ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.24 )
- 日時: 2022/01/14 20:05
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
1
リンリンリンリンリン!
『リン、そんなに鳴らさなくても……』
『だって全然起きないんだもん!』
リンは背中の羽を力いっぱい動かして、鈴の音をならしている。
「使い方違う」
羽は空を飛ぶためのものであって、誰かを起こすためのものではない。絶対。
『あ、起きた! お寝坊さんだよ、日向!』
『リン、日向は疲れてるのよ。昨日の騒動の片付けは大変だったでしょう?』
リンはむうっと押し黙った。
「いいよ、ベル。起きる。」
『そう? 日向がいいなら、いいけど』
ベルは不服そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「リンは、何を食べるの?」
精霊は、一人一人が食べられるものが決まっている。ちなみに、ベルは林檎だ。
『えっとね、みかん!』
「蜜柑」
さて、あっただろうか。
『蜜柑なら、さっき戸棚で見たわ。リビングに持っていっておくわね』
「うん」
ベルはシャラランと羽を動かし、飛んでいった。
『ベルは物を持てるの?』
「《本契約》だから」
本契約は、仮契約とは違い、決められた手段を踏むか、どちらかの存在が消滅しない限り、永久にその絆が繋がっている。そして、本契約では、お互いの能力がお互いに使用出来るようになる。現世干渉もそのうちのひとつで、本来精霊は触れることが出来るものが限られている。しかし、現世干渉が可能になることによって、この世のものに触れられるようになるのだ。
「行くよ」
なぜか複雑そうな顔をしているリンに言った。今日もいつものように学校がある。さっさと用意を済ませてしまおう。
2 >>25
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.25 )
- 日時: 2021/06/06 10:41
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 9ydMs86F)
2
「おはよう、日向」
靴箱のところでリュウに会った。
「おはよう」
「今日はベルと一緒なのか」
『リュウ、久しぶりね』
「そうだなー。半年くらいか?」
『四ヶ月よ』
リュウや蘭、スナタは、ベルの存在を知っている。
長い付き合いだ。もう、どれ程になるか。
「そういえば、もうそろそろじゃないか? 仮契約も終わったし」
リュウと話しながら廊下を歩く。
「《サバイバル》?」
《サバイバル》とは、魔物のいるダンジョンや森などで、一週間の間生き延びるというものだ。四人から六人のグループを各自で組み、何も持たずに魔物の巣に放り出される。
異様で異常。そう思う者も多いだろう。しかし、このバケガクは、異常者をどんな形であれ社会で生きていかせるためのことを教える学園なのだ。どんな形であれ。だから、一般的に「悪」と呼ばれるものになる者もいる。各国の政府はそうならないように、学園に圧をかけているが。そのため、卒業生は冒険者になることがほとんどだ。
冒険者となるには戦闘能力が不可欠。回復専門の治療師でも、守ってもらうだけでは命が危ない。
《森探索》も、力を養うための行事のひとつでもあったりする。
「そうそう。今回もいつものメンバーかな?」
「それ以外に何があるの」
今日中に声をかけておこうか。
彼女に。
______________________
「真白さん」
「ひゃっ」
真白は肩をビクッと上げた。
「び、びっくりしました」
ふわっとした藍色の髪をおさげにして、おっとりとした青い目の彼女は、真白。名前で呼んでいるのは別に親しいからというわけではなく、単に彼女に名字がないというだけだ。
「《サバイバル》、一緒に来てくれる?」
「あっ、はい! もちろんです!」
はじめは言葉足らずの私の言葉を、理解するのを難しそうにしていた真白も、もうすっかり慣れてしまっている。
「よろしく。メンバーは、いつもの五人」
「わかりました」
こういう会話をしたわけだが、タイミングが良いことに、この業間休みのあとの授業は、《サバイバル》についてだった。
3 >>26
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.26 )
- 日時: 2022/02/04 07:30
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: ZZRB/2hW)
3
この授業では、各ルームの担任教師が《サバイバル》の説明をする。
このルームの担任はターシャ先生。ほんわかした見た目と話し方、温厚な性格をしている反面、魔法学攻撃魔法科の教師であるという、なんだか闇を感じる先生だ。
「それでは、今回の《サバイバル》について説明します。
今回は、森ではなく、ダンジョンに行ってもらいます」
ルーム内がざわっと波を打った。
ダンジョンでは、森などに比べるとトラップや魔物のレベルが格段に上がる。少なくとも、Dランク以上の冒険者くらいの実力がなければ、攻略はおろか、生きて帰ることはできないだろう。
ターシャ先生は、大きな紙を取りだし、黒板に張り付けた。
「今回行くのはここ、[ジェリーダンジョン]。大陸サードの最北の海岸から、さらに沖に出た場所にあるダンジョンです」
海か。
同じことを思ったらしく、リュウがこちらを見た。私は肩をすくめ、それに答える。
蘭は海が嫌い……泳げないのだ。
「そして今回は、ダンジョンを攻略してもらいます!」
ターシャ先生がはっきりとした口調で宣言した。
ザワザワッ
ルーム内で起こる声が大きくなった。
「はーい、静かに」
ターシャ先生がパンパンと手を叩き、自分に生徒の注意を向けた。
「大丈夫。私たち教師もいつもより多く《サバイバル》に同行します。それに、最北の国[ノルダルート]とも連携を取り、いざというときは騎士団が駆けつけてくれることになっています」
これは、バケガクならではの利点だろう。この学園は各国が協力しあって設立したものだ。バケガクの行事では、ほぼ全ての国が協力する手筈になっている。
「それに、[ジェリーダンジョン]はレベルもそんなに高くありません。Cクラスの皆さんなら、絶対に攻略できます!」
バケガクでは、AクラスからGクラスまで、クラスがわかれている。能力とバケガクに在籍している年数でクラスがわかれる。私はここにいて長いので、Cクラスというハイクラスにいるのだ。何度かリュウたちとクラスが離れたこともあったっけ。
「来週の月曜日までにCクラスでメンバーを決めて、私か専属鑑定士のロットさんに、いまから配る紙の欄を全て埋めて、提出してください」
4 >>27
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.27 )
- 日時: 2021/04/23 18:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
4
「花園さん!」
……またか。
《サバイバル》の説明が行われて二日。あれから大勢の人に呼び止められる。
「笹木野がどこにいるか知らない?」
ほら、やっぱりこの件だ。
「知らない」
その男の子は肩をおとして、去っていった。
ダンジョンで生き残り、攻略するとなると、メンバーにハイレベルな人がほしいと誰もが思うだろう。実際、そうだ。
このCクラスにはⅠグループがいない。つまり、リュウや蘭を含む数少ないⅡグループの生徒を、皆が狙っているわけだ。私たちはいつも同じメンバーで《サバイバル》に参加する。五人中、二人がⅡグループだ。それなら一人もらおうと、クラス中の人がやってくる。スナタも同じ状況だそうだ。
さらに、今日が金曜日であることも関係している。週末なので、今日を逃すとあとがない。参加表は月曜日の朝が提出期限だし、土日に二人に会えるはずがない。リュウは家の場所を知られていないし、蘭は学生寮暮らしだけど、こういうときは、時間外外出届を出して、避難しているからだ。
二人は連日逃げ回っていて、ろくに話が出来ていない。私とスナタで何とか話をまとめようとしているが、効率が悪すぎる。
仕方ない。あれを使うとしよう。
______________________
私は帰宅し、ステータスを開く前にそれを開いた。
「メンバーチャット、オープン」
ふおん
葉っぱのような優しい緑が部屋を包んだ。
『《サバイバル》の件について話す』
私はそう打ち込んで、チャットを閉じた。
みんなが来るまで時間がかかる時やそうでない時もある。ある程度の頻度で確認する必要があるが、いちいち詠唱が必要なので、面倒臭いのだ。
「ステータス・オープン」
今度は爽やかな青が部屋を包む。
『【名前】
花園 日向
【役職】
○○○ level???(✕✕✕)
【職業】
・魔導士 level 58……
【使用可能魔法】
・光属性
└拘束類
└光鎖……
・闇属性
└拘束類
└沈意……
【スキル】
・鑑定 level 33
・察知 level 40
・索敵 level 42
・精眼 level 37……
【称号】
・精霊に愛されし者……』
うん。変化無し。
5 >>28
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.28 )
- 日時: 2022/10/06 05:18
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)
5
「メンバーチャット・オープン」
あ、来てる。
『やっほー! 来たよ!』
『悪い、いま帰った。家まで来そうだったから、撒いてきた』
スナタとリュウはいる。蘭はまだか。
……それにしても。
「家まで?」
私は呟いた。
『変なこと考えないでね、日向』
私の目つきが悪かったのか、ベルが声をかけてきた。
「?」
『排除するとか。一度、学園長さんに怒られたでしょう?』
そんなことも、あったっけ。
「忘れた」
『もう。自分に関係ないことはすぐに忘れるんだから。
そういうことがあったの。とにかく、ダメ』
「……うん」
『わかってないでしょ!』
私はベルを無視した。
排除するかどうかは、相手がどうするかによる。蘭たちに被害がなければ多少痛め付けるくらいにするし、被害が出ても、その大小によって排除を物理的にか精神的に、あるいは社会的にかどうか決める。
なにもない現段階でそう言われても、困る。
『悪い! 話してたんだな』
蘭が来た。
『蘭も追いかけられてたの?』
『いや。ライカ先生に呼ばれて、帰るのが遅れたんだ』
またあの人か。
どうせ、私と関わらない方がいいとか、言ったんだろう。
リュウにも、蘭にも、執拗に付きまとっている。
そろそろ、考える時期か。
『ほら、言ったそばから!』
ベルが怒って言った。
「いちいち言わないで」
『言わなきゃ何するかわからないじゃない!』
「信用ない」
『何度かやってるからでしょう?!』
『二人とも、何を喧嘩してるの?』
ほんわかしたリンの声。
大人しいと思ったら、蜜柑を食べてたのか。
「食べ尽くさないで」
『私の聖力袋の限界によるから、わからないわ』
そしてまた、大きな口を開けて蜜柑を食べる。その口が小さすぎて、全体の五パーセントも減っていないが。
チャットを見ると、話が進んでいた。
『今回は、何を持っていくの?』
『許可されているのは、MPポーション五本、HPポーション三本、杖、ほうき、C級以下の攻撃・防御アイテム各一つずつ。
おれたちのチームは五人だから、この五倍だな』
『多いな』
『攻略するか、全員がリタイアするまでだからな。過去には一ヶ月帰らなかった年もあったみたいだぜ』
いつものように、リュウが二人の質問に答えていく。
『魔力増加とか、筋力増加とかのポーションはいいのか?』
『一人一つずつだな。いるのか?』
蘭はポーションを使わなくても魔法騎士団団長並みの戦闘能力を持っている。ポーションが必要とは思えない。
『水中呼吸のポーションが欲しいんだ』
あ、なるほど。
6 >>29
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.29 )
- 日時: 2021/01/11 07:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wVVEXLrP)
6
《サバイバル》当日。蘭は宣言通り水中呼吸のポーションを持ってきた。
「水に潜る訳じゃない」
「万が一ってことがあるだろ!」
「ない」
生徒は、朝の六時に、校門に入ってすぐの大樹の周りに集まっていた。全員が集まるのを確認すると、教師たちは長ったらしい開会式を始める。もちろん、ほとんどその内容を頭に留めてはいない。大半が毎年聞いているもので、変更がある部分は既に担任から聞いているからだ。
生徒からの宣誓も終わり、最後の注意事項を確認し、開会式は終わった。
「これから、各グループに別れて出発してください」
ライカ先生がそう言うと、わらわらと生徒が別れた。
私もリュウたちと合流し、おろおろしていた真白のところへ行った。
「全員揃ったし、行こうか」
スナタが言った。
ターシャ先生が先頭を飛んで、他のグループは既に出発していた。
私たちはほうきにまたがった。
ふわり
私たちは飛べたが、真白は飛ぶまで時間がかかる。
「せー……のっ!」
ビューン!
「うわわわ!」
上達しないな。
私たちは一気に高く上ってしまった真白のところにほうきを飛ばした。
「ご、ごめんなさい……」
真白は顔を真っ赤にしてほうきにしがみついている。
「いいよいいよ。気にしないで!」
スナタが笑顔で言うと、真白の表情が幾分やわらいだ。
「よーし、準備はできたな? 早く行くぞ。前のグループとずいぶん差がある」
最後尾担当のフォード先生が言った。
フォード先生は今年入ってきたばかりの先生。だけど、バケガクに派遣されるだけあって、それなりの実績はある、らしい。
「はい。じゃ、行こうか」
蘭の言葉を合図にして、真白を気遣いながら、ほうきを進めた。
「通常だと五時間ぐらいなんだが、Ⅴグループが二人もいるとなると、それ以上かかりそうだな」
フォード先生が苦笑した。
そして、私を見た。
「花園。そのローブはなんだ?」
私は黒いローブを着ていた。生地の厚みもそこそこある、ごつい、と言われるものの類いに入るだろう。
面倒臭いと思いつつ、私は答えた。
「防御服です。自分の気配を隠す効果があります」
なるほどといった様子でフォード先生は頷く。
「身を隠すことに使える、ということだな? しかし、そのローブだと隠れにくいんじゃないか? 動きづらそうだし、大きいし。それに、君のようなⅤグループの生徒は、そういうものよりも直接相手の攻撃から身を守るものを使った方が良いぞ」
「はい」
話を長引かせたくなかったので、とりあえず、そう答えた。
私のこのローブの使い方を知る三人は、苦笑していた。
7 >>30
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.30 )
- 日時: 2022/02/04 10:49
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: p3cEqORI)
7
「蘭、大丈夫だって」
「だって、溺れたらどうするんだよ!」
「見た目どおりだったらスナタも溺れるから大丈夫」
「どこがだよ!」
「真白さんも溺れるよ」
「日向とリュウは溺れないだろ?! 他人事だからって!」
このやり取りを、もう十分は繰り返しているんじゃないだろうか。
「蘭、大丈夫だって」
「溺れたらどうするんだよ!」
「ねえ、いつまでするの?」
とうとう、スナタが呆れた顔で会話に入ってきた。
「だって見ろよ! 渦潮だぞ、どう見ても!」
「違う。ダンジョンの入り口」
「入り損ねたらどうするんだ!」
「蘭に限ってあり得ない」
「蘭、諦めろ」
ついにリュウも入ってきた。
「それともなんだ」
リュウは海面を指さして。
「海の藻屑になりたいか?」
黒い笑顔でそう言った。
海はリュウの庭のようなもの。リュウが本気を出せば、海戦であればほとんど負けることはない。
以前蘭がいつも以上にごねた時、リュウが本当に蘭を海に引きずり込んだことがある。その事が未だにトラウマらしく、蘭は押し黙った。
「……わかったよ」
リュウはニコッと笑った。
「ほら、もう。手、繋いどいてあげるから」
スナタに子供扱いされながら、蘭は渦に飲まれていった。
「やっとか。お前たちもさっさとはいれよ」
フォード先生が言った。
「はい」
リュウが答え、渦に飛び込んだ。
「真白さん」
「え?」
私は手を差し出した。
「震えてる」
真白は手がカタカタと震えていた。
真白は、『魔物が寄ってくる』異常体質。バケガクの入学理由は、それだけだ。バケガクの中では一般人に近い。ダンジョンに入ることを恐れるのも、無理はない。
「あ、ありがとうございます」
真白は私の手をとった。
海に渦巻くダンジョンへの入り口。それは嘲笑う悪魔の口のごとく、人の恐怖心を煽る。
私は渦に飛び込んだ。
スウゥ
意識が薄れる。
ゴポッゴポッ
水の感覚。蘭はさぞ恐がっただろう。
______________________
ピチョン……ピチョン……
水の、音?
ピチョン……ピチョン……
ぽた、と、私の頬に冷たいものが当たる。
これは。
「水だ」
頬を撫で、確認する。
倒れていた体を起こす。
「真白」
隣には、真白が倒れていた。
三人も、ちゃんといる。まだ、意識は、ないけれど。
先生もいる。生徒より先に起きられないとは、如何なものだろうか。
関係のないことだ。
北の海の[ジェリーダンジョン]。地下へ地下へと進む、下層型。
薄暗い。わずかな明かりは、地上の太陽の光を水が反射したものだ。
ピチョン……ピチョン……
聞こえてくるのは、水の音。
それだけ。
8 >>31
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.31 )
- 日時: 2022/11/06 14:56
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Ze3yk/Ei)
8
それだけ。
……だった。
ズリ……ズリ……
体を引きずる音。
スライムか。
地を這う音がするということは、G級スライムだな。
スライムというのには、三つ種類がある。
一番弱いのが、この〈G級スライム〉。一般に「スライム」と呼ぶのは、ほとんどこれを指す。攻撃力0。防御力0。倒しても獲得経験値はたったの1。ただし、群れになると合体し、〈大スライム〉となることがある。すると自らの死と引き換えに【自爆】によって相手にダメージを与えることが出来る。かすり傷程度ならダメージは5、もろに受けても15しかHPは削れない。
ただの雑魚だ。
二つ目は、〈E級スライム〉。〈G級スライム〉よりも液体に近い見た目をしている。触れるとその部位が溶ける。火属性で攻撃すると、爆発する。移動するとそのあとに体液が残る。もちろんそれも触ると溶ける。色は紫が多い。
一番強いのは、〈C級スライム〉。ピョンピョンと跳ねながら移動するので、ベチャベチャとうるさい。見た目としては、〈E級スライム〉がゼリーになったようなもの。固体と液体の中間辺り。触ると溶けるというものに加え、自分の体の一部を飛ばしてくる。色は赤紫が多いが、〈E級スライム〉と区別できる者はそういない。
〈E級スライム〉と〈C級スライム〉はレアな魔物で、とりあえずこの[ジェリーダンジョン]にはいないことは確かだ。
さて。
目の前にいるスライムの色は青。〈G級スライム〉の色は周囲の魔素によって変わる。ここは【水】のダンジョン。何の異常もない、ただのスライムだ。
なら、時間をかける必要はない。
私はスライムに近寄った。
ズリ……
スライムは私から距離を置こうとしたが、遅い。
パンッ
私はスライムを素手で叩いた。これでもう殺せた。あっけない命だ。
スライムだったものの粘液をつかむ。
魔物は物理攻撃で倒すと、≪魔石≫にはならずに死骸が残る(ペリットを倒したとき、エールリヒは剣に風魔法【速度上昇】をかけていた)。
スライムの粘液など、特に使い道はないが、売れることは売れる。持って帰るとしよう。
9 >>32
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.32 )
- 日時: 2020/12/13 07:22
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)
9
しばらくして、フォード先生が起きた。
「あ……なんだ、花園。起きていたのか?」
Ⅴグループの生徒より気を失っていた時間が長いのが気に食わなかったんだろう。自分に対して腹を立てた様子で、私に言った。
「私は先に行った生徒を追う。この場所なら、来るのはスライムくらいだろう。真白の体質もあるが、しばらくすれば笹木野たちも起きる。大丈夫だな?」
「はい」
さっさと行けばいいのに。
ピチャピチャと浅い水溜まりを踏みながら、フォード先生は走っていった。
「それで、何してるの?」
私はリュウに声をかけた。
「え? いや、まあ」
リュウは口ごもった。
「なんとなく、起きづらかったというか」
「ふうん」
しばし流れる沈黙。
「日向、今回は、攻略するのか?」
「別に、しようとは思っていない」
「そっか」
珍しく、リュウがあまり話してこない。
「どうかした?」
「え?」
「静かだから」
「それ、おれが普段うるさいってことか?」
「うるさくは、ないよ」
私はリュウの目をじっと見た。
「うるさいのは、不快な感情。周りの声は不快だけれど、リュウの言葉は不快じゃない」
リュウの顔が赤くなった。
どうしたんだろう。健康優良児のリュウに限って発熱?
「ありがとう」
「なんでお礼を言うの?」
よく、わからない。
わからない。
「日向」
「なに?」
「えっと」
リュウがなにか考えるような仕草をする。
「ここには来たことあるのか?」
私はよく、世界中のダンジョンを出入りしている。ダンジョンは攻略してしまうと消滅するけれど、逆に言えば、攻略さえしなかったら消滅はしない。
強いのがいるかどうか確かめたくて。もっと強くなりたくて。
私よりも強い魔物がいるのか、確かめたくて。
「ない。出られるかわからなかったから、入らなかった」
「攻略しないと出られないところもあるからなー」
「もしかしたら、読みは当たったかも。追い込んだ方が、やる気を出すから」
「だから、《サバイバル》の場所をここに選んだってことか」
「うん」
出られないとなると、出るために冒険者は必死になる。ボスさえ倒せば、出られるから。
ここはダンジョンのレベルもそんなに高くないと言っていた。先生たちの考えが予想通りなのは、間違いなさそうだ。
10 >>33
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.33 )
- 日時: 2021/04/16 18:36
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
10
「真白さんが起きたよー!」
見張りをしていた私たちに、スナタが声をかけた。声が反響し、ぼわんぼわんと響く。
「へ? あ、わたし、どのくらい寝てました?」
「わたしもさっき起きたからわからないけど、十分くらいかな?」
本当は小一時間だったのだけど、わざわざ言う必要もない。
「じゃあ、行こうか」
リュウが言った。
「はい!」
真白は勢いづけて立った。
「下にどんどん降りるんだよね? どれくらい降りるんだろう」
「ここはかなり沖にあるから、海底までそれなりの距離があるはずだ。二十は降りるんじゃないか?」
「ええっ?! そんなに降りるの?」
「下へは階段があるのかな?」
「一番奥に、鍵のかかった扉があるのが定番。だけど、飛び降りるのも、たまにある」
「わたし、足を引っ張りそうです……」
そんな話をしながら進む。
ぐう
「だれ?」
誰かのお腹の音がした。
「……おれ」
蘭が以外と早く白状した。
今は正午を少し過ぎたくらい。そろそろお腹がすく頃だろうとは思っていた。
「お昼ごはんにしよう!」
スナタがそう言うと、みんな、いそいそと弁当を取り出した。
『お昼ごはんだー!』
リュックに入っていたリンが、急に飛び出した。
「リンはないよ」
リンはがーんとした顔をした。
精霊は、基本、食べなくても生きていける。何らかの出来事で霊力を使い、体を弱めたときの回復に、食が必要なのだ。
「蜜柑はたくさんあるけど、温存しないといけないの」
他のみんなの精霊は出てきていないことを確認し、リンはすごすごとリュックに戻った。
「今でこそお弁当があるけど、今日の夜からごはんの心配しないといけないんだよねえ」
スナタが卵焼きを食べながら言った。
「リュウに任せれば、食材は手に入る」
私の言葉に、蘭はあははと笑った。
「リュウは魔法無しでも騎士団に入れるくらい強いからな」
「そうなんですか?!」
真白が驚いた顔をする。
「蘭、冗談を言うな。真白さんが本気にする」
「どこが冗談なんだ?」
リュウはため息を吐いた。
「もういい」
そして、ひょいっとミートボールを蘭の弁当箱から抜き取った。
「あ! おれのメインディッシュ!」
「ふん」
リュウは蘭を鼻で笑い、パクッと食べた。
「ああああああっ!!!」
蘭の絶叫が、辺りに響き渡った。
11 >>34
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.34 )
- 日時: 2021/04/16 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
11
「おれのミートボール……」
「まだ言ってるのか」
リュウがあきれた顔をした。蘭はずっと、リュウのことを恨めしそうな顔で見ている。
「当たり前だろ! 次、いつまともな料理を食べられるかわからないんだから!」
スナタも苦笑いをしている。
「けんかはだめですよ」
おろおろしながら訴える真白を見て、ようやく蘭の怒りもおさまった。
「別に、喧嘩じゃねえよ」
ばつの悪そうな表情はしていたが。
「魔物いないかなー」
スナタがキョロキョロしている。
「え、遭遇したいんですか?」
「私はまだまだ弱いからね。強くならなきゃ」
真白は表情を曇らせた。
「Ⅲグループに入れるだけの実力があれば、十分ですよ」
ぼそりとしたその呟きは、場の空気をも暗くした。
スナタは慌てて言った。
「えっと、ごめんね?」
「! いえ、わたしこそ、ごめんなさい。こんなの、ただのひがみです」
あーあ。暗くなっちゃった。
「スナタ」
私はスナタの名前を呼んだ。
「魔物、いるよ。相手する?」
ガサガサガサッ
「ひええええっ」
真白が腰を抜かした。
そこにいたのは、大量の木の魔物。黒い幹に、毒々しい緑の葉。第一印象としては、気味が悪い、その一択だろう。
真白の体質のせいか、その数は尋常じゃない。通常は四体か五体の群れなのに、今は十体はゆうに越えている。
「〈ジャンカバ〉か。よおっし、任しといて!」
スナタは両手を突き出した。
ふうっと息を吐き出し、体内の魔力を両手に集中させる。
「風よ」
スナタの言葉に応えるように、その場の空気が渦を巻き、突風が起こる。
「鋭き刃となり、切り裂け! 【鎌鼬】!」
ズオッ
魔法でない限り生み出せないほどの強く速い風が、〈ジャンカバ〉の群れにおもいっきり撃ち込まれた。
ズドオン!
うるさい音。砂ぼこりが舞う。
「けほっけほっ」
真白が咳き込んだ。すかさずリュウが駆け寄る。
「大丈夫?」
すると、とたんに真白は真っ赤になった。
「だだだだいじょうぶです!」
慌てて距離をおこうとし、つまずいたのか、私の方に倒れてきた。
「落ち着いて」
真白の肩を支えながら言うと、真白はますます顔を赤くした。
「ごめんなさい……」
12 >>42
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.35 )
- 日時: 2020/12/11 18:40
- 名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)
>>31
皮膚が溶けるということはスライムの粘液は酸性なのですか?
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.36 )
- 日時: 2020/12/11 19:31
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KVjZMmLu)
そうです。設定としては酸です。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.37 )
- 日時: 2020/12/11 20:38
- 名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)
>>31
すいません。貴方を傷つけたり、小説をけなしたりするつもりは本当にないのですが、少し設定に問題があります。
スライムを素手で潰したとあるのですが、スライムの粘液は酸性ですよね?
だとしたら、手に大怪我を負う可能性があると思うのですが···
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.38 )
- 日時: 2020/12/11 21:58
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: KVjZMmLu)
あはは。やっぱり勘違いなさる方が出てしまいましたね。申し訳ないです。改めてご説明させていただきますね。
酸性なのは〈E級スライム〉と〈C級スライム〉です。日向が叩き潰した(笑)のは、〈G級スライム〉で、酸性ではありません。想像としては、動く丸いゼリーだと思っていただいて結構です。
なので〈G級スライム〉は、触ってもなんにも問題ないんです。他の二種類のスライムは、確かに、触ると大怪我しそうですね(笑)
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.39 )
- 日時: 2020/12/11 23:00
- 名前: ダグラス=マッカーサー (ID: cJYcwzou)
それにしても、スライムの身体が弱すぎる気がします。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.40 )
- 日時: 2020/12/12 22:07
- 名前: リリ (ID: OYJCn7rx)
こんにちは!リリです。スライム弱すぎですね ワロタ
学校の先生とか日向の母や祖母がムカつくので
いつかボッコボコにしてください!ボコボコボコ
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.41 )
- 日時: 2020/12/13 06:40
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)
あはは(笑)やっぱり、弱すぎますよね(笑)
だから、〈G級スライム〉は、level1の冒険者に地道な経験値稼ぎの的にされがちなんですよ。
>>40
あははww ネタバレ防止のために詳しくは言えませんが、了解です。(やるとは言ってないゾ)
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.42 )
- 日時: 2020/12/13 07:30
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: RadbGpGW)
12
キシャアアア!
不快な音と共に、砂ぼこりの中から木の根が伸びてきた。
「あっ、ごめん! 仕留め損ねてた!」
スナタが叫んだ。
うん。まあ、仕方ない。いくらF級の魔物だからといっても、十体の群れだ。漏れが出てしまっても、責められるようなことはない。
ただ、技量が足りないことは確かか。
真白の体質によるものだろう、木の根はまっすぐに真白を狙う。
「ひゃああああ!」
真白は回復術士。攻撃魔法は使えない。自己回避は不可能だ。
ザンッ
リュウが伸びた木の根を、剣で断ち切った。
リュウが持ってくる武器は、毎回この鉄剣だ。両手で持つタイプの剣で、青い宝石がひとつ、埋め込まれている。
「真白さんと日向は下がってろ」
リュウが〈ジャンカバ〉を睨み付けながら、低い声で言った。
「わかった」
私は真白の背を押して、幾分か後ろに下がった。
「大丈夫なんでしょうか?」
「うん」
リュウたちが〈ジャンカバ〉ごときにやられるはずがない。
けれど、仲間を攻撃されてかなり気が立っている。〈ジャンカバ〉のように群れになって行動する魔物は、群れになることで自分の身を守っている。群れになれなくなると、自分の身が危ない。どこまでも魔物らしい考え方だ。
人間も、同じようなものの気がするけれど。
リュウが残った〈ジャンカバ〉を全て斬り倒し、その場はおさまった。
13 >>43
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.43 )
- 日時: 2021/01/03 06:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)
13
「≪ジャンカバの実≫ってはじめて食べたけど、意外と美味しいんだね」
スナタが五個目の≪ジャンカバの実≫を食べながら言った。黒い幹に見えていた部分は、実は果実で、味はなかなか上等なものだ。よくワインなどを作るのに用いられる。
「スナタ、おしまい」
私が制止し、≪ジャンカバの実≫の入った袋を取り上げると、スナタはむうっと頬を膨らませた。
「これも、貴重な食料。温存しておくべき」
ここのダンジョンの気温だと、少なくとも、温度の影響で腐ることはなさそうだ。
「それもそっかあ」
スナタは素直に諦めた。
よし。じゃあこれは、あとでアイテムボックスに入れておこう。
アイテムボックスを開いているのを真白に見られたくないので、一度リュックにしまうことにする。
と、突然手の中から袋が消えた。
「リュックの中、ほぼいっぱいだろ? 持つよ」
リュウが私の手から取っていた。
「うん、じゃあよろしく」
それから、少し考えて、私は言った。
「あ、りがとう」
「え?」
リュウがとてもビックリした顔で言った。あれ、間違えてたかな、言うタイミング。
「間違えてた?」
するとリュウは慌てて言った。
「い、いや! 間違えてない!」
そして、優しく笑った。
「どういたしまして」
ほのかに照ったその顔は綺麗すぎて、私は眩しく感じた。
少し目を細めて、じっとリュウの顔を見る。
「な、なんだ?」
私は首をかしげた。
「なにが?」
「ねえねえ、そこの二人。そろそろ進まない?」
スナタが仁王立ちしていた。しかし、その表情は怒っている風ではない。むしろにやにやしていて、面白がっているようだ。
「うん」
なにが面白いのかはよくわからないけれど、ここで止まっていても何にもならない。
私は少し前にいるスナタのところまで行った。
「ねえ、日向。やっぱり自覚なかったりするの?」
「なにが?」
スナタはため息を吐いた。呆れる、よりは、なんだか……
よく、わからない。
14 >>44
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.44 )
- 日時: 2021/01/03 07:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)
14
「ねえ、呆気なさ過ぎる気がするんだけど?」
スナタが私に言った。
私たちの目の前には、巨大な扉。巨大とは言っても、うん。私たちの背の五倍くらいだろうか。ほんのすこしの、人が一人通れるくらいの隙間が出来ている。
「私たちが最後尾」
「だって、それにしたって、面白味が無さすぎるよ!」
駄々っ子のように、スナタは手をバタバタさせた。
他のグループは、もう下の階に行っていることだろう。その証拠に、各フロアを守っている[層の番人]がおらず、所々に戦闘のあとがある。
「どうする、下に行くか? それとも、ここで一晩明かすか?」
リュウが全員に問いかけた。
「下は魔物のレベルも上がるし、明日にしようぜ」
蘭の言葉に皆が賛成し、夜を明かす準備が始まった。
「なんか、〈ジャンカバ〉に遭遇できてラッキーだったね」
スナタが焚き火のために≪ジャンカバの薪≫を組み立てながら言った。
「そうだな。でも、いつか底をつくだろうから、その時はどうするか、だな」
「また出てくるよ」
スナタからややはなれたところで、私と蘭は≪ジャンカバの丸太≫を薪にしていた。真白はそれを運ぶ係だ。重いのか、よたよたしているが、不器用で組み立てることが出来ず、丸太を割るのは言わずもがな。リュウは見回りがてら、食料調達に行っている。
「今思うと、〈ジャンカバ〉を全部一気に倒さなくてよかったね。お陰で薪が手に入ったわけだし」
スナタが、まるで自分の手柄のように言った。
「倒したのはリュウだろ」
「わかってるよ!
あ、二人、もういいよ。薪が組めた」
私と蘭は、丸太を割る手を止めた。
「よし、じゃあ、残りはおれが持っとくよ」
「よろしく」
と、その時、タイミングよくリュウが帰ってきた。
「魚釣れたぞー」
五匹の魚を素手でつかみ、両手で掲げてそれを証明する。
15 >>45
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.45 )
- 日時: 2021/01/03 07:01
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: jBbC/kU.)
15
パチパチパチ
火の粉の舞う音がする。
暗いダンジョンのなかで、蘭の橙色の髪が火の光で照らされ、絵のような幻想的な情景を作り上げている。
「暇そうだね」
「うわああっ」
ズザザッ
蘭がすごい勢いで座ったまま後ずさった。
そんなに驚かなくても。
「お、起きてたのか?!」
声が大きい。みんなが起きる。
私は人差し指を口の前に立てた。蘭も意図を察したようで、むぐ、と口をつぐんだ。
「そりゃあ、暇だよ。おれだけ寝れないんだから」
蘭はヒソヒソと小声で言った。蘭は見張り当番のくじ引きを見事引き当てたのだ。
「日向は、寝ないのか?」
「うん。別に、眠くないから」
私は元々、ある程度眠らなくても普通に行動することが出来る。それがいいのか悪いのか、微妙なところではあるが。
「眠くない、か。おれは眠いよ」
少し代わろうか。
そう私が言おうとしたら、その前に蘭が言った。
「あ、交代はしなくていいぞ。くじ引きで当たったんだ。自分の役割は全うする」
「うん、わかった」
蘭は偉いな。
ただ、もう強い魔物は来ないと思う。めぼしいものは、他のグループの生徒に狩り尽くされただろうから。
蘭も同じことを思っているそうで、纏う空気にはさほど緊張がない。
たとえ何かがあったとしても、蘭とリュウがいれば、大抵のことは安心だ。
大抵でないことが起こったときは、その時はその時だ。
「にしても、暇だなー。あとどれくらいで起きるんだ、こいつら」
蘭がじとりとリュウを見た。さすがに女の子に『こいつ』と言うのはしないようだ。
「起きてるよ」
むくりとリュウが起き上がった。
「うわああっ」
先程と全くの同じ動作で、蘭が後ずさる。
「さっき日向にも注意されただろ。静かにしろ」
リュウはスナタと真白を見た。
「あとの二人は、確実に寝てるんだから」
二人からは、すうすうと寝息が聞こえる。静かな空間に、二人の寝息が静かに響く。
「わ、悪い……。
じゃなくて、寝ろよ! おれが見張りをしてる意味ねえだろ!」
やや音量を下げて、蘭が私たちに対し、文句を言った。
「おれが起きたのは、日向と蘭のやり取りでだよ。さっきの、おれにもしたように、日向が起きたときも大声出しただろ?」
蘭が恥ずかしがるように、頬を少し赤くした。
「あれか」
起こしてしまった理由が自分だと知り、申し訳ないと思ったようだ。
16 >>46
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.46 )
- 日時: 2021/01/06 06:32
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iuj9z/RI)
16
「ん、んー」
スナタが起き上がり、体を伸ばした。
「三人は相変わらずの早起きだね」
まだ眠そうな、とろんとした目でスナタは私たちを見た。
まあ、寝てないから、早いも何もないけど。
「三人って。おれは見張りだから寝てねえよ。
見張りの意味なかったけど……」
蘭が私たちを見た。その目線には、恨めしさがこもっているような気がした。
スナタは首をかしげた。
「? 魔物が来なかったの?」
蘭は苦い顔をした。
「ま、そんなところだな」
そして、肩をすくめる。わざわざ言う必要はないと考えたようだ。
「他のグループがほとんど狩ってるからね。仕方ないよ」
「そうだよなあ。おれたちも、そろそろ焦らないとな」
よし、とスナタは気を引き締めるような仕草をした。
「真白、真白」
スナタに体を揺さぶられて、真白はゆっくりとまぶたをあけた。しばらくぼーっとしていたものの、だんだん目が覚めてきたようで、いきなり顔を上げ、スナタと額が衝突した。
「ご、ごめんなさい!
あの、起きるの遅くてごめんなさい!
スナタさん、ごめんなさい!」
真白はあわあわと謝罪の言葉を連呼した。
「気にしないで。
ちょっと痛いけど」
スナタは額をさすりながら言った。
「ごめんなさ」
私はリュウから≪ジャンカバの実≫が入った袋を取り、真白の口に≪ジャンカバの実≫を放り込んだ。
「見てて気分が悪い」
何度も謝られると、その分空気が悪くなる。少なくとも、良くはならない。
「……ごめんなさい」
まあ、そういうしかないか。
「日向、言い方があるだろ?」
リュウがなだめるように私に言った。
他の言い方。
「うん」
あるのは知ってる。だけど、それが何なのかはわからない。
わからないから、使えない。
「まあまあ。朝めし食って、さっさと行こうぜ。時間がもったいねえよ」
蘭は私の手から袋を取り、みんなに二粒ずつ渡して回った。
少ない朝御飯。これで、みんなは戦えるのだろうか。
17 >>47
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.47 )
- 日時: 2022/03/10 13:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)
17
「わっ! 寒い!」
スナタが体を震わせながら言った。
下の階層へ続く大階段の中は、冷気が支配していた。明かりなどは全くなく、蘭の魔法による炎でなんとか視界を確保しているものの、辺り全体までは見渡せない。余った≪ジャンカバの薪≫に火をつければ多少ましにはなるのかもしれない。だけど、貴重な物資を無駄遣いすることはできない。魔法による炎を灯し続けると、魔力は止まることなく消費される。だから、他のグループは松明を作ったことだろう。蘭の保有魔力はこんなことでは痛くも痒くもないだろうから、そんなことはしないで済む。
スナタの言葉を受け、蘭は炎を大きくし、火力も上げた。炎の色が、赤から青に変わる。
「スナタ、近くに寄れ。炎の近くにいた方が暖かい」
「いいの? やったあ」
スナタは上機嫌で蘭のそばに移動した。
「地下に行くことだし、これからどんどん寒くなっていくんだろうな」
リュウが呟いた。
「えー。わたし、寒いの苦手」
スナタがげんなりした様子でぼやく。
「仕方ないだろ、ここは海の底なんだから」
スナタはしばらく口を尖らせていたが、ふと、気になったようにリュウに尋ねた。
「海の底ってことは、あの入り口とは直接繋がってるんだよね? でも、渦にのまれたのなら、私たちが気絶してた場所に水が溜まってないといけないんじゃない?」
たしかに、私たちは水と一緒にここに落ちてきた。スナタの疑問も不思議じゃない。
「ダンジョンは、解明されてないことの方が多いからな。突然現れるし、攻略したら消えるし。ゆっくり探索してたら魔物に襲われるし、研究が進んで無いんだよ。ダンジョン内でゆっくりしてられるような技量を持ってる人は、研究員より魔法騎士団に入るだろうしな」
スナタはそんなリュウの言葉を聞くと、腕を組んだ。
「んー、難しいね」
「それがダンジョン。だからこそ、人を魅了する」
冒険者の中には、ダンジョンにロマンを抱く者も少なくない。
「あ! 出口が見えましたよ!」
真白が言った通り、私たちの視界に光が見えた。蘭の掌の上にある青白い炎の光ではない。ほんのり青いことは同じだが、あれは、外の光だ。
「何がいるかな?」
わくわくしたように蘭が言う。
わくわく。
わくわく?
それは、なんだろう。
ああ、頭が痛い。
18 >>48
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.48 )
- 日時: 2021/04/16 18:45
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
18
「ひゃああああっ」
真白が一生懸命に逃げ回っている。
「ははは。相変わらず凄まじいな」
蘭が呑気に笑って言った。
そんな場合じゃないと思うけど。
私は真白の方を見た。
大きなムカデのような魔物が、三体、真白を追っている。そのため、ほうきに乗って高く、空中を飛んでいるが、今にも追い付かれそうだ。
真白の異常体質は【魔物誘引】。その名の通り、魔物を引き付けてしまう体質だ。私がこの《サバイバル》のグループメンバーに真白を選んだ理由はこれにある。
「蘭、真白は必死なんだから、そんなこと言わないの」
スナタがじと、と蘭を睨む。
「わるい」
蘭が表面だけの謝罪をした。
そして、蘭は右手を突き出し、魔法を放った。
巨大な火の玉が三つ作り出され、ムカデもどきに向かっていく。
シャアアアアッ
不快な断末魔に、私は顔をしかめた。
『あ、日向が表情を変えた』
リンが意外そうに言った。
だからなに。
そう言おうとしたけど、面倒臭かったから言わないでおいた。
ああ、面倒臭い。
ムカデもどきはしゅうう、と音を立てて消えた。代わりに、掌に乗るくらいの紫色の魔法石があった。
真白は地面に立つと、とぼとぼと歩いてきた。
「ごめんなさい」
またそれか。
もういいや。反応するのも面倒臭い。
面倒臭い。
……頭が痛い。
くらくら。くらくら。
頭が、くらくらする。
「日向?」
リュウの声がする。
「おい、蘭」
リュウが小声で蘭に声をかけて、こそこそと話している。蘭は頷いて、スナタたちのところに行った。
スナタも私を見て、察してくれたようだ。なにも知らない真白だけが、純粋に言われたことだけを信じ、笑って歩いていった。
「よし、行ったな」
リュウが確認して、改めて私を見る。
「平気か?」
「頭が、くらくらする」
くらくら。くらくら。
回る。回る。視界が回って。
立っているのも、疲れていく。
くらくら。ぐらぐら。
足も、だんだん傾いていく。
地面が揺れる。傾いていく。
立っているのも、面倒臭くて。
「……た」
リュウの声も、遠退いていく。
19 >>49
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.49 )
- 日時: 2022/03/10 13:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)
19
「日向!」
耳元で、リュウの大声が、ガンッと響いた。
けれど私はまだぼーっとしていて、視界の歪みも収まらない。
「しっかりしろ。おれがいる」
「……うん」
私はよくわからない。どうして心配してくれるの?
こんなこと、よくあるのに。大したことではないと、リュウは知っているはずなのに。
だめ。いま考えると、頭痛がひどくなる。
「どこか、休むところを探そう」
「うん」
てくてく。私はリュウに手を引かれ、ダンジョンを進む。
あ、れ?
くらくら。ぐらぐら。ぐらぐら。
ぐら、ぐら。
寒い、冷たい? なに、これ。
頭が、痛い?
「日向!」
地面に座り込んだリュウを、私は見上げた。
倒れてしまったんだ。
「わるかった。だいじょ」
「あやまらないで」
やめてよ。リュウは悪くない。いつだって、リュウは道を踏み外すことはない。
「あ、ああ。わかった。
歩けるか?」
「平気」
「には見えないけど、な」
リュウは優しく微笑んだ。
「無理はするなよ」
「するわけないじゃない」
リュウたちに危険がない限り、私が無理をすることは決してない。いま危険があるとすれば真白だけ。
あの子なんて、どうでも良い。
リュウは目をぱちくりと開き、ぱちぱちとまばたきしたあと、くしゃっと笑った。
「そうだな。日向は面倒くさがりだしな」
そして、握っていた私の手を引いて、私を立たせてくれた。
「ねえ、リュウ」
「なんだ?」
「向こう」
私はダンジョンの先を指差した。
そこは、真っ暗な空間が広がっているだけで常人にはなにも見えない。
だけど、私たちは違う。
「あれって!」
リュウも確認したようだ。
「どうする?」
リュウは困ったような顔をした。
「どうするって、行くしか……いや。日向の回復もしなきゃならないし」
「私、ここにいようか?」
「なに言ってるんだ!」
怒鳴られた。
「死なないよ」
私はまっすぐにリュウを見た。
リュウの顔が『驚き』を表した。その中には、『悲しみ』も混じっているように見えた。
「はいそうですかとは言えねえよ」
リュウがボソッと呟いた。
「?」
「幸い、蘭もスナタもいるんだ。あっちはあっちでしてくれる」
リュウが良いならそれで良い。
私はあいつらなんてどうでも良いんだ。リュウが救いたいなら救うし、放っておくなら私もそうする。
「まだふらふらするか?」
心配そうな目が、私の目を覗き込む。
「ちょっとだけ。活動可能範囲内には入ってる」
リュウはほっと息を吐いた。
「なら、行こう。ゆっくりで良い」
私は頷いて、リュウに手を引かれるがまま、歩き出した。
しばらく歩いて、蘭と遭遇した。
ぱっとリュウが手を離す。
「スナタや真白さんは?」
「教師たちに保護されたよ。ったく。守ったら訓練にならないだろうが」
「この状況なら、仕方ない」
私の言葉に、蘭は「それもそうか」と呟き、惨状を再確認した。
紫色の毒ガスが辺りに充満していた。無数の生徒たちが、血を吹くなりして、倒れている。目は見開かれ、充血し、恐ろしいものを見ているかのようだ。
20 >>52
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.50 )
- 日時: 2021/01/24 17:26
- 名前: 陽菜凛(ひにゃりん) (ID: O/vit.nk)
ここまで読ませていただきました(*´∀`)
設定がすっごく作り込まれていて、頭の弱い私はあと3回くらい読み返そうと思います。
(すいません日本語おかしくなってますよね……)
日向ちゃんにどんな秘密があるのか、凄くワクワクします(≧∀≦)
私より強い魔物が〜のところでわあぁぁぁぁぁぁってなって。
お忙しいと思いますが、更新楽しみにしています。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.51 )
- 日時: 2021/01/24 19:36
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: L3izesA2)
わざわざコメントありがとうございます!!! うれしいです~(*^^*)
世界設定は、もう、自分としては練りに練りに練りに練ったつもりなので、そういってもらえて満足です(*´σー`)エヘヘ
雑談スレッドの方で言われた主要キャラの説明、承知いたしました。
そうかあ、やっぱりいるのか(*´・ω・)ってなりました(笑)正直、「なくても大丈夫かなあー」と思っていたので。すぐに出来るかどうかは、お約束できませんが……
日向の秘密は、いつ明かそうかすごく悩んでます。明かされるまで、見ててください(・ω・`人)いつになることやら。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.52 )
- 日時: 2021/03/15 14:33
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: oZokihYy)
20
百合草。それが、この現状を生み出した原因である植物の名前。
針葉樹のような鋭い葉がついた、刺のある蔓を、壁に張り巡らせた、気味の悪い百合のような花弁を持つ植物。このダンジョン内に生息するトラップの一種。
「おれも詳しくは知らないけどさ、どこかの班の誰かが間違えて攻撃したらしいぜ」
「詳しくない」
「そう言っただろ?」
説明する意味すら持たない蘭の説明。
聞かなくても、それくらいわかる。
百合草は、魔法や物理的な攻撃に反応し、毒胞子を撒く有害植物。教師たちが何度も、注意するようにと言っていたのに。
「で、どうする? おれたちが手を出すか?」
リュウが私に尋ねた。
「好きにしたら良い」
私の言葉を聞くなり、リュウは空間に手を突き出した。
蘭がぎょっとしたような顔をして、リュウに向かって叫んだ。
「おい! なんか一言くらい言えよ!」
そして、たたっと駆けて、生徒たちが集まっているらしい場所に行った。
「日向、下がってろよ」
「うん」
リュウの髪が、ざわざわと浮き上がる。
さらさらとした水色の髪が、風にかすかに揺らされる。
大量の水が、空間を覆い尽くした。
バキバキバキィッ
渦に飲まれ、倒れていた生徒や百合草が、毒ガスと共に水に閉じ込められた。
【水応用空間魔法・害物排除】
空間に作用する、水応用魔法のひとつ。大量の水で空間を覆い、排除対象物を水に溶かし込み、排除する魔法。
かなりの魔法量を消費し、大量の水を操らなければいけないので、扱う者はあまりいない。少なくとも、バケガクの中では。
「よし、終わり」
「百合草や、生徒も巻き込んだのは、わざと?」
リュウは頭をかいた。
「もっと練習しなきゃだな」
「怒られるよ」
「はははははっ」
笑い事じゃ、ないのに。
でも、まあ、
いいか。
21 >>53
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.53 )
- 日時: 2021/03/15 14:36
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: oZokihYy)
21
「おーい! 日向!」
階層にぼわんぼわんと響く、スナタの声。
教師たちが、もう、危険性が残されていないと、判断したようで、ぞろぞろと虫のように生徒がダンジョン攻略を再開した。
「日向ってば!」
「なに?」
「返事くらいしてよ!」
「いま、した」
「そうじゃなくて!」
スナタは変なところで言葉を切った。少し待ってみるけど、なにも言わない。
「なに?」
するとスナタはため息を吐いて、
「ま、いいや」
とだけ言った。
納得したわけではなかった。でも、スナタが良いならそれで良い。
「そういや、リュウはどうした?」
蘭がキョロキョロと辺りを見回し、リュウがいないことを確認した。
「ライカ先生が連れていった」
教師たちによる空気の点検が始まったとき、彼女は真っ先にこちらに、リュウのところに来て、リュウを連れていった。わざわざ、連れていった。
わざわざ。
リュウに、無駄な手間をかけさせた。
用件は、先程の【害物排除】に関してだそうだ。周りにいた生徒も巻き込んだと言うことで、注意がしたいとのことだった。
そんなことで。
【害物排除】は高度な魔法だ。操るのは難しい。それでいてリュウは、巻き込んだとはいえ、生徒の誰一人として怪我を負わせることはなかった。『偶然誰も怪我をしなかった』など、あり得ないのだから、リュウが注意を払って魔法を放ったことはわかるはず。
注意をするなら、この場でも問題ない。
どうせあの人は、私のことなど、見ていないのだから。
なのに。
「日向、聞いてる?」
「?」
私がスナタの声を聞き漏らすことはないのに。
聞こえ、なかった?
頭から、ざあざあと嫌な音がした。
「真白が一生懸命話してたのに、聞いてなかったの?」
ああ、なんだ、真白か。話していたのは。
「うん」
「まったくもう! リュウはいつ戻ってくるのか、わかる?」
私は少し沈黙した。
「もう、そろそろ、話が終わる」
「そっか。じゃあ私たちも攻略に進めるね」
「そうだな。さっさと来ねえかな、あいつ」
蘭がじれったそうに言う。そして周りをぐるっと見回して、リュウの姿を見つけた。
「お、来たな。
おーい! 走れ!」
リュウは聞こえないふりをして、歩くスピードを変えない。
「あいつ……」
「どうどう」
怒る蘭を、スナタが静めた。
22 >>54
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.54 )
- 日時: 2021/03/19 13:36
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)
22
「ねえねえ、あれ、なに?」
スナタが奥を指さし、首を捻って蘭を見た。
真白は見えないのか、眼鏡を指で押し当てながら眉間にしわを寄せ、スナタの指の先を凝視している。
「んん? えーっと、像だな。石像かな?」
どう思う? という意味を込めて、蘭がリュウを見る。
「台に文字が書かれているな」
「えっ、そこまで見えるのか?」
「ああ。流石に何て書いているかまでは見えないけどな」
「そこまで見える必要はない」
石像自体見えてない人もいるのだから。
「日向の言う通りだよ。リュウは異常だよね」
「はっはっは。何をいまさらなこと言ってんだよ」
リュウがスナタの嫌味を笑い飛ばした。
「てかさ、文字って、おれたちが使ってる言葉なのかな?」
蘭が言う。確かに、その疑問は浮かぶ。石像の前では、何組かの班がずっとそこに留まっている。考えられる理由は三つ。文章が、読めない、理解できない、判断できない。
「それは問題ないだろ」
うん。リュウの言葉は正しい。ダンジョン内に記されている文字は、誰にでも読める。
否、誰にでも理解できる。
言葉での説明は難しい。ダンジョンに記されている文字は不思議なもので、文字を文字だとしか認識できない。一般的な読解のように、文字を読み取り、情報を把握するのではなく、ただ、見て、理解する。それだけ。
故に、なんと記されているのかを理解することだけなら赤子でも可能と言われている。その内容を理解できるのかはさておいて。
もっとも、記されている文字が読めなかったとすれば、そこからダンジョンの研究は進められる。しかし、どんな書物からも、『見ただけで理解できる文字』などは見つからなかった。
「ダンジョンの文字は特殊だからな。見たところ、奥に扉が三つあるから、その中から一つを選べってことが書かれているんだろ」
リュウが人差し指を立てて言う。
「なるほどお」
スナタがあごに手を当て、にまっと笑う。
「面白そう! わたし、先に見てくる!」
「転ばないでね」
私はスナタに声をかけた。
「失礼ね! 転ばないよ!」
そうかな、どうだろう。
スナタは、危なっかしいから。
23 >>55
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.55 )
- 日時: 2021/03/19 13:37
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)
23
私達が像の前に着く頃には、多少、溜まっている人は減っていた。
「あ、きたきた。ねえ、みんな、見て」
言われなくても、見る。
像は、かわいらしい少女を模した物だった。ただし、両目は抉りとられ、表情は無く、額には蒼い水晶がはめられている。
これは、見なくていいものだ。
「日向」
リュウの気遣いのこもった、優しい声。
「平気」
私はそれだけ言うと、台の文字が見える場所へ移動した。私に気づいた生徒の内の何人かは、私を、私の目を見て、気まずそうにそっぽを向く。
台にはこう書かれてあった。
『玉の扉へ進む者、王への謁見の権利を持つ者
石の扉へ進む者、王を恐れて逃げる臆病者
蒼の扉へ進む者、王へ忠誠を誓う者』
玉の扉は、正面の、真珠で縁取られた鉄の扉。石の扉は考えるまでもなく、右の石で出来た扉。ということは、蒼の扉は。
私は視線を左へずらした。
半透明な大きな蒼い水晶が、そこにはあった。これが、蒼の扉と言うことだろう。
おそらく、玉の扉がダンジョン攻略への道で、石の扉がダンジョン脱出の道。そして……。
「蒼の扉の意味が、わかりません」
真白が言った。
「だよねえ。この女の子の額の水晶が関係してるとは思うけど。
あれ? この子、両目がないね」
そして、スナタは小さく呟く。
「ああ、『呪われた民』か」
直後、ハッと口を両手で覆う。
その理由はわかってる。
「気にしなくていい。
それより、どっち?」
私は意見を尋ねることにした。
「そりゃあ、玉の扉だろ。蒼の扉は意味わからねえし、臆病者になんかなりたかねえ」
リュウは蘭の言葉にうんうんと頷き、他の誰も、別の意見を口にしない。
なら、これで決定だ。
私達はなんの合図も出すこと無く、同時に、玉の扉に向かって、一歩を踏み出した。
24 >>56
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.56 )
- 日時: 2021/04/16 18:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
24
そういえば、ここはダンジョンだったっけ。
私は目の前の光景を見ながら、そんな今更なことを考えた。
「うわあ、すっげえな」
蘭が楽しそうに呟く。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。どうするの? 助ける?」
スナタが提案する。
「でも、あのなりは冒険者だろ? 要らないだろ」
リュウはそう言う。
「で、でも、困っていますよ。怪我も深そうですし」
真白が控えめに訴える。
レーナンという魔物が存在する。
レーナンは半人半魚の姿をしている。上半身は人間の女のようだが、体全身が水で出来ている。目にあたる部分は鋭くひかり、しつこく追い回してくる厄介な敵だ。
そしてそのレーナンの群れが、冒険者パーティを襲っていた。レーナンによる攻撃魔法にやられたのか、深傷も負っているようだった。
「レーナンって、何が効くんだっけ? 風で吹き飛ばせばいいの?」
「そんな簡単じゃ、ない」
私の言葉に、スナタは頭を抱える。
「じゃあどうするのよ!」
「助けるの?」
「困ってそうだしね。どうせわたしたちも通るんだし」
ふうん、そうなんだ。助ける、困ってる、か。
理解は、する必要、無いな。
「炎の球でもぶつけたら蒸発するかな?」
「ええー、どうだろ」
そんな会話をしていると、レーナンの群れの目が、突如こちらへ向いた。真白の体質の効果が出てきたのだろう。
「あわわわ」
真白があわてふためく。
「落ち着け、レーナンなんて、たいした魔物じゃない」
蘭はそう声をかけると、軽い動作で巨大な炎の球を投げた。
ズオオオオオッ
炎の球は音速よりも少し遅いくらいの速度でレーナンの群れを直撃した。
キィィィィィ
甲高い断末魔をあげ、レーナンのほとんどが消滅し、カランカランと魔法石が落ちる。
「おお、思ったより倒せたな。あとは三体か。それくらいなら、あの人たちでも大丈夫だろ」
蘭の言う通り、基本群れで行動するレーナンは、仲間の大多数を失ったことにより勢いが衰え、あっという間に全滅した。
「大丈夫ですか?」
蘭とスナタが先に駆け寄り、声をかける。
「あ、ああ。助かったよ。ありがとう」
パーティのリーダーらしき男が頭を下げる。おそらく、剣士だ。
パーティのメンバーは計三人。この剣士の男と、スキンヘッドの斧を構えた戦士の男、そして白魔術師の格好をした女。それなりに経験は積んでいそうだが、まだ青そうだ。
「ところで、さっき向こうにいた狼はどうしたんだ?」
「おおかみ?」
「ほら、さっき蘭が『晩飯だー!』って意気揚々と狩ってたあれじゃない?」
剣士は驚いた風に言った。
「あの化け物を、倒したって言うのか?」
……訂正する。ただのど素人だ。
呆然とする剣士に、白魔術師は何かをささやいた。すると剣士は青ざめ、
私を、見た。
リュウは私をかばうように前に出ると、先程とはうってかわり、パーティを睨み付けた。
「は、白眼」
だったらなに。
「まさか、『呪われた民』か?!」
剣士は叫ぶ。
「この野郎!」
リュウは怒鳴ると、アイテムボックスから両手剣を出し、構えた。
「リュウ、そんなこと、しなくて良い」
「日向が良くても、おれが許さねえんだよ!」
どうして?
私は、よく、わからなかった。
「あー、もしかして、『白眼の親殺し』の子じゃないか?」
この場の空気をわかっていなさそうな、戦士の声。
剣士と白魔術師はぎょっとした。
「この馬鹿! 状況を考えろ!」
「そうですよ! 思っても内に留めるだけにしてください!」
うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
頭の中で、音がする。
こいつらは。
い ら な い そ ん ざ い だ
だって、リュウを、怒らせた。
リュウに不要な感情を抱かせた。
万死に値する。
25 >>57
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.57 )
- 日時: 2021/03/19 13:44
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 521Bpco1)
25
「『白眼の親殺し』って、八年前の、あの事件ですか?!」
真白が叫んだ。
「まさか、そんな、まさか。ただの噂だと思ってたのに」
思ってたのに、なに。
これは、なに。
気持ち悪い。
「真白。落ち着いて。あとで話せるところは話すから、ね?」
スナタのその言葉に、剣士は呆れたような、信じられないものを見るような、そんな目をした。
「はあ? こいつが人殺しって知ってて、一緒にいるのか?」
その瞬間、リュウが剣を振った。
カラァン
まず剣士の剣を弾き飛ばし、甲冑の胸の部分を剣で押した。
「うわっ」
「黙れよ、なあ」
久々に聞く、重く、低い、リュウの声。
「なんだよ、お前らも同類ってか? 人殺しなのか?! そうなんだろ!」
なに、言ってるの。
助けられていて。助けてもらっておいて。
考えるまでもない。
人間はそういう存在だ。
「リュウ、いいよ。そんな奴らの血で、手を汚すことない」
「殺しゃしないよ。両手足を切り落とすだけだ」
「結局死ぬと思う」
理性が、完全に飛んでいる。
「ダンジョンは、全て自己責任。ダンジョンの中でなら、殺生は揉み消され、無かったことにされる」
私は淡々と言う。
「だけど事実は変わらない。世間が知らなくても、この場にいる私達が真実を知っている。
ねえ、リュウ。あなたはまだ汚れてないの。いつかは汚れてしまったとしても、それはいまじゃなくて良い。
だから、そんな奴らほっといて、先に行こうよ」
久しぶりにこんなに話したな。
その甲斐あって、リュウの耳には、私の声は届いたようだ。
「……日向は、それで良いのか?」
リュウは剣士から目を背けないものの、声からはいくらか怒りは消えていた。
「うん。リュウが手を汚すことはない」
「そっか」
リュウはそう言うと、剣をしまった。
「日向がそういうなら、それで良い。
悪かった。行こう」
そして、リュウは歩み出した。
「蘭、気分悪いから、休んでから行く」
だけど、私は行かなかった。
蘭は心配そうに私を見たが、優しく、悲しく笑い、「そうか」とだけ言った。
リュウ。あなたが汚れることはないの。
あなたは私の『光』なのだから。
あなたは私の『救い』なのだから。
汚れてしまっては、もうもとには戻らない。
だけど私は違うの。
だから、だから。
……気分が悪い。気持ちが悪い。
取り除かなきゃ。『虚無』の理由を。
『私』が『わたし』になるために。
26 >>58
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.58 )
- 日時: 2022/10/06 05:25
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)
26
「……」
私はずっと、剣士たちをただ見つめ続けている。
「なんなんだよ、さっきから」
剣士は立ち上がった。
私が一人になったせいか、剣士の威勢が良い。
「怒ってんのか? 一人前にさあ。なあ、人殺し」
この人は、私を罵っている、ということになるのだろうか。
だとしたら、なぜ。
私が人殺しだから? 親を殺したから?
そう考えると、笑いが込み上げた。
「ふふっ」
私は笑い声をもらした。
「は?」
剣士は訳がわからなそうだ。口をぽかんと開け、立ちつくす。
私は笑みを崩さぬまま、右の手のひらを三人に向けた。
「魔法か! ミエル!」
ミエルとは、あの白魔術師の名前だろう。
「はい! って、あれ?」
ミエルは杖を構えたが、すぐに、拍子抜けとばかりに肩の力を抜いた。
「どうした?」
「いえ、あの、魔力を感じないんです。彼女から」
「それはあのローブのせいじゃないか? あれは気配消しのアイテムだろう?」
へえ、これのこと、知ってるんだ。
「ですが、気配消しにも限度があります。顔や手など、ローブから出ている部分もありますし」
なるほどね、一般的な知識までか。
というか、早く終わってくれないかな。待ってあげる義理無いし。
「とにかく、たいした魔法はこないと思います」
本人の前でそれを言うか。
今度は私は苦笑した。
そして。
「闇魔法【能力奪取】」
丁寧に魔法名を告げ、魔法を放った。
今回奪うのは、身体能力。それも、逃げられない程度だから、特に上級というわけでもない。
「え?」
ミエルが魔力の防壁を作る前に魔法を放ったので、三人はこの魔法をもろに受けた。
どさりと、体が崩れ落ちる。
「全員が詠唱で魔法を発動させると思わない方がいいよ。私みたいに無詠唱が扱える魔導師だっているんだから」
ミエルは聞いているのかいないのか、座り込んだ状態で、ただただ目を見開いている。
「まあ、これからなんて無いけど」
その言葉にゾッとしたのか、ミエルは顔を真っ青にした。
「さっきと性格が違くねえか?」
先程と同じように、戦士の呑気な声が重い空気に水を差す。
「私?」
「ああ」
「そう?」
「ああ」
「……へえ」
答える気はないので、それで済ませることにした。
「そういえば、あなたが私を『白眼の親殺し』だって言ってたね。聞くけど、私にそれが出来ると思う?」
私は戦士に近づいて、尋ねた。
戦士はすぐに答えた。
「さっきから、お前、俺たちを殺すみたいな雰囲気を出しているけど、全然殺気を感じないから、ただの腰抜けだと思う」
「そっか」
私は笑顔で言葉を返し、戦士の左腕を蹴り飛ばした。
紅い弧を描き、左腕は宙を舞う。そこまでは美しいのに、地に落ちるときは、べちゃりと嫌な音がする。
「うわああああああ!!!!」
戦士はのたうち回り、激しく動揺する。
「そんなに驚く? 難しいけど、誰にでも出来ることだよ、これ。角度と力に気を遣えば。やりやすい靴とかも探せばあるしね」
私はとりあえず、もう片方の腕も飛ばしておいた。
「うあああああああああ!!」
「うるさいなあ」
うーん。まだ切り口が綺麗じゃないな。関節じゃない骨の部分で折れて、骨がむき出しになっている。
私は軽く戦士を蹴り、大きな体をどかして、今度は剣士に近づいた。
「ひぃっ」
「こらこら。さっきの威勢はどうしたの?」
目の高低差に威圧感を感じるのかと思い、私は屈み、視線を水平にした。
「あなたにも聞きたいことがあるの。いいかな? 拒否権はないよ。
私が人殺しだから、あなたは私を罵った。それはなぜ?」
「は?」
こいつ、世のことはわからないことばかりか。
「あなただってモンスターを倒すでしょう? 言い方を変えると、殺すでしょう? あなただって命を奪うという行為をしているのに、どうして私を罵るの?」
剣士は叫んだ。
「人を殺すのとモンスターを倒すのとでは訳が違うだろ! 現に、人殺しは犯罪で、モンスター討伐は正義だ!」
「うん、そうだね。私もそう思う」
「は?」
「だから、私はリュウの殺人を止めた。私が代わりに、殺すことにした」
絶句する剣士をよそに、私は言葉を続ける。
「だけど、私はわからない。どうして罪の重さが違うのか。命の重さが違うのか。魂の価値は等しいのに。かつて虫だった魂も、人間の体に入ることだってある。逆もしかり」
「俺だって知らねえよ!」
剣士は怒鳴る。
「そっか、残念。じゃあ、もう生かす必要はないか」
私は剣士の顔に手を伸ばした。
「や、やめろ、やめてくれ!」
ぶしゅり。鈍い音がする。
目の眉間に近い方から、親指をいれ、そこから目玉をほじくりだした。
ぶしゅり。ぶしゅり。ブチッ
「あああああっっ!」
剣士は痛みに悶えるけれど、魔法によって動けない。
ぶしゅり。ぶしゅり。ブチッ
もう片方も、取っておいた。
「ああ!! ああ、うああああっ!!」
「獣みたいだね。人間らしく話したら?」
私は二つの目玉をぽいっと投げた。どこかの水溜まりか、あるいは川に落ちたのか、ぽちゃんと小さな音がする。
「あ、あ、」
声のした方を見ると、ミエルが肩を震わせ、怯えていた。
「大丈夫。殺してないよ、まだ生きてる」
安心させるために笑って見せたけど、逆効果だったみたい。
「あ、そういえば、名前を知れたのはあなただけだね。知りたくもないから別にいいけど」
「ど、うして?」
「ん?」
「どうして、私たちを殺すんですか? あなたを罵ったから? そうやって、いままでも、人を殺してきたんですか?」
私は一瞬キョトンとして、すぐに笑った。
「あははっ! そんなまさか。私、そんなに自己中に見える?」
「じゃあ、なんで?」
血みどろの手を顎に当て、たった一言、私は言った。
「リュウを怒らせたから」
ミエルは震える声で、言葉を絞り出した。
「そんな、ことで」
「いやいや。私にとっては十分すぎる理由だよ」
私はひらひらと手を振った。
「リュウは温厚だし、滅多なことで怒らないからね」
「じ、じゃあ、これまでも同じような理由で、その、殺しを?」
「うん、そりゃね。あなたたちだけじゃない、そこはちゃんと平等にしてるよ。体の一部を奪って、じわじわ痛め付けるやり方も一緒。
でも、あなたはどうしようかな。綺麗な顔と体してるし、奴隷として売った方が良いのかな」
「ひっ」
「あはは。大丈夫、冗談だよ。私の魔法を見せちゃったからね。
私、面倒なことからは逃げるって決めてるから。力も公開しないことにしてるの。
ねえ、ここまで話して、生きれば、満足?」
私はアイテムボックスから短剣を取り出した。
私はそれを逆さに構え、腹に突き立てる。
ザシュッ
ビシャッ
何度目かわからない血飛沫を、体中に浴びる。
ミエルは恨めしそうに私を見つめたあと、どさりと倒れた。
「あ、いけない。私の魔法のことも聞いとけば良かったかな。
まあ、いいか。たぶん予定通りに進んでるでしょ」
それよりも、短剣とローブを洗わないと。体は手と顔、ローブに出てる部分しか汚れていないから、良いとして。
久々にこんなに汚れたな。
私はちらりと三人を、三体の死体を見た。
「ちぇっ。もう少ししぶとかったら、もっと楽しかったのに」
27 >>59
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.59 )
- 日時: 2021/03/21 15:42
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: TVgEc44v)
27
「どうして隠れてるの、リュウ?」
私はリュウの気配がする方を向いた。
「隠れる必要ないじゃない」
リュウは隠れようとして隠れている。その証拠に、自身の気配を最小限にまで押さえている。スナタはおろか、蘭でさえも欺けられるほどに。
「なんで、殺したんだ?」
リュウは私の質問に答えず、姿も見せず、声だけで尋ねた。
「要らないから。私にとっても、リュウにとっても」
「なんでおれに殺させなかったんだよ、さっき」
「私が殺した方が、リュウは汚れないでしょう?」
「代わりに日向が汚れるだろ?!」
怒られた。
「そりゃそうだよ。それがこの世界の鉄則。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
私はやれやれと首を振って見せる。
「それに」
リュウの声が小さくなった。
私はそれを急かさず、リュウの言葉を待った。
「日向。日向がそういう風に話すときは、たいてい、無理しているときだ。そんな、
・・・・・・・・
昔みたいな話し方をしているときは」
昔。むかし。
「そうだっけ?」
「はぐらかすなよ」
そこでやっと、リュウは隠れていた岩影から姿を見せた。
「日向。日向はなんのためにここにいるんだ? なんのためにおれが、おれたちがいるんだ? なんのために、なんの」
辛そうに、苦しそうに、悲しそうに。リュウが言う。
「私の行動が、リュウを傷つけたのなら、私は何度だって謝るよ」
でも。だけど。
「でも、私は行動を改めるつもりはないよ。だって、これが私の生きる理由だもの。リュウだって、知ってるでしょう?」
リュウは黙ったままで、なにも言わない。言えない。
「私は私が間違ってるとは思わない。だから、改める必要性を感じない」
「でも!」
リュウが私の言葉を遮る。
「おれだって、日向が、日向のことが」
そこまで言うと、リュウははっとして、口を押さえた。
「?」
「いや、なんでもない」
辛そうに、苦しそうに、悲しそうに。
いつもそうだ。私はリュウを苦しめる。
私はリュウが大切なのに。
何が正解? 何が間違い?
誰がこの問いに答えられる?
わからない。わからない。
だから私は答えを探す。
何回も。何万回も。
ずっと、ずっと、これからも。
28 >>60
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.60 )
- 日時: 2022/03/10 14:29
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)
28
私たちはひとまず、蘭たちの元に戻った。いや、そこには、蘭しかいなかった。
「おお、戻ったか。
あー、その、えっと」
蘭は私の姿を見て、口ごもった。
「うん」
私は蘭の言いたいことがわかったので、それだけ言った。
「スナタと真白さんは? 一緒じゃないのか?」
リュウは、蘭に尋ねた。
すると蘭は、苦々しい表情になり、吐き捨てるように言った。
「真白はスナタに『白眼の親殺し』について聞いてる。向こうにある川沿いの奥にいる」
蘭は右奥に向かって流れている川を指した。
「そっか、まあ、仕方ないよな」
リュウはそう、諦めたように、ため息混じりに呟いた。
「おれじゃ感情的になっちまうから、スナタにいってもらった」
「そうカリカリすんなって。気持ちはわかるけどさ」
「結局、真白も他の奴らと一緒なんだよ。
よってたかって、日向を攻める、怯える」
どうでもいいよ、そんなこと。
でも、そっか。
じゃあ、あの子ももう、要らないや。どうせ、面倒なことになる。
「行ってくる」
私は二人にそう告げ、二人の気配がする方へ向かった。
「ああ。さっき行ったばかりだから、話も始まったばかりだと思うぜ」
「さっき? おれたちはかなり前に三人から離れたよな?」
「真白がなかなか話さなかったんだよ。ずっともじもじしてやがる」
「すっかり嫌いになったんだな、お前」
二人が私の背後で、そんな会話をしている。
……きらい?
私は二人の声が聞こえるところまで近づくと、歩みを止めた。
「じゃあ、真白が知ってるのは、『白眼の親殺し』を日向がしたってことと、八年前にあったってこと、名前の通り、その内容が親殺しだってこと、でいい?」
そこまでしか話は進んでいないのか。
「はい。あくまで、噂に聞いた程度ですが。
それで、その、本当なんですか?」
「ん? どれが?」
スナタは笑顔で問い直す。
「花園さんが、ひ、人、殺しって」
真白はひどくおどおどしている。
スナタはかなり間を空けて、うなずいた。
「うん、そうだよ。日向は、人を殺してる」
真白の顔が真っ青になった。
「日向はね、昔っから生活環境が良くなかったの。わかるでしょ? 左の目の、白色が原因。聞いた話だと、お母さんからの虐待、特に、ネグレクトが酷かったんだって。決定的な動機は私にもわからないけど、積もり積もった不満とかじゃないかな?」
「じゃ、あ、わたし、ずっと、人殺しと一緒にいたの? そんな、いやああっ」
真白は頭を抱え込み、うずくまる。
スナタはそんな真白を、まるで虫でも見るような目で見たあと、すぐに笑顔に戻り、優しく言った。
「ごめんね、すぐに言ってあげられなくて。日向にも日向の事情があるから、言うに言えなかったの」
ごめんね、ごめんね。スナタは何度も真白に言う。
「日向がバケガクにいる理由は、精神異常。精神の矯正って名目で入れられてるけど、本当は違う。
人を躊躇無く殺せる人って希少だから、殺人兵器にしようって魂胆なの。」
「へっ?」
「ああ、親を躊躇無く殺したってことじゃないよ? いつかはそうなるようにしようってこと。
だけどまあ、知っての通り、日向ってあんな感じで、なんの能力にも秀でていないでしょ? だから、なかなか教師陣の思惑通りにならないってのが現状」
真白はまだ、ぶるぶると震え、怯えている。
「そんな。学園が、そんなこと」
「だから、日向が『白眼の親殺し』の犯人だって言っても、学園側から潰されるよ。そんなことしないだろうけど、忠告しといてあげる」
真白は顔を上げた。
「どうして、スナタさんや他のお二人は、花園さんと一緒にいるんですか? 皆さんも、おなじように」
一緒にしないで。
私はすぐにでも真白の前に出て、そう言いたかった。でも、すんでのところで止めた。
前に出てしまったら、私は何をいうかわからない。もしかしたら、隠していることも口走ってしまうかもしれない。もしかしたら、殺してしまって、あとになって私の力が学園中に広まってしまうかもしれない。
私は、もう嫌なんだ。
私は、逃げると決めたんだ。
私は、私は。
「そうだなー。私は人殺しはしたことないかな。他の二人は知らないけど。
でもね、真白。人殺しってだけで、差別するのはどうかと思うよ。人殺しにだっていい人はいるし、人殺しじゃない人だって、悪い人はいる」
「でも、でも! 人を殺せる人は、酷い人です!」
「なら、世のため人のために人殺しをする兵士たちはどうなるの? あの人たち全員、悪い人?」
さとすように、なだめるように、言い聞かせるように、スナタが言う。
「それ、は」
「違うよね。正義の殺しか悪の殺しか。罪になる殺人と罪にならない殺人の違いはそこだって人は言うけど、私はそれは違うと思う。
だって、正義か悪かだなんて、世間が決めるものじゃないし、そもそも決められるものじゃない」
スナタはにっこり笑った。
「真白。たぶん、あなたはもう、わたしたちのパーティにはいられない。どうする? 出ていく? それとも、今回の《サバイバル》が終わるまでは、わたしたちと一緒にいる?」
絶句する真白をよそに、スナタは続ける。
「あ、違うか。元からあなたはパーティの一員じゃない。
まあ、この事はおいといて。もしいますぐ別行動したいって言うなら、わたしから先生に言うよ? 一緒に行こう」
「パーティ?」
真白はやっと口を開いた。
「そう。パーティ。わたしたちはパーティを組んでるの」
「そんな、それじゃあ、わたし、わたし」
いまにも悲鳴を上げそうな真白。
「わたし、出ていきます。出ていかせてください」
「懇願しなくたって、要望通りにするよ。じゃあ、いこっか」
29 >>61
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.61 )
- 日時: 2022/10/06 05:22
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)
29
スナタたちは、私に近づいてきた。
「わあっ! びっくりした、日向いたの?」
曲がったすぐそこに私がいることに驚いたらしく、スナタが目を丸くする。
「うん」
「うんじゃなくてさ。
まあ、いいや。それなら、話聞いてたでしょ? 先生に事情話してくるから、二人に伝えておいてくれる?」
「わかった」
私の言葉を聞くと、スナタは満足そうに頷き、真白と共に私の後ろの方へ向かった。
真白は、絶望したような表情をして、私のことは見向きもしなかった。
私もリュウたちのところへ戻り、先ほどの話の内容を簡単に説明した。
「そっか、真白さん、出ていくのか。
でも、良いのか?」
「かまわない」
リュウは少し寂しげに笑う。
「そっか」
______________________
数分して、スナタが戻った。
「ただいまー」
「あいつは?」
蘭が尋ねる。
「名前忘れたけど、男の先生が同伴で家に帰ったよ。ほら、さっきの扉あるでしょう? あれを使ったの。ここから先に出口なんて無いだろうし、ダンジョン用の緊急脱出アイテムも使えないし、他の班に真白さんを入れるってところもなかったし」
「そうだろうな」
よっぽど嫌いになったのか、蘭は目で「ざまあみろ」と言っていた。
「ねえ、日向」
「なに?」
私は首をかしげた。
「真白への説明、あれで良かった? 色々話盛っちゃったけど」
「うん、上出来」
「でも、どうして? なんでわざわざ誤解させるような言い方をしないといけないの?」
「おい、スナタ」
リュウが制止しようと、私たちの会話に入ろうとした。
でも、私はそれを止めた。
「良いよ、リュウ。
私は、もう、逃げるって決めたの。面倒なことは、もう、うんざり」
「逃げるって、何から?」
困惑したスナタの問いを受け、私は視線を落とした。
「面倒くさいの。何もかも」
「ひ、なた? どうしたの?」
「ちゃんと、いつか、話す」
そう。いつか。
きっと。
第二幕【完】