ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.295 )
日時: 2022/03/30 21:59
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)

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 ボクの名前を知ってるのか? 顔を隠しているのに、ということは精霊には通じないだろうからいいとしても、どうして名前までわかるんだろう。いくら〈スカルシーダ〉でも、一人の人間の名前までいちいち覚えているわけない。この青いスカルシーダ──ネラクに会ったのは正真正銘これが初めてだ。

 全く心当たりがない。

『答えろ。さもないと、切る』

 ネラクがそういった途端、周囲を冷気が包んだ。魔法だ。足元の枯葉や枯れ枝が凍りつき、その氷は伸びて、鋭利な先端をボクの顔に向けた。

『ここがどういう場所なのか理解した上で来たのなら、この意味がわかるな?』

 怪物族はボクたち以上に五感が優れていて、吸血鬼は特に嗅覚が発達している。つまり、血の匂いに敏感だ。それにボクは大陸ファーストの人間で、怪物族とは敵対関係にある。たとえ一滴であっても、その血の匂いを奴らは逃しはしないだろう。いくら【一体化】をしているとはいえ、流石に血の匂いまでは誤魔化せない。

 でも。

 ここで引くわけにはいかないんだ。

「ぼ、ボクは」

 あからさまに声が震えている。怖いのか? ボクは彼に、恐怖心を抱いているのか?

 わからない。

『ビリキナの力で攻撃してごらん』

 どこからともなく、ジョーカーの声がした。後ろを見る。いない。右も、いない。左も同様だ。どこにいるんだ? いや、そもそもこの場にいるのか?
『おい、どうした?』
 ビリキナが怪訝そうにボクに問う。聞こえてないのか?
 前を見ると、ネラクも変わらずボクを見つめている。
 ボクにしか、聞こえていない?

 まあいい。どうせ引き返せないんだ。このままされるがままになって血の匂いを漂わせながら動くよりもここで魔法を使う方がよっぽどマシだ。

 匂いは、嗅覚は、壁や天井を越える。僅かな隙間から漏れ出てしまう。だけど魔力は違う。ほとんどの生物が魔力は触覚的に捉えている。もちろんボクのように視覚的に捉えるものもいれば、嗅覚的、聴覚的、そして稀に味覚的に捉える者もいるが、それは全体の割合で言えばほんのひと握りだ。匂いならば百の可能性で見つかる。けれど魔力なら、使ってすぐにこの場を離れてしまえば少なくとも匂いよりは見つかる可能性は低くなるだろう。

 その結論に至ったボクはネラクに手の平を向けた。

【フィンブリッツ】!!!

 無詠唱でこの魔法を使えるように、幾度となく練習を重ねた。黒い稲妻を手の平から打ち出す単純な魔法。闇魔法と雷魔法を掛け合わせた、闇の隷属の雷使かみなりつかいならば息をするように扱える、基本の攻撃魔法。
 そう。基本の魔法だからこそ、ビリキナの魔力を扱う上で習得すべき魔法だった。そしてこの類の魔法は、術者の技術によって威力は大きく左右される。他のビリキナの魔法を使うための力を養うためには、この魔法を極めるのが手っ取り早かった。〈スカルシーダ〉に勝てるだなんて微塵も思っていない。だけど今のこの状況で最も上手く扱える魔法は、これだ。

 打ち出された黒い稲妻は、まっすぐネラクに向かう。ワンテンポ遅れてネラクの表情は驚愕に染まり、彼は自身の周囲に薄い膜、バリアを張った。当然だ。ボクの魔法は弾かれる。こんな魔法が通るわけがない。
 次の一手を考えるボクの視界に、信じられないものが映った。
 稲妻は、いとも容易くネラクのバリアを貫通した。まるでそれが当然であるかのように、まるでバリアなどそこに存在しないかのように。そのまま吸い込まれるように、稲妻はネラクの身体を貫いた。身体の中央、腹部のど真ん中。稲妻の勢いは収まらず、ネラクの身体は吹き飛んだ。元々宙に浮いていたせいでもあるのか? いや、それはないだろう。もし仮に足を地に着けていたとしても、その程度の摩擦ではあの勢いは殺せない。

 精霊はボクらと似たような姿をしているだけで、中に血は通っていない。でも、確実に重傷を負ったはずだ。

 どうしたらいい? 逃げるべきか? いや、きっと追ってくる。でも〈スカルシーダ〉を殺せるわけない。その前に殺されてしまうだろう。どうしたらいい?

『精霊の殺害を確認しました』

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