ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.222 )
日時: 2021/08/01 23:20
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: g./NUPz6)

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「確認してるなら、その必要は無い」
 真子が口を開いた。隣の驚いたような──絶望したような顔をした吸血鬼から目を背けるようにして、妾と視線を交える。
「その言葉、肯定と取るぞ」
「それを知ってどうするの」
 真子は至極面倒臭そうな雰囲気を隠すことなく表に出し、立ち上がった。

「妾は長命故に退屈なのじゃ。暇潰しに付き合ってもらおうと思っての。妾の相手を出来る者は限られておる。この機会は是非とも活かしたいのじゃ。
 この器の主の体に慣れるためにもな」

 哀れな娘じゃ。契約書の文字さえ読めていれば、あるいは妾に契約書の内容を聞かせるように言っていれば、こんなことにはならなかったやもしれぬのに。愚かよの。悪魔との契約には代償が付き物であるということを知らなかったのじゃろうか。あの様子だと、そのようじゃったな。

 普段であれば正義感の強い者や器の主と親しい者に憤慨されて激しい魔法のぶつけあいが行われるのじゃが、どうやらこの二人は違ったようじゃ。真子は相変わらず無表情で静かにその場に佇んでおる。吸血鬼は、まあ、それどころではないようじゃな。

「真子? 真子ってなんだ?」

 ぶつぶつと声が聞こえる。どうやら真子は自身のことを吸血鬼に知らせていないようじゃ。
「〔真子〕とは、特別な神子のことじゃ。世界に一人しか存在せぬ。ほかの神子は、皆〔偽子〕と呼ばれておる。其方もそうじゃ。神子がなんたるかくらいは、其方も知っておるであろう?」
 吸血鬼が何かを言う前に、真子の顔色が変わった。意図して伝えていなかったのか。『噂』に聞いていた通りじゃ。真子はあの吸血鬼が『お気に入り』らしい。

 ならば。

「おしゃべりも楽しいのう。もっと妾を楽しませるのじゃ!」

 妾は空高く上がってから、氷の礫を降らせた。そしてその上から氷柱つらら。空気中の水分を凍らせ霜を降ろし、真子たちの視界を邪魔する。

『【闇】』

 首を絞められるような錯覚を覚えさせる声が、耳元で木霊するように囁いた。なんとも不思議な声じゃ。

『【雪室イグルー】!!』

 あの吸血鬼の魔法じゃな。自身の体から吹き出した具現化された黒い魔力を自らに巻き付け、簡易なドームを作る魔法。今回の場合は半径三メートルほどの、術者──吸血鬼の魔力保有量を考えると小さなものじゃった。しかし手を抜いているという訳でもない。強度はなかなかのもので、氷柱が突き刺さってもヒビがはいっているようには見えない。

「ん?」

 妾は『ありえないもの』を見た気がして、目を凝らして『それ』を見た。小型のドームから溢れ出る具現化された大量の黒い魔力のもやから、ほんの少しだけ赤いもやが混ざっている。

 なんと、まさか本当に存在するとは。『あれ』は伝説であるか、そうでなくても『この世界ではない』と思っていたのに。

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