ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.242 )
日時: 2021/08/16 11:57
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: zpQzQoBj)

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 ごおおぉぉおおうううぅぅぅうっっ!!!!!

 強烈な轟音と共に、災害級の竜巻を連想させるほどの突風強風が吹き荒れた。それは魔力によって引き起こされる錯覚で、例えば木々がなぎ倒されるだとか、建物の屋根が剥がれるだとかの物理的な被害は何も無かった。しかしこの場にいた人々の六割は占めるであろう魔法適性を持つ人(魔法使いでない人も含む)は、突然起こった魔力の風をもろに受け、魔力酔いで倒れる人が続出した。

 ボクはあまりそういう体調の変化は感じないが、それはそういった感情がないだけで、実際には身体は負荷を受けているはずだ。なんせ魔力の源は姉ちゃんだ。学園長なんか比べ物にならないくらい魔力濃度は濃いに決まってる。
 今は良くても、後から反動が来るだろうな。それに、不調は感じなくても風は感じるので、ボクはあまりの強い向かい風に身体を浮かされそうになった。風自体は濃密な魔力による錯覚ではあるが、魔導師クラスの魔力は術者が意識していなくても周りに物理的・身体的・精神的な影響を及ぼしてしまう。なので魔法耐性のない人は、風を感じずただ急に自分の体を投げ飛ばされたという感覚に陥っていることだろう。
 柱に掴まった学園長がボクの腕を掴んだので、なんとか塔から投げ出されることは免れた。

 次に、猛烈な白銀の濃密な光が視界を貫いた。ボクは直視する前に学園長に目を塞がれたけれど、目をやられた人はかなりの量いるんじゃないだろうか。

 その白銀の光の中に、黒い文字がうっすらと浮かび上がった。魔法陣に記されていた、あの文字だ。黒く見えているのは元から黒い文字が光を吸い込んでいるかららしい。文字そのものが黒い何かを放っているわけでは無さそうだ。
 そう思ったのに。

 いきなり、黒い炎が文字から噴き出した。

 魔法陣が発動したのだ。

 魔法陣の文字一枚一枚が地上からめくれ上がり、そして剥がれ、ふよふよと空を舞う。そのそれぞれがある一点でピタリと止まり、それは魔法陣を底面とした巨大なドームを形作っていた。

 そう。結界の完成だ。

 手当たり次第に吹き荒れていた風も、四方八方に襲いかかっていた光も、それでようやくおさまった。

 ……というのは、後から理解したことだ。これらが一瞬のうちに行われ、そして終了した。ボクはしばらく唖然とし、改めて自分の姉が常識外の至高の存在であることを再認識した。

 結界の中には光が満ちていて、大きなスノードームみたいだと呑気なことを思った。

「やりすぎだ」

 学園長はポツリとこぼした。

「今ので魔法障害と失明を負った者は数知れない。元から警告していたが、ここまでのものとは誰も想定していなかったろう……頭が痛いな」

 魔法障害とは、その名の通り魔法により引き起こされる障害のことで、滅多に起きないことでもある。主に魔法が使えなくなったりだとか、多属性使いなら一部の属性魔法が使えなくたったりする。しかしそれ以外にも、手足の痙攣、脳の機能の損失、五感の内のいずれか、もしくは複数稀に全て機能しなくなるといった身体的な障害や、パニック障害や統合失調症、てんかんなどの精神的な障害なんかも引き起こしてしまう。これは人が他人の血液に拒否反応を示すこととよく似ていると言われているが諸説あり、具体的な原因、対策方法、治療法などは確立されていない。

「警告って、どういうことなんですか?」
 頭を抱えていた学園長だったけど、ボクが質問すると、苦々しい顔を取り繕うこともせず、しかしきちんと答えてくれた。

「警備に来てくれた連中には、事前に私達が、正確には花園君がだけど、今日何をするのかを説明し、人体に影響が及ぶ可能性があることを知らせてあったんだよ。でも誰がそれをするのかは教えていなかったからね。多分ほとんど笹木野君か東君がバケガクの修復をすると思っていたろうから、主に魔導師は油断していただろう。あの二人の魔法使いのランクは『魔術師』だから。
 始めから日向君が術者だと知っていればそれこそ油断してしまうと思ったから敢えて伝えなかったんだけど、ここまで力を解放するとは思わなかった。失敗した。

 ちなみに、朝日君にはさっきの風の影響は少ないはずだよ。君の場合感情がないから自覚しにくいだろうが、この塔にはさっきも言った通り結界が張ってあるからね。それよりスナタ君が心配だな。ほかの二人にガードしてもらっているだろうけど、あの三人も予想外の威力だったろうから」

 光は目を閉じて発光源の逆法を向いていればある程度被害を抑えられる。事前に何が起こるのか分かっていれば対応も出来ただろうし、他の奴らとは違って姉ちゃんの力のことを理解しているから、起こる出来事を甘くも見なかっただろう。
 でも風の方は対応のしようがない。魔法耐性が足りない人は影響が及ばないところまで避難する必要があるが、『あれ』を免れるほど遠くへなんて、移動する時間がなかったはずだ。それにさっき学園長は、バケガクを外界から隔離したと言っていた。おそらく魔力の影響が街に及ぶ可能性を懸念したからだろう(単純に、魔法を人に見られると困るという理由もある)が、ということはつまり逃げられる範囲に限りがあるということ。ならば下手に逃げずに十分な魔法耐性がある魔法使いに守ってもらった方が確実ということだ。

 最後の言葉に納得しつつ、無視しがたい言葉が聞こえたので、さらに質問を重ねた。
「あ、あの。魔法の術者が姉ちゃんだって知られているんじゃないですか? だって、笹木野龍馬も東蘭も他の人達から見える場所にいるんですよね? 隠れたりしてませんよね?」
 少なくとも、そんな指示をしているようには見えなかったし、そんなところも見ていない。

「ああ、そうだね。彼等の仕事は日向君の魔法が万が一被害をこうむった時に備えることだから。下手に隠れて対応に遅れたりなんかされたらたまったもんじゃない。日向君の魔法はその名の通り規格外だからね。魔法士とか魔術師とか魔導師とか、そういうランク以前の問題だ。今回日向君が使うのは【創造魔法】。スナタ君が言っていた通り最上級魔法だ。魔力を全解放した日向君の魔法に対抗出来る存在なんて、少なくとも私が用意出来る人材ではあの二人しかいない。
 あー、厳密に言うと、あの二人が一緒になってやっと対抗できるんだけどね。ギリギリで。

 君は日向君の力が世間一般に知られることを懸念に思っているんだろうけど、問題は無いよ。今日来てもらった全員に、神の御前で誓いを立ててもらったから。『今日この日に聖サルヴァツィオーネ学園で見たことは、第三者に口外しない』とね。契約ではなく誓いだから、破られることは決してないよ」

 神の御前。神の。神、ねぇ。

 神への誓いは、村や街など、一つの居住地区に必ず一つはある祭壇の前に跪き、そして両手を組み、そこで自分がすること、守ることを宣言することだ。誓いを破れば神に偽りを告げたことになり、神に逆らうことになる。なので神から神罰が下る。破るというか、破る直前とか、破ろうとする意識を持った時点で神罰が下るので、実際に『誓いを破る』という行為が成立することはありえないことなのだ。
 つまり、姉ちゃんの力が外部に漏れることは防げると、そういうことだ。

 でも、なあ。

「どうした? なんだかいまいちピンとこないって顔をしてるけど。日向君のことだから、神のことについては色々聞いていると思っていたんだが、違うかい?」
 学園長の問に対し、ボクは首を横に振ることで応え、そして昔姉ちゃんが嫌という程ボクに聞かせ、そして覚えてしまった言葉を口にした。

「神とは全てに等しく、優しく厳しい存在。加護という名の飴を与え、試練という名の鞭を与える。そして神々は傍観者。神罰は与えるが決して救いはもたらさない。加護も祝福もあくまで助力であり後押しであり、直接的な助けの手を差し出すことは無い。そういう意味ではとても勝手な存在で、だけど我々下界人は神には逆らえず、そして逆らってはならない。間違ってはならない。神は我らの母であり父であり、そして冷酷な支配者。自身の子供だと認識しているうちはまだまだ甘いが、敵とみなせば容赦はしない。だから神々は神罰を下し、救いの手は差し出さないのだ」

 ボクが言い終えると、学園長は苦笑した。
「うん、日向君らしいね。その長文を覚えてしまうほど繰り返したんだ。なんともまあ、過保護だね。
 それも無駄に終わったようだけど」
 ボクは眉を潜めた。
「どこまで知ってるんだ?」
「さあね。それに君は知らなくていいことだ。神への冒涜への罰は神の仕事。私が告げ口をするまでもなく、じきに神は君のしでかした罪を知るだろう」

 そして、ぽつりと言葉をこぼす。

「彼女は、悲しむだろうね」

 かな、しむ? 姉ちゃんが?
 そっか、それなら、ボクがしたことは……

 何も、間違っていなかったんだね。

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