ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.249 )
日時: 2022/07/31 21:36
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: VmDcmza3)

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「ん? というか、どうして『俺』が出てきたのがわかったんですか?」
 学園長の「今の君は、過去の朝日君かい?」という言葉は、明らかに『俺』と『ボク』を区別した言い方だった。『俺』と『ボク』の違いは一人称と口調。しかしその違いに気づける人はそうそういない。違和感を感じたとしても、まさか『人格が入れ替わった』なんてわかるはずないだろう。
 学園長は何者なんだ? 知っているはずのないことばかり知っている。気味が悪い。

「うーーん」
 学園長は腕組みをして唸った。と思えば急にクスッと笑い、俺に言った。
「では、ヒント。
 私は、とある『権限』を持っている」
 権限? なんだ、それ。
「これ以上は教えないよ。というよりも、教えられない。私にも事情というものがあるんだ。これで満足してくれ」
 それなら、これだけでも教えてくれたことに感謝すべきかな。
「わかりました。ありがとうございます」
 そう言って頭を下げる俺を見て、学園長はうんうんと頷いた。
はいい子だね」
 ああそうだ。『俺』は元々普通だった。異常な家庭で生まれ育った身だけれど、精神が歪むことは九年前のあの事件までなかった。それ以降も『ボク』という殻で『俺』を守ることで、俺は正気を保っている。

 だけど──

「学園長」
「ん?」
「学園長は、教師──先生ですよね?」
 俺の問いに対し首を傾げた学園長は、数秒してから頷いた。
「ああ。一応そういうことになっているね。どちらかと言えば職員だけど。それがどうかしたのかい?」

『俺』は、もう二度と表に出てくることは無いだろう。俺の中のもう一つの、『ボク』とはまた違った、俺が殺した『狂った俺』がもうすぐで混ざる。そうなるとこの『花園朝日』という人間は破滅へと向かうことだろう。二重の殻を使わなければ正気を保てなかった弱い『俺』なんて、すぐに消えてなくなるだろう。
 歯車は揃った。今更運命に逆らう気は無い。そんな気力は残っていない。そりゃあ、あわよくば九年前より前に、姉ちゃんと俺の二人だけでも、戻れたらいいなとは思うけど。

「なら、聞いて欲しいです」

『ボク』は、姉ちゃんしか見えていない。見ようとしていない。なら、俺が『俺』であるうちに、花園朝日としての人生に、少しでも悔いが残らないようにしたい。

「学園長」

 助けの手を、求めたい。

 出来る限りのことをしておきたい。

「俺……」

 涙は、出ないな。最後に泣いたのっていつだっけ。昔から全然泣かない子だったと、母さんは言っていたな。

「……生まれてきたく、なかったです」

 なあ、『ボク』。もっと本心を口に出せよ。
 辛いなら、そう言えよ。

 姉ちゃんなら、きっと、助けてくれたはずなのに。

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