ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.236 )
日時: 2022/06/13 20:48
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: ZZRB/2hW)

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 ボクは目を閉じたまま、【百里眼】を発動した。視界は厳重な警戒をすり抜けて、図書館の入口を通過する。図書館の中にも見張りは当然居たが、スルー。本の森を通って、二階への階段を上がる。それを繰り返して、四階まで。

 魔法石をもらったとき、ジョーカーから【百里眼】は酔いやすい魔法だから注意するように言われたっけ。でもボクは【百里眼】で酔ったことは無い。そもそも馬車なんかに乗っても乗り物酔いを体験したことがないので、おそらく酔いに強いのだろう。

 一階には管理人がいなかったが、ここにはいるようだ。あまり人を近付けたくないのか、見張りが一人たりとも居ない。

「ほお、そんなことをしようとしているのか。流石学園長だ。無茶をさせるね、まったく」
「予想ですけどね。送られてきた手紙の内容はただ自分を呼び出すだけの文言しか書かれていませんでしたから」
「いやいや、いかにも学園長が考えそうなことだ」

 四階では、笹木野龍馬と老人が仲良さげに話していた。

「引き止めて悪かったな。ほかの全員はもう揃っているよ」
「いえ、楽しかったです。ありがとうございました。では、失礼します」

 そう言って、笹木野龍馬は老人が背を向けている奥の扉へ消えていった。その扉の上には、『第一読書室』と書かれてある。

 これが、噂の。

 図書館には、自習にも使われている個室で読書が出来る場所がある。図書室は静かだとはいえ周りに人がいるというだけで読書に集中出来ないという感覚が鋭敏な人もいるらしく、そういった人のために用意されたものなんだとか。

 個室は『第一読書室』、『第二読書室』、『第三読書室』、『第四読書室』、『第五読書室』まであり、それぞれ使うことの出来るクラスが分けられている。グループではなくクラスであることが学園長の指示だそうで、理由はグループだと昇進が難しいが、クラスなら在籍日数や授業態度などの実技(魔法だけに限らない)以外の成績で昇進可能なためらしい。
 第五読書室を利用可能な生徒はGクラス以上(つまり全校生徒)、第四読書室を利用可能な生徒はCクラス以上……といった調子で第二読書室を利用可能な生徒はAクラス以上となる。

 ボクは利用したことがないので詳しくは知らないが、数字が小さくなるごとに部屋の中身が読書に適した環境が整えられていくらしく、部屋の広さも大きくなっていくらしい。そのため複数人で一つの部屋を借りて読書会や勉強会を開いたりする生徒も多数いるんだとか。

 第一読書室は特別扱いで、他の読書室が最低二十部屋用意はされているのに対し、一部屋しか用意されていない。最上階に保管されてある持ち出し禁止の本を、一冊ずつであるとはいえ唯一部屋の外に持ち出して良いとされている部屋がその第一読書室なのだ。
 そのため他の読書室は図書館の横にある別館に設置されているのだが、第一読書室だけは図書館内に置かれている。位置は『番人』と呼ばれる、最上階のみの担当管理人である老人が座る受付台の後ろだ。

 ここに、姉ちゃんたちがいるんだ。

 ボクが第一読書室の中を見るために視界を動かすと、老人が口を開いた。

「誰だ」

 その声は笹木野龍馬と話していた時とは比べ物にならないほど、重々しいものだった。

「いくら魔法を使おうとも、わしの眼は誤魔化せんぞ。ここに留まるくらいなら許してやるが、わしの管理下にある場所に踏み込むんじゃない」

 ちょっと、ジョーカー! どうなってるんだよ! こんな老人にすら魔法が破られてるじゃないか!

「ん? ……ああ、君は大丈夫みたいだね。悪意は見えるが、それは暴力的じゃない。この場所に危害を加えるような悪意じゃなければ、問題は無いよ。
 入室の手順を知らなかったんだね。少し待ちなさい」

 そう言うと、番人はサラサラと手元の紙に何かを書いた。

「はい、いいよ。本当なら申告書が要るんだけど、まあ、あれは別に体裁を繕うためのもので特に意味は無いものだから、気にしなくていい」

 これは、入ってもいいということなのだろうか。

「気を付けなさい。今のままだと、君の悪意は君を滅ぼす。少しでも早く罪を吐き出し、考えを改め神に祈りを捧げた方がいい。老いぼれからの忠告じゃ」

 視界を移動させて番人の後ろを通ろうとすると、ふとそんなことを言い出した。

 神、か。神なんて、いるわけないじゃないか。くだらない。それにもう、手遅れだよ。ボクは──

 うるさいうるさい。何も考えるな。

 とにかく中に入ろう。後のことは後で考えれば良いんだから。

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