ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.234 )
- 日時: 2021/08/09 21:43
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: taU2X.e0)
7
「こんにちは」
突然、あの三人以外の、勿論ボクでもない人の声が重くのしかかった。
「見回りお疲れ様です。ところで随分と私の知り合いのことを悪く言っていたようですが、気の所為でしょうか?」
ボクはこの声を知っている。こんな声音は聞いたことがないが、聞き間違えるはずがない。
笹木野龍馬だ。
「え、あ、ははは……」
「いや、その、はい、気の所為で……」
「も、申し訳ありません!!!」
笹木野龍馬の威迫に圧されたのか、三人はしどろもどろになって答えになっていない言葉を各々で口にする。
「肯定と否を言っている方がいらっしゃるようですが、事実はどちらなのでしょう? まさか真逆の事実が二つ存在するとでも? おかしいですね。未来はいくらでも枝分かれしますが、我らの辿る過去はただ一つであると他のどなたでもない神々が定めたのですから」
静かな怒りを前面に出したような、空気が痺れる錯覚を感じさせる声が、この場を支配していた。いくらカツェランフォートの吸血鬼であり自分よりも長い年月を生きてきた人物を相手にしているとはいえ見た目だけではまだ子供の少年に怯えているようで、騎士団の兵士が務まるのだろうか。
「お、おい、さっさと謝れよ」
「はあ? お前だって止めなかっただろうが」
「ちょっと二人とも、今はそんなこと言ってる場合じゃ」
ない、と最後の一人が言い切る前に、それは起きた。
まず、ずしりと上から重圧が辺り一帯に掛けられた。それだけではなく、心做しか息苦しさも感じる。手足が痙攣し、自由に動かせなくなった。視界もかすみ、次第に体がふわふわと浮くような錯覚がし、触覚が正常に機能しなくなったように感じる。
「あれ、どうかしましたか? かなり顔色が悪いようですが。私なら楽になれる場所まで運んで差し上げられますがいかがでしょう」
「た、すけ、て……」
「あ、かはっ、がっ……」
「すみま、せ……」
やや離れた場所にいるボクでさえこれだけの影響を受けているのだ。魔法の対象とされたあの三人は、これ以上に苦しい目に合わされているのだろう。声から察して、もはや死にかけている。
どくんどくんと、心臓がゆっくり大きく異常な脈を刻んだ。[黒大陸]の住民は冷酷非情。それが今、実際に体験させられている。
怖い、恐い、こわい、コワイ。恐怖という名の氷がボクの体を埋めつくし、急激に体温を奪っていく。この震えはきっと、魔法による痙攣だけではないはずだ。
「まあ、と言ってもこの場所はいま私の魔法が上手くコントロール出来ない状態にあるので、もしかすると案内し損ねるかもしれませんけど、ね。その時は寛大な心でお許し頂けると幸いです」
「……」
「はい? なんですか?」
「コロ……サ、ナイ、デ……」
「え?」
数秒の沈黙の後、笹木野龍馬は変わらぬ落ち着いた声で言った。
「ああ、失礼しました。知らず知らず紛らわしい言い方をしてしまっていましたね。ご安心ください。殺しはしませんよ。いくら私が吸血鬼だからといって誰も彼も襲うわけではありませんし、殺すわけでもありません。
ただ、闇の中に飲み込むだけです」
その声はむしろ穏やかさすら感じさせるほど、冷たい怒りで満たされたものだった。体中を這いずり回すような不快感に包まれ、気を抜けばすぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。
「闇の中では死ぬことはありません。ひたすら無限の時の中感覚を忘れ、記憶を忘れ、そして自分を忘れます。ね? 楽になれるでしょう?
……あれ?」
数歩分の足音がした後に、ふっと魔法が解かれた。その瞬間ボクはその場に倒れ、パキパキと枯葉が割れる音がした。
「次はないと脅すつもりだったのにな。気絶してる。そんなにやりすぎたのかな、自覚ないや」
朦朧とした意識の中聞こえたその声は、もう怒りはなかった。
「君も、えっと、誰かは知らないけど、巻き込んでごめんね。まさか森の中に隠れてるなんて思わなかったからさ。お詫びになるか分からないけど、この辺に幻影魔法敷いておくから、調子が戻ってきたらここから出ることをおすすめするよ。そう時間がかからないうちに大規模な魔法がバケガク全域に渡って発動される予定だから」
ああ、笹木野龍馬にも破られたのか。でも、スナタよりも正確に破れてはいない、みたい、だ、な……。
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