ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.252 )
日時: 2021/08/24 21:24
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: .lMBQHMC)

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「あ、いたいた!」

 スナタもボクを探していたのだろう、ボクに気付くと声を上げ、ボクへ合図を送るように大きく手を振った。
 今いる場所は図書館の近く。兵士がわらわらと集まっている場所で、遠目に学園長が見える。おそらく、ボクがまだ学園長と一緒にいるとでも思って、学園長がいる場所付近を探していた、というところか。

「ごめんねー。探すの時間かかっちゃった」

 駆け足でボクに近付いたスナタはそう言ったけれど、実際はそんなことはない。塔のまわりで数分うろうろしてから、人が沢山いるところにいるのでは、と思いたってここへ来て、三分もかからずに見つけられた。もちろん、気配を消していたなんてことは決してない(そもそもボクはそんなこと出来ない)から、見つけにくいということはなかったはずだ。しかし、それにしても早すぎる気がするのは気のせいではない。

「いえ、大丈夫です」

 ボクのその言葉を聞くと、スナタはホッとしたように表情を緩めた。
「じゃあ、行こっか」
 そしてボクに背中を見せて、スナタは歩き出した。速いとも遅いとも感じないちょうどいい歩幅とスピード。
 気を使っているのかな。
「朝日くんは、おしゃべりは嫌い?」
 無言で歩き続けるのは気まずいという意味だろうか、スナタはこんなことをボクに尋ねた。
「いえ、そんなことはないです」
 別に好きというほどでもないけど。人と話すことについては、何とも思ったことがない。話すことがあれば話すし、話すことがなければ話さない。人付き合いにおいて対話は重要な役割を果たすので、必要であれば自分から話しかけることもあるけれど。

「えっと、なら、質問ね!
 好きな食べ物ってなに?」
「チョコレート、ですね」
「甘いものが好きなの?」
「それもありますけど、面白いじゃないですか。甘いのに苦いし、苦さにも種類がありますし」
「なるほどねー。ちなみに、なんのチョコが一番好き?」
「うーん、カカオ含有率が二十パーセントから三十パーセントのものですね」
「つまり、『普通くらい』ってことか。私はミルクが好きだよ」
「スナタさんも甘いものが好きなんですか?」
「うん、大好き! でも一番好きなのは柑橘系かな。みかんが好き。ほら、朝日くんの家にも置いてあるでしょ? たくさん」

 ボクは一度首をひねって、頷いた。
「はい。戸棚に置いてあります」
 スナタは照れ隠しのように苦笑した。
「あはは。最近は行ってないけど、前までよく日向の家に遊びに行っててさ。私が来た用にたくさん置いてくれてるの。いまは日向の契約精霊さんが食べてるらしいけどね」

 これは、チャンスかもしれない。

「姉ちゃんは、どんなことをしてスナタさんと過ごすんですか?」
「え? えーっと、何したっけ」
 うーんうーんと唸りながら記憶を掘り起こすスナタの様子を辛抱強く見ていると、「あ、そうだ」と、何か思い出したらしいスナタが呟いた。
「勉強会とかは、頻繁に開いてたかな」
 ボクは少しガッカリしつつ、食い下がってみた。
「遊んだりしないんですか?」
 姉ちゃんが遊んでいるところを、ボクは見たことがない。いつ見ても、本を読んでいるか家にいないかの二パターンしかなく、意外な一面、というものに遭遇したことがない。

「日向が遊ぶところなんて、想像出来る?」
 クスクスと笑うスナタの姿を見て、ボクは姉ちゃんとスナタが一緒に『遊び』をしたことがないことを悟る。
「何度か街や王都へ行こうって誘ったんだけどね。祭りとかにも一緒に行きたいってせがんだけど、全敗。日向って変なところで頑固なんだもん」

 愚痴のように話しつつも、その表情は柔らかい。

 どこか遠い目をして語るスナタの横顔は、なぜだかとても、神秘的に思えた。

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