ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.244 )
- 日時: 2021/08/19 08:56
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: y3VadgKj)
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「ねえ、向こうの人たちの様子を見に行ってもいい? 多分混乱してると思うし、それと、今の魔力量と濃度を直撃して魔法障害を起こした人って多いと思うの」
「うーん、確かに人手は必要になってるかもな。それに結界の近くにいるよりは離れた場所にいる方が安全……いや、おれたちのそばにいた方が良いのかな? なあ、リュウ。どう思う?」
笹木野龍馬は数秒間思考を巡らせた末に、きっぱりと言い放った。
「スナタには向こうに行っていてもらいたい。おれたちが大きな魔法を使うとなったら、スナタを気遣いながらだと厳しいから。特に、相手にするのは日向の魔法だ。おれたちに余裕はない」
きっぱりと、しかしどこか申し訳なさそうにそう言う笹木野龍馬に、スナタは笑顔を見せた。
「うん、わかった! 二人共頑張ってねー!!」
先程の様子から見て、スナタは劣等感を抱いているらしかった。故に今見せている笑顔が本心なのか偽物なのか、その区別はボクにはつかなかった。
たったったとそこそこ速い足で離れていくスナタの背を見つめると、東蘭がボソッと言った。
「スナタって、不思議だよな」
「ん?」
「だって、おれたちや日向とは、事情が違うだろ? おれはあまりスナタのこと知らないから、スナタにもなにかしら『ある』とは思うけど。
でもほら。希少だよな」
ぼんやりと呟くようなその言葉を受けて、笹木野龍馬は目を伏せた。
「ああ、そうだな」
そして、噛み締めるように、そう言った。
「おれたちからしてみれば、他の人たちよりもスナタがおれたちに近い。だけどスナタからしてみれば、おれたちは紛れもない『バケモノ』だ。一般人に『成れる』可能性があるのは、おれたちの中で唯一、スナタだけだと思う」
その声に自嘲や卑屈などは感じられず、ただ淡々と事実だけを笹木野龍馬は並べ立てる。その姿にボクは、一瞬とはいえ姉ちゃんを重ねてしまった。
「チッ」
すっかり身に染み付いてしまった汚い動作を行って、ボクは気持ちを切り替えた。
「……リュウ」
「ん?」
「もしも、さ。もしも、スナタがおれたちから離れることを望めば、その時はどうなるんだろうな」
「え?」
笹木野龍馬が目を見開き、唖然としたあと、ゆっくりと口を開いた。
「そ──」
「えい」
「わあっ!?」
急に目の前が真っ暗になった。学園長に目を塞がれたのだろう。視界にあの二人を捉えられなくなったせいで、いかにも重要そうな笹木野龍馬の言葉を聞くことが出来なかった。
「何するんだよ!」
ボクが怒鳴ると、学園長はやれやれといった調子でボクに言った。
「気づかない方も悪いからしばらく様子を見ていたけれど、それ以上はだめだ。君には少なくとも、まだ早い」
「そんなの」
知らない、とボクが言う前に、学園長はボクの目に当てていた両手をずらして頬を挟み、ぐっとボクの顔を無理やり上に向かせて目を合わせた。
「聞きなさい。理解しなさい。これは注意じゃない。警告だ。この世界には、誰しも一つは知ってはいけないことがあるんだよ」
ゾク、と、背筋に悪寒が走った。今回は魔力によるものでは無い。あんな子供だましではない。
本物の、『気迫』。
「チッ」
「舌打ちが癖なのかは知らないけど、止めた方がいいよ」
舌打ちは、母さんの癖だった。直したいけどなかなか直らない。癖というものは厄介だ。
「うるさい」
そう吐き捨てると、ボクは身を捩って学園長の手から逃れた。
苦笑のような表情を浮かべて溜息を吐く学園長を尻目に、スナタが向かったと思われるさっき騒いでいた兵士たちの所へ視点を移した。
「……ですから、二人とも回復魔法は使えません! 蘭は治癒魔法系統の魔法は苦手ですし、闇属性の回復魔法は外傷にのみ適応されるんです! 王国の騎士団なら知っていらっしゃるでしょう?!」
何やら揉めているようだ。偉そうな男とスナタが言い争っている。内容は、あの二人に回復魔法を使わせるか否か、ってところかな。
「苦手ってことは使えないことは無いんだろう? こんな事態だ、贅沢は言ってられない。魔法障害は素早い応急処置が肝心なんだ。時間が経過してしまうと本当に治らなくなってしまう。わかってくれ」
「魔法障害に時間も何もありません! なってしまったらそれで最後、治ることは奇跡でも起こらない限り治らないんです! それに失明だって、組織が死滅してる人のものは治りません! 【蘇生】は禁術中の禁術ですよ!? 適性がある人だってほとんどいないのに!」
「やってみなければ分からないだろう? 頼む、君から彼等を説得してくれないか?」
あー、いるんだよな、こういう魔法不適応者。魔法を奇跡と勘違いして、なんでも出来ると思ってて、なおかつ魔法使いを道具かなんかだと思ってる奴。そしてそういう奴に限って、魔法に関する知識が乏しい……というか、間違った情報を信じている場合が多いんだ。
魔法というのは何も知らない人からしてみれば確かに奇跡に近いものだ。けれど魔法には限界がある。属性という縛り、魔力という縛り、禁術という縛り。人によって使えない魔法や、神によって禁じられた魔法が存在する。魔法はどこまでいっても魔法で、『奇跡』には成れないのだ。
偉そうな男はスナタの「苦手」という言葉を聞いてすっかり安心したのか、さっきまでの焦りはまるで見えない。むしろ道具には気を使う必要などないとでも言うように、話を聞かずに主張ばかりをしている。
「第一、結界が作動する前に、君が『二人は万が一のために離れた場所で待機している』と言ったんだろう? これが万が一でなくて、何が『万が一』なんだ?」
話を聞く気がない男に対し、スナタからは苛立ちが垣間見えた。
「結界の破損や、それに伴う高濃度の魔法爆発です。もしそうなった場合、その土地一帯、そしてわたし達は無へと還ります」
何かが『切れた』スナタは、これまでとは打って変わって静かに言った。しかしそんなスナタの様子に気づかない男は、鼻で笑って言葉を放つ。
「そんなことが有り得るわけ……」
「魔法を甘く見ないでください下手をすればわたし達は死すら許されない空間に飛ばされるんです日向が行っている【創造魔法】はそれほどまでに危険な魔法なんですそりゃあそうでしょうだってバケガクですよバケガクはただ修復すればいいってもんじゃありません知っているはずですバケガクというものはそもそも歴史的価値が高いために建設当時のまま後世に残す必要があるんですだからわたし達が駆り出されたんですわたしはほとんどおまけのようなものですけれど日向の魔法を抑え込めるのは今日この場にいるたくさんの人の中で蘭とリュウしかいないんです魔法使いはランクが全てじゃありませんというかあなたは魔法使いをなんだと思っているのでしょうか魔法をなんだと思っているのでしょうか一度世の中のことを勉強し直してきた方がよろしいのでは?」
スナタのそのいきなりの豹変ぶりに、場にいた面々の顔が驚愕の一色に染まった。そして、ボクも。
何かを知っているらしい学園長だけが、楽しげに口元に弧を描いていた。
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