ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.261 )
日時: 2021/10/29 23:23
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pgLDnHgI)

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「少し待ってください」
 青年は後ろに控えていた兵士を見て、比較的近くにいた数名に声をかけた。ボソボソと会話をしたあと、改めて姉ちゃんと視線を交わす。
「私、カイヤ=ブライティアと、ルキオ=ウィスタス、イヴ=ディファーとユバ=ディファーの、以上四名です」

 名前と容姿から判断するなら、きっちりと整えられた藤色の髪と青い瞳の男がルキオ、灰色の長い髪を後ろで一つに束ねた、前髪で目が見えない同じような風貌の二人がイヴとユバか。
 ルキオはいわゆる大男で、二メートルに迫るほどの高身長であると同時に肩幅も広く、盛り上がった筋肉が顔を見せていた。色白の顔は体に不釣り合いで、ぼんやりと浮いているような錯覚がした。
 それに対してイヴとユバは小柄で華奢で、女のようにも男のようにも見える。髪から飛び出した耳はボクより(つまり人間より)大きく、握りこぶし一つ分くらいの大きさだった。とりあえず人間ではないらしい。体の一部が発達している種族は沢山あるので種族名は特定出来ないが、おそらくその中のどれかだろう。

「わかりました」

 姉ちゃんは頷くと、四人に向けて右手の平を向けた。四人に向けてということはつまり整列していた兵士たち全員に向ける形になるということであり、後ろに控えていた兵士たちは一斉に脇へ避けた。

 闇色の光を放つ黒い粉が、姉ちゃんの手を中心として渦を巻いた。その渦はどんどん大きく速くなり、やがてその魔力は具現化され、『鎖』に姿を変えた。ざわざわと不快な音色を奏でる風が姉ちゃんの金色の髪を静かに揺らす。

「【闇魔法・桎梏しっこくの鎖】」

 風に乗って聞こえてきた微かな声は、そう言っているようだった。
 姉ちゃんの手から四本の幻覚の鎖が放たれる。襲い来る猛獣の鉤爪かぎづめのごとく大きな孤を描き、四人に絡みついた。四人は一瞬だけ、おそらく本能で抵抗する素振りを見せた。しかしそれをすぐに押さえ込み、体勢を元に戻す。

 契約内容を告げずに一方的に契約を結ぶ、【鎖の契約】の進化版、【桎梏の鎖】。それは主に大昔、有能な人物を国内へ縛り付けるために各国の国王がこぞって使用していたとされる魔法で、現在は『道徳に反した魔法である』として禁じられている魔法だ。けれどそれは神により禁じられた【禁術】ではなくただ単に法により定められているだけなので当然破る者は居て、現在は奴隷契約の際に使用される魔法となっているらしい。

 この魔法の知名度は低いけど、職業柄、ここにいる人たちの大半は知っていたようで、醜い化け物でも目の前にしたように姉ちゃんを見た。いつものことだ。意図してなのか偶然なのかは分からないけれど、姉ちゃんはこういった人受けの悪い魔法を使うことが多い。

 でも、少し考えてみればすぐに分かるはずだ。いくら道徳に反する魔法とはいえ【桎梏の鎖】は上級魔法。それを同時に四人に対して使えるという事実は素晴らしいこと。姉ちゃんは本当に、いい意味で規格外の人物であると、なぜ気づかないのだろうか。

 なぜ、虫けらでも見るような目で──

「朝日」

 姉ちゃんに名前を呼ばれた瞬間に、ボクの頭は晴れた。弾かれるように足を持ち上げ、駆け寄る。
「なに? 姉ちゃん」
 姉ちゃんは、ゆっくりと言葉を紡いだ。声が響き、脳内を侵食されるような感覚が心地良い。
「そろそろ、帰った方がいい。私はここに残る」

「えっ」

 ボクは息を吐いた。

「なんでっ? ボクも残るよ! 明日、一緒に帰ろうよ!!」

 なんとなく、そう言われる気はしていたけれど、抗議しない選択肢はなかった。だって、家は一人だ。もしかしたらジョーカーが顔を覗かせに来るかもしれないけれど、ボクはそんなこと望んでない。むしろ拒否権があるならそれを使いたいくらいだ。意味もなく訪れることは無いからそれだけが救いかな。あいつは用事があるときにしか来ない。
 それはともかく。ボクは姉ちゃんと一緒にいたい。別に寂しがり屋とかではない。そのはずだ。単純に、ボクにはタイムリミットがある。ボクの罪は遠くない日に裁かれる。ボクが犯した罪の全てを知っているジョーカーがボクを売らない保証なんてどこにもないのだから、その日はボクが思っているよりも近いのかもしれない。そのいつだか分からない日までに、どれだけの時間姉ちゃんと一緒にいられるのか。

 わからない。

「だめ」

「なんでっ!!」

「朝日」

 ボクの名前を呼びながら、姉ちゃんはボクの頭を優しく撫でる。
「言うこと聞いて」
 むっとした空気を絶えず出していたけれど、流石にこれには逆らえない。ふわふわと浮くような高揚感に浸されて、もやもやしていた気分は消し飛んだ。

「わかったよ」
 ボクは呆気なく引き下がり、姉ちゃんに背を向けた。

 ただ、ほんの少しだけ嫌味を投下しておく。

「いつも隠し事ばっかり」

 わざと聞こえるように顔をやや後ろに向ける。これくらいは許して欲しい。
 予想通り、姉ちゃんは何も言わなかった。別にそれで構わない。何かを期待して放った言葉ではないのだから。

 特に何かを思った訳では無いけれど、ボクは視界にあの三人を入れた。どうやら学園長と話しているらしい。真剣な、そしてどこか寂しげな面持ちで会話する様子を見ると、その内容は気にならないと言えば嘘になる。そうは言っても特別気になるという訳でもないので、すぐに前を向いて全身を再開した。

 しかし。

「花園君は、無理を重ねすぎている」

 学園長のこの言葉が、ボクをその場に縫い止めた。

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