ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.263 )
- 日時: 2022/01/08 09:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wNoYLNMT)
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『学園再開のお知らせ』
大きく見出しにそう書かれた、先週届いたプリントを手にし、ボクは溜め息を吐いた。
登校再開日になったけど、結局、姉ちゃんは今日まで帰って来なかった。流石に今日は帰ってくるかな?
『ったりーな、学校なんて。サボっちまおうぜ』
「馬鹿なこと言ってないで、ほら、かばんの中に入ってよ」
家において行くと、ビリキナは何をするかわからないから、いつも出掛けるときは連れて行っている。かといってボクの契約精霊が闇の隷属の精霊であることが知られるのはあまり良いことではないので、ビリキナにはたまにかばんの中で過ごしてもらうことになる。ビリキナはそれが嫌らしい。別にずっとってわけでもないのにな。
『別にかばんの中に入らなくてもいいだろ。このまま行こうぜ』
「えー」
ボクは数秒悩んだ末に、ビリキナの希望に沿うことにした。姉ちゃんのように【精眼】を持っている人なんてそうそういないし、登校中だけなら大丈夫だろう。
「じゃあ、大陸を抜けるまでは入っててよ」
『へぇへぇ。わーってるよ』
大陸ファーストの住民には、エクソシストや呪解師や、とにかく『闇』に対抗する力を持った家系や種族が多い。もちろんその中には『闇』の存在に敏感で、近くを通るとそれを感知する能力を持った者もいる。
万一に備えて。それはビリキナも理解している。こいつは自由奔放で自分勝手だけど、馬鹿じゃない。
「行こうか」
ボクの言葉を合図にビリキナはかばんの中に滑り込み、ボクは玄関のドアを開けた。
戸締まりを終えて、ほうきにまたがる。ほうき乗りは昔から何度も何度も繰り返している魔法なので、無詠唱で行使することが可能だ。ふわりと腹が浮くような感覚がして、ボクは宙に飛び出した。
うっすらと膜を張ってあるような大陸を取り囲む結界は、ボクにとって見慣れたものだ。これは古代から神々の祝福と結界の守を任じられた家系の者によって維持され続けているものだ。しかし、近年その役割は機能しているように思えない。本来この結界は、大陸ファーストに何者も踏み入れられないようにするため、大陸ファーストの住人を外に出さないための『壁』であり『檻』だった。世界の終焉に耐えるための、『砦』であった。選ばれし民を滅びた世界の果てに連れていくための、神が用意した『箱舟』。
でも、以前笹木野龍馬が易々と入ってきたのもそうだけど、結界が役割を放棄しているように思える。結界が弱まっているのではなく、結界自体が機能を停止しようとしている──姉ちゃんは昔、そんなことを口にした。
厳格な制約の元、絶対の監視の元、閉じられた世界でのみ生きていた大陸ファーストの住人は、今や自由に海を渡り、気ままな生活を送っている。守の一族はあくまで『結界の守』を司っているのであり、住民の行動の制限の権利を神から賜っていない。結界、つまり神が人の行き来を止めないのであれば、守の一族はそれに対して何も口を出すことは出来ないのだ。つまり結界は形のみを維持しているだけで、その意味を持っていないということになる。
ただし、姉ちゃんは先日の笹木野龍馬の来訪を無かったことにしている。具体的には、あの時笹木野龍馬を見た全員の記憶をねじ曲げているのだ。その理由は『余計な混乱を避けるため』。結界は往来を禁じるものではないが、それでも悪意ある者の侵入を拒む。ボクたちにとって『悪』の象徴である闇に従属する民の侵入は口煩い上のやつが騒ぐ可能性がある。姉ちゃんはあくまで、笹木野龍馬が余計なことに巻き込まれることを懸念したのだ。
じゃり、と口の中の砂を噛み潰し、膜に触れる。結界は表面を波打つことすらせずに、抵抗なしにボクを外界へと放った。
『もういいよな?』
ボクの返事を待たずに、ビリキナは空中をくるくると回った。ぐぐっとと背伸びをした後に、ぽすんとボクの肩におさまる。
『たまには暴れてーなー。お前はそう思わねえのか? いつもちまちました地味な作業ばかりしてよ』
ビリキナの言うことも、まあ、理解は出来る。真白への誘導といいリンの『悪霊化』の件といい、成功するかも分からない気長なことばかりジョーカーは指示してくる。いや、正確にはジョーカーの上司? だけど。
真白は簡単に堕ちた。呆気ないほどだった。もっとはっきり言えば、扱いやすかった。一目見て、飢えているとわかったからそこにつけ込んだ。優しくして親切にして、引いてから押して、押してから引いて。邪魔な契約精霊を引き剥がしたらあっという間に転がり堕ちた。勝手にボクへ特別な好意を持ったのは想定内で好都合だった。
姉ちゃんほどではないにしろ、ボクは外見が整っている自覚はあるし、愛想を振りまくのも得意だ。恋心を抱かれる経験は少なくないし、それ故に真白がボクに恋心を抱いているのはすぐに分かった。
あとになって、ジョーカーから任務の成功と真白の精神的な死が告げられた。真白は、『嫉妬』の悪意と相性がいい状態にあり、真白をそうしたのはボクだとあいつは言ったが、その部分はあまりよくわからなかった。
問題は、リンだ。仮契約とはいえ姉ちゃんの契約精霊なだけあって、なかなか堕ちない。そういえばジョーカーは、精霊の悪霊化の実験は、かなり大昔から行われているものだと言っていた。
そして、その実験にジョーカーが加わったことにより成功率が上がっていて、姉ちゃんの契約精霊に手を出すことにしたのも、ジョーカーが関わっているからだという面が大きいと、あいつ自身が語っていた。
「ボクの目的は姉ちゃんを知ることであって、暴れることじゃないからね」
『つまんねーやつ』
「というか、一昨日ダンジョンに行ったばかりじゃないか。せめてあと二週間は我慢して」
『じゃあ二週間後に暴れようぜ! よし、決定!』
やれやれとわかりやすい溜め息を吐いたが、ビリキナは無視した。いつものことだと諦めて、ボクはほうきを握る手に力を込めた。
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