ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.278 )
- 日時: 2022/01/26 08:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: sqo3oGwV)
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あー、面倒くさいな。
ゼノと色々話し合った結果、今日から勉強会をすることになった。下校時刻までは放課後でも教室は開放されているから、教室で勉強会をする。これは今回が初めてではないのですんなりと決まった。ただし、ボクはアビア=カシェと先生とで話をしないといけないので、それが終わってから。待っている間、ゼノは図書館にいるらしい。
本当に面倒くさい。
一人で教室の席に座って待っていると、アビア=カシェが側へ寄ってきた。
「残ってくれてありがとう。そろそろ先生が来るはずだから、もう少しだけ待っててくれる?」
言われなくても、今更去るわけないじゃないか。馬鹿なのか?
「うん、わかった」
愛想笑いは得意だ。
アビア=カシェはほっとしたように表情を緩める。そしてボクの前の席に座り、体をこちらに向けた。
「朝日くんは、パルファノエさんと仲がいいんだね」
黙っててくれないかな。別に、ボクは会話がなくても気まずくもならないし不快にもならないんだけど。むしろ会話が不快だ。
「そうだね。話す人はほかにもいるけど、特に仲がいいのはゼノかな」
「そっか。実はね、僕も朝日くんと友達になりたいと思っててさ。良かったら、これから仲良くしてくれると嬉しいな」
「え、ボクと?」
「うん」
なんで?
「もちろんいいよ。そう言って貰えて嬉しい」
「よかった! 改めてよろしくね」
ガラッ
「待たせちゃってごめんね!」
慌ただしく登場したのは担任のロアリーナ先生。通称ローナ先生と呼ばれている女性で、性格のキツそうな顔立ちに反して天然の混じった柔らかな性格の、占いが得意な先生だ。
ロアリーナ先生はボクたちが座っていた席の近く、正確にはアビア=カシェの隣に座った。すると、ボクが二人と対面する形になった。少し距離や座る位置を調整したあと、ロアリーナ先生が切り出した。
「何を話すか、もう聞いてる?」
「いえ、特には」
「あら、そうなの?」
「はい」
ロアリーナ先生は疑問符を顔にうかべてアビア=カシェを見て、それからボクに言った。
「話したいことはね、朝日くんのお姉さんのことなの」
ゾワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。すぐには消えない悪寒の余韻が気持ち悪い。
なんだ? 何が聞きたい? 話したいってなんだよ何を話すつもりだよ嫌だ嫌だこっちに来るな近寄るな踏み込むな踏み荒らすな。
「カシェくんがね、朝日くんのことを心配していたの。それで自分に出来ることがないかってまずは私のところに相談に来てくれて、それで、朝日くんがどうして欲しいのかを聞こうって話になったの」
ボクは自分から姉ちゃんのことを打ち明けたことは無い。けれど苗字も同じで名前も似ているし、髪色や髪質も似ている、それに姉ちゃんが悪魔祓い師の家系なことは有名でボクの魔法適性もそちらに傾いているので、ボクと姉ちゃんの関係に気づくことは容易だ。ボクは姉ちゃんと違って、姉ちゃんの弟であることを隠しているつもりは無い。大っぴらにひけらかすのは姉ちゃんが望まないから、『自分から』言わないだけだ。
「朝日くん。もし、もしよ? もし何か悩んでいることがあるのなら、教えて欲しいの」
ああそうか、ロアリーナ先生は少なからず人の心が読めるんだっけ。それで『勘違い』したんだな。
「悩んでることなんて、ありませんよ」
あったとしても、お前らに言うもんか。
お前らに、何が出来るっていうんだよ。
「急に話してって言われて混乱するのはわかる! でも、信じて欲しい。僕と先生は本気で朝日くんのことを心配してるんだ!」
アビア=カシェが言った。
だから? 心配してて、それがなんだって言うんだよ。迷惑でしかない。なにもありがたくない。なにも。
あー、なんて言おう。面倒くさいな。いちいち関係を悪くしないためにどうするべきか考えないといけないのが本当に面倒くさい。
いっそ怒鳴り散らして、教室を飛び出してしまおうか。
「これ、見て」
そんな風に思考を巡らせていると、ロアリーナ先生が持っていた紙、資料を広げた。
「知ってる? バケガク保護児の話」
ボクは頷いた。その話は以前ゼノに聞いたことがある。
周知の事実、バケガクには様々な生徒がいる。姉ちゃんみたいに自分の力を隠している生徒、笹木野龍馬のような天才や、真白のような根本から全てに劣っている生徒。
そして、ゼノのような複雑な生い立ちを背負う生徒。
ある意味ゼノはボク以上の苦労人だ。ゼノみたいな特殊な事情を抱えた生徒は在学中や卒業後、生活することすら困難な場合が多い。そんな彼らを救うべくして出来た制度が、バケガク保護児制度だ。
厳密な審査に受かって保護児になると、奨学金や寮、個人に合った冒険者ギルドのクエストの手続きなど、学園側から多大な支援がもらえるらしい。保護児の主な就職先は、バケガク職員だそうだ。
「実はね、そのバケガク保護児になるための条件に、朝日くんも該当する場所があるの。ここを見て」
ロアリーナ先生が指した部分には、こう書いてあった。
『聖サルヴァツィオーネ学園 保護児の条件
…………
・家庭内に、生徒に肉体的又は精神的に危害を加える恐れのある者がいる場合
…………』
紙を埋め尽くすかのごとくびっしりと並べられた文字の中で、その文言だけが目に入ってきた。
怒りは湧いてこなかった。こんなことにはもう慣れた。
怒りは湧いてこなかった。その代わり、ため息が出た。
「じ、実際にどうなのかは、僕たちにも分からないよ。でも要は、審査を通り抜けられればそれでいいんだ。朝日くんのお姉さんは、きっと朝日くんから学園に申請すれば、きっと学園も認め」
「いらない」
ボクはアビア=カシェの言葉を断ち切って言った。笑みを浮かべて、アビア=カシェを見た。
「ボクね、幸せなんだ。ずっっっと姉ちゃんと離れ離れに暮らしてたんだ。わかる? 八年間だ。八年もの間、ボクは最愛の姉に会うことを許されなかったんだ。ようやく会えたんだ。姉ちゃんに、やっと。
それを邪魔するな」
もっとオブラートに包むつもりだったのに。まあ、いっか。こいつらを怒らせてしまったとしても、ポクには関係ない。ボクには姉ちゃんさえいればそれでいいのだから。
「失礼します」
そう声をかけて、何か言っている二人を残して教室をあとにした。
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