ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.269 )
- 日時: 2022/01/15 09:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: SgaRp269)
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「朝日くん、ちょっと」
昼休み。昼食をとるためにゼノと一緒に移動しようとした直後、そう声をかけられた。
えっと、誰だっけ。喉につっかかってすぐに名前が浮かばない。
一束にまとめた緑の髪。金の瞳。尖った耳。エルフか? ボクよりも小柄だから、可能性はある。
いや、違うな。〈アビアの一族〉だ。思い出した。種族精霊の一つである正真正銘の妖精。学級委員をしているアビア=カシェだっけ?
「なに?」
話したことがあるかも分からないし、話しかけられるようなことをした覚えもない。今朝のことを考えると姉ちゃんのことかもしれないとふと頭をよぎったが、そのことでわざわざボク個人に話しかけてくるとは思えなかった。
「今日の放課後、空いてるかな? むりなら、明日でもいいんだけど」
「空いてるよ。ボクに何か用?」
「うん。ちょっと、ね。そのまま空けておいて欲しい。放課後この教室で、先生も交えて話したいことがあるんだ」
「先生と?」
ますます訳が分からない。先生と話すことなんてあったかな。一応ボクは優等生で通しているし、真白の件ならいちいち学級委員やら担任教師やらと話さずに一気に『そういう』機関に連れて行かれるだろう。
「わかった。で、何を話すの?」
「それは……」
カシェはボクのそばにいるゼノを見た。なるほど、聞かれたくない、か。
「休み時間が無くなるから、ボクたちはもう行くね。行こう、ゼノ」
返事も待たずに歩き出すと、ゼノはボクについてきた。後ろから、緊張が緩んだような溜め息が聞こえた気がした。
「どこで食べる?」
「えっと、裏の森の、あそこ」
「わかった。なら、ちょっと急ごうか」
入学したての同クラス内ではあまり知られていないが、裏の森には休憩所のような場所がある。森の向こうに移動するときや図書館に行くときに使う道からはやや外れているため、多くの生徒が見落としている穴場だ。それに、あそこに行くには道なき道を歩くことになるし、何より遠いから、あそこを知っている人もあまり来ない。ボクらだって人のことは言えない。あそこで食べるよりは屋上なんかで食べることの方が多いのだから。
正面玄関から校舎の外へ出ると、『四季の木』周辺に人が集まっていた。賑やかな昼食の時間を楽しんでいる。でも、ここ最近冷えてきたからかいつもより人の数が少ない。昼食を終えてそそくさと校舎に入っていく人がいるのも、ちらほら見える。
「アサヒ、さムくない?」
ゼノは〈コールドシープ〉という種族で、北国出身らしく、寒さに強いらしい。その代わり、夏は基本バテていた。
「平気だよ」
ボクは感情が欠落している。寒いも暑いも、認識はするけど『感じない』。寒いとは思うけど、だからと言って何も無い。
『平気』。その言葉に、嘘はない。
校舎から離れるにつれて、人通りも少なくなり、やがて一人も通行人を見なくなった。ボクらは整地された道を外れて、がさがさと草を分ける。だけど別に全く道がないとかではなく、草が踏まれた跡が道の役割をこなしているのだ。非常にうっすらであるのと、周りの風景と同化しているのとで、見えにくいだけで。
「ふぅ」
ゼノが息を漏らした。目的地に到着して、無意識に出たものだろう。疲れたというような表情はしていない。怪物族だからか、体力なんかはかなりあるということを、しばらく一緒に過ごしてみて知った。
そこは、綺麗な場所だった。
木漏れ日が森の中を優しく照らし、金色の光を反射させる白のガゼボを浮かび上がらせている。ガゼボにはつるが巻きついていて、空色の蕾をつけていた。
周りの風景も合わせて、まるで一つの芸術作品であるかのように、そこに存在していた。
そこに、見知った影が一つ。
「姉ちゃん?」
静かに存在を主張する美しい金の髪が、ふわりと揺れた。冷たい空気が髪をやわらかになびかせ、振り向いた姉ちゃんの横顔を露わにする。
隣でゼノが息を止めたのを感じた。ぎゅっと拳を握りしめ、体を強ばらせているのがわかる。
なんの感情も浮かばない、虚ろな白眼がボクを捉える。
「どうしてここにいるの? ほかの三人は、今日は一緒じゃないんだね」
昨日までに帰って来なかったことについて文句でも言ってやろうと思ったけれど、やめた。そんなのどうでもいいや。ボクは走り寄って姉ちゃんの横に腰掛ける。
「龍馬は、登校してない。蘭は先生から呼び出されて、スナタから『たまには別々で食べよう』って言われた」
「そうなんだ。じゃあ、ボクたちと一緒に食べようよ!」
姉ちゃんは数秒止まった。多分、ボクの口から「ボク『たち』」という言葉が出たことと、ゼノの意志を確認せずに言ったことについて考えているのかな。
「ね! ゼノもいいよね?」
ボクがゼノを見ると、ゼノは一瞬固まって、そしてブンブンと首を縦に振った。
「ならおいでよ。座って食べよう」
ボクが駆け出した時に居た場所から全く動かないでいたゼノに声をかけると、ゼノはあわてて駆け足でガゼボに近寄った。そして大回りをして、姉ちゃんがいる場所とは正反対の入口から中に入り、三十センチほどの間隔を空けてボクの隣に座った。
ゼノの手は小刻みに震え、表情は未だに硬い。そんなに緊張しなくてもいいのにな。
「ああ、そうだ。姉ちゃん、紹介するね。ボクの友達の、ゼノイダ=パルファノエ。姉ちゃんのファンなんだってさ」
「アサヒ?!」
ボクが言うと、ゼノは弁当箱を開けようかとまごついていた手を滑らせて、危うくそれを落としそうになった。間一髪で拾ったようだから、大事は起こってない。
「ファン?」
姉ちゃんが首を傾げると、ゼノがアワアワと口を開く。
「あっそノ。えっと、えッと!」
しばらく見ていると、息もまともに吸えていなかったようで、喉に手を当てて小さく咳き込み始めた。ゼノが先に何かを言うのを待っていた姉ちゃんだったけれど、見かねたのか、口を開く。
「貴女のことは、覚えている」
「アッ」
ゼノは突然立ち上がり、姉ちゃんの前に移動して、深々と頭を下げた。大柄であることを気にし、膝をついて、頭の位置が姉ちゃんの頭よりも低くなるようにして。まるで土下座のような格好だ。
「先ジツは、失礼しました!」
先日? 姉ちゃんとゼノは、面識があったのか?
「怒ってないし、その事でもない」
姉ちゃんはベンチから降りて、ゼノの顔を覗き込んだ。
「服が汚れる。とりあえず、立って」
至近距離に姉ちゃんの顔が来たゼノは顔を真っ赤にして、勢いのままに立ち上がった。少し頭がふらついている。
「私が言ったのは、貴女自身のこと。貴女が入学した時のこと、貴女がここに入学した理由、それから、ある程度の経歴。私も貴女と同じように、貴女に興味を持っていた。一番興味があったのは、貴女の姉であるけれど」
「わたしと、同じヨウに?」
「正確に言うと、思い出した。貴女の名前と顔と、それから〈呪われた民〉の本を大量に読み漁るというその行動を、どこかで確認した覚えがあった」
「そう、ナんでスね」
「〈呪われた民〉についての知識は、既に脳に蓄えがあるはずなのにまだ調べているということは、それは姉ではなく私に関することと予想した。何年も経ったいまでもそれを続けているとは思わなかった」
「それは、ソノ、なんトナく、習慣づいてしまって」
もじもじと手を動かして視線を泳がせるゼノに、姉ちゃんは続ける。
「貴女が朝日と知り合いということには、正直驚いた。だけど、朝日の友人が貴女であることは、嬉しい」
そして姉ちゃんは、表情を変えた。冷たい瞳はそのままに目を細め、口で弧を描いた。微笑んだ。
花のような、しかし華のようではなく。言い表すなら、百合、そして、向日葵。聖女のような清らかさと、太陽と形容するほどの眩しさは無いもののそれと同様の暖かさを持った、微笑だった。
息が、止まった。脳が耳から入る音を一切認識しなくなる。
重くも軽くもない静けさの中、姉ちゃんの声だけが、涼しげに響く。
「朝日を、よろしく」
心臓が、どくどくと音を鳴らす。周りは静寂ではあるものの、さわさわと、草木が擦れ木漏れ日が揺らめく音がする。
時間が止まったのは、ほんの数秒のことだった、
ゼノも顔を真っ赤にして、口を開けたり閉じたりしている。
「ひゃい……」
絞り出した言葉は、なんとも情けないものだった。
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