ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.257 )
- 日時: 2021/10/02 17:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: NGqJzUpF)
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「ああそうだ。このことも話しておこうかな」
ジョーカーはボクに自分の腕を見せた。
「なに?」
ジョーカーの腕なんて見たくないんだけど。
「我慢して少しの間だけ見ててねぇ」
もう片方の手で、腕をなぞる。肘から手首にかけて、ぐるりと一周するように。
色を失ったような真っ白な腕を見ていると、突然、模様が表れた。大量の黒い糸が絡みつくような不気味なそれは、吐き気がするほど気持ち悪いものだった。見れば腕をなぞる手や顔、身体中のあらゆる部分からその模様が浮かび上がっていた。
「なに、これ」
「この学園に仕掛けられた魔法だよぉ。魔力の供給元は学園長。日向ちゃんに危害が加わった時にその原因を潰したり、日向ちゃんの魔法の助けをしたりする。まあ、条件が厳しいからあまり作動することはないんだけどねぇ」
つまり、学園長の魔法ということか? 姉ちゃんを守ったり、助けたりする?『生徒』ではなく?
というか、潰れてないじゃん。潰れればいいのに。学園長の魔力を、ジョーカーが上回っているという考えでいいのかな。
「学園長についてはかなり謎なんだよねぇ。大体の検討は着くんだけど、そうする理由がわからないんだあ。本名すらもわかんないしねえ」
ジョーカーの言う通り、学園長は謎に包まれている。名前どころか種族すらも明かされていない。魔法を含めた個人の能力は、主に『種族』と『家系』に左右される。もちろん例外(おそらく姉ちゃんも例外に当てはまると思う)は存在するが、大抵はそうだ。現にボクは天陽族という『悪に対抗する種族』の生まれで、エクソシストの家系だ。故にボクは、光属性の魔法を得意としている。
しかし、学園長のような特殊な魔法に長けた種族も家系も思い浮かばない。もしかしたら姉ちゃんと同じ『例外』なのかな。
それだけじゃない。少なくともボクが聞いたことがある限り、バケガクの学園長を務めた人が、今の学園長以外にいないのだ。およそ十歳の頃から通っていたらしい(具体的な時期は教えてもらっていない)姉ちゃんも、今の学園長以外知らないそうだ。姉ちゃんは学園長のことを「理事長」と呼ぶから、昔は理事長とは別に学園長がいて、何らかの事情で学園長に役職が変わったのかと思ったけど、姉ちゃん曰くそんなことはないとのこと。ちなみに、昔は知らないけれど、いまのバケガクに『理事長』なんて役職はない。それに加えて、ボクは学園長室に何度か入ったことがあるけれど、そこの壁には本来飾られているはずである歴代の学園長の絵が無かった。もちろん何らかの事情があるのなら話は別。だけど。
もし、これまでに学園長を務めた人が居ないのだとしたら──
「まあ、そんなに重く考える必要はないよお。向こうも隠している様子はなさそうだから、そのうち分かるだろうしねえ」
思考に耽っていたボクにジョーカーが言った。模様の浮き出た腕を擦りながら、ニヤニヤと不気味に笑っている。
「それにしても、やけに早かったなぁ。見つからない自信すらあったのに」
なんて言っていると、ふとなにかに気づいたように顔を上げ、数秒後、ボクをみた。
「ねえ、もしかして、日向ちゃんのことヒメサマって呼んだ?」
「え? ああ、うん」
なんだ、もしかして気づいていなかったのか? 意図的にそう呼んでいるのかと思っていたのに。というか間抜けだな。自分が何を言ったのかすら把握していないなんて。
「失礼だなぁ。無意識ってやつだよ」
「心の中を読むなよ」
「どーりで早いわけだよ。まさかボクがミスしていたなんてねぇ」
まるで自分が間違いを犯さないとでも言いたげなセリフを吐いたあと、ジョーカーはボソッと呟いた。
「これは……少しマズイかもな」
? 何の話だろう。
ジョーカーは何故か姉ちゃんを睨んだ。いや、睨んだと言うよりも、その瞳に宿す感情が強過ぎるあまりに睨んだように見えたと言う方が適切だろうか。ただ、その感情が何なのか、ボクにはわからなかった。執着のような、嫉妬のような、何か。
「彼がなんて言うか……」
また、彼。それは誰のことを言っているんだろう。ジョーカーの話す様子からして、少なくとも姉ちゃんと無関係という訳では無さそうだ。それなら、気になる。
そう思ったボクはジョーカーに「彼」のことを尋ねようとした。
けれど。
「なっ」
ジョーカーは、知らぬうちに姿を消していた。今の今まで目の前にいたはずなのに、立ち去る気配も感じなかった。
「チッ」
まあ、いい。これでやっと姉ちゃんと二人きりになれた。
ボクは姉ちゃんを見た。蒼い光は仄かに夕日の色を帯びている。青から赤に変わった光は、姉ちゃんをボクの手の届く場所に引き戻し、ボクが存在する空間と姉ちゃんが存在する空間とを繋げた。
立ち上がり身を乗り出して、左手をベッドにつく。ギシッと音がしたけれど、ボクはそれを無視する。ゆっくりと、先程ジョーカーが触れた部分の頬に触れ、少しずつ手の位置をずらし、顎へ、そして首へと右手をかけた。
──このまま起きなくてもいいのにな。
とく、とく、と、微かな振動を感じる。一拍一拍の感覚は一秒よりは僅かに長い。
生きてる。
姉ちゃんに「生」を感じたのは、これが初めてかもしれない。
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