ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.255 )
- 日時: 2021/08/28 22:43
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: MHTXF2/b)
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カーテンの色が緑みの強い青なため、姉ちゃんを照らす光の色も、同じ色になる。いつもの眩い輝きは、いまは月のような静けさを感じさせる。青い光の中で白い肌が幻想的に浮かび上がり、妖精のような雰囲気を醸し出していた。
眠っている姉ちゃんを見るのは、いつぶりだろう。幼い頃なら何度かあったが、成長するにつれてその回数は減っていった。それに、こんなに無防備な姉ちゃんを見るのは初めてだ。姉ちゃんは寝ていてすらなお張り詰めた空気を維持し続け、ボクが少し動いただけでも起きそうだった。なのにいまは、何をしても起きる気配がない。
生きているのか、不安になるほど。
ボクは姉ちゃんの口元に手を運んだ。鼻に手をかざし、ホッと一息吐く。よかった、息はしている。生きてる。
「やあ、朝日くん。調子はどうだい?」
耳に息が吹きかかり、ボクの体はビクッと跳ねた。
「あはっ、驚いたぁ? 最近は慣れちゃって張り合いがなかったから嬉しいなー」
「静かにしろよっ」
普段と同じ声量で話すジョーカーに、ボクは小声で怒鳴った。
「へーきへーき。起きないって。日向ちゃんは慣れないことして疲れてるんだから」
ジョーカーはヒラヒラと手を振り、遠くにあった椅子を移動させてボクの隣に腰掛ける。わざとらしく音を立てるなんて下卑た真似はしなかったが、音を立てないように、という気遣いは欠片ほども感じなかった。
「チッ」
「君のその癖は治らないねぇ」
ニヤニヤと笑うジョーカーに向かってボクは吐き捨てた。
「姉ちゃんの前に出てきていいの?」
折角姉ちゃんと二人きりでいたのに。さっさと出て行ってくれないかな。
「ボクもそのつもりはなかったんだけどね」
ジョーカーは目をスウッと細め、姉ちゃんを見た。
「ここまで緊張を解いたヒメサマを見るのは、初めてだからさ」
ヒメサマ? 姫様、ってことか?
ジョーカーは、姉ちゃんと決して薄くない関係があるらしい。語る言葉の端々で、それが理解できる。だけど、どこでそれを築いたんだろう。姉ちゃんからジョーカーのことを聞いたことがないし、出会うタイミングだって限られている。昔からよく遠方のダンジョンに行っていたから、もしかしたらそこかな? でも、コイツがダンジョンに行く理由なんてあるのか? 確かに、ボクが一人きりになると大抵現れるから暇ではあるのだろうけれど。随分前に、することがないのか、と訊くと、「ボクには悠久の時間があるからねぇ」と言われた。そういえば、コイツは何の種族に分類されているんだろう。
「皮肉だよね。ボクとヒメサマを繋ぐ糸は限りなく強いはずなのに、ボクはヒメサマの全てを知っているのに、ヒメサマはボクに対してすごく冷たい。なのにこんな魔力切れなんかで簡単に隙だらけな姿を晒すなんて」
ねっとりと絡みつくような視線を姉ちゃんに向けるジョーカーから感じるのは、いつものようなふざけた雰囲気ではなかった。
「まあ、いいんだけどね。そんなこと。ボクはヒメサマの狂った姿が好きなんだから。ヒメサマの目がボクに向かなくたってどうでもいい」
いつの間にかボクの向かい側に立っていたジョーカーが、手を姉ちゃんの顔に伸ばした。
「姉ちゃんに触るなッ!」
そう言いながら立ち上がろうとしたけれど、体が動かない。魔法だ。
「チッ」
人形のようにただそこにいる姉ちゃんの頬を、ジョーカーの指がなぞる。それを見ているだけで虫酸が走り、言いようのない嫌悪に襲われた。
「やっぱり、りゅーくんが原因なのかなぁ。ヒメサマはおかしいよ。あまりにも人間らしくなっちゃって」
手は固定したまま、顔をボクに向けて、ジョーカーは言った。
「知ってる? 日向ちゃんの放つ本来の狂気は、それはそれは美しいんだよ。飛びっきりの笑顔で血の海に溺れる姿は艶やかで……」
ジョーカーはそこで言葉を切った。
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