ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.291 )
日時: 2022/03/16 08:16
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pRgDfQi/)

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 今まであまり気にしたこと無かったけど、『りゅーくん』って笹木野龍馬のことだよな? どうしていま笹木野龍馬の名前が出てくるんだ?

「あいつが、どうしたんだよ」
「あれぇ、言ったことない? 組織の目的はりゅーくんだよぉ?」
「は?」

 どういうことだ? 笹木野龍馬を仲間に引き入れたい、ということか?
 笹木野龍馬は権力もあるし能力も高い。味方につけば相当頼もしいに違いない。でも、本当に?

「準備も整ってるし、実行は早い方が望ましい。ただ、今日はむりでしょぉ?」
 当然だ。これを使った後何が起こるか分からないし、教える気もないだろう。折角姉ちゃんが一緒に帰ろうと誘ってくれたのに、それを棒に振るなどありえない。
「明日でも、明後日でもいい。とにかく、早く。少しでも早く連れてきてくれ。目的の達成のために」

 二つの穴がボクを見る。恐怖にも似た感覚が、ボクの心臓を焼いた。

「朝日くん。ボクはね、君にチャンスを与えているんだ」
 ジャリ、と、ジョーカーが一歩近づく。
「こんなことはボクにでもできる。むしろボクの方が適任だ」
 それに合わせて、ボクは一歩退く。
「君の代わりはいくらでもいる」
 一歩進む。一歩引く。繰り返し、繰り返し。そのリズムは徐々に加速し、そして。
「やっとここまで来たんだ。失敗は許されない、許さない」
 背中に大きな木の幹が当たった。行き止まりだ。もうさがれない。ジョーカーの顔が目の前にある。
「これはお願いじゃない、命令だ。拒否権はない」
 口は弧を描いているけれど、目に宿る光はあまりにも刺々しい。ボクは目を逸らすことが出来ず、逃げ出せない状況の中で固まった。

「ま、君のことは信用してるよぉ」

 ジョーカーはそう言うと、ふっと瞳の奥の光を緩めた。また、何を考えているのか分からない不気味な笑みを浮かべ、こちらを見る。
「りゅーくんと日向ちゃんの関係は、切っても切れないものだ。日向ちゃんのことを知りたいのなら、これは避けて通れない。
 君は日向ちゃんが関わることなら、殺人ですらしちゃうんだから、これくらい朝飯前だよねぇ?」

 殺人。そうだ、その通りだ。ボクはこの手でじいちゃんとばあちゃんを殺した。邪魔だったんだ、二人とも。

 ばあちゃんは姉ちゃんを毛嫌いしていた。母さんと一緒に暴力をふるっていた。何をしても泣かず、喚かず、騒がず、助けを求めることすらしない姉ちゃんを、何度も何度も殴った。あの生々しい肉を打つ鈍い音は、今もなお耳に残っている。ボクが姉ちゃんに会っていない間も、たまに癇癪かんしゃくを起こしては姉ちゃんのところへ行き危害を加えていたらしい。ビリキナが取り憑いた後は攻撃対象がややベルへと傾いていたけれど、意識の根本にある姉ちゃんへの憎悪は変わらなかった。
 ただ、ビリキナがばあちゃんをけしかけていたことについてはあまり気にしていない。悪いのは全てばあちゃんだ。ビリキナはばあちゃんに力を与えただけ。精霊の力をどう使うかなんて契約者自身が決めることだ。何があったとしても魔法を使って姉ちゃんを苦しめたのはばあちゃんだ。

 じいちゃんは、いい人だった。殺すつもりなんてなかった。少なくとも、ばあちゃんよりはマシだった。だけどあの日。笹木野龍馬が姉ちゃんの家に来たあの日の会話で気持ちが変わった。
『八年も一緒に過ごしているんだから、おじいちゃんと意見が揃っている可能性があるでしょ?』
 姉ちゃんのあの言葉で、気が変わった。ボクが姉ちゃんに求められるためには、じいちゃんは邪魔になると気づいたんだ。
 だけどひとつ、気になることがある。ボクがじいちゃんを毒殺しようとしたとき、じいちゃんはそれに気づいた素振りを見せた。箸を止め、ボクに何かを言おうとしていた。でも、何も言わなかった。気づいていたはずなのに、その毒を飲んだ。あのときじいちゃんは、何を考えていたんだろう。

「これは君のさいごの仕事だよぉ。これさえ終われば、組織の目的も、ボクの目的も、そして君の目的も、全てが果たされる」

 考えていてもしょうがない。組織の目的なんか、ジョーカーの目的なんかどうでもいい。ボクはただ、この命をもってやり残したことをするだけだ。

 でも、やり残した事が無くなったそのとき。ボクはどうすればいいんだろう。ボクの罪が裁かれたとき、姉ちゃんと離れ離れになったとき。
 自分が狂うことを抑えるために、自分が壊れることを抑えるために、現実逃避のために用意した柱が粉々に砕け散ったとき、ボクは。

「わかった。やる」

 手の中にある『ボタン』とやらをぐっと握る。

「ボクは、ボクのためだけに行動する」

 下からジョーカーを睨みつけると、ジョーカーは満足そうに笑った。

「よろしくねぇ」

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