ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.229 )
- 日時: 2021/08/07 19:11
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /GGwJ7ib)
2
「ご馳走様」
姉ちゃんが言うと、ボクはすかさず質問を投げかける。
「美味しかった?」
返ってくる返事は分かりきっているけれど、それでも、聞きたいと思ってしまうのだ。
「うん」
「へへ、嬉しい!」
今日は焼き魚や白ご飯や漬物なんかで皿の数が多いのだけど、姉ちゃんは全く音を立てずに自分が使ったお皿を流し台へ運んだ。昔、どうしてそんなに綺麗に運べるのかと尋ねたところ、数秒首を傾げ、「無意識」とだけ教えられた。
「出掛ける」
洗い物を終えた姉ちゃんはそう言ってボクの返事を待たずに、出掛ける準備をするため自室へ戻っていった。
どこに行くのかは、教えて貰えないんだ。まあ、知ってるけどさ。
姉ちゃんが出掛ける行先は、例外を除いて、冒険者ギルド、ダンジョン、そして時々バケガクの、計三つに絞られる。さっきの手紙から察するに、今日はおそらくバケガクだろう。流石の姉ちゃんもあんな大きな事件に関する呼び出しを無視することはしないらしい。
五分後。家の中から姉ちゃんの気配が消えた。姉ちゃんは普段から気配を消しているらしいけど、家の中ではたまに消さないでいるらしい。なんでも気配を消していると、急に現れた時にボクがびっくりしてしまうからなんだとか。つまり今こうしてボクが『姉ちゃんの気配が家から消えた』と感じたことは、裏を返せば『姉ちゃんがボクに出かけたことを伝えた』ということになるのだ。
「あれえ? 行かないの?」
まあ驚いていたのは昔の話で、今は『コイツ』の影響で随分慣れたものだけれど。
「行くに決まってるだろ。『アイツ』も居るかもしれないんだから」
コイツ──ジョーカーは、ボクがこの家にまた住み始めるようになってからも度々こんな風に突然現れる。姉ちゃんが結界を張っているはずなのに、だ。しかも自分がここに来た形跡を残さずに去る。認めたくはないが、ジョーカーが姉ちゃんよりも強いことはなんとなくわかる。まあ、どうでもいいことだけど。
「それならいーや。何があったかはちゃんと報告してね」
「は? それって例の件に関係あるの?」
ボクが言うと、ジョーカーは胡散臭い笑みを崩さずに言う。
「だから、君が関わっている件以外にも組織は色んなことしてるんだって。日向ちゃんとバケガクの学園長との関係はこっちでもあまり分かってないからさ。こっちとしては日向ちゃんが何をしに行くのかは、欲しい情報なんだよ」
そして、ボクに手紙を渡した。開封済みの手紙──さっきボクが姉ちゃんに渡した、バケガクからの手紙だ。
「いつの間に……姉ちゃんの部屋に入ったのか?!」
ボクが睨むと、ジョーカーは苦笑した。
「失礼だなぁ。変なことはしてないよ。それに君だって気になってたでしょー?」
悔しいが、事実だ。ボクは大人しく手紙を受け取り、中を見た。
『花園君へ
前置きは省いて、簡潔に記すよ。今日、学園まで来て欲しい。出来るだけ早く』
手紙に書かれていた文言は、たったこれだけだった。
「読めたぁ?」
ジョーカーはボクの返事を聞く前に、手紙に触れた。その瞬間、ボロボロと手紙はボクの手の中で崩れた。
「あれあれ? こんなことで驚いているのかなあ? 朝日くんも案外可愛いところあるね」
「うっさい」
大体、ボクは手紙が消えたことに驚いたんじゃない。姉ちゃんが、帰ってきた時に手紙がないことを訝しむんじゃないかと、心配しただけだ。
「だからあ、そこが可愛いって言ってるんでしょ」
「きも。心の中読まないでくれる」
「ひどいなあ。なんで君達姉弟はボクに対してそんなに辛辣なんだろうね。
あの手紙には、元々、対象の人物以外が読めない魔法と誰かが手紙を読んでしばらくしたら消滅する魔法が並列してかけられていたんだ。一つ目は術式を分解して、二つ目は発動を遅らせていたんだよ。だから手紙は消してもなんの問題もない」
術式を『破壊』するのではなく『分解』し、そして発動を『止める』のではなく『遅らせる』。確かにその方法なら術者に術式に手を加えたことを知られにくい。しかしその分高度な技術が必要となる。なんでこんなやつにそんなことが出来るんだろう。
「チッ」
「そういうことは誰も見てないところでしようね」
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