ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.286 )
- 日時: 2022/02/16 14:52
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: JJb5fFUo)
12
「……」
「……」
会話がない。
それでもいい。
それでいい?
よくない。
本当に?
違う。ボクは。
「ねえちゃ」
「朝日」
声が重なった。
「なに」
「なに?」
また、同じことが起こった。
「ふ、ふふっ」
ボクは笑った。息が合うって、こういうことを言うのかな。
「姉ちゃん、なに? 先に言っていいよ」
「そう?」
姉ちゃんはボクと肩を並べた。正確には身長差で並んではいないけれど、真上から見たら並んで見えるはずだ。姉ちゃんは高身長で、対してボクは相当な小柄だ。姉ちゃんの胸あたりまでしか背がない。
「さっきの会話。気になることがあると思う。でも、何も聞かないで」
ああ、あれのことか。
気にならないといえば嘘になる。でも、姉ちゃんがそう望むのなら。ボクはそれを拒まない。
「うん、わかった」
「朝日は?」
「え?」
「何、言おうとしたの?」
「あっ、ああ、えっとね」
どうして緊張するんだろう。いつもみたいに、話せばいいだけなのに。
「い、いまから、どこに行くの?」
違う。そんなことが聞きたいんじゃない、言いたいんじゃない。
ああ、さっき、無理にでも先に話せばよかった。寂しかったと、不安だったと。あの勢いのまま、家に記者が押しかけてきた時のまま、思考を恐怖に塗りつぶされたままでいれば、姉ちゃんに突き放されやしないかなんてことを考えずに済んだのに。
「私が過ごしてた部屋」
「それって、寮?」
「違う」
じゃあ、どこなんだろう。でも、姉ちゃんが言う通り、少なくとも寮に向かっていないことは確実だ。いや、まて。あれ? いまボクたちが歩いてるこの道って、進んだ先にあるのってあの部屋だけじゃなかったっけ。
コンコンコン
「入るよ」
返事を聞く間もなく、姉ちゃんは学園長室の扉をガチャリと開けた。
「珍しいね、お戻りになるなんて」
学園長は読んでいた本から目を離し、顔を上げてこちらを見た。
「……誰かを連れているのなら知らせてほしいね」
「気を抜くのが悪い」
ピシャリと言い放ち、学園長の横をスタスタと歩く。
「朝日、おいで」
いつも学園長が座っている大きな椅子の後ろの窓の横の、何も無い、影が落ちた白い壁の前で姉ちゃんは振り返り、ボクを呼んだ。
一応学園長に会釈をして、ボクは姉ちゃんのそばへ寄った。
姉ちゃんが壁に触れた。すると、壁が発光した。目を突き刺すような、意識が霞むような光だった。
ふと、右手にヒヤリとした感触が広がった。見ると、姉ちゃんがボクの手を握っている。そして、姉ちゃんはボクの右手を引いて発光している壁の向こうへと足を踏み入れた。変な感覚だ。これは、隠し部屋という認識でいいのだろうか。
眩む視界の中、脳が揺らされるような激しい光の中で、ボクは学園長の言葉を思い出した。
『珍しいね、お戻りになるなんて』
勘違いかもしれないけれど。
お戻りになる、って、敬語だよね?
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