ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.223 )
日時: 2021/08/02 22:57
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: .bb/xHHq)

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 驚愕と興奮が混ざり合う感情の高揚がなんとも心地よい。このような感覚は数百年ぶりじゃ。それも致し方ないことよ。誰が『真子』よりも珍しい『ひとり』に出会えると思うであろうか。
 なるほど。では何故真子が吸血鬼に固執するのかが理解出来る。独とは真子にとって重要な『道具』なのじゃから。失うことの出来ない、大切な、唯一無二の『道具』。

 妾は氷柱を落とすのを止めた。警戒しているのか防御魔法は解除されない。しかしそれは問題ではない。妾はドームに近寄り、それに触れた。ごうんごうんと魔力の渦巻く感触が伝わる。そのくせにドームはやけに冷たく、そして熱い。黒いもやが妾を取り込もうと巻き付いてくる。
 じわりじわりと触れた右手を蛇のように這い上がり、やがてもやは妾の首に到達する──その前に、妾は念じた。

【吸収】

 ぱあんっ!

 大きな破裂音と共に、ドームが弾け飛んだ。驚いた表情をした独であったが、すぐに顔を引き締めあまり動けないらしい真子を庇うように妾の前に立ちはだかった。妾の目的は他でもない独自身であったのじゃが。まあ都合が良いことは確かじゃ。すぐに逃げられなかったことはありがたい。

 妾は少し身体を浮かしたまま、そっと独の両頬に手を触れた。器は全長がやや小さいため、浮かねば手がきちんと届かないのじゃ。

「哀れじゃのお。其方は真子のことをこよなく愛しておるというのに、真子は其方を道具としてしか見ておらん。何を伝えられるというだけでもなく、ただひたすら一方的にに一人を想い続けることがどれだけ苦しいであろう、辛いであろう。其方は名の通り、『独り』なのじゃな」

「ひ、とり……?」

 独は妾の言葉を呆然と繰り返した。心做しかその声は震えている。

「違う!」

 真子が叫んだ。

「道具じゃない! 私は『あんなもの』に興味はない! 私は……私は、リュウだから『ここ』に『連れてきた』の!」

 真子が初めて見せた明確な怒りは、何処と無く必死さを感じさせた。ほんの僅かに目尻に涙を浮かべ、下唇をぐっと噛んでいる。
「言葉ではなんとでも言えるであろう。現に、お主は独に何かを伝えておるのか? 見たところ、隠し事ばかりのように思えるぞ?」
「それは……」
「離れていく一片の不安があるのではないか? そんな『お互いが足を引っ張り合う関係』で、よくもここまで来れたものじゃのお。不思議なこともあるものじゃ」

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