ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.274 )
- 日時: 2022/01/22 10:11
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: feG/2296)
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姉ちゃんは笑顔をすぐに消して、ベンチに座りなおした。それを見たゼノも再びボクのとなりに腰を降ろして、ボクたちの顔をチラチラと見ながら、おずおずと弁当を広げる。
「姉ちゃん、いつ帰ってくるの?」
ボクは尋ねた。姉ちゃんは口に含んだ食べ物を飲み込んでから、返事をする。
「まだ、帰れない」
なんとなくそんな気はしていた。予想はしていた。だけど。
「いつ、帰れる?」
姉ちゃんの制服の袖を、ぎゅっと掴む。こうしていないと、もう二度と姉ちゃんに会えないような気がして、不安なんだ。
同じ家に住んでいてもあまり顔を合わせないのに、姉ちゃんが、もう家に戻ってこなかったとしたら。思えば姉ちゃんは、『白眼の親殺し』の一件があって以来、ボクと距離を置こうとしている。姉ちゃんが事件の犯人だと世界中が勘違いしたそのスピードは驚異的なものだった。
まるで、前々から計画されていたかのように。
当時はあまりにも物事が早く過ぎ去ったから、両親を失ったショックからまだ抜け出しきっていなかったボクは、時間の渦に呑まれるしかなかった。そして気がついた頃にはボクはじいちゃんの家に居て、姉ちゃんとの接触禁止が言い渡されていた。姉ちゃんのいなかった八年間は、なにもかもが空っぽだった。花園家当主の孫だからと、甘やかされるか、媚びを売られるかの繰り返しの日々。幸せなんて、どこにもなかった。
喉の渇きにも似た飢えを、いつまで経っても満たせない。溺れているかのような息苦しさと、それから、それから、……なんだっけ。
自分の望みもわからなかった。育った環境があまりにも哀れだからと周りの大人はボクをとことん甘やかした。欲しいものはなんでも買って貰えた。姉ちゃんに会わせてもらうこと以外なら、じいちゃんやばあちゃんはなんでも叶えてくれた。それじゃ足りなかった。じいちゃんもばあちゃんも他の大人も、ボクを道具としか見てなかった。じいちゃんとばあちゃんから生まれた母さんはばあちゃんに瓜二つの容姿で生まれ、花園家の子供としては欠陥品だった。母さんと父さんの間に生まれた姉ちゃんは白眼を持っていて、ボクはやっと生まれた成功作だった。
大人たちが見ていたのは『ボク』ではなく、ボクが持っていた容姿と能力と花園家当主になる資格だった。ボクを愛していたのではなく、ボクを利用する機会を伺っていたのだ。じいちゃんとばあちゃんはまだマシだったけど、そうであってもボクと姉ちゃんを差別していることが許せなかった。
心を許せる人が一人としていなかった。姉ちゃんだけだった。ボクを『ボク』として、弟としてそれ以上でも以下でもなく真正面からボクを見て、そして受け入れてくれたのは。ボクには姉ちゃんしかいなかった。それと同時に姉ちゃんにもボクしかいないはずだった。そうでなければいけないはずだった。
『勘違いしない方がいい。日向ちゃんはボクらのものだ。他の誰でもない、ボクらの』
ジョーカーの言葉が脳裏に浮かんだ。
姉ちゃんは独りじゃない。笹木野龍馬がいて東蘭がいてスナタがいる。ジョーカーだって学園長だって、ボクの知らない姉ちゃんを知っている。姉ちゃんには、ボク以外の誰かがいるのだ。
「わかった。明日、帰る」
頭上から姉ちゃんの声がした。ボクが掴んでる方とは逆の手でボクの頭を姉ちゃんは撫でる。
「元々は今日帰るつもりだった。予定を変更したのは、様子見しなさいって学園長に言われたってだけだから」
「ほんと?!」
ボクは顔を上げて姉ちゃんを見た。
「うん」
嘘は言ってない。じっと顔を見つめてそれを理解し、ボクはやっと安心出来た。
「待ってるからね」
ボクが言うと姉ちゃんは頷き、少ない荷物を持って立ち上がった。それに合わせてボクも手を離す。
「それじゃあ、私は戻る」
「うん、じゃあね!」
引き止めたってどうせ意思は変えないだろうから、ボクは笑顔で手を振った。横でゼノもぺこりと頭を下げる。姉ちゃんは特別なアクションはとらず、静かに去っていった。
姉ちゃんの姿が見えなくなって数秒後、ゼノは大きくため息を吐いた。
「はー、ビっくリシた」
「どう? すごいでしょ、姉ちゃんは」
にやにやしながら聞いてみる。ゼノの手はまだ震えていて、顔も赤い。
「ウン、すごい。やっパりキレイ。雰囲気も静かでガラスざイクみタいで、エット、エット」
今度は興奮で頬を紅潮させ、両手を拳に握ってボクに語る。
「ソレに、笑顔がステキだった。あんナカおもするンダね」
あまり姉ちゃんを自慢出来る機会はないので、ボクは何度目かも分からない姉自慢を再びゼノに繰り広げる。
「そうなんだよ! 姉ちゃんはまず、とにかく美人なんだ。髪は陽の光に当たるとキラキラ光って、伝説上の、天使族みたいなんだ。昔は仲のいい人には『アンジェラ』って言われたりしてたんだよ。日常的に呼ばれてたんじゃなくて、たまに冗談めかして、だけど。それでね、頭もいいんだよ。魔法の公式は全部頭に入ってるし、今現在提唱されている、例えば魔法障害なんかの原因の仮説とかも沢山知ってるんだ。筆記のテストは、どうしてかは分からないけど手を抜いてるみたいで成績は良くないらしいけど。
魔法の才能もあってね、ボクなんかじゃ足元にも及ばない。二歳や三歳でほうき乗りをマスターして、五歳の頃には既にダンジョンに潜ってたんだってさ」
姉ちゃんは冒険者登録をしていて、ランクはCだ。以前何度かギルドカードを見せてもらったことがある。実力は明らかにAかSなのにどうしてCランクに留まっているのか尋ねたところ、ランクを上げるにはいくつかの条件があるらしく、そのうちの一つに〈ランク認定試験〉というものがあると言っていた。それを受けなければいくら経験値を貯めてレベルを上げようとランクを上げることは出来ないシステムになっていて、姉ちゃんはその試験を受けていないからCランク止まりなんだとか。
姉ちゃん曰く、ランクを上げ過ぎると世間から冒険者としての名が売れてしまい、自分が白眼であることも関係して、逆に冒険者として動きにくくなってしまう恐れがあるらしい。姉ちゃんはお金を浪費するタイプではないからCランクで受けられるクエストをこなせばそこそこのお金は貯まるから問題は無いと言っていた。『白眼の親殺し』からの八年も、学園からの援助も受けつつ経済面はそうやって補ってきたそうだ。
「それにね」
楽しそうにボクの話を聞いてくれるゼノに、ボクは言った。
「姉ちゃんは、とっても優しいんだよ」
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