ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.23 )
日時: 2021/04/03 20:18
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: XURzUbRL)

 16

 家のドアに手を掛けたときに、私は嫌な予感がした。

 ガチャッ

『え……』
 リンが絶句した。それもそうだ。こんな、

 ぐちゃぐちゃな家をみたら。

「おや、日向、帰ったのかい?」
 年のせいで真っ白になった頭の老婆。青い瞳は瞳孔が完全に開かれ、どう見ても異常だ。
「うん、ただいま」
「あいつはどこだい!!」
 祖母は急に怒鳴った。
「さあ」

 ガシャアンッ

 祖母は靴箱の上に置いてあった花瓶をなぎ倒した。
 ……あの子が気に入ってたのにな。
「早くお出し! すぐにでも祓わにゃいかん!」
「おばあちゃんに、そんな力ないよ」
 祖母はかつて、エクソシストという役職についていた。
 いや、役職というのは生涯における職業のことなので、厳密にはいまもエクソシストだ。しかし、祖母にはもう、そんな力は残っていない。
「何を言うか! わしはまだ現役じゃ!」
 そう言いながら、ガシャンガシャンとものを壊していく。

『あいつの肩を見な』

 不快な金属が擦れ合う音のような声がした。
 ギョロリと祖母の目玉がこちらを向く。
「なんだい、その肩に乗っているのは」
 リンが、小さく悲鳴を上げた。
『ひゃっ』
「新しい精霊かい?
 風の精霊、光の隷属だね。それなら……」

 バチバチッ

 黒い稲妻が祖母の体を覆った。
「退治するまでよ!
 【フィンブリッツ】!」

 バリィッ

 リンの体を、稲妻が貫こうとした瞬間。

 シャラアン

 スレイベルのような、いくつもの鈴が一度に鳴ったような音がした。

 シュパッ

 白い光と共に、稲妻は消えた。そしてそこには、精霊がいた。
 絹のような腰までのびた長いクリーム色の髪。深い森のような翠の瞳。背中にはモルフォ蝶の羽。

 私のパートナーであり光属性の精霊、ベル。

『おばあさん。乱暴は駄目よ』
「現れたね、この……」
 私は闇魔法【沈意】を使い、祖母の意識を強制的に落とした。

 ドサッ

『おじいさんを呼んできたわ。たぶん、もう少ししたら来ると思う』
「わかった」
 私の言葉に頷くと、ベルはキッと祖母の傍らにいる精霊に向かって言った。
『何度も言っているでしょう? もう来るのはやめて』
『ふん! 嫌なこった。勘違いするなよ? オレサマは婆さんの『お前らを倒す』って望みを叶えるために契約してるんだ。文句あるか?』
『あるわよ!』
 祖母は心を病んでいた。私が生まれたことで、母が悩み、心を病み、それが感染するかのようにして、祖母もおかしくなってしまった。私を殺したいと思うことは、異常であれ不思議ではない。
 そんなときに闇の隷属、風属性、雷の精霊、ビリキナは祖母に囁きかけた。目障りならば、殺してしまえと。
 ビリキナにとって、ベルのような光属性の精霊は天敵。祖母のエクソシストの白い力に黒を塗り重ねることで、祖母は大きな力を一定時間操ることが出来る。
 そして祖母を操り、自分が大きな力を操ることが出来るようになる。そういうわけだ。

 バンッ

 ドアが開いた。
「日向、無事か?!」
 慌てた様子で祖父がやってきた。祖母と同様に白く染まった頭はボサボサで、橙色の瞳は不安定に揺れている。
「うん」
 祖父はかごを持ってビリキナを捕まえた。祖父もエクソシストで、こちらはまだ現役だ。ビリキナが力を使ったあとであれば、捕まえることなど造作もない。
『かつては百戦錬磨のエクソシストと言われたあんたも、身内の命がかかっていると手も足も出ないとは、とんだ笑い者だぜ!』
 アハハハッと甲高い声で笑い、ビリキナは祖父に連れ去られた。
 そして祖母も引き取られ、家のなかは再び静かになった。

 第一幕【完】