ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.251 )
日時: 2021/08/23 20:41
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: lU2b9h8R)

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 作られた? それってどういう意味だろう。

 ボクが質問しようとした直前に、学園長が結界を指した。
「結界が解け始めたよ」
 そう言われて結界に視線を向ける。
 キラキラとした光で満ちていた結界は、だんだんとその幻想的な姿を失いつつあった。光のせいで白く霞んで見えていた建築物はくっきりと輪郭を現し、元のあるべき姿に戻っている。結界の範囲を示していたドーム状の半透明な壁も、頂点から、溶けるようにして無くなっていった。黒色の魔法陣も地面に吸い込まれていき、魔法の痕跡が消えていく。

 昔のボクは、この光景が好きだった。魔法が失われていき、自分が現実へ引き戻されてしまうこの感じ。切なくて名残惜しく、けれども儚い。なんともいえないこの気持ちが、昔のボクは好きだった。
 いつの間にか視力は元の状態に戻っていたので、姉ちゃんの様子は分からない。

 だから。

「アイテ──むぐっ」

 アイテムボックスからほうきを取り出し、姉ちゃんの元へ行こうとした。
 なのに、学園長に口を塞がれて詠唱を強制的に中断させられた。

「な、何をっ」
「すまないが、日向君の元へ行くのはやめてほしい」
「なんでだよ!?」
「わからないのかい?」
「……ッ」

 ……わかるに決まってる。八年間離れていたとはいえ、ボクは誰よりも長く姉ちゃんと過ごした自信がある。
 きっとボクが行けば、姉ちゃんに心労を与えることになる。昔からそうなんだ。ボクといるとき、姉ちゃんは無理をしてる。自分が異常者であることを自覚し、そのことでボクが姉ちゃんに対し不安感を抱かないように、ボクへの接し方を常に考えて、異常な家庭環境に押しつぶされないように、ボクを守って。
 わかってる。わかってるんだ。あんな大きな魔法を使ったあとだから、姉ちゃんは心身ともに疲れきっているはず。ボクは行かない方がいい。

「チッ」

 わかってるよ。そんなこと。

「よし。なら、一緒に行こうか。本館も復活したことだし、全員を移動させないといけない」

 学園長はそう言って、ガコッと足元の扉を開けた。来る時も思ったけれど、重そうな鉄製のようなのに、どんな腕力をしているんだろう。全く重そうに見えない。
「さ、入って」
 自分が閉めるからということだろう、ボクを先に階段に行かせ、学園長は後に続いた。
「これからもお務め頑張ってね」
 黒子と白子(だっけ?)に声を掛けて、ギギッと不快音をたてながら扉を閉める。しっかりとした石造りの階段を下る。特に弾む会話もないまま数分歩くと、目の前に木製の扉が現れた。

「ここから出たら別行動だ。スナタ君が君を日向君の所まで案内してくれる。到着する頃には日向君は眠っているだろうから、会うかどうかは好きにしてくれていい。帰るなら帰ってもいいし」
「わかった」

 ボクが頷くのを確認すると、学園長は扉を押し開けた。キイッと軽い音が鋭く響き、暗かった空間に光が溢れる。
「じゃあね。鍵は気にしなくていいよ」
 それだけ告げて、どこへともなく学園長は消えた。

 ボクは、ふう、と息を吐いた。どうやら疲れが溜まっていたらしい。それもそうか、あの学園長は得体がしれない。警戒心が知らず知らず高まっていたようだ。
 しばらくぼうっとして、ふと、呟く。

「行くか」

 塔の外へ足を踏み出すと、じゃり、という砂の感覚を足が感じた。改めて感じたこの感覚は、不思議と懐かしく思う。
 先程吐いた息を今度は大きく吸い込む。肺が凍るような冷たい空気が心地良い。
 もう一度、息を吐く。白い息が空へ溶けていくのを見届けて、ボクはスナタを探し始めた。

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