ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.293 )
- 日時: 2022/03/16 08:19
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pRgDfQi/)
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あの騒動から一週間は経った。バケガクに記者が群がることも無くなったし、家の前に張り付くやつもいなくなった。たぶんあの日限りのことだったんだろうな。そう何度も大陸ファーストに部外者が入れるはずがない。
てか、そこはちゃんと守るんだな。前は無視して毎日のように家に押しかけてきたのに。あの事件の時に、大陸ファーストに楯突いたらどうなるのかを学んだのか? あのとき、あのときも今と同じように、あいつらがすぐに引いていたら、ボクは姉ちゃんと離れなくて済んだかもしれないのに。
考えていても仕方ない、か。
ボクは正面を見た。昼であっても暗い、太陽光とはまた違う不思議な光がぼんやりと目の前の屋敷を浮かび上がらせる。鬱蒼とした森に包まれるようにしてそびえるそれは、重々しい雰囲気を醸し出していた。ここから離れたところは真っ暗だったのに、どうしてここだけは明かりがあるんだろう。暗く感じるとはいえ人間のボクがなんとなくと見える程度なら、怪物族にとっては多少なりとも眩しいんじゃないか? それに点々と屋敷の窓らしきところからオレンジっぽい弱い光が漏れている。こういうものなのか?
怪物族が住む大陸には、太陽の光を遮る雲のような物が上空にある。だからこの光は太陽光でないはずだ。いや、そもそもこれは光なのか? 日暮れの、あの真っ暗になる直前くらいの光。光源となるものは見当たらないので、まず間違いなく永続の魔法だとは思うんだけど。
まあ、いい。こちらにとって都合のいい条件なんだ。深く考える必要は無い。
今夜は新月だ。
怪物族の力は満月の夜に最高に、新月の夜に最低になる。生活リズムもそれに影響され、怪物族の大半は新月の夜は眠りについている。吸血鬼も例外ではない。それにいまは夜ですらない。おそらく目の前の屋敷はほとんど眠っていることだろう。
とはいえ、あそこは吸血鬼五大勢力の一派、カツェランフォートの屋敷だ。笹木野龍馬や当主はもちろん、他にも吸血鬼がゴロゴロいるはずだ。一人で人間百人分の力を持つ吸血鬼にあってしまえば、まず、死ぬ。
だから、最善を尽くす必要がある。
まずは気配。大陸ファーストの人間は特殊な気配をしているそうなので、敵対する怪物族にはすぐにバレることだろう。なのでいまはビリキナと魔力を混同させて気配を混ぜて、その上でジョーカーから預かった【気配消し】の力を使っている。
次に髪、というか顔。金髪は闇の中でなくともあまりにも目立つ。幻影を被せて髪を染めるという方法もあるにはあるけど、それは自分が騙す相手よりも技術面で上回らなければいけない。なので今回はこれは使えない。だからボクはいま、目だけを出して、あとは髪も首も鼻も全て覆う形のマスク(布)をつけている。こんなことをしても怪物族の目にはボクの姿はハッキリと映るだろうけど、金髪よりは断然マシだ。
そして服装。これもジョーカーから渡されたものだ。だからあまり着たくないんだけど、今はそうも言ってられない。それに、妙に体にあっていてまさに『戦闘服』だからこの状況にはうってつけの服なのだ。露出は少ないが、かと言って無駄に布がかさばっている訳でもなく、動きやすい。加えて【治癒】や【装備回復】なんかが付与されている。なんでこんなものをジョーカーが用意できるんだろうか。ボクが思っているよりも大きな組織なのかな。
鞄はいつもの肩掛け式ではなく、ベルトと一緒になっているポシェットだ。これは魔道具で見た目以上に物が入る。その中身いっぱいに武器である投げナイフを入れている。姉ちゃんに護身術として習った武器の中で一番の得意な武器だ。その一つ一つに≪聖水≫を浸して来た。大変だったけれどやる価値はあった。一対一での力の格差が激しい怪物族との戦闘において頼みの綱はこれだ。ジョーカーも流石に≪光の御玉≫は用意できなかったようだ。いや、実際に聞いてみたわけではないのでもしかしたら言えば持ってきたかもしれない。
『楽しみだな』
脳内でビリキナの声が響く。念話だ。敵に声を聞かれるのは避けたいので、しばらくは念話で話すことに決めた。なので使う魔法も無詠唱になる。ボクが無詠唱で使える魔法は限られているのでどこまで出来るのかはわからない。でも、やるだけやってみよう。
『そんなに呑気なことを言ってられる余裕があるんだね』
呆れるやら羨ましいやら。
ボクは【察知】で屋敷内のある程度の生命体の数を把握する。うわぁ、結構いるな。ほとんどが使用人だとは思うけど、それでも全員怪物族だろうと予測されるので気が滅入る。
でも、今日を逃せばチャンスはまた次の新月までやってこない。
笹木野龍馬がバケガクへの登校をやめた今となっては、どちらにせよこの屋敷に侵入しなければならないのだ。
【百里眼】で屋敷の中を覗く。けれど廊下を照らす弱いろうそくの灯りがどこまでも続くだけで、ほとんどの部屋の中は暗くて全く見えず、肝心の笹木野龍馬も見つからなかった。とは言ってもしっかり見たわけではないけど。
でも、そうか。真っ暗なところもあるのか。なら仕方ないか。
『ビリキナ。視界を共有しよう』
ビリキナは夜目が効くので、ビリキナと視界を共有すると、ボクも暗闇の中で目が見えるようになる。日中も闇に沈んだ大陸フィフスで行動するとなったときに考えた打開策がこれだ。
ただ、この方法はあまり好ましくない。ボクがやりたくないというだけなのでそんなことを言ってられない状況になればそりゃあやるけど、出来ればしたくなかった。
学園長の視界を共有したときは体を動かさなかったから平気だったけれど、自分以外の視界を見ながら移動したり、戦闘したりするのは非常にやりにくい。慣れるためにダンジョンに潜ったときに練習してはいるけれど、嫌いなものは嫌いだ。長時間の使用は酔って吐き気や頭痛がする。諸刃の剣をわざわざ振るいたいと思うような性格はしていない。
『行くよ』
ビリキナに声をかけ、ビリキナと視界を共有する。見える光景がガラリと変わって足元がふらついた。それでも徐々に慣れて、すぐにしっかり立てるようになる。
夜目が効くとか以前に、まず、ただの生物と精霊では物の見え方が違う。横にも上にも下にも視界が及ぶので、脳への負担は大きい。これに慣れるのにはかなり苦労した。
いや、慣れたというのは少し違う。全方位を見ることに慣れたのではなく、『見たい方向を見る』ことに慣れたんだ。始めは全方位を一気に見てしまっていたけれど、そういうことはもうない。
くっきりとその姿が顕になった屋敷を見据え、ボクは一歩を踏み出した。
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