ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.282 )
日時: 2022/02/09 17:44
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 0j2IFgnm)

 10

 それはあっという間だった。多分、一分もかかっていないように思える。気づいた時には、ボクの目の前にはバケガクがあった。
『スッキリしたぜ!』
 ビリキナは気分良さそうにそう言った。最近魔法を使ってなかったから鬱憤が溜まっていたのだろう。それにしてもよくバケガクに着くまで魔法を使い続けたな。時間が短くても、距離は相当だ。負担も大きいはずなのに。
 いや、正確にはビリキナは一度魔法を切った。大陸ファーストの結界を抜ける時だ。ビリキナが使う魔法は黒魔法。いくら結界が役割を放棄していると言っても、黒魔法を通すようなことはしない。だからビリキナはその一瞬魔法を切って、今まで飛んできた勢いのまま結界を抜け、そしてまた魔法を使ったのだ。
 あれにはびっくりした。その技術もそうだけど……こいつ、案外頭良かったんだな。ボクは結界に激突すると思ってたよ。

『なんか言ったか?』

 ビリキナはボクを睨んだ。

「言ってないよ」
 言っては、ね。
 
 気を取り直して、ボクはバケガクを見た。正確には、バケガクにまとわりつく米粒──記者たちを。幸いあいつらはボクらに気づいていない。ま、かなり離れているからな。

 バケガクというものは、島だ。大陸セカンドと大陸サードの中間くらいに位置する、どの国にも属さない独立した領域。日が昇る前に出発して日が暮れる頃に徒歩で一周りし終えるくらいの大きさ。いつかのバケガク生徒(典型的な人型)が好奇心から実行に移して得た結果らしい。
 大きくはない。しかし、決して小さくはない。そんなバケガクをぐるりと囲む塵のようなもの。

『もう一回するか?』
「いや、だめだ」
 またビリキナが魔法を使えば、ボクが闇の隷属の精霊と契約していることがバレる。いや、もう既にバレているかもしれない。あの場に居たのは他大陸から来た記者がほとんどだったようだけど、近隣住民だって居る。バレている可能性の方が高い。

 ……いいや。どうだっていい。とにかく、姉ちゃんに、会わないと。まずはあの記者たちの群れをすり抜けないと。

「ねえ、さっきの、どうやるの?」
『ん? なんだ、やっぱりやるのか?』
「そうじゃなくて、いや、そうなんだけど。ビリキナが使うとどうしても『黒』が交じるから、出来そうならボク一人でやる」
『やだよめんどくせぇ。なんでオレサマがわざわざ教えないといけないんだよ。自分でやれ』
「自分で?」

 ボクは考えた。さっきのあの感覚を思い出す。そうだ、確か、部屋の壁をあの魔法だけですり抜けた。窓の僅かな隙間に吸い込まれるようにして、だっけ? 上空を飛んでいた記者たちの中を、気付かれずに脇を通った。まるで一本の光の筋のように細くなって、速くなって。

 光。

 えっと、なんだっけ。姉ちゃんが昔、そんな魔法を言っていた気がする。
 魔法とは──

『魔法は、世界を騙すわざでもある。良い例が、非属性の【転移魔法】と【簡易瞬間移動】、それから雷属性の【瞬間移動魔法】』

『瞬間移動』なんてものが、実際に成り立つわけが無い。そもそも瞬間移動というのは、A地点からB地点へ一秒の時間もかけずに移動することだ。それに特化した種族や神に力を授かった(と言われている)特別な存在ならまだしも、生身の人間が出来るはずがない。ならどうしてそれが出来ているのか。そう、『世界を騙す魔法』によってそれは成し得ているのだ。

【転移魔法】は『世界』と『個体』の二つの情報を混同させる魔法だ。まず『世界』が認識する、転移させたい個体の位置情報を書き換える。個体の情報、例えば石なら『色』、『大きさ』、『質感』、『重さ』等の情報を転移させたい位置に書き込む。次に『現在そこにある』という情報を世界から消す。『個体』の情報の書き換えは、石であれば『周囲の温度』なんかを書き換えるだけで十分だ。これらの手順を一挙に行うことで【転移魔法】は発動する。
 無生物の【転移】が比較的簡単なのは、個体そのものの情報が単純であることに加え、『個体』に書き換える情報がとても簡略化されることが大きな理由だ。生物だと無生物の何十倍もの『個体』の情報が詰まっているので一気に難易度が増す。また、無生物には『世界を一定に保つ』力があるため、多少の情報の誤差があってもその力によって修正されるのだ。

【簡易瞬間移動】は【脚力強化】と【実体透過】の魔法を同時に使う二次魔法、つまり『混合魔法』だ。【透過】は物体に働き掛ける【物体透過】と自身の情報を書き換える【実体透過】の二つがある。この魔法を使う時、【物体透過】を使うこともないことはないが、大抵は【実体透過】を使う。【実体透過】を簡単に言うと、『世界に存在を認識させなくなる』魔法だ。物体や生物が自然に発生させてしまう『魔力の波動』を強制的に止めて、『そこに何も存在しない』と世界に誤認させる。ただし『魔力の波動』を止めてしまうと世界に存在を削除させられてしまうことがあるらしい。一秒未満であればその可能性は低いようだが、とても危険だ。この理由は、世界に『そこに何も存在しない』という認識が定着されてしまうと、世界はそれを『真実』と設定してしまうため。故にこの【簡易瞬間移動】は元々この魔法に特化しているか特別な加護を持っている者しか使わない。

 そして、【瞬間移動魔法】は落雷の原理を利用して光の速さで移動する魔法だ。【簡易瞬間移動】とは違い、体だけではなく体に触れているものごと、さっきビリキナが使った時のほうきのように移動できる。それは移動するものが『体だけ』でないからだ。あの魔法はあくまで足を速くするだけなので、何かを持っていても振り落としてしまう。それに対してこの魔法は、個体自体を魔法の一部──雷の一部として扱うのでその心配はない。
 移動到達点までに障害物があると、被術者(術者)にはダメージはないが、障害物にダメージが入る。その障害物が人であった場合は酷い時で感電死させてしまうので注意が必要だ。

 この三つの魔法は、いわゆる『魔法酔い』が生じやすい。世界の情報を書き換えるときに、どうしても『違和感』が発生してしまい、世界がそれを修正するときに術者や被術者は魔法感覚的な不快感──魔法酔いを感じてしまう。

 さて。今のこんな場合に使うことの出来る魔法は、アレだな。

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