ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.233 )
日時: 2021/08/09 15:01
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: a0p/ia.h)

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 わざわざ図書室に近寄らずとも、【百里眼】が使用可能になるエリアまで行けばそれでいいと思っていた。

 でも!

 蝶の数が多い!

 人の配置がまばらだったのは、この蝶の存在が大きかったのだろう。意識して確認してみれば、鳥の倍近くの数の蝶が飛んでいる。瓦礫に隠れても蝶が近くにいるからすぐに移動しなければならない。しかも蝶そのものが小さく何処にいるのか瞬時に把握するのは少し難しいから常に気を張っておかなければならず、そろそろ疲れてきた。

 けれど図書館に近付くにつれて蝶はおろか鳥の数も減っていき、代わりに人の数が増えてきている。
 どうしてだろう。ここで姉ちゃんたちが話しているのなら、ここが一番警戒するべきところじゃないのか? さっきのスナタの言葉からしてもそれは予想される。人が増えるのは分かるが、蝶や鳥の数を減らす理由がわからない。

 図書館とバケガク本館は中間に森がある。かなり大きい森で上空から見ると長細い形をしているが、真っ直ぐに横断しようとしても十分以上かかる。隠れながら進むので二十分はかかることを想定して進んでいる。

「く、あああぁぁ〜」
「おい、あくびなんかすんなよ!」
「そうだよ、もっとしっかりしなきゃ」

 ボクが進んできた方向から三人組の男達が歩いてきた。軽装の兵服を着ているので、おそらく騎士団の下等兵かそこらだろう。

「あくびしたくもなるだろ。誰もいないのにずっと警戒し続けないといけないんだから」
「それが俺達の仕事だろうが!」
「まあ、言ってることはわかるけどね。でもここは鳥や蝶が近寄れないらしいから仕方ないよ。
 でも、さっき入ってきた情報だとあと一時間か二時間で終わるって話だし、もうちょっとだよ」

 これは、もしかすると何か情報が得られるかもしれない。もう少しここに居てみよう。
 ずっと顔を出して三人の姿を見続けるわけにもいかないので、ボクと三人の距離は聞こえてくる足音だけで判断することにする。

「げぇぇ、あと二時間もあるのかー。
 というかなんで仮想生物が近寄れないんだよ。結界があるのはあの建物だけで、ここら一帯に貼られてるわけでもないんだろ?」
「はあ?! お前、話聞いてなかったのか!」
「まあまあ、落ち着きなよ。喧嘩してるとまた上官に怒られるよ?
 上官の話によると、自然と他人の魔力を弾く『膜』を展開してしまう魔法使いがいるらしいんだ。仮想生物は言ってしまえば魔力の塊だから、その『膜』の影響をもろに受けているんだろうね」

 あれ、これって姉ちゃんの話じゃないか? でもおかしいな。姉ちゃんは普段その力を抑えているはずなのに。

「へえ、凄い奴もいるもんだな。それってつまり今回動員された魔術師の奴ら全員の魔力を弾いてるって事だよな? ということは魔術師以上の実力持ちか。」
「ってことは〔邪神の子〕か光障壁の才児のどっちかってことか! 確かにあの二人ならそのくらいのことやってのけそうだな!」
「光障壁の子って、それって東さんのこと? いや、違うと思うよ。対一人ならともかく、騎士団魔術師部隊の一隊全員の魔力を弾くなんて、それは魔道士クラスの実力がないと不可能だよ。でも、改めて考えてみるとそんな人いたかなあ?」

 は?! 姉ちゃんとあの二人を一緒にするなよ!!

「今日ここに来た重要人物といえば、えーっと、学園長とスナタって女の子と光障壁の東くん? と白眼の花園日向だっけ? あれ、まだ〔邪神の子〕が来てないんだな」
「ああ、そういやさっき来たな、白眼。思い出しても気味わりぃや。なんであんな奴がいるんだろうな。いや昔の事件で存在することは知ってたけど、まさか会うことがあるとはなー」
「ちょっと! 誰が聞いているかわからないんだからそういうこというのはよしなよ!」

 ……。

 落ち着け。今出て行けば今までの苦労が水の泡だ。元からああいうことを思っている人しかいないことはわかっていた事だ。
 ボクは爪が食い込んで血が流れるまで強く、両手を握りしめた。

「いや、誰が聞いているかわからないってのはないだろ。そもそもここまで辿り着ける奴なんているのかねえ」
「そうだそうだ! それにこうやってちょくちょくガス抜きしねえとやってらんないしな」
「そんなのわからないじゃないか。もしかしたらこういう木の後ろに隠れているのかもしれないし」

 木の後ろ?

 っ、しまった!! あいつらの言葉の気を取られて距離を確認するのを怠った! ボクが背を預けている木ではないだろうが、足音からして三人のうち一人が近くの木に近付いて来るのがわかる。いくらこの森が深いとはいえ見つかる可能性は高い。
 どうしようどうしよう。もう移動が出来る距離じゃない。
 一か八か、飛び出して魔法で口封じをするか? それくらいならボクは出来る。でも魔法の兆候や痕跡を隠す術はまだわからない。侵入者の発覚は避けられない。

 いや、ここで捕まるか後で捕まるかの違いだ。いま抵抗しなければ確実に捕まるが、後のことは後になってみないとわからない。

 なら、賭けに出よう。

 ボクは肩から提げた小さな鞄から、杖を取り出した。白みがかった半透明の六角形の水晶が先端に取り付けられた一番流通量の多い種類の杖だ。ボクは水晶に光の魔力を溜め、発動の準備を整えた。


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