと呟いた声はあまりにも小さくて、わたしの耳はその言葉を拾うことが出来なかった。
8 >>210
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.210 )
- 日時: 2021/07/19 21:12
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 5NmcvsDT)
8
『……』
わたしの口から、何か、言葉が漏れた。それはわたしの言葉でありわたしの言葉ではなかった。わたし自身も聞き取れず、そして理解できない言葉。
それはどうやら呪文だったようで、唱え終えると同時に三本の巨大な水柱が教室を貫いた。
どごおんっ!
轟音が学園中に響き渡り、壁に、床に、亀裂が走る。机という机が、椅子という椅子がひっくり返り、いくつかが木っ端微塵に砕けて散った。水柱は下から上の流れをなぞるだけで、水が教室を包むことはなかった。
花園さんは器用に亀裂を避け、しかし逃げることはせず、わたしの目の前に留まっている。何をしているんだろうと思ったけれど、どうでもよかった。
「これ、わたしがやったの……?」
呆然と呟いた。自然に自分の口が弧を描くのを感じる。ここは階層で言えば三階で、わたしは三階分の長さに及び、一枚の床と三枚の天井をぶち抜く威力を持った水柱を出現させたのだ。いや、もしかすると水柱はさらに上空に伸びているかもしれない。わたしの横を流れる水柱はおよそ直径五十センチ。勢いを衰えさせることを知らず、なおその存在感を強めて主張する。
こんなに強力な魔法を放ったのは、初めてのことだ。これだけ魔力を使っているのに、目眩なんかの魔力切れを起こす予兆はない。
『当然じゃ。妾の魔力を使っているのじゃからの』
「わたしの力だ、わたしの!!」
「なんの騒ぎだ!??」
四十路辺りの見た目をした男の先生が入ってきた。えっと、誰だっけ。
ああ、フォード先生だ。今年入ってきたばかりなのに妙にプライドが高くて、嫌いなんだよね。
「これは、どういうことだ?」
わたしの水柱を見て唖然と見上げるその表情は滑稽で、わたしは遠慮なく笑いだした。
「あっはははは!!!」
フォード先生はわたしと花園さんを交互に見た。
「花園! やめろ!」
あれ? 花園さんがやったと思ってるの? なんで?
わたしにはこんなの、出来ないと思ってるんだ。花園さんよりも下だって思ってるんだ。へえ。
わたしは右の手のひらをフォード先生に向ける。
『……』
また、あの訳の分からない呪文を唱えると、 今度は水柱から大量の水しぶきがとんだ。それらは真っ直ぐにフォード先生に向かっていき、無数の傷を作る。
フォード先生は慌てて教室から出て壁に隠れるが、水しぶきは壁なんか余裕で貫通する。わたしはその攻撃を続けながら大きな水の矢を十本作り出し、フォード先生がいるであろう場所に、壁越しに当てずっぽうで打ち込んだ。壁は粉々に崩れ落ち、廊下が剥き出しになった。
9 >>211
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.211 )
- 日時: 2021/07/20 20:55
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: CWUfn4LZ)
9
舞ってしまった砂埃が晴れると、そこにはただ石の瓦礫が積まれているだけだった。しばらく待っても生き物が動く気配はなく、私は首を傾げた。
「いやはや、どうも、やってくれたねえ」
そう声が聞こえた『あと』に、その人は姿を現した。腰まで届く艶のある黒髪を耳にかけ、つり上がった目は「困ったなあ」とばかりに笑みを浮かべている。その美貌と女性にしては珍しいパンツスタイルが特徴的なその人は、呆れた表情で花園さんを見た。
いつもの眼鏡は、今日はつけていないらしい。
「これ、どういう状況なのかな?」
「……」
花園さんはあからさまに目を逸らした。僅かな沈黙が流れた後に、渋々といった調子で答える。
「真白さんが、レヴィアタンと契約した」
「そのようだね」
「わかってたなら聞かないで」
「言質は大事なんだよ」
至って静かに言い合いをする二人は、完全に私のことを無視していた。そのことがなんだか私を苛立たせる。
私は鋭い息を吐いて、女性──学園長の周りに青い炎を撒き散らした。
「ん?」
学園長は顔に疑問符を浮かべていたが、特に何かをしようという気配はない。それに私は違和感を覚えたが、壊してしまえば全て同じだということに気づき、無視した。そしてそのまま、他の三本と同じように巨大な水柱を地下から吹き出させ、炎で囲った部分を学園長ごと貫いた。
爆音が轟き、床の一部がガラガラと音をたてて崩れた。
「ふむ、まだ力を使いこなせている訳では無いみたいだね?」
水柱に呑まれたはずの学園長の声が、私の隣で聞こえた。隣と言ってもすぐ近くではなく、数メートルは離れた距離から聞こえる声だった。
声の聞こえた先を見ると、学園長は花園さんに話し掛けていた。
「私の【転移魔法】で校内の生徒及び教職員は寮内に居た者も含めて全員、森の向こうの広場に飛ばしてあるから、思う存分暴れてくれ」
花園さんは無言で学園長を睨んでいたが、すぐにそれを崩した。
「具体的な指示をして」
「真白君を捕らえてこちらに引き渡して、あと学園を修復して欲しい。この水柱はここ以外にも学園中に出現しているんだよ」
え、そうなの?
嫌そうな顔をしている花園さんに向けて、学園長はさらに追い打ちをかけた。
「嫌とは言わせないよ。私はただ魔力量が桁外れに多いだけの【基礎魔法】しか使えない大した実力もない魔法使いで、しかも君には貸しがあるんだから」
貸し?
10 >>212
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.212 )
- 日時: 2021/07/21 23:57
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: zvgOH9ns)
10
「わかった」
花園さんは頷き、私に顔を向けた。相変わらずその表情は淡々としていて、何を思っているのかわからない。
「真白さん」
だけど、その声は震えていた。感情は読み取れないけれど、何かを思っていることは確かだ。
おそらく、嘲笑といったところか。
「なに?」
「一応、言う。降参してほしい」
は、なんで?
降参、何に降参しろって言ってるの? まだ何もしていないのに。
『無視しておけ。どうせ彼奴は其方に敵わんのじゃから』
うん、そうだよね。返事すらする意味が無い。
『……』
私は空気中の水分を凝縮して水滴に変え、それを一気にまた水分へと変換した。急激に体積が膨張したため、凄まじい速度の風圧が花園さんを襲う。また、風圧によって机や椅子がさらに分解され、そして消し飛ぶ。
花園さんは悲しそうに目を伏せた。どうしてそんな顔をするの?
そんなことを考えていたから、私の魔法が消されたことに気づくのが少し遅れた。何の『波』の揺れもなく、ただ静かに、私の魔法と同じ分の魔力を込めた風魔法で相殺されていた。
そういえば、花園さんが仮契約を結んだ精霊って風属性だったっけ。
私は一学期に行われた授業を思い出していた。
契約精霊と契約主の魔法適性は、同じであるか、契約精霊の魔法が契約主の魔法を支える属性関係(契約主が火であれば、契約精霊は土)であることが多い。それ以外にも二パターンはあるけれど、そうなる場合は限りなく少ない。
まあ、とりあえず、魔法が消されるのは想定内だ。
私は用意していた別の魔法を畳み掛けるようにして放った。
『……』
私は空中に水球を浮かべた。その大きさは私の体の四分の三程度の大きなもの。それが二つ。私は水球を打ち込み、さらに上から大量の水を花園さんに被せた。被せたと言っても威力は言葉のようにかわいいものではなく、およそ一トンの水圧をかけている。
ガシャアアアン!!
今度は壁に穴が空いた。見ると、隣の教室にも水柱が立っており、中は荒れに荒れていた。
でも、まだ足りない。おそらくまだ立ち上がってくる。いや、『立ったままでいる』。
壊せ、壊せ。
私は戦いたいんじゃない。壊したいんだ。
「水よ」
私の口が紡いだ呪文は、さっきまで使っていた聞き取ることも出来ない不思議な呪文ではなく、私が慣れ親しんだ呪文だった。
「全てを呑み込み、そして破壊せよ。邪魔者は──消してしまえ!!」
11 >>213
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.213 )
- 日時: 2021/07/22 11:48
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EqqRo75U)
11
ごごごっと地鳴りが重く響いた。私達がいた第三館が瞬く間にぼろぼろと、まるで砂のように崩れた。
時間が、やけに遅く感じた。周りが、やけに遅く見えた。音が、聞こえなくなった。
体を支える床が無くなったことで、私達は宙に投げ出された。床の崩壊から、遅れて私達も落下を始める。
ペンダントが青く光って、周囲に溢れた。私の視界を全て覆ったよりも少し大きく広がったあと、次はその光はどんどん形を帯びていき、光が凝縮されていった。あまりにも強い光に私は目を閉じた。
『まだお主は戦い慣れておらんな。戦闘とは、後先のことを常に考えるものじゃぞ?』
レヴィアタンの声が聞こえた。それは心話で聞こえるような頭に響く声ではなく、初めてあったあの日のような、体を包み込むように響く声だった。
ゆっくりゆっくり目を開けると、私はレヴィアタンの体の上に座っていた。いや、体と言うよりも頭かな?
レヴィアタンは私を頭に乗せて、さらに空高く舞い上がった。
えっ、空を飛べるの? 海蛇なのに?!
『今更何を言うておるのじゃ。確かに妾は海蛇じゃが、それ以前に大悪魔なのじゃぞ? 空を飛ぶくらい造作もないことよ』
レヴィアタンの体はやはり巨大で、それどころか私が部屋で見た時よりも大きくなっている。あの時は部屋にぎゅうぎゅうに押し込められつつもなんとか収まっていたが、いまは学園の上空全域に渡って覆っているように見える。バケガクは世界中を見ても五本の指に入ると言われるほど広大な面積を誇る学校なのに。
これが本当の姿なのかな?
『そんなことはどうでもよい。それより、ほれ見よ。其方の魔法が完成しつつあるぞ』
私は第三館があった辺りを見下ろした。レヴィアタンはゆっくりではあるがぐるぐると移動していて、そして第三館は跡形もなく壊れていたので花園さんを見つけるのに手間取った。
「あ、いた!」
手間取った、けれど、見つけてしまえば簡単だった。『それ』に気づかなかっただけなのだ。
私の魔法はそれはそれは派手なものだった。
第三館を貫いていた十数本の水柱が捻れに捻れ、一本の図太い、まるで大きな木の幹のようになっていた。その中心部に花園さんが取り込まれている。表情までは見えない。流石にね。ものすごく遠いから。
一つになった水柱はどんどん膨れ上がり、次第に極大の水球となった。建物四階分程の大きさで、それは延々と渦を巻いている。そしてその水球の周りを、黒い炎のようなものが取り巻いている。あれは、なんだろう?
『其方の嫉妬の念が具現化されたものじゃ。妾と契約を結んだ場合、嫉妬の念は魔力の質を底上げする。何が思い当たるのではないか?』
12 >>214
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.214 )
- 日時: 2021/07/22 21:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)
12
思い当たるところは、ある。
私が今使った魔法は、【水応用空間魔法・害物排除】。随分と前に笹木野さんが使った上級魔法だ。
笹木野さんはたくさんの才能を持っているのに、私には何も無い。そのことがどうしても理不尽に感じてしまえて、あれを見たとき、どうしようもない怒りがわいてきた。
だけど。
私が放ったあの魔法は、あの時見た笹木野さんのものよりも二周りほど大きい。
大丈夫、負けてない。
それにしても、どうして花園さんは反撃してこないんだろう? もしかして、『出来ない』のかな?
それもそうか。ただの人間が水の中に閉じ込められれば息も出来ないし、体の自由も効かない。
じゃあ、もういいか。次はどうしようかな? 何を壊そう。
「えっ、うわああっ!!」
ぼうっとしていたら、レヴィアタンが急に動いた。その巨体からは想像つかないほどの速さで。私は慌てて頑丈なレヴィアタンの鱗を掴んだ。目で終えないスピードでどんどん変わっていく視界に酔いそうになりながら、なんとかレヴィアタンに声を掛ける。
「ど、どうしたの?!」
『其方はもう少し殺気に気づけるようになるのじゃ!』
レヴィアタンは、今までに聞いた事のないような焦った声で言った。
殺気?
『後ろを見よ!』
後ろ?
私は振り向いて、レヴィアタンが言っていた殺気の源を探した。殺気ってことは、何か生き物がいるってことだよね?
「えっ……」
視界が真っ黒に染まった。『何か』の影だ。『何か』、殺気の根源が、私の目の前にいる。
コウモリのような羽を大きく広げ、青い瞳の瞳孔は猫のように細く、血走った目で私を睨んでいる。大きく右手を振りかぶり、その手には鉄球のついた鎖を握っていた。
「ひっ!」
背骨が氷のように冷たくなった。いや、違う。氷よりももっと冷たい。感じたことの無いような寒気がするのに、心臓はうるさいくらいに血の巡りを速めている。
殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
その言葉で頭の中が塗りつぶされた。
13 >>215
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.215 )
- 日時: 2021/12/22 20:06
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 7xmoQBau)
13
何かしないと、殺される。えっと、えっと。
『…………!!』
私はまたあの不思議な呪文を唱えた。でも、何も変化がない。
どうして?!
その人は鉄球を叩きつけた。自分よりも少し大きい、光を反射しない重い黒色の鉄球を風船でも扱うかのように軽々と操る。
ぶおんっ
風を斬る音がした。
けれど、それだけだった。それは私に何の危害も与えることは無かった。
私の目の前で、空気は波紋を描いていた。空中に停止した鉄球を中心に、まるで池に石を投げ込んだ時に出来るような、『水面に起こるような波』が揺れていた。
なに、これ。
「チッ」
その人は舌打ちをして、鎖から手を離した。すると鎖は霧散し、空気の揺れも収まった。
「なあ、真白さん」
その人は髪をかきあげた。曇った空の隙間から顔を出した太陽の光に反射し、水色の髪が綺麗に光る。
「お前、殺されても文句言うなよ」
私は、初めて見た。その人──笹木野さんの、本気で怒った表情を。ダンジョンで剣士さん達に怒った時よりも怒ってる。びりびりとした、それでいて静かな熱い空気が伝わる。
……いいな。花園さんには、怒ってくれる人がいるんだもの。羨ましい。
『人間よ、一度降りるぞ。空中戦は不利じゃ。妾はひとまずペンダントに戻る。着地は先程の【吸収】でどうにかせよ!』
【吸収】って、さっきの波紋のこと?
そう質問する暇もなく、私は宙に置いてけぼりにされた。ほんの一瞬前まで学園の上空に悠々と浮いていたレヴィアタンの巨体は消え失せ、代わりにちっぽけな私一人が残された。
「ひゃあああああああああっ!!」
今度こそ落下する。しかも、いまは第三館が崩壊した時よりも高い位置にいる。このまま地面に叩きつけられたら骨も残らない。粉々に砕けちゃう!
笹木野さんは私を追ってきた。空気を蹴るような勢いで私に近づき、そして、魔法を放った。
『【黒雨】』
どろりと血が垂れるような声がぬるりと重く響いた。
無数の十字架が出現し、私に向かって降ってきた。十字架の大きさはまばらで統一感がない。私の全長と同じくらいのものもあれば、針のように小さなものまである。
それらが一斉に降り注ぐ。光を吸い込むような闇色の雨。
『……!』
私はまた呪文を唱えた。着地のことも考えないといけないし、なにより、着地するまでに自分の命があるのかどうかも分からない。
カタカタと歯が揺れて、音がする。体が震える。ちゃんと呪文を唱えられているのかどうかも分からない。
14 >>216
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.216 )
- 日時: 2021/07/23 22:48
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8S3KaQGB)
14
私の目の前に大量の円が広がった。十字架の先端を中心とした円が、無数に、広範囲に出現する。そしてその円はどんどん増えていく。やがて目の前は静止した十字架に埋め尽くされ、真っ黒に塗り潰される。
私は【吸収】を行った状態を保ち、落下を続けた。
十字架はこれで大丈夫。よかった。〔邪神の子〕と呼ばれている笹木野さんでも、悪魔の力には適わないんだ。よかった。
……。
ちょっと待って、〔邪神の子〕?
私はたった今自分が思い浮かべた言葉に、引っ掛かりを覚えた。
〔邪神の子〕。そんな大層な異名は、そう簡単には付けられない。風の噂で蔑称として呼ばれているということは聞いたことがあるけれど、それでも笹木野さんが桁外れな才能を持っているから、という理由も大きいはずだ。
そしてある地域では、悪魔も鬼も同列に考えられているんだとか。
笹木野さんは吸血鬼の家系。吸血鬼とは、血を吸う〈鬼〉だ。さらに笹木野さんは、その吸血鬼の一族から見ても飛び抜けて優秀。
ということはつまり。
この魔法に対抗する術を、持っている可能性がある。
『そうじゃな、否定は出来ん。そもそもとして魔法とは力こそすべてという概念が根本にある。相性の悪い属性持ち同士が戦っても、その相性の悪さを覆せるほどの力を持っていれば勝利出来るのじゃ』
レヴィアタンの言葉は、私に届いていなかった。
何かを言っている。
それだけを、ようやく理解することが出来た。
恐怖が少しずつ心に積もっていった。
いや、大丈夫だ。だって笹木野さんはただの吸血鬼。対してこっちは大罪を司る大悪魔。いくら吸血鬼五大勢力の一つの家系の血が流れているからって、その差は大したことではない。私を脅かす程のものでは無い。
私の恐怖心が招いたのか、本当に笹木野さんの力が絶大だったのか、それともその両方か、私はわからなかった。
けれど、起こったことは事実だ。
『…………』
笹木野さんが呪文を唱えた。それは聞き取れないものであったにもかかわらず、私が使ったものとは別物であるということが本能的にわかったけれど、同時に、私が使ったものと『よく似ている呪文』であるということも、本能的にわかった。
十字架の先端を中心に描かれていた波紋がおさまり、十字架がカチカチと震え始めた。そしてその震えは次第に大きくなり、そして、
宙に、ヒビが入った。
15 >>217
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.217 )
- 日時: 2021/07/24 11:57
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JMwG2Hoo)
15
ガシャアン!!
大きな音が辺りにばらまかれ、粉々に砕けた宙の破片は霧散する。
遮るものが何も無くなった十字架は、今度こそ私を貫くために私に向かってきた。
『……!』
呪文を叫ぶけれど、何回も何回も宙の破片が散らばるだけで、もう【吸収】が起こることは無かった。
直線的に、音もなく、巨大な十字架が、私を貫いた。
場所は腹部。もちろん、血が噴き出した。飛び散った自分の血は足や顔といった端の方まで到達するほどの勢いを持っている。噴き出した血のほとんどは、お腹から背中から、どろりと地上に落ちていく。
十字架は、今も降り続け、私の体に穴を開ける。
体に刺さっている部分の十字架から、無数の棘が出てくるのがわかった。それらは肉を刺して血管に潜り込み、血管の中を走る。
喉が燃えるように熱くなり、ゴポゴポと音をたてて血が逆流してきた。血管が破裂したらしい。不快な鉄の味が口の中に溢れ返り、そしてこぼれる。気管にも入り込んでしまったようで、私は咳き込んだ。
「げほっ、げほっ、うぁ……」
不思議と痛みは感じなかった。代わりに、何も感じなかった。体に触れる空気の感触も、空気を切る音も。心做しか、視界も霞んで見えてきた。ただ一つ、じくじくとした感覚が身体中に広がっていた。もしかして、これが『痛み』なのかな。
私、死ぬのかな?
これだけ血を流せば、人は死ぬよね。悪魔と契約したとはいえ、私自身はただの人間なんだから。
やっと、楽になれるのだろうか。誰にも愛されず、必要とされず、何も得られなくて、最後には悪魔とも契約してしまったこんな人生が、やっと終わるのだろうか。いや、楽にはなれないだろうな。私はきっと、地獄に堕ちる。
『何を言うておるのじゃ。其方は死なんぞ?』
え?
『そうじゃな、簡単に言えば、其方は悪魔になったんじゃよ。妾と契約したことによってな。厳密には違うがの。
悪魔とて死んだり消滅したりすることはある。しかし妾のような大悪魔になれば話は別じゃ。死してなお、妾達は蘇る。喜べ人間よ。其方は恐れるべき『死』というものをもう二度と恐れる必要が無いのじゃ。
まあ、痛みはするし動けなくなることはあるがの。じゃがそれも些細なことじゃ』
え?
じゃあ、私はもう、『死ねない』の?
何も手に入れられない私には、『死ぬ』しか残っていなかったのに。悪魔と契約しても、笹木野さんに負けているのに。
…………。
もう、どうでもいいや。もう、どうにでもなれ。
私は全てを諦めて、そっと目を閉じた。
16 >>218
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.218 )
- 日時: 2021/07/24 23:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JMwG2Hoo)
16
『白よ、慈愛を。大罪を犯した罪人に、慈悲の雨を』
凛とした女性らしい声が、静かに聞こえた。その瞬間、辺りが真っ白になった。十字架は、全てその『白』に溶けるように消える。笹木野さんが、驚いたように目を見開いていた。
血管を巡っていた棘も消えて、ふっと心が軽くなった。
空も大地も真っ白になり、学園の姿も見えない。全く別の世界に来たのかと思ったけど、体は落下を続けている。どういうことなんだろう?
『宙を水とし浮の力。命を留める優しき手としてかの者を抱きとめよ』
ワタシは、かなり地面に近づいていたと思う。今は消えちゃったけど、さっきまで学園の壁や窓なんかが見えていたし。だから、もうじき地面に衝突するんだと思っていた。のに。
体の落下は、ふわりと緩んだ。まるで大きな手に支えられ、そして抱かれているような暖かな感覚がして、とても心が安らいだ。
そして、誰かの腕の中へ。
……だれ?
花園さんかなと思ったけど、違うみたい。だって、髪の色も瞳の色も全然違う。両方とも、周りと同じ真っ白だ。それになにより、ワタシは花園さんに向けて殺傷性の高い魔法を放った。だからこそ、笹木野さんはあれほどまでに怒ったのだ。
いや、違う。これは多分、銀色だ。その人は、月のように冷たい、それでいて優しい光を宿した目をワタシに向けている。何故だかお母さんに守られているような安心感を抱き、強ばっていたワタシの体からは、いつの間にか力が抜けていた。お母さんなんて、知らないのに。
さっきまでとは全然違う意味合いで、意識が朦朧としてきた。心の中にあった黒いモヤモヤが消えてなくなって、すごく気持ちが楽だ。
このまま眠ってしまえれば、どれだけ幸せなことだろう。
このまま死ねたなら……
…………。
17 >>219
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.219 )
- 日時: 2021/07/25 11:45
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JMwG2Hoo)
17
口が上手く回らない。けれど、ワタシは言った。
「ど、うし、て、泣いて、る、の?」
女性は、白色の肌に光の筋を浮かべていた。そして、ワタシのことを抱きしめる。
女性の体は冷たかったけど、ワタシの心はぽかぽかした。
「ごめんなさい」
震える声で、女性が言った。
どうして謝るの?
「私達の争いに巻き込んでしまって、ごめんなさい」
あらそい?
「貴女である必要はなかったのに。貴女は平穏に生きられたはずだったのに」
息を殺して、それでも漏れてしまう女性の泣き声を、ワタシは近くで聞いていた。
「過ちを犯しているということはわかっているの。私は道を間違えた。貴女たちのことを愛せなくなってしまった。治そうと思えば思うほどに虚無感ばかりが増してしまうの。そして私は『また』、私のせいで人が不幸になってしまう」
ごめんなさい、と、何度も何度も絞り出す。苦しそうで辛そうで、ワタシは聞いていたくなかった。
「大丈夫、ですよ」
何が大丈夫なのか、ワタシ自身にもよくわからない。けれど、泣き止んで欲しかった。
女性はワタシから体を離した。けれどワタシを抱いた姿勢はそのままに。女性は膝をつき、地面に座り込んだ。それから、右手をワタシの左頬に当てる。
「真白」
くしゃくしゃに涙に歪んだ顔をして、女性は言った。
「生きててくれて、ありがとう」
その言葉を聞いて、ワタシまで涙を流してしまった。
「えっ」
女性のように綺麗には泣けない。ワタシは顔を涙に塗れさせてぐちゃぐちゃに泣いた。
「こんな世界に生まれても、いままでを生きててくれてありがとう。そして、ごめんなさい。私は『また』犠牲者を出してしまった。許してなんて言わないわ。でも、謝らせて欲しい」
ふわりと冷たい女性の手が、そっとワタシの涙を拭う。
「ワ、タシ、生きてて、よかった、の?」
何も無い、空っぽの人生を生きてきた。おばあちゃんもモナもキドも居たけど、仮染めの幸せだとしか感じたことがなかった。本物の『幸せ』を感じたことがなかった。
本当の家族にも会えなくて、誰かに愛されていたとしても、愛を感じられなくて、誰を恨んだらいいのかわからなくて。
「もちろん。私は愛なんてわからないけれど、それでも私は、貴女が生きてきてくれて嬉しい」
女性は言葉を続ける。
「せめてもの償いとして、貴女の最期に安らぎを与えます」
『お や す み な さ い』
その声を最後に、ワタシの耳には何も聞こえなくなった。目の前が白い光で満ち溢れ、次第に身体中の感覚が薄れていく。体がふわふわと浮かぶような錯覚を覚え、
そして『わたし』は……
その時に、死んだんだ。
18 >>220
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.220 )
- 日時: 2021/07/26 00:12
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: aOp/uujw)
18
「死んだのか?」
「うん……意思は」
「そっか」
「…………」
「ごめん、おれもカッとなって」
「リュウは悪くない。そもそも、真白はあの時点でもう取り返しのつかないところまで来ていたから」
「……そう、だな。そうだよな」
「うん」
気持ちが悪い。何故いつまでも他人の腕の中に居続けなければならぬのか。
いや、待てよ。今なら此奴に不意打ちをかけられるのではないだろうか。先程から見ている限り、此奴は暇つぶしにちょうどいい相手に思える。
妾は白銀の少女の腕を掴み、【吸収】により蓄積していたこれまでのダメージを少女の体に送り込んだ。腕がぼんやりと青い炎に包まれ、そして燃え盛り体全てを覆い尽くす。
「お前っ!」
吸血鬼が叫んだが、妾は構わず白銀の少女から、飛び上がって距離をとった。どうせあの程度で死にはせん。少しでもダメージを負わせられればそれで良い。
幸い、地面のようなもの、足をつけられる部分はあったようだ。吸血鬼はその羽で浮いているようだし、この空間は白銀の少女の【支配下】にあるから、もしかすれば無限の底へ落ちてしまうかと思ったが。その時は本来の姿に戻れば良いと思うとったが、その必要はなさそうじゃ。
しかしやはり、この真っ白な空間は変じゃ。地面はあるし足が地に着けば摩擦も起こる。じゃが、摩擦による音は鳴らなかった。
まずはこの空間から出る方法を考えねばならんな。
「ふうむ……」
妾は数秒考えた後、無詠唱魔法により体を浮かせた。地面と宙の区別がつかないほど視界のどこも白いこの場所で足をつけているのは、なんとなく落ち着かない。
と、魔法を使ったところで気がついた。
魔法が、使いにくい?
魔法を発動するときの魔力量に大差はない。ただ、魔法から発される『波』に奇妙な『ノイズ』が混ざっている。まるで妾の魔法から出てくる波とはまた別の波が混ざり合い、不協和音を奏でているような不愉快なノイズじゃ。
忌々しい。一般的な魔法妨害の魔法は、大抵は消費魔力を増やすことで打ち破れると言うのに。
まあ、つまりこの少女が『こんな魔法を使うことが出来る』という情報が得られたということじゃ。お陰で確証が持てたのじゃから、ひとまずそれでよしとしよう。
19 >>221
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.221 )
- 日時: 2021/08/01 11:33
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: NGqJzUpF)
19
青い炎は静かに消えた。白銀の少女は平然とした表情を保ち、それを見る限り、ダメージを負ったようには感じない。
なるほどな。白銀の少女はダメージを分解したようじゃ。そんなことも出来るのじゃな、面白い。
「む?」
白銀の少女がキラキラとした光に包まれた。そして『白』が溶けるようにして剥がれていき、元の金髪が顕になる。肌もやや黄色味を帯び、神々しささえ感じさせていた容姿が、一気に人間らしくなった。
ただし、肌には黒いモヤが絡みついておった。それは先程『器の主』が放った【害物排除】にまとわりついていたものとよく似ている。
この白い空間も、みるみるうちに溶けて消えていった。妾が自ら壊さずとも、少女に限界がきたようじゃ。
次第に雲一つ浮かばない青い空が表れた。今にも雨が降りそうだった曇り空がカラリとした快晴になっているのは、この少女の力か、それともただ単に時間が経っただけなのか。
もはや瓦礫と化した建物には、もう水柱は立っていなかった。解除したつもりはなかったが、先程の空間に取り込まれた時点で外部との接続が強制的に絶たれていたのだろうと仮設すれば納得出来る。
ただし空気は湿っておった。これならば、まだこの場所は妾に味方しておる。
「ちょうどいい玩具じゃの。暇潰ししてやろう」
自分の口角が自然に上がるのを自覚した。なんとも、運の良い事じゃ。まさか『神子』に遭遇するとは。
前々から、うっすらとそうではないかと思っておったが、先程からの出来事によりそれは確証に変わった。
しかし、変じゃな。彼奴はずっと反撃をして来ぬし、ほとんど言葉も発しておらん。器の主に「降参しろ」と言っておきながら、特に何をするでもなく曖昧に戦いは終了した。
わからぬ。彼奴は何を思っておるのか。
……面白い。ここはひとつ、彼奴の心を揺さぶってみるとしよう。弱点はわかっておる。
妾は扇を【アイテムボックス】から出した。妾の鱗を用いたもので、濃厚な魔力が込められてある。それを広げ、口元に持っていく。うむ、やはりこれがあるとないとでは違うの。これがないと落ち着かぬ。
「のう、お主」
妾は神子と吸血鬼にほんの少しだけ近づき、神子に向けて、声をかけた。
「其方、『真子』じゃな?」
20 >>222
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.222 )
- 日時: 2021/08/01 23:20
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: g./NUPz6)
20
「確認してるなら、その必要は無い」
真子が口を開いた。隣の驚いたような──絶望したような顔をした吸血鬼から目を背けるようにして、妾と視線を交える。
「その言葉、肯定と取るぞ」
「それを知ってどうするの」
真子は至極面倒臭そうな雰囲気を隠すことなく表に出し、立ち上がった。
「妾は長命故に退屈なのじゃ。暇潰しに付き合ってもらおうと思っての。妾の相手を出来る者は限られておる。この機会は是非とも活かしたいのじゃ。
この器の主の体に慣れるためにもな」
哀れな娘じゃ。契約書の文字さえ読めていれば、あるいは妾に契約書の内容を聞かせるように言っていれば、こんなことにはならなかったやもしれぬのに。愚かよの。悪魔との契約には代償が付き物であるということを知らなかったのじゃろうか。あの様子だと、そのようじゃったな。
普段であれば正義感の強い者や器の主と親しい者に憤慨されて激しい魔法のぶつけあいが行われるのじゃが、どうやらこの二人は違ったようじゃ。真子は相変わらず無表情で静かにその場に佇んでおる。吸血鬼は、まあ、それどころではないようじゃな。
「真子? 真子ってなんだ?」
ぶつぶつと声が聞こえる。どうやら真子は自身のことを吸血鬼に知らせていないようじゃ。
「〔真子〕とは、特別な神子のことじゃ。世界に一人しか存在せぬ。ほかの神子は、皆〔偽子〕と呼ばれておる。其方もそうじゃ。神子がなんたるかくらいは、其方も知っておるであろう?」
吸血鬼が何かを言う前に、真子の顔色が変わった。意図して伝えていなかったのか。『噂』に聞いていた通りじゃ。真子はあの吸血鬼が『お気に入り』らしい。
ならば。
「おしゃべりも楽しいのう。もっと妾を楽しませるのじゃ!」
妾は空高く上がってから、氷の礫を降らせた。そしてその上から氷柱。空気中の水分を凍らせ霜を降ろし、真子たちの視界を邪魔する。
『【闇】』
首を絞められるような錯覚を覚えさせる声が、耳元で木霊するように囁いた。なんとも不思議な声じゃ。
『【雪室】!!』
あの吸血鬼の魔法じゃな。自身の体から吹き出した具現化された黒い魔力を自らに巻き付け、簡易なドームを作る魔法。今回の場合は半径三メートルほどの、術者──吸血鬼の魔力保有量を考えると小さなものじゃった。しかし手を抜いているという訳でもない。強度はなかなかのもので、氷柱が突き刺さってもヒビがはいっているようには見えない。
「ん?」
妾は『ありえないもの』を見た気がして、目を凝らして『それ』を見た。小型のドームから溢れ出る具現化された大量の黒い魔力のもやから、ほんの少しだけ赤いもやが混ざっている。
なんと、まさか本当に存在するとは。『あれ』は伝説であるか、そうでなくても『この世界ではない』と思っていたのに。
21 >>223
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.223 )
- 日時: 2021/08/02 22:57
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: .bb/xHHq)
21
驚愕と興奮が混ざり合う感情の高揚がなんとも心地よい。このような感覚は数百年ぶりじゃ。それも致し方ないことよ。誰が『真子』よりも珍しい『独』に出会えると思うであろうか。
なるほど。では何故真子が吸血鬼に固執するのかが理解出来る。独とは真子にとって重要な『道具』なのじゃから。失うことの出来ない、大切な、唯一無二の『道具』。
妾は氷柱を落とすのを止めた。警戒しているのか防御魔法は解除されない。しかしそれは問題ではない。妾はドームに近寄り、それに触れた。ごうんごうんと魔力の渦巻く感触が伝わる。そのくせにドームはやけに冷たく、そして熱い。黒いもやが妾を取り込もうと巻き付いてくる。
じわりじわりと触れた右手を蛇のように這い上がり、やがてもやは妾の首に到達する──その前に、妾は念じた。
【吸収】
ぱあんっ!
大きな破裂音と共に、ドームが弾け飛んだ。驚いた表情をした独であったが、すぐに顔を引き締めあまり動けないらしい真子を庇うように妾の前に立ちはだかった。妾の目的は他でもない独自身であったのじゃが。まあ都合が良いことは確かじゃ。すぐに逃げられなかったことはありがたい。
妾は少し身体を浮かしたまま、そっと独の両頬に手を触れた。器は全長がやや小さいため、浮かねば手がきちんと届かないのじゃ。
「哀れじゃのお。其方は真子のことをこよなく愛しておるというのに、真子は其方を道具としてしか見ておらん。何を伝えられるというだけでもなく、ただひたすら一方的にに一人を想い続けることがどれだけ苦しいであろう、辛いであろう。其方は名の通り、『独り』なのじゃな」
「ひ、とり……?」
独は妾の言葉を呆然と繰り返した。心做しかその声は震えている。
「違う!」
真子が叫んだ。
「道具じゃない! 私は『あんなもの』に興味はない! 私は……私は、リュウだから『ここ』に『連れてきた』の!」
真子が初めて見せた明確な怒りは、何処と無く必死さを感じさせた。ほんの僅かに目尻に涙を浮かべ、下唇をぐっと噛んでいる。
「言葉ではなんとでも言えるであろう。現に、お主は独に何かを伝えておるのか? 見たところ、隠し事ばかりのように思えるぞ?」
「それは……」
「離れていく一片の不安があるのではないか? そんな『お互いが足を引っ張り合う関係』で、よくもここまで来れたものじゃのお。不思議なこともあるものじゃ」
22 >>224
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.224 )
- 日時: 2021/08/03 23:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Z6QTFmvl)
22
「くくくっ」
妾は自分の口が笑みに歪むのを堪えきれなかった。どうしてこんなにも分かりやすく表情を変えるのか。独はともかく真子までも。
嗚呼可笑しい。これほど愉快なことがこれまでにあったであろうか、否。あれだけどんな言葉を投げ掛けても眉ひとつ動かさなかった真子が、こんなちっぽけな独のことになると目に見えてわかるほど動揺しておる。
いくら真子とはいえあの済ました態度は如何せん気に食わなかった。一泡吹かせたようで気分が良い。そろそろ此奴らも感情に任せて攻撃を仕掛けてくる頃合であろうし、今日のところは引くとするかの。
そう思い独の頬から手を離したその瞬間に、遠くからおなごの声がした。
「花園君! 救援が来た!」
彼女は、そうじゃ、学園長であったかの? 会うのは久方ぶりじゃ。この間まで顔など忘れておったわ。この器に出会わなければ思い出すこともなかったじゃろうに。
「とにかく引きなさい! 君の力がバレる前に……」
おなごの言葉はそこで切れた。無理もない。近距離に居るとはいえこの大罪の悪魔であるこの妾ですらこの『気』には寒気を覚えた。遠く──目算五十メートル向こうの瓦礫の先に居る彼奴はただの、ではないが人間、に近い存在じゃ。おそらく、多分。彼奴は人間じゃ。この邪悪な気に当てられても不思議ではない。
「……や、だ」
状況を確認するために邪悪な気の根源である真子の様子を見るよりも先に、妾の喉元に真子の手があった。手には全てを吸い込むような混沌の闇に覆われており、妾の首を締め上げようとしているのはむしろそちらだった。
「ぐ……あ……」
しまった。油断した。そうであった、真子とは本来こういう『無敵の怪物』じゃ。いくら力が弱まっているとはいえ真子の敗北を他の何でもない『世界』が認めん。
「こ ろ す」
世界に愛され世界に呪われ、そして世界に囚われた哀れな少女。それが真子じゃ。
真子の瞳はどす黒い闇に染まりきっておった。いや、実際の色は変わっておらんが、そう錯覚してしまう。真子の本来の力である『黒の力』ではない別の黒い炎の形をした具現化された『何か』が真子の体を覆い尽くし、そして潰そうとしている。真子はそれを拒む素振りなど見せずむしろ受け入れ、そして妾を……殺そうとしている。
瞳孔は開いておらず──極限まで細まっている。真子は至って平静じゃ。
嗚呼、そうじゃ。この真子は特別なのじゃ。他者を『虐げる』でもなく『甚振る』でもなく、『苦しめる』ことを知った、特別な。
真子
23 >>225
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.225 )
- 日時: 2021/08/04 23:01
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: sLuITfo7)
23
「ひ、なた……?」
独は困惑した様子でぼんやりと真子を見つめていた。が、すぐにハッと我に返り、真子の名を叫んだ。
「日向!!」
そして伸ばされた独の手を、真子を包む黒いもやは拒んだ。いや、正確には違う。独の手はもやに取り込まれようとしていた。けれど完全に埋もれる前にパチリと火花のようなものが散って、独の手ともやを引き離すのじゃ。
一瞬だけ驚いたように自分の手を見つめた独であったが、すぐに顔を、そして目を真子に向ける。
「日向、人が来る! 早くここから離れよう!」
物理でその場から引き剥がすことを諦めた独は、言葉で真子を動かすことにしたようじゃ。
しかし残念。真子は独の言葉など聞いておらぬ。やけに冷えた、それでいて殺気に満ち溢れた目は妾を捉えたままピクリとも動かない。妾の首にまとわりついたもやは首を締める力を益々強め、首からはミシミシと音が伝わってきておった。
これはまずい。
本能なのか直感か、どちらなのかは分からぬが、とにかく妾はそう思った。このままでは殺されることはなくともしばらくの間世界から消されてしまう。折角利用のしがいがある器を手に入れたというのに、それも全てがパーになる。それはいただけない。
「か……あ……」
掠れた声が僅かに口から溶けては消える。いっそのこと本来の姿に戻ろうか。まだ器に魂が馴染んでいない状態で戻るのは些か不安ではあるが、まあなんとかなるであろう。万が一だめだったとしても、器の代わりなぞいくらでも用意出来る。
そう思い、妾は魂で念じた。元の姿に戻るように。いまにも身体中に鱗が浮き上がり、そして巨大化し、みるみるうちにこの妾よりも微かに大きな背丈の真子が米粒に変わる──
はずだった。
魔力が、無い。
そんな、まさか! 魔力切れなど有り得ん。此奴ら程ではないにしろ、妾の魔力は底なしに近い。
となると……おそらく……
魔力を、吸われた?
24 >>226
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.226 )
- 日時: 2021/08/06 08:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /48JlrDe)
24
「はっ」
乾いた笑いが口から漏れた。いやはや、やられた。
「バケモノ、か」
魔力を奪われてしまえば、もう妾に勝ち目など残されておらん。なんせ本来の姿に戻れんのじゃから、この器の軟弱な体で丸腰で戦ったところで負けは確定じゃ。
さて、どうしたものかの。
「尊き風の精霊よ──」
朦朧としつつあった意識の中で、こんな呪文の一節を聞いた。
「花園君! 避けなさい!」
その声の直後、剣のように鋭い切れ味を持った風が、妾と真子の間で渦を巻いた。下方から吹き上げる突風は妾の首に伸ばされた真子の手を浅く、そして無数に切り刻み……
ぱあんっ!
挙句、右手を吹き飛ばした。どうやらあの魔法が持つ切れ具合はまばらで、良いものもあれば悪いものもあるようじゃ。バラバラになったかつての真子の手から零れた皮膚片や血液がパラパラと上空から落ちてくる。
銀色を帯びた、月のような弧を描いた風の刃は、いとも容易く真子の手にサクリと吸い込まれた。真子は一つの物事に集中すると周りが見えなくなる性分のようで、自身に迫り来る魔力に気づいていなかったようじゃ。でなければ真子があんな青二才の魔法を防ぎきれないはずがない。
術者は、まだ若い男子だった。黒に近い焦げ茶の肌に青い瞳、それからよく見かけるような冴えない金髪の、まあ及第点と言える程の容姿を持った男子じゃ。金髪といえば人間界の者達からすれば、見目麗しい者が備え持つ定番の髪色となっておるようじゃが、やはり種族で価値観は違うらしく、妾はこの目の前の真子を除き金髪を美しいと感じた試しがない。真子以外の持つ金髪は『金』ではなく『黄』じゃ。輝きを纏ってこその『金』じゃというのに、人間たちはそれをわかっておらん。
青二才とは言ったものの、あの男子の体はそれなりに鍛えられているものじゃ。努力をしたものしか得られない筋肉量。努力をするには充実した環境や財力も必要となってくる。現代でそれらを揃えられるのは裕福な商人平民か貴族階級以上の一族のみじゃ。そしてあの魔法。気がそちらに回っていなかったとはいえ真子の手を吹き飛ばす威力を持った魔法を放てるほどの魔力を持っておるということは、おそらく王族じゃ。なによりあの黒い肌。服装などを見る限り、南国の出身の衣装ではないように思える。ああ、そういえば大昔、人間と血を混ぜた魔人の一族があったのう。その末裔か。
さて片手を失った真子はというと、うむ、ようやく正気を取り戻したようで、黒いもやは収まり、目もどろりと濁った元の状態に戻っておった。更にはこの数分の記憶がないとでも言うように、失われた右手を見て首を傾げている。
「……?」
真子の手は、綺麗に粉砕されていた。まず手が風の刃に当たり空高く舞い、そしてその後上空の刃に皮膚を裂かれ肉を切られ血管を破かれ、そして骨まで粉々にされた。その間僅か一秒にも満たない、人間にしては見事な攻撃魔法じゃ。まあ魔力は大幅に持っていかれたであろうが。察するところあの男子は学園側の人間であろうから、学園の生徒である真子を救うための不意打ち攻撃といったところか。それを言えば妾も見かけ上は学園生徒である『真白』のものじゃが、なんせ今の妾の纏う気は完全に悪魔のものじゃ。無意識の内に敵と認識されておったのじゃろうて。
ならどうして真子の手が無くなっているのかという話なのじゃが、それは男子の力不足であり真子の不注意でもある。あのように切れ具合が不規則で広範囲に広がる魔法なら、守りたい者すら巻き込んでしまうし、真子は警告があったにも関わらず妾の首から手を離さなかった。聞こえておらんかったのじゃろうが。
「ひなた……?」
中身のない空虚な声が、静かに空間に澄み渡った。独じゃ。瞳の中の瞳孔が大きく開かれ、元の青い色の九割が見えなくなってしまっておる。
「術者は、生徒会長、エールリヒ・ノルダン・シュヴェールト……」
ぶつぶつとしきりに言葉を唱え続けるその姿には、先程の真子とよく似た狂気を感じさせた。
「王家と敵対関係になるのは、避けたい……じゃあ、バレないように……うん、おれなら出来る。それが可能」
そうか、此奴らは、似た者同士なのじゃな。だからこそ、こうした不安定な仲でも、まるで天秤のように崩れずに保っていられるのじゃ。
「じゃあ、殺すか」
殺気に溢れた独を見て、妾は無意識下の中で、ふと思った。
そんな不安定な天秤が、いつまで持つものかのう?
25 >>227
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.227 )
- 日時: 2021/08/05 23:34
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /48JlrDe)
25
真子はぼんやりと自分の血を浴びた後、ふと気づいたかのように左手を右手にかざした。ふわりと白いような青いような不思議な光が帯びて、その光に吸い寄せられるように、ふよふよと細かな粒子のような純白の光源が現れた。それは次第に真子の右手に集まり、少しずつ少しずつ、真子の右手を形作った。真子が左手を小さく振ると、その動きに合わせて光は消滅し、光源も無くなった。その代わりとでも言おうか、真子の右手は元通りに治っておった。流石は真子じゃ。この程度の回復魔法は無詠唱で行えるのか。
魔法が正常に行われたかなど確認するまでもないとでも言うかのように、真子は何事も無かったかのように振舞った。いや、それが真子にとっては普通なのじゃろう。
おっと、悠長に分析している場合ではなかった。真子の手は離れたし、独の意識はあの男子に向いておる。逃げるなら今がチャンスじゃ。妾は暇潰しに命をかけるような愚か者ではない。遊びは勝ちも負けもほとんど意味を為さないのじゃ。
「花園君! 避けなさい!」
男子が言葉を繰り返した。
風魔法を使って移動速度を上昇させたらしい男子が瞬く間に至近距離に迫っていた。魔力そのものは黒いもやから逃れたことによりそこそこ回復しておる。元の姿に戻ったり真子や独を相手をしたりするには到底足りないが、今の状態であればこの男子一人くらいならばすぐにねじ伏せられる。
真子ならばともかく人間から逃げたというのは癪じゃ。妾は男子の剣を躱し男子の手に触れ、体内に含まれる水分を爆発させた。
ぱあんっ!
真子の手が破裂した時と同じような高い音が鳴り、男子の左手が消し飛んだ。体を消そうとしたのじゃが、まだ魔力がそこに至っておらんかったようじゃ。
「き、君は……」
男子の表情が驚愕に歪んだ。そして直後にキッと妾を睨み、怒りのままに吠える。
「真白君、何をしているんだ?!」
男子は妾が悪魔であるということに気づいていなかったようじゃ。なるほど、これは自己紹介をしておいた方が良さそうじゃ。向こうの方から女子と男子、真子や独とよく行動を共にしていたややくすんだ淡い桃の髪の少女と、頭の頂点から毛先にかけて、赤に近い橙から黄と独特な髪色を持った少年が来た。その二人への自己紹介も兼ねて。
調子の戻ってきた妾は扇子を広げ、体を上昇させた。口元を扇子で隠し、肌の所々に鱗を顕にする。
「申し遅れた。妾は『七つの大罪』がひとり、『嫉妬の大罪の悪魔〔レヴィアタン〕』。縁あって今はこの『真白』とやらの体に憑依しておる。これ以上の説明は不要であろう? 妾は充分楽しんだ故、これで立ち去ることにする」
身体中に魔力を巡らせ、バキバキと音を鳴らし鱗が占める面積を増やす。
「さらばじゃ、人間。自らの役割も果たせん未熟者たちよ!」
真子は民を導いておらず、独は自身のあるべき姿を追求せず、あの二人はおそらく男子がこちらに来るのを食い止めていたのであろうが出来ておらず、そして男子──あの王族は、確か生徒会長を務めていたはずじゃ。学園の生徒が悪魔と契約しそして意思を殺されたことを今まで知らず、そして今も気づいておらん。
未熟者ばかりじゃ。この世界はもう、これ以上進化を遂げることは無いと言うのに、このままで良いのかのう?
まあ、それは妾には関係の無いことよ。妾はこれまで通り、気ままな生活を送る。
米粒同然と化した真子たちをはるか上空から見下ろし、妾は古巣へと飛び立った。
第三章・Mashiro's story【完】