ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.279 )
日時: 2022/01/29 08:00
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iTqIkZmq)

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 ゼノの姉は、〈呪われた民〉だった。

〈呪われた民〉というのはいわゆる蔑称で、種族を指すものではない。彼らは突然変異で生まれてくる。
 白い髪に白い瞳、白い肌に、額には蒼の水晶。寿命は短く、死ぬと大地が凍る。近くにいる者は〈呪われた民〉が放つ魔素に耐えきれず、耐性のない者は酷い場合は命を落とすこともある。
 そんな彼らを快く思う者など、誰もいない。今でこそ〈呪われた民〉は誕生せず、おとぎ話の中の存在と化しているが、実際に彼らに会ったことがある者はたまったものじゃないだろう。

 しかし、ゼノはそうではなかったらしい。ゼノは姉を慕っていたそうだ。
 姉は一族の領地にある隔離塔に幽閉され、滅多に会うことは出来なかったとゼノは言っていた。ボクたちが親しくなったのは、そういう似た境遇に立っていたという親近感が始まりだった。
 姉ちゃんも昔、今の家ではなくじいちゃんたちの家で一緒に住んでいた頃は、一人だけ離れに隔離されていた。だからボクもゼノと同じように、姉ちゃんとは簡単には会えなかったのだ。

 ゼノの姉は、自身のことを理解していた。なぜ自分が生まれたのか、〈呪われた民〉とはなんなのか、この世界のこと、神について。けれどゼノにそのことは語らなかった。話すことは許されていないことだと、拒んだそうだ。

 だからゼノは姉が知ったことを知るべく理解すべく、〈呪われた民〉に関する書物を読んでいる。
 今日もきっとその目的で図書館に行ったのだろう。ゼノを迎えに来たことは何度もあるので、ゼノがどのコーナーにいてそれがどこであるのかも地図を見なくてもわかる。

 自分自身で何かを読むために訪れることはほとんどない図書館の中を、迷うことなく進む。

 ほらいた。
「ゼノ」
「ひゃアっ」
 驚いて肩を大きく動かし、ゼノはおそるおそるこちらを見た。
「ふふ、ごめんね。先生たちとの会話終わったよ」
 数秒固まっていたゼノだったが、特にボクに恨み言を言うでもなく笑みを見せて言った。
「ソッカ、じゃあ教室戻ロうか」
 それどころか申し訳なさそうに声を小さくしてボクに謝罪する。
「ワザワザ往復させチゃっテ、ゴメンね」
「いいよいいよ。行こう」

 そんなゼノは嫌いじゃないけど、時々、変なやつに目をつけられやしないか心配になる。

「チョッと待ってて」
 ゼノは持っていた本を本棚に片付けて、二冊ほどを貸出口まで運んだ。どうやら借りるつもりらしい。あの本は前にも借りていた気がする。前にもと言うよりも、何度も。

 在学する生徒の総数を考えると図書館にいる人は少ないのかもしれない。しかし何処であろうと視界を向ければ十人は目に入る程度には、図書館に人はいた。そういえばバケガクの図書館って世界的にも有名なんだっけ?

「おマたせ!」

 ぼんやりと何気なく思考を回しているとゼノが戻ってきたので、ボクたちは教室へと向かった。
 あの二人は、もう教室からはいなくなっただろうか。いたとしても無視すればいいか。重要な話でもしてればさすがに空気を読むけど、同じ日に臨時で誰かと話してさらに何か話すことなんて滅多にないだろうし、大丈夫だろう。

 道中ヒソヒソとボクらを、ボクを見て話す連中をいくつか見かけた。あれは図書館に向かうまでにも見たし、なんなら最近はよく見かける。真白の件が原因かなぁ。いくらなんでも真白あいつは派手にやり過ぎた。それは別にいいけど、そのせいでこっちにまで飛び火が来るのは鬱陶しい。あの事件の直前に真白と関わっていたから仕方ないと言えばそれまでだけど。
 それに、ボクが姉ちゃんの弟だということが広まりつつある気がする。あぁ、大分前に新聞記事になっていたから、それかな。そっか、今もボクを誰かが見ているんだな。気持ち悪い。

 しかしそれ以外には特に目立ったことは起こらなかった。教室の中にも誰もいない。それぞれ自分の席に座り、教材をだす。
「テスト範囲ってどこからだっけ?」
 昼に話していたので『神話史』の教科書をパラパラとめくりながらゼノに尋ねる。
「え、アサヒってわたしトテスと範囲違うよネ?」
「うん、だから、教えるからどこが分からないか教えて」
 ゼノはそんなこと考えてもいなかったと表情で語っていた。そして、遠慮してるのかおずおずと自分が開いたページをボクに見せた。
「ニオ・セディウムの始めノ方だカら、百四十一ページだよ。わからないところは」
 そこで言葉を切り、言いにくそうにボクに言う。
「えと、ホトンド……」
「え?」
「わたしがトク意なのはAの時代でアッてSの時代じゃないカら、Sの時代の部分は簡単な流レくらイシかわかんない……」

 そうか、ゼノが調べているのは〈呪われた民〉で、それは主にAの時代に大量発生したから、そうなるのか。
 そしてボクたちGクラスの進級テストは、各教科の基本しか出ない。つまり神話史だと始まりの辺り、Sの時代の序盤くらいしか出てこないのだ。

「わかった。じゃあ、一緒に見ていこうか」

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