ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.259 )
- 日時: 2021/10/28 21:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iTqIkZmq)
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話? 何の話だろう?
「どこから、話そうか」
ボクを抱きしめたまま、姉ちゃんは呟く。
「まず、私は、魔法障害にならない」
そして唐突に、そんなことを口にした。
到底信じられることではなかった。そんな話は聞いたことがない。魔法障害というものは、人の体が限界を越えた時に起こるものだ。いくら姉ちゃんでも限界はある。限界を迎えることが滅多にないというのならまだしも、限界を迎えることが無いなど、ありえないのだから。
そんなの、人間じゃない──この世の生物ではない。
「でもそれは、何もおかしなことではない。誰も彼もが私を異常で異様だと言うけれど、私からしてみれば、私でなくても今の私に辿り着くことが出来るように思う。私は少し特別だけれどそれだけで、他に何も持ち得ない。私は私の持つ物を、上手く活用しただけの、ただの人間。ただそれだけのこと」
皮肉にも聞こえるような、理解しにくい言葉の後に、姉ちゃんは一つ一つ説明を始めた。
「魔法障害は、二つ以上を重ねて引き起こすことは無いということは知ってる?」
ボクは頷いた。とは言っても抱きしめられた状態でだったから、実際には少し頭を動かした程度に収まったけれど。
しかし頷いたとはいっても、その情報の信憑性はあまりない。『魔法障害は並行して引き起こされない』ということそのものが最近発見された物事であり、その原因はまだ仮説すら立てられていない状況だ。そもそも魔法障害自体が研究があまり進んでいない未知の領域なのだ。
「私が魔法障害にならない理由は、それ。私は既に、一つ魔法障害を持っている」
その言葉を耳が脳へ伝え、そして脳が理解したその瞬間、ボクの心臓はどくんと跳ねた。脳をも揺らさんばかりのその拍動に、ボクの意識は一瞬途切れる。
「え?」
ほぼ無意識に音が出た。脳が正しく機能しない。それほどまでに姉ちゃんが言った言葉は、突然で、理解し難い言葉だった。
「髪や瞳の色は、各個人の体内の魔力によって決定される。朝日はまだしっかりとは習っていないだろうけど、一般常識としてなんとなくは知っているんじゃないかな」
ゆっくりと紡がれる声を聞くにつれて、ボクは姉ちゃんの言わんとすることを予測し始めた。
「髪や瞳の色が遺伝するのもそれが理由。魔力が遺伝するから、自然と色は親に似る」
どれだけ飛び出た才能を持って生まれても、どれだけ親とかけ離れた魔法の才を持って生まれても、魔法を構成する体内の魔力の基礎は親から遺伝する。
「けれど何事にも例外はある。
……その例外のうちの一つが、私。」
そんなはずはない。だって、説明の仕様がない。
『生まれついての魔法障害』なんて、聞いたことがない。
「待ってよ……だって、姉ちゃんの白眼は生まれつきなんじゃ……」
「私はその昔、とても大きな魔法を使った。【分解魔法】や【創造魔法】の比では無い、【禁術】の中にさえ含まれない禁忌の術。私はその魔法を使ったことにより、片目の色素を構成する分の魔力を失ったの」
囁くように、呟くように、ぽつりぽつりと零れる言の葉は、まるで懺悔のように聞こえた。冷たい熱がこもった声はなんとなく苦しげで、ボクは嫌な汗を握った。
「私は朝日を責められない。その資格を、私は持っていない。朝日を『そう』したのは私だから。朝日の罪は私の罪、だけど私は朝日の罪を償えない。それは許されていない。責任が取れない、その権利を私は持ち得ない。カゾクは大切にしようって決めていたのに……ごめんなさい」
罪悪感も後悔も、自責の念も背徳感も、何も感じない。あるのは深い歓喜、ただそれだけ。
ボクの中には濃密な快楽のみが強く埋め込まれていた。姉ちゃんがボクを想って謝罪している。『気にしなくていい』と慰めることだって出来る。『姉ちゃんのせい』だと罵ることも出来る。ボクの言葉次第で姉ちゃんを癒すことも傷つけることも出来るという今の状況に、ボクは酔っていた。
「朝日を責める気持ちは断じてない。この結末を防げなかったのは私で、全ての責任は、いずれこうなることを予想してなお過ちを犯した私にある。それなのに償うことをしない私を、許して欲しいなんて言わない。でも……だから、ごめんなさい」
静かに、冷たく、けれど優しく、人間らしく言葉を連ねる姉ちゃんを、ボクは再度抱きしめた。
なんと言うのが正解なのだろう。なんと言えば、姉ちゃんは新しい表情を見せてくれるのかな。
「姉ちゃん」
何を言おうとしていたのか、よく分からないうちにボクは口を開いた。
この時ボクが何を告げようとしたのかは、誰も知り得ないことだった。
突然、姉ちゃんの体が輝いた。暖かく柔らかく、それでいてどこか排他的な印象を受ける光が、姉ちゃんを中心として室内に充満した。不思議と眩しいとは感じない。後光のような輝きだった。
やがてその光は姉ちゃんの胸の辺りに一点に集まった。そして小さく人の形を作る。そのシルエットはひどく見慣れたもので、そうであるからこそ、ボクは驚くのではなく不思議に思った。驚くということなどは、既に今更のことだから。
輝きは徐々にシルエットに器を与えた。ふわりと風になびく金糸の髪が徐々に形を成し、服とも言えないような布を重ねた衣が現れる。金の色は白に近い薄橙に変わり衣から飛び出た肌を表す。顔には新芽色をした瞳が覗く。背にモルフォ蝶の羽根を生やし、美しい精霊は姉ちゃんの手の平に降りた。
「あら?」
ベルはちょこんと首を傾げた。体のサイズも相まって、小動物のような雰囲気を醸し出す。
「なにか話をしていたの? 邪魔をしてしまってごめんなさい」
申し訳なさそうに控えめに笑うベルに、姉ちゃんは淡々と言った。
「行くよ」
呆然とその様子を見ていたボクと、さっさと毛布をたたんで出入口に進む姉ちゃんを、数回交互に見たあと、ベルは「はい」と返事をした。
「朝日」
姉ちゃんは扉に手をかけ、振り向いてボクを視界に入れた。空虚な青と白の瞳がボクを見る。
自分の行先はわかっているのだろう、笹木野龍馬達がいる場所を尋ねるのではなく、姉ちゃんは言った。
「カミサマには、逆らわないで」
先に行ってる、と言い残して去る姉ちゃんを、ボクはモヤモヤとした気持ちで見送った。
姉ちゃんのことを知れたはずなのに、教えてもらったはずなのに、前よりも距離が開いたような気がする。
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