ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.294 )
- 日時: 2022/03/30 21:53
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
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大陸ファーストの人間と怪物族との価値観の違いはもちろん住居にも現れる。その一つが防犯面だ。大陸ファーストでは家の周囲に結界を張ることが多く、対して怪物族は個々の力を誇りに思い結界等には頼らない。防犯のための術式を使わずとも侵入者を追い払う自信があるのだ。おかげで結界に細工をするという面倒な手間は省けて助かる。
そもそもカツェランフォート家に侵入しようなどと馬鹿なことを考える輩がそうそういないんだろうな。
侵入自体は難なく成功した。けれど本番はここからだ。怪物族の五感は優れていると聞く。……神経使うんだろうな。
庭にも人影が見えたのでひとまず近くの茂みに隠れた。出来れば屋敷の中に入れる場所が見つかるまで茂みの中を移動したいけど、葉や枝があって、動けばすぐに音が鳴る。移動できるタイミングが限られてしまうから、長居は出来ないな。
「今日は仕事が少なくていいわねー」
「ほんと。でも、今晩を越えたらまた増えるわよ」
「最近は龍馬様の様子がおかしなせいで屋敷内全体がピリピリしてるしやりにくいわ」
「ちょっと! 誰が聞いてるか分からないんだから口を慎みなさい!」
「あ、ごめんごめん」
顔は見れないけど、声からして女──メイドか? 笹木野龍馬の様子がおかしいって、どういうことなんだろう。どういう『おかしい』なんだろう。ちゃんと【転移】させることが出来るかな。
探りながら、行くか。そんな器用なことが出来るかは分からないけど。
メイドと思しき女の足音が聞こえなくなってから、その足音が消えていった方向へ歩いた。もしかしたら使用人が出入りするための入口があるかもしれない。
足元の枝なんかを気にしながら、極力を音を立てないように気をつけながら、歩を進める。すると、向こうから声が聞こえた。今度はメイドだけじゃない。男、でも、なんだか優しげな声。
「そう、残念だ」
「申し訳ありません」
「いやいや、ツェマが謝る必要は無いよ。気分転換にどうかなと思ったくらいだからね」
「はい」
「龍馬に、私が『一人で抱え込まないで』と言っていたと、伝えてくれるかい?」
え?
ボクは慌てて口を抑えた。危ない、声に出すところだった。
『なにやってんだよ』
『仕方ないだろ。だってあの口調、どう考えても笹木野龍馬の血縁者じゃないか』
『龍馬』と名を呼び捨てにしたことや、笹木野龍馬を気遣う言葉、そしてメイドらしき女が敬語を使って話していること。そのどれを取っても、まず間違いなく屋敷に仕える身ではない。
まずい。こんなに早く吸血鬼に遭遇するなんて思っていなかった。声からして当主ではなさそうだ。でも、だれだ? いや、誰だって一緒だ。吸血鬼であれば、必ず人間よりも圧倒的な力を持っているんだから。
「承知致しました」
そう言って、女は立ち去った。
あれ、笹木野龍馬への伝言を任されたってことは、あのツェマと呼ばれた女は、いまから笹木野龍馬のところへ行くのか? なら、見失うわけにはいかない。でも、吸血鬼がいるから迂闊には動けない。どうすればいい? 考えろ、考えろ。
「どうしたものかな」
ぶつぶつと呟く声と男の足音が遠ざかっていく。たぶん、メイドが向かった方向とは逆だ。一か八か、メイドを追いかけてみよう。男に気づかれてしまうかもしれないけれど、これ以上はメイドを見失ってしまう。既にメイドの足音は聞こえない。今から顔を出しても見つけられるかどうか。
よし。
そう意気込んで立ち上がろうと、足を動かした。足元の枯れ枝を踏み、パキンと小さく音が鳴る。
大丈夫だ。この程度なら気づかれない。大丈夫。
その時。
水の滴り落ちる音がした。
『なにしてる?』
その声を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
近い。すぐ前にいる。何故だ? 全く気配を感じなかった。注意を払っていたはずなのに、どうして? ボクの【察知】や【索敵】の能力はずっと小さい頃から姉ちゃんにお墨付きをもらっている。でも、気づかなかった。
ビリキナの声じゃない。頭に響くような、それでいて外から聞こえる不思議な──精霊の声。
顔を上げると、目の前にいた。ボクより少し小さいくらいの背丈で一見ただの人間に見えるけれど、背中から薄い、膜のような羽根が生えている。
宝石のような光を放つ、艶のある蒼色の長髪に、ガラス玉のような、淡い蒼の光を宿す大きな瞳。体はぼんやりと月光をまとい、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
こんな状況であるにも関わらず、ボクはその姿に見とれてしまった。彼はあまりにも美しかった。
精霊という種族そのものが、まず、美しく作られている。伝説上の天使族もそうだけど、神に仕える者は誰もが美しい。
でも、それ以上に美しい。どうしてだろう。美しいものに見とれるなんてこと、そうなかったはずなのに。確かにボクは精霊が、精霊の神秘性が好きだ。存在するかもわからない神を知ろうとはしなかったが、存在を感じられる精霊には非常に興味を持った。精霊を美しいとも感じた。精霊と本契約を交わすことにも憧れていて、だからこそ自分と真逆の魔力を持つビリキナとの本契約を受け入れたのだ。
『おい、逃げろ!』
ぼんやりしていると、ビリキナからの叱責が飛んできた。
『そいつは〈スカルシーダ〉だ! そんくらい気づけバカ!』
スカルシーダ。その言葉は聞いたことがある。姉ちゃんと離れたあと、ボクが自力で調べた言葉の一つだ。
精霊という存在自体が、ボクらのような『神ではない存在』が『世界へアクセスする』ための媒体だ。媒体精霊だけでは無い。空間精霊、種族精霊を含めた全ての精霊がその役割を担っていることが明らかになっている。それが『普通』の精霊だ。
しかし、〈スカルシーダ〉は違う。根本の存在理由が『神への従属』であり、個体数は正確な数値は判明していないが世界中でも五体はいないとされている。
この世界に存在する全てのものは『神への服従』が絶対だ、と、ボクが読んだ本には書いてあった。例外を除くこの世の全ての生物が『光の隷属』、『闇の隷属』に分けられることからもそれはわかる。『隷属』というのは神に服従するということで、キメラセルの神々に服従するか、ニオ・セディウムの神々に服従するかということだ。
『服従』と『従属』は違う。天使族でさえ、神に謁見する権利を持つ者は有数で、少数だ。そしてその少数も、神と直接顔を合わせる訳では無い。〈スカルシーダ〉以外の存在が『服従』の範囲を越えることは決してない。数多の世界が混在するこの次元において、唯一『直接神に仕える』ことが許された存在。それが〈スカルシーダ──最も神に近い存在〉だ。
でも、なぜ? どうして〈スカルシーダ〉がこんなところにいるんだ? 一生に一度見れるかどうかも分からないと言われる竜よりもよっぽど珍しい生物だぞ?
青いスカルシーダは顔をしかめた。それでもその端正な顔は歪まない。
『声が二重に聞こえる。でも、二重人格ではないよな?』
精霊は、精神に干渉することが出来る。声が二重に聞こえるというのは、ボクとビリキナの念話のやり取りのことだろう。
『それに、魔力の流れもおかしい』
そしてなにかに気づいたように目を見開く。
『【一体化】か! どこでそんな技術を!? ……ああ、そうか。わかった』
【一体化】。それは精霊を身体の中に取り込む技術。これは姉ちゃんから教わったもので、比較的最近わかったことだけど、この技術があることすら知らない人が大半のようだ。
青いスカルシーダは目を伏せ、そして開き、ボクを見た。冷たくて、静かで、透き通るような蒼い目は、不思議と姉ちゃんを連想させた。
『おれはネラク、第二の器。
花園朝日。お前はどうしてここに来た?』
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