ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.285 )
- 日時: 2022/02/16 14:53
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JJb5fFUo)
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「ポイント・セット」
障害物にぶつかってはいけないのなら、馬鹿正直に真っ直ぐに進まずに元からぶつからないように軌道を指定して動けばいいんだ。
「物質変換・光」
自分の体を光に変換。打ち込んだポイントに向かって落雷のように落ちていく。その間は一秒未満。光属性での【瞬間移動魔法】だ。
大量の障害物(記者たち)の間を縫うように抜けていく。視界が一瞬の間で猛スピードで切り替わる。塵同然に見えていた影がどんどん大きくなる。一つ、二つ、三つとポイントごとに体が屈折する。
学園を囲む森の木々の葉すら輪郭を捉えられるようになった、そう思うが早いか、ボクの足は地についていた。
「ッ……。目、閉じておけばよかったかな」
最終ポイントとして指定した正門の前で、ボクは頭を抑えた。視覚情報が混乱して、頭が痛い。それに、吐き気もする。『魔法酔い』だ。
『いやいやいや、おかしいだろ! なんで一回見ただけで真似できるんだ?! てか【瞬間移動魔法】自体高位魔法なのにどうしてお前が扱えるんだよ!』
ビリキナが叫んだ。
「ちょっと、バケガクに入ったんだから静かにしててよ。それに、それを言うならビリキナだって使ってたでしょ、【フルガプ】」
『オレサマのような精霊とただの人間を同じに見るんじゃねえ!
あー、そうだったな、お前はあの女の弟だった。ったく、姉弟揃ってバケモンかよ。どいつもこいつも』
「!」
姉弟揃って、か。
「へへ」
『何にやにやしてんだよ。あの女のとこに行くんじゃねえの?』
「なっ、わかってるよ!」
教師たちはバタバタしていた。おそらく、あの記者たちの対応に追われているんだろう。急に現れたボクにビックリはしても「おはよう」と早口に言うだけで、すぐにほうきで飛んで行ってしまう。
行かないと。
姉ちゃんが近くにいることを再確認して、焦りがぶり返してきた。大きく開いた門の向こうにそびえ立つ校舎に向かって、歩みを進める。
生徒はまばらだ。そういえば、ボクが上空で止まっていたように、他にも何人かバケガクの生徒が登校できずに困って上空に留まっていた気がする。いまバケガク内にいる生徒はボクのように無理やり入ってきたか、元々バケガク寮に住んでいるかのどちらかだろう。
というよりも、まず今の時間帯が登校していない生徒がほとんどなのか。
姉ちゃんは、教室かな? まずは教室に行ってみよう。いつも登校時間が早いし、いてもおかしくないし、なんならその可能性が高い。
姉ちゃんが学ぶ館に入り、階段を上る。人のいない、やけに足音が響く長い廊下を進んでいく。もうすぐに着く、というところで、声が聞こえた。
「私とリュウは、距離を置いた方がいい」
幻覚にしても現実にしてもやけにはっきりと、距離が離れているはずの姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「ま、って、おれ、は……」
息が上手く吸えていないような笹木野龍馬の声が、必死に姉ちゃんに訴える。
姉ちゃんたちに見られないように、教室のドアのそばまで音無く近づく。そして、集中して二人の会話を盗み聞きをする。
「こうなることはわかっていた。それはリュウも同じはず。私とリュウは、ずっとは一緒にいられない」
「それは、そう、だけど……」
「実害があった以上、それを無視するわけにはいかない」
「いや、嫌だ! おれは、日向が、貴女がいないと」
「あなたを連れてきたことを後悔はしていない。ごめんなさい、私はそれが出来ない。何が悪かったのかがわからない。私は私の罪を自覚できない」
「違う! 貴女は悪くない! 全部、おれが、おれが!」
「静かに。人がいないとも限らない」
「あ、ごめん……」
二人は何を話しているんだ?『貴女』なんて、笹木野龍馬がそんな呼び方をしているところは見たことないし、聞いたことがない。ボクが知らないだけか? だとしても、あまりにも不自然だ。
「リュウ、聞いて。私達は離れるべき。これ以上一緒にいると、あなたに害しか与えない。これは良い機会なのかもしれない」
「で、も、おれは、独りじゃ生きていけない」
「大丈夫と後押しもできないことはとても心苦しい。
私のわがままなの。ごめんなさい。私は誰かを自分の運命に巻き込む覚悟ができていない。だから、もう、連れて行けない。ここまでしか、無理」
「だけど、おれは……!」
ふう、と吐息が空気を揺らす音が微かに聞こえた。そして、一言。
「もう、疲れたの」
そのたった一言だけで、空気は静寂に包まれた。
「……じゃあね」
姉ちゃんがそう言った直後、椅子を引いて立ち上がる音がした。響く足音がどんどん大きくなる。
まずい! どうしよう。こっちに来てる。でも隠れる場所なんてないし。いや、姉ちゃんのことだからボクがいまここにいることくらいわかっているはず。よし。このまま見つけられよう。
ガラガラッ
「姉ちゃん、おはよう」
「おはよう」
笑顔で言うと、姉ちゃんは無表情のまま言った。
「来て」
話を盗み聞きしていたことを怒るでもなく、姉ちゃんが言った。なんだろう?
「分かった」
拒否なんて選択肢は存在しない。ボクは頷いて、姉ちゃんの背中を追いかけた。
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