ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.240 )
- 日時: 2021/08/14 23:31
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: QT5fUcT9)
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「日向、朝日!」
庭にいた父さんがボクが開けようとしていた扉から現れた。しかしそれ無視して、母さんは鍵付きの箱から剣を持ち出した。鍵は特定の人物が魔力を流すと開くタイプのもの。がちゃんがちゃんと音を立てて出てきたのは全長一メートルほどの両手剣で、鉄製のどこの市場でも出回っているようないわゆる粗悪品だ。箱に鍵が着いているのは泥棒に護身用に使われないためで、保管するためではない。そんな価値はあの剣にはない。
「これならいくらお前でも……」
包丁を投げ捨て、剣を構える。カランと音がして、包丁がくるくる床を滑る。
大して鍛えていない母さんはふらふらと足もとがおぼつかず、頼りなく剣を振りかざした。
「彩! それを早く降ろ……」
ザクッ
また、嫌な音がした。視界が紅に覆われる。
一体、何が起こったんだ?
それを俺が知る前に、姉ちゃんがよろよろと立ち上がり、そばによって正座し、自分の胸に俺の顔を埋めた。
「見たら、だめ」
小さく、声が聞こえた。
「あ、そんな……」
か細い、母さんの声。なにが、あったんだろう。
ガタンッ
ゴッ
何かにぶつかる音と、昔俺が階段から転げ落ちて頭を打った時の音に似た音がした。
「ね、え、ちゃ……」
姉ちゃんは、さらに強く俺を抱きしめた。姉ちゃんから流れる血が、温かくて冷たい。
「大丈夫。大丈夫。大丈夫。私が守るから。大丈夫」
「大丈夫だよ、姉ちゃん」
・・
ボクはそう言って、姉ちゃんの体を押して、にこっと笑った。
姉ちゃんの向こうの世界では、紅が満ちていた。暗い部屋に紅が上塗りされた世界。黒と赤の二つの色で支配された世界はあまりにも醜くて、ボクは顔をしかめた。
母さんは頭から血を流していた。机の角にぶつけたらしく、当たりどころが悪かったらしい。血を流しながら座り込んだようで、机に血の跡があり、机の上に出来た血溜まりが血の跡を伝って垂れて、倒れた母さんの体に落ちている。
父さんは首から血を流していた。大動脈を切ったようで出血が酷い。こちらはまだ息があるのか、腹部が上下に小さく動いている。ぶつぶつと何かを呟いているけれど、ボクには関係の無いことだ。
こんなに醜いのに。それなのに。
それなのに、どうして姉ちゃんはこんなにも美しいんだろう。
「ボクなら、平気だか、ら」
一滴、冷たい雫が姉ちゃんの頬を伝い、床に流れる姉ちゃんの血に吸い込まれた。それを見たボクは──
顔が笑みに歪むのを自覚した。初めてだった。初めて姉ちゃんの涙を見た。どうして泣いたのかはわからないけど、そんなことはどうでもよかった。『ボクが』『姉ちゃんの』『表情を変えた』ということだけが重要だった。
もっと、色んな顔が見たいなあ……。
姉ちゃんはまたボクを抱きしめた。
「ごめんなさい」
微かに震えながら、強く強く、そして儚く。何度も何度もボクに謝り続けた。
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