ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.202 )
- 日時: 2021/07/12 15:01
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KS1.rBE0)
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「うん。何かが取り憑いているんじゃないかと思ったけど、どうやら違うようね。真白が『嫉妬』の感情を抱いたのはあまり喜べることではないけれど、これも成長だものね。私は見守るわよ」
「何の話?!」
「え? 好きなんでしょう? 朝日くんのことが」
「ちっ、ちがっ」
わたしは自分の頬が赤くなるのを自覚した。体中が熱い。まるで炎を吹きそうなくらい。
わたしが最近感じていた感情は、『嫉妬』だったの?
わたしは初めて、自分の感情に気づいた。
おそらく、それがきっかけだったのだろう。
『そうじゃよ』
耳元で、声がした。女性のように思う。成人した女性特有の高い声。
わたしはばっと後ろを見た。
誰も、いない?
そこには、部屋の壁に取り付けられた小さな窓と、そこに映る鮮やかな秋色に染まった赤い木々だけだった。
「どうしたの?」
「い、いま、後ろに、誰か」
『後ろになぞおらんよ』
また声がした。今度は耳元ではなく、わたしの体から溢れるように響いた。その瞬間、わたしの胸が激しく痛んだ。
わたしは痛みのあまり声も出ず、痛む箇所辺りにある服をぐしゃりと掴んだ。
そして、しゃがみこむ。
「真白! どうしたの?!」
「い、たい。むねが、いたいの……」
辛うじてそう伝えた。わたしの声はかすれていて、我ながら聞き取り辛いだろうと思うようなものだったけれど、モナは正確に聞き取ってくれたようだ。
「胸が!? 大変、おばあさんを呼んでくるわ!」
霞む視界の中で、モナがドアから飛び出していくのを見た。
行かないで。そう思いはするけれど、声が出ない。手を伸ばそうとするも、実際は右手がピクリと動いただけだった。
ばたんっ!
突然、開けっ放しにされていたドアが閉じた。そこには、誰もいないはずなのに。
『邪魔な奴は消えたな』
その声は、明らかに今までとは違っていた。
初めに聞いた、耳元で囁く声でもない。
体中から響く声でもない。
わたしに襲い掛かるように、後ろから、這い寄るように声が響いていた。
おそるおそる振り向くと、そこには。
小さな箱に無理やり押し込められたような姿勢で佇む、巨大な竜がいた。青く光る黒い鱗がその身を包み、目は恐ろしいほど鋭くギラギラと黒く光っている。
「り、りゅう」
カタカタと震える口から、そう声が漏れた。
『いや、違うぞ。妾は海蛇じゃ。竜なぞと一緒にするでない。彼奴は竜だとそなたに伝えていたようじゃがの』
「あやつ?」
海蛇はわたしの問いに答えず、フンと鼻息を吹いた。
『さて、本題じゃ。人間よ、妾と契約を結べ。妾は『七つの大罪』がひとり、『嫉妬の大罪の悪魔〔レヴィアタン〕』じゃ。光栄に思え。妾に出来ぬことなど数少ない。そなたの願いをなんでも叶えてやろう。その胸の痛みも、すぐに取り除いてやろう』
「なん、でも……?」
その言葉が、わたしにはとても甘美なものに聞こえた。わたしはいままで、ずっと我慢してきた。本当はもっと美味しいものをいっぱい食べたい、綺麗なものを着てみたい、魔法をたくさん使いこなせるようになりたい、魔力が欲しい、足が早くなりたい、剣を扱えるようになりたい、本当の、家族に、会いたい。
『思った通りじゃ。そなたは欲に満ちていながら、発欲に飢えておる。そういった人間は、悪魔との契約に適性があるのじゃ』
レヴィアタンは愉快そうに笑いながら、その口から青い炎を吹き出した。メラメラと揺らぐ炎の中から、一枚の羊皮紙と羽根ペンが落ちる。
『契約書じゃ。一番下にそなたの血を染み込ませた羽根ペンで名を記せ。それで契約は完了する』
「血?」
『ああ、そうじゃ。そなたのような人間は、簡単に血を流す。少し痛いのを我慢するだけじゃ。それだけで妾のような高等な悪魔と契約を結べるのじゃ。なんせ妾は『七つの大罪』の悪魔なのじゃからの」
七つの大罪。確か、モナから聞いたことがある。あまり覚えていないけれど、他の悪魔とは明らかに違う強い力を持つ悪魔だとだけ覚えてる。
そんな悪魔と契約出来れば、わたしは……!
わたしは羽根ペンを手にし、左手の平に先端を当てた。心臓の音が早鐘のように鳴り響き、右手は震える。炎の中から出てきたにも関わらずヒヤリと冷たい金属の感触に、恐怖を覚えた。
「っ!」
わたしは羽ペンを突き刺した。じわじわと滲むような、それでいて一点に集中する痛みに顔をしかめる。
羽ペンの先端が紅色に染まったことを確認し、わたしは契約書にそれを走らせた。書き終えると、殴り書きで潰れた文字が鈍く青く光った。
『契約完了じゃな』
こころなしか楽しそうに響く声が、遠くに聞こえた。
『おい、まだ気絶するでない。胸の痛みは治まったであろう。
説明することがあるのじゃ。まず、普段妾はそなたが持つペンダントに宿っておる。妾の気まぐれが起きぬ限り、心話が可能じゃ。それからそなたはこれ以降、自由に妾の力を使うことが出来る。もちろん限度があるがの。まあそれはおいおい自分で体験するがよい。それから……』
まだ何か言っている。でも、そのほとんどをわたしは聞き取ることが出来なかった。視界もだんだんぼやけてきている。胸の痛みはないけれど、頭がぼうっとしてきた。
わたしは自分でも気付かぬうちに、意識を途絶えさせた。
第二幕【完】