ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.275 )
日時: 2022/07/25 08:13
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /p7kMAYY)

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「ねえねえ、アサヒ。それデ、なにガあっタノ?」
 ボクの姉自慢を聞き終えて、ゼノが言った。

「あ、そうだね。ごめん、今から話すよ」
 忘れていたわけではない、というのは、嘘といえば嘘だし、嘘じゃないと言えば嘘じゃない。姉ちゃんに会ったことで意識の隅に追いやっていたのは否定しないけど。

「どこから話せばいいかな」
 どこまで話せばいいかな。

 姉ちゃんは確実に、先日バケガクで起こったことを秘密にしたがっていると思う。その場にいた全員が口封じの契約を結ばされていたことからもそれは明らかだ。でもボクは契約を結んでいない。ボクはあの日何があったのかをゼノに伝えることが出来る。そういえば、学園長も姉ちゃんも誰も、どうしてボクに口封じをしなかったんだろう。契約はおろか、口外するなとも言われていない。

「ゼノは、どこまで知ってるの?」
 真白のことから話さないといけないのかな。

「確かバケガクの生徒が悪魔化して、校舎を破壊シタんだよね? それで、そノ場には花園先輩と笹木野先輩がイテ……エット」

 なるほど、その辺りか。
 まあ、ボクも真白が暴走した時のことは知らないんだよね。
「そうだね、その辺りはボクも詳しく知らない。あの時は知っての通り、学園長の【転移魔法テレポート】で広場にいたからね」
 そして確か、ゼノは図書室に居たんだっけ?

「うん、覚えてル。あの日アサヒと合流デキテ、スごく安心した」
「ゼノ、少し涙ぐんでたもんね」

 くすくすと笑いながら言うと、ゼノは顔を真っ赤にして黙ってしまった。

「ボクが知ってるのは、バケガク修復について。ほら、校舎を見てご覧。真白先輩が暴れてバケガクが崩壊したはずなのに、まるで何事も無かったかのように元通りでしょう?」
「アッ、それ、噂にナッてたよ。《バケガクよろずの謎》でしょ?」

 急に出てきたゼノの言葉に、ボクは首を傾げた。

「なにそれ?」

「シラナイの? 
 そっか、アサヒはバケガクに入学して一年目だもんネ」

 ゼノはバケガクに入学して六年めになる。姉ちゃんや真白もそうだけど、退学しない限り、Ⅴグループの生徒は在学期間が長い場合がほとんどだ。それは他種族の生物が在学するバケガク故の進級システムが関連する。

 まず、希望者は年度末に進級テストというものを受けることが出来る。その結果次第で進級、飛び級が可能だ。このテストはペーパーテストだけでなく、魔族は魔法実技試験も加わる。バケガクは魔法が全てという考え方ではないのでそれ以外にも進級する方法は無くはないが、基本はこうだ。

 そしてその『テスト以外で進級する』方法の一つに、『在学日数』というものがある。在学日数が三年になると進級テストの合格基準点が下がり、進級しやすくなる。在学日数が五年になると、進級テストがペーパーテストか魔法実技試験のどちらかだけ、あるいは合格基準点をさらに下げることが出来る。

 在学日数が十年になると、自動的に進級出来る。

 寿命の短い種族だともう少し間隔が短くなったり、個人の能力によって例外として多少変わったりするけれど、原則としてはこうだったはずだ。

「デモ、言葉の通リだヨ。《バケガク万の謎》は、バケガクにたくサンアる都市伝説や伝セツノ総称。その一つに、『再生する校舎』っていうのがあるの。誰カがツけちゃったキズなンかが翌日には直っテイたりスるラシいの。
 他にモ『通達の塔』とか、あと図書館にツイテの都市伝説とか、とにカクいッぱいあルンだよ」

 言われてみれば、確かに、バケガクほど歴史もあり特殊な学校なら、都市伝説くらいあっても不思議じゃない。

「そうなんだ。えっと、それでね、このバケガクを直したのは姉ちゃんなんだ」
「そうなの!?」
 ゼノは驚いたようで、目を見開き口を手で覆った。そして口に含んでいた食べ物を飲み込み、言う。
「すごいね……こんなに大きなバケガクを直しちゃうなんて」
 おそらくゼノはわかっていない。きっとゼノは、姉ちゃんが行った魔法をただの【修復魔法】だと思っているのだろう。元の状態に戻すのではなく、あくまで『自分の脳内にある元の形』に戻す魔法である、と。
 まあ、それもそうだ。その【修復魔法】ですら、一人でこの大きなバケガク、そしてあの崩壊具合を元に戻すとなるととんでもない労力が必要となる。誰が【再生魔法】──空間精霊を寸分すらの狂いなく再構築する魔法を使ったなど考えるだろう。そんな魔法が存在することすら知らない人がほとんどに違いない。

「うん。姉ちゃんは凄いんだよ。でも、やっぱりすごく疲れちゃったらしくて、ずっとバケガクで休んでいて、この学園閉鎖期間、家に帰って来なかったんだ」
「そういうコトだったんダね」

 朝のボクの言葉の理由を理解してくれたのか、ゼノは頷いた。
「デモ、今日帰ってくるンだよね。ヨカったね」
「うん!」

 話すのは、この辺でやめておこう。全てを話すにはあまりにも濃い。それにただ単に、知られたくない。ようやく知れた、姉ちゃんの知らなかった部分を教えたくない。

「そういえば、進級試験の勉強は進んでる?」
「むぐっ!」

 ボクが言うと、ゼノは咳き込んだ。

「シ、神話なら、多分デキるか、なあ?」
「それは元から知ってることであって勉強したわけじゃないでしょ? というかそれすらも曖昧で、大丈夫?」
 ゼノは〈呪われた民〉を調べるついでに神話にも興味を持ったらしく、神話の雑学のようなものも沢山知っている。

 ただしその分、授業で習うようなことは度々抜けている。

「がんばッてはイルんだよ?」
「ゼノはFクラスに上がれるのかなー? ゼノが一緒じゃないとボク寂しいなあー?」
「ウッ」

 黙り込んでしまったゼノを見て満足し、ボクはゼノに笑いかけた。

「だからさ、これから時間が合うときは、放課後一緒に勉強会しない? ボクも勉強したいところとかあるからさ」
「イイノ? あ、でも、アサヒって頭いいのに、何を勉強するノ?」
「いやいや、買い被りすぎだよ。ゼノが得意な神話、苦手だし」
「そんなこと言って、『ニオ・セディウムの六帝』言えるデショ?」
「えーと、順番にテネヴィウスプァレジュギスイノボロスドュナーレディフェイクセルムコラクフロァテノックスロヴァヴィス……」
「ほラぁ!!」

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