ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.281 )
- 日時: 2022/02/09 17:43
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 0j2IFgnm)
9
朝起きると、外が騒がしかった。
その音で、声で、目が覚めた。
「何の声?」
そばで寝ているはずのビリキナに言ったが、返事がない。顔をそちらに向けると、ビリキナはまだグースカ寝ていた。
ため息を吐き、ベッドから起き上がる。
そうだ、リンの様子を先に見ておこう。今日は姉ちゃんが帰ってくる。いつもみたいに帰って来てから確認するというのは難しいかもしれない。あと、本家からのあの手紙も出しておこう。姉ちゃんなら無視するかもしれないけど、それはボクが判断することではない。
まずは箱を机の上に置く。クローゼットから取り出してガチャガチャしていると、流石にうるさかったのかビリキナが怒りながら起きた。
『うるっせえな! 何時だと思ってんだ!』
「ビリキナって本来夜行性だからそもそもまだ起きてる時間だし別にいいでしょ」
『良くねえよ! オレサマは寝たい時に寝て起きたい時に起きるんだ!』
「はいはい」
ビリキナを無視して箱を開ける。
『あ……』
掠れた声が耳に届いた。
えっと、名前はなんだっけ。真白の契約精霊がこちらを睨んでいた。
「あ、起きたんだね。おはよう」
声が出せるんだ。衰弱してはいるけど、精霊という特別な存在だからほんの少し回復したのかな?
『……』
「ん、なに? 言いたいことがあるの?」
『……えの…………は……の……』
「聞こえない。なに?」
『…………』
力を使い果たしたのか、またヒューヒューとした息しか吐けなくなった。リンがあまり変化していないことも確認したし、ボクはそのまま蓋を閉じた。
「ビリキナ、行くよ」
『まだ寝る。お前の準備が出来たらまた来いよ』
「面倒くさいなあ」
しかしビリキナは頑固だ。居ても邪魔だし、まあいっか。
朝食を簡単に済ませ、着替えを終えて本家からの手紙を机の上に置く。鞄の中に荷物を詰めて、準備は早々に終わった。
外の騒がしさは相変わらずで、一度何が起こっているのか見てこようかと思ったとき、外から声がかかった。
『すみませーん、だれかいらっしゃいますかー?』
知らない、女の声。その瞬間、ボクの心臓がドクンと跳ねた。
まさか。
ボクはゆっくりドアに近づいて、耳をくっつけた。
『留守でしょうか?』
『いや、さっき明かりが付いたから誰かしらいるだろう』
『花園日向でなければ、弟かな?』
『それでもいいさ。要は話が聞けたらいいんだ』
『許可が取れて良かったですね! 長い間しつこく迫った賜物ですよ!』
『しつこくなんて言わないでくれる?
ライバルとはいえ同業者がこれだけいると頼もしいわね』
「うわあああっ!!!」
耐えきれず、叫び声を上げてしまった。
『声が聞こえました! おそらく弟さんです!』
『本当か!
すみません! お話を聞かせてください!』
『少しの時間でいいのでお願いします!!』
不特定多数の記者の声が一斉に意識の中になだれ込んだ。
「はあっはあっはあっはあっ」
息ができない。
あの時の記憶が、
あの時の言葉が、
あの時の姉ちゃんの後ろ姿が、
封じ込めていた記憶が、
とめどなく、蘇る。
_____
無数の記者の声が家の前で渦を巻いていた。それがあまりにも怖くて、ボクはじいちゃんにしがみついて震えていた。
「おじいちゃん、朝日をよろしく」
姉ちゃんがじいちゃんに言う。仮面で表情は見えない。
「姉ちゃん、どこ行くの?」
声を振り絞ってボクが言うと、姉ちゃんはそれには答えずに、こう言った。
「朝日、どうか、幸せに」
ベルとなにか言葉を交わしながら、姉ちゃんは玄関に向かって歩いていく。仮面をそばの棚の上に置いて、勢いよくドアを開ける。
行かないで、姉ちゃん、お願い、ボクを置いていかないで!
体が動かない。追いかけたいのに、足が言うことを聞かない。
その時を境に、ボクは姉ちゃんと八年間会うことはなくなった。
_____
また、繰り返すの? また、姉ちゃんと会えなくなるの? 嫌だ、嫌だ。やっと会えたんだ。人を殺して、人を壊して、自分を壊して、悪魔に魂を捧げてようやく会えたんだ。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
涙が出てきた。目が熱い。目が痛い。
「姉ちゃん……姉ちゃん……姉ちゃん……姉ちゃん……」
会いたい。早く。早く。行かなきゃ、ばけがくに。早く、行かなくちゃ、早く、会わなくちゃ。
『花園さーん、居るんでしょう? ここを開けてください!』
ボクは駆け出した。自分の部屋まで走ると、乱暴にドアを引いて壁に叩きつけるようにしてあける。
バアンッ!
『うおっ、なんだよ、うるせえなあ』
「ビリキナ、来て」
『あぁ? 二度もオレサマの邪魔をして開口一番にそれかよ』
「いいから早くしろッ!」
『……へぇ』
怒鳴ると何故かビリキナはにやりと笑った。そして文句もなしにボクの肩に乗る。それを不思議と思う余裕もなく、ボクは指を鳴らした。
パチンッ
音が響き、家中の明かりが消え、鍵も閉まった。魔力をそこそこ消費するからあまりやらないけど、今はそんな場合じゃない。
壁に立て掛けてあるほうきを持って、部屋の中でまたがる。
「ふぅ」
一度、気持ちを鎮め、集中する。
『エリア展開』
ボクは自分の魔力を広げた。遠く、遠く。
生物を感じる。記者はどこまでいるんだ。足りない。足りない。もっと、もっと! もっと遠くへ!
『おい、待て。まさか【転移魔法】か? やめとけやめとけ。お前の魔力じゃ無理だ』
「うるさい! ボクは……」
『ほうき、握っとけよ』
「は?」
ビリキナはいきなり肩から降りて、ほうきに触れた。すると、ほうきにばちりと黒い稲妻が走った。その稲妻はほうき全体、そして部屋中に放電を起こした。
ボクはビリキナの契約者なので感電しないが、もしほかに誰かいたとしたら、確実にここは危険だろう。
『フルガプ!』
ビリキナがそう叫ぶと、大陸ファーストの上空に、黒い稲妻が流れた。
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