ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.248 )
日時: 2021/08/21 08:55
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: ZgzIiRON)

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「…………く……」

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

「あさ……ん」

 ボクには姉ちゃんしかいないんだ。姉ちゃんがいないこの世界なんて何の価値もない。
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

『ボクは不幸なんかじゃない』
『ボクは不幸だ』
『心を病んだ母親と弱気な父親』
『違う違う違う違う違う違う』
『姉だって人間離れした力を持っていて不気味で』
『やめろ』
『それでいていつも無表情なのが異様で』
『姉ちゃんはボクの光だそんなこと言うな』
『だってそうじゃないか』
「あ……ぁ、あ、あ」
あいつがいなければ、ここまでひどいことにはならなかった』
「やめろ」

「あさひくん」

『頃合だろ? 目を覚ませよ、ほら……』

「朝日君!」

「うるさい!!」

 ボクは喉から叫んだ。途端に痛みが勢いを増して、喉を焼いた。痛い、熱い、苦しい、寒い。
 震える身体を必死で抱いて、それでも冷えは治まらない。気温も関係しているのだろうか。心臓は烈火のごとく熱いのに、体は氷漬けにでもされたように冷たい。中と外の温度差が気持ち悪い。

「煩いんだよ黙れよ。俺だってわかってるよ。姉ちゃんが……自分が狂っていることくらい。仕方無いじゃないかこうでもしないと俺は気がおかしくなってたんだから」

 ぶつぶつと俺が唱えていると、学園長がもう一度俺の名を呼んだ。

「朝日君!!」

 その瞬間に目が覚めて、頭の中の靄が晴れた。目を二、三回瞬きして、呆然と学園長の顔を見る。
「あ、あれ?」
 俺は一体何をしていたんだろう。意識ははっきりしているけれど、記憶が曖昧だ。えっと確か、バケガクに来ていて……なんでだっけ。ああそうだ、ここに姉ちゃんが来ているから──笹木野龍馬が来ているから、アイツが姉ちゃんに変なことをしないか見張るためだ。

 なぜ?

 別にいいじゃないか。姉ちゃんが誰と親しくしていようが。一人たりとも友達を作らず、俺以外に話し相手すらまともにいなかった姉ちゃんに大事な人が出来たんだ。むしろ喜ぶべきことで、二人を邪魔する必要は無い。

『だめなんだ』

 どうして?
 アイツと一緒にいる姉ちゃんは、他のどんな時よりも幸せそうだ。無表情を貫いてはいるけれど、俺ならわかる。言葉では説明しづらいけれど、アイツがそばに居ると、いつもの糸がピンと張っているような雰囲気が緩んでいるのだ。

『姉ちゃんには、ボクだけがいればいいんだ!』

 違うだろ。姉ちゃんが俺を大事なのは、俺が弟だからだ。それ以上でも以下でもない。姉ちゃんは俺に依存してはいない。だからお前も、早く目を覚ま──

『うるさいうるさいッ! ボクは姉ちゃんの唯一の家族だ。ボクと姉ちゃんは姉弟なんだ、他人の笹木野龍馬あいつなんかに姉ちゃんが取られてたまるか!』

 俺は神の怒りを買ったんだ。懺悔するなら今のうちだ。神は敵には容赦しない。いつまでも姉ちゃんに依存しているようじゃ、九年前のあの事件から成長出来ないんだ。分かっているんだろ?

『だまれ! だまれだまれ! 神がなんだ! そんな奴いない、ボクは神なんて信じない!』

 ああ、いないだろうな。もし神様がいるのなら、俺たちがこんなに不幸になる理由がわからない。俺たち姉弟が何をしたって言うんだ。

『違う、ボクは不幸じゃない! だって姉ちゃんがいる! 姉ちゃんがいればボクは幸せで──』

 ああもう、仕方ないな。

 俺は脳内の押し問答を、無視という形で無理矢理終わらせた。
 ふと目を向けると、学園長が興味深そうに俺を見ていた。
「君は……今の君は、過去の朝日君かい?」
 俺は学園長が何を言っているのかわからず、眉間にしわが寄るのを感じた。
「は? 何を言っているんですか?」
 すると今度は「ふーん?」と意味深に首を傾げ、ぼそりと独り言を口にした。
「そういう訳では無いのか。じゃあ、一時的に自己暗示が取れた状態ってことかな」
 それは確かに独り言で、俺への問いでは決してなかった。しかし俺は苦笑して、学園長の言葉に対し、苦笑気味に返事をする。

「はい、そんな感じですね。ここまで意識がはっきり分かれていると二重人格と称しても良さそうですけど」

 そう。『ボク』ではない『俺』は、『俺』としての意識をしっかりと持っている。『ボク』とは自己洗脳をかけて作り上げた仮の人格であり、本来の『花園朝日』は『俺』だ。
 だけど、『俺』も『ボク』も根本は同じだ。『俺』だって姉として姉ちゃんを慕っていたし、慕っている。『ボク』は姉ちゃんを『依存対象』として意図的に向ける感情を膨張させてしまっているため性格が歪んでしまっているが。『ボク』になる前から姉ちゃんの魔法を真似して使っていたし、姉ちゃんから避けられていた。俺がしつこく食い下がっていたから、割と一緒に過ごす時間は長かったような気もする。
『俺』と『ボク』は同じ人格だ。精神状態により多少性格にズレが生じるタイプ、スナタさんと似ているかな。だから、俺は二重人格ではない。

「君は、君自身のことをきちんと理解しているのかい?」
「それは、俺が犯した罪の話ですか?」

 学園長が頷くのを見て、俺は肩を竦めた。

「はい、知っています。祖父母を殺したことはもちろん、『他人の精霊に手を出した』ことも」

 神の眷属である精霊に対する違反は、この世界における大罪だ。なぜならそれは、神に背くということだから。
 今は『俺』に『ボク』を『被せているような状態』だけど、そのうち『俺』は消滅するんだろうな。
 そうなる前に、『ボク』が正気に戻ってくれるといいんだけど。と言っても、『ボク』という人格を形成したのは俺自身なんだけどな。

 俺は再度、苦笑した。

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