ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.226 )
- 日時: 2021/08/06 08:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /48JlrDe)
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「はっ」
乾いた笑いが口から漏れた。いやはや、やられた。
「バケモノ、か」
魔力を奪われてしまえば、もう妾に勝ち目など残されておらん。なんせ本来の姿に戻れんのじゃから、この器の軟弱な体で丸腰で戦ったところで負けは確定じゃ。
さて、どうしたものかの。
「尊き風の精霊よ──」
朦朧としつつあった意識の中で、こんな呪文の一節を聞いた。
「花園君! 避けなさい!」
その声の直後、剣のように鋭い切れ味を持った風が、妾と真子の間で渦を巻いた。下方から吹き上げる突風は妾の首に伸ばされた真子の手を浅く、そして無数に切り刻み……
ぱあんっ!
挙句、右手を吹き飛ばした。どうやらあの魔法が持つ切れ具合はまばらで、良いものもあれば悪いものもあるようじゃ。バラバラになったかつての真子の手から零れた皮膚片や血液がパラパラと上空から落ちてくる。
銀色を帯びた、月のような弧を描いた風の刃は、いとも容易く真子の手にサクリと吸い込まれた。真子は一つの物事に集中すると周りが見えなくなる性分のようで、自身に迫り来る魔力に気づいていなかったようじゃ。でなければ真子があんな青二才の魔法を防ぎきれないはずがない。
術者は、まだ若い男子だった。黒に近い焦げ茶の肌に青い瞳、それからよく見かけるような冴えない金髪の、まあ及第点と言える程の容姿を持った男子じゃ。金髪といえば人間界の者達からすれば、見目麗しい者が備え持つ定番の髪色となっておるようじゃが、やはり種族で価値観は違うらしく、妾はこの目の前の真子を除き金髪を美しいと感じた試しがない。真子以外の持つ金髪は『金』ではなく『黄』じゃ。輝きを纏ってこその『金』じゃというのに、人間たちはそれをわかっておらん。
青二才とは言ったものの、あの男子の体はそれなりに鍛えられているものじゃ。努力をしたものしか得られない筋肉量。努力をするには充実した環境や財力も必要となってくる。現代でそれらを揃えられるのは裕福な商人平民か貴族階級以上の一族のみじゃ。そしてあの魔法。気がそちらに回っていなかったとはいえ真子の手を吹き飛ばす威力を持った魔法を放てるほどの魔力を持っておるということは、おそらく王族じゃ。なによりあの黒い肌。服装などを見る限り、南国の出身の衣装ではないように思える。ああ、そういえば大昔、人間と血を混ぜた魔人の一族があったのう。その末裔か。
さて片手を失った真子はというと、うむ、ようやく正気を取り戻したようで、黒いもやは収まり、目もどろりと濁った元の状態に戻っておった。更にはこの数分の記憶がないとでも言うように、失われた右手を見て首を傾げている。
「……?」
真子の手は、綺麗に粉砕されていた。まず手が風の刃に当たり空高く舞い、そしてその後上空の刃に皮膚を裂かれ肉を切られ血管を破かれ、そして骨まで粉々にされた。その間僅か一秒にも満たない、人間にしては見事な攻撃魔法じゃ。まあ魔力は大幅に持っていかれたであろうが。察するところあの男子は学園側の人間であろうから、学園の生徒である真子を救うための不意打ち攻撃といったところか。それを言えば妾も見かけ上は学園生徒である『真白』のものじゃが、なんせ今の妾の纏う気は完全に悪魔のものじゃ。無意識の内に敵と認識されておったのじゃろうて。
ならどうして真子の手が無くなっているのかという話なのじゃが、それは男子の力不足であり真子の不注意でもある。あのように切れ具合が不規則で広範囲に広がる魔法なら、守りたい者すら巻き込んでしまうし、真子は警告があったにも関わらず妾の首から手を離さなかった。聞こえておらんかったのじゃろうが。
「ひなた……?」
中身のない空虚な声が、静かに空間に澄み渡った。独じゃ。瞳の中の瞳孔が大きく開かれ、元の青い色の九割が見えなくなってしまっておる。
「術者は、生徒会長、エールリヒ・ノルダン・シュヴェールト……」
ぶつぶつとしきりに言葉を唱え続けるその姿には、先程の真子とよく似た狂気を感じさせた。
「王家と敵対関係になるのは、避けたい……じゃあ、バレないように……うん、おれなら出来る。それが可能」
そうか、此奴らは、似た者同士なのじゃな。だからこそ、こうした不安定な仲でも、まるで天秤のように崩れずに保っていられるのじゃ。
「じゃあ、殺すか」
殺気に溢れた独を見て、妾は無意識下の中で、ふと思った。
そんな不安定な天秤が、いつまで持つものかのう?
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